時給1500円の世界王者 /スティーペ・ミオシッチが愛される理由

UFCヘビー級のスティーペ・ミオシッチが初めてタイトルに挑んだのