PRIDE神話の終焉 /ホドリゴ・ノゲイラはなぜ負けたのか

2008年12月27日、UFCヘビー級暫定王者のアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラがフランク・ミアに負けました。完敗といえる内容で、ミアの強さだけが光る試合でした。PRIDEヘビー級で最強の一角だったノゲイラが、立っても組んでも寝ても全く歯が立たない様子は衝撃的でした。ノゲイラの完敗は、日本で大人気を誇ったPRIDE神話の終焉を告げたように思います。



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柔術マジシャンの称号

17歳から柔術を学び、後にカーウソン・グレイシー柔術アカデミーの門下生で結成されたブラジリアン・トップチームに参加しています。千の技を持つと言われる多彩な寝技が特色で、グランドに引き摺り込むと巧みなボディコントロールで試合を支配していました。

同じく柔術出身のエンセン井上は、試合後に「柔術の稽古をつけてもらっているようだった」と、その寝技レベルが段違いだったことを認めています。そのためノゲイラといえば寝技のイメージが強く、PRIDEヘビー級の寝技ナンバー1はノゲイラと言うファンが今でも多くいます。しかし2006年9月のPRIDE無差別級トーナメントを見た人は、少し違う印象を持っているはずです。

準決勝でジョシュ・バーネットと対戦したノゲイラは得意の寝技で攻めたてますが、ジョシュはことごとくノゲイラの寝技を防ぎ、最後には膝十字固めでノゲイラから1本を奪う寸前まで持ち込みました。試合時間があと10秒あればノゲイラがタップしていたと思えるほどのジョシュが攻勢で、ノゲイラの寝技が通用しない衝撃的な展開でした。特にノゲイラが腕ひしぎ十字固めを決めたと思った瞬間に、ジョシュが体をよじって腕を引き抜いた時は大観衆を大いに盛り上げました。単に力任せに逃げたのではなく、ジョシュの巧みな寝技テクニックが遺憾無く発揮されたのです。ノゲイラの寝技がジョシュには通じないという、衝撃的な試合でした。

※ノゲイラを膝十字固めで攻めるジョシュ


すぐにリターンマッチが組まれ、その年の大晦日に両者は対戦しました。この時ノゲイラは、徹底的に寝技を避けてスタンドで勝負しました。グランドに持ち込もうとするジョシュと、それを避けようとするノゲイラの戦いは、判定でノゲイラの勝利に終わりました。ノゲイラがグランドでは不利と判断して寝技を避ける様子に会場は驚き、多くの人が失望しました。この2試合はすでにフジテレビの放送が終了していたため、地上波では放送されませんでした。そのため一部の人しか試合を見ておらず、ノゲイラ=寝技最強のイメージのままの人が多いのだと思います。

ボクシング技術の向上

寝技最強と言われたノゲイラでしたが、早い段階からボクシングの重要性に気づいていました。試合は立った状態から始まるので、スタンドでの攻防を有利に進めないと寝技に持ち込めません。ノゲイラのタックルはレスリング出身者のように、速くも鋭くもありません。そこでボクシングを磨くことでスタンドの攻防を有利にし、寝技に持ち込んで勝利するパターンを作りました。試合はスタンドの状態から始まるので、ボクシング技術の向上は試合を有利にするとノゲイラは語っていましたが、この当時としては画期的な考えでした。



しかし当時のPRIDEでは異色の試みで、寝技が圧倒的に強いのに苦手なボクシングで勝負する必要があるのか?という声もありました。しかしミルコ・クロコップとの試合などでは、ミルコのキックボクシング技術に圧倒される場面が目立ち、勝利するもののボクシングの強化を課題に挙げていました。寝技か打撃かに偏るPRIDEの選手が多い中、ノゲイラは数少ないコンプリートな選手として君臨していました。

UFC参戦

ジョシュとのリターンマッチから半年後の2007年7月に、ノゲイラはUFCのオクタゴンに立ちました。対戦相手はPRIDEでも対戦したヒース・ヒーリングで、判定で勝利しました。2戦目はその半年後で、元王者のティム・シルビアでした。王者ランディ・クートゥアが骨折により長期離脱が決まったため、暫定王座決定戦にノゲイラが急遽挑むことになったのです。ノゲイラは1Rにダウンを奪われ苦戦しますが、3Rにフロントチョークで勝利し、暫定王座につきました。これまでPRIDE出身の選手が軒並みUFCで負けていたので、日本のファンも安堵し、ノゲイラの勝利のニュースは大きく報じられました。

※シルビアにフロントチョークを決めるノゲイラ


しかしこの試合では、ノゲイラの課題が多く見つかりました。磨き続けていたボクシング技術は、明らかにピークを過ぎたシルビアに圧倒されました。そしてシルビアは、ノゲイラの寝技を全く恐れていませんでした。PRIDEでは多くの選手がノゲイラの寝技を恐れていましたが、シルビアが脅威を感じていないのは明らかで、ノゲイラのマジックは霞んで見えました。

敗北の日々

それが現実となるのが、次のフランク・ミアとの試合でした。ミアは王者に挑戦するというより、どっしりと構えて動き回るノゲイラを追い詰めていきました。序盤にテイクダウンを奪ったのはミアで、ノゲイラは簡単に投げられてしまいます。ダウンを奪われパウンドの追撃を受けると、レフリーは試合を止めました。ミアの圧巻の勝利でした。ノゲイラが年老いたという声もありましたが、この時ノゲイラは32歳で高齢というほどではありません。29歳のミアとは3歳しか歳が離れていませんでした。この試合でも、ミアはノゲイラの寝技を全く恐れていませんでした。ノゲイラの寝技はUFCでは通用しないのか?という疑問の答えが、明らかになりつつありました。

※フランク・ミアのパウンドでKOされたノゲイラ


その後、元王者のランディ・クートゥアに判定で勝利しますが、クートゥアはこの時すでに46歳でした。そしてケイン・ヴェラスケスとの対戦を迎えます。7戦全勝で6試合をKOで勝利した若くて勢いのあるベラスケスにとって、ノゲイラは敵ではありませんでした。序盤からノゲイラを圧倒し、わずか2分20秒で試合は終わりました。力の差が歴然としており、ノゲイラが王座に就くことはないだろうと感じさせる試合でした。

※ヴェラスケスに失神KO負けしたノゲイラ


そしてノゲイラの強い希望で、フランク・ミアとの再戦を迎えます。前回は膝を負傷していたが、完治したので勝てると訴えての再戦でした。開始早々ノゲイラはテイクダウンを奪われますが、パンチでダウンを奪います。しかし寝技に持ち込むもののスイープされ、逆にアームロックで一本負けしました。ノゲイラが寝技で負けるだけでなく、骨折させられる衝撃の敗戦でした。この試合は、ノゲイラの寝技はUFCの中では一流ではないと証明したかのようでした。アームロックで一本を奪うのは、寝技技術に相当の差がなければ難しいと言われています。ミアの寝技の評価は決してトップクラスではなかったのですが、そのミアに比べてノゲイラは大きく引き離されているように見えました。ノゲイラの折れた右腕の映像は衝撃的でしたが、それ以上にアームロックで負けたという事実が衝撃でした。

※アームロックを決められたノゲイラ


その後、PRIDEで戦ったことのあるファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦しますが、ムエタイを覚えて組んだ状態でも強さを見せるようになったヴェウドゥムに、腕ひじき十字固めで一本を奪われました。その後、ロイ・ネルソン、ステファン・ストルーフェに負けると引退を表明しました。

なぜUFCで勝てなかったのか?

理由の一つに怪我があります。アイポークにより目を何度も怪我し、視力に不安を抱えながら試合をしていました。さらに膝の状態も悪く、手術を受けています。目と膝の怪我はボクシングに影響を与え、これが苦戦の原因の一つになったと考えられます。



しかしそれ以上に私が感じたのは、フィジカルの弱さです。フィジカルエリートが揃うUFCの中で、ノゲイラは決して強靭なフィジカルを持っているとは言えませんでした。フランク・ミアには完全に力負けしていましたし、ミアに負けるフィジカルでは怪物ベラスケスに敵うはずもありませんでした。1R5分の短いラウンドで戦うUFCでは、圧倒的なフィジカルが最大の武器になります。寝技が多少上手いだけでは、全く通用しない現実がそこにありました。

さらに得意の寝技も底が見えていました。PRIDEでジョシュ・バーネットに寝技を完封されましたが、既にピークを過ぎたバーネットがUFCで王座に返り咲く可能性はほとんどありません。当時、高く見積もってもUFCの中堅クラスのバーネットに勝てないノゲイラを、UFCトップクラスの選手らが恐れないのは当然でした。グランドに移行してもほとんどの選手が慌てることなくノゲイラとの寝技勝負を展開していましたし、多くの場面で寝技でノゲイラを攻め立てていました。

リングとオクタゴンの違い

PRIDEで使われていたリングとUFCのオクタゴンでは、広さが倍近く違います。狭いリングで行われるPRIDEは寝技で勝負する選手に有利でしたし、PRIDEのリングではケージを使って立ち上がるような技術が使えないので、グランドに持ち込むと相手が立ち上がるのを防ぐのが容易でした。さらに狭いリングでは、ノゲイラの早くもなく強くもないタックルは成功していましたが、広いオクタゴンでは自由に逃げ回ることが可能です。ノゲイラの寝技はリングの中だからこそ活きた面があり、オクタゴンで苦戦を強いられたのは上記の要因とも合わせて必然だったのかもしれません。

まとめ

PRIDEでは16勝3敗と圧倒的強さを誇ったノゲイラが、UFCでは5勝6敗と負け越したのは残念でした。ルールの違いや怪我などの影響も大きく、UFCでは暫定王座に就いたものの中堅クラスの選手というイメージでした。そしてPRIDEを見ていないアメリカのファンからは寝技が上手くないという評価も出ていて、同じくブラジル出身でPRIDEにも出ていたファブリシオ・ヴェウドゥムが「マスター・オブ・ザ・ゲーム」と呼ばれ、寝技のスペシャリストとして評価を受けたのとは対照的です。

PRIDE出身者としては、アンデウソン・シウバ、マウリシオ・ショーグン以外は、あまり目立った結果を残せないまま終わりました。PRIDEのシンボルだったノゲイラが、フランク・ミアにアームロックで腕を折られた姿が衝撃的で、この時にPRIDEの神話が終わったような気がしました。


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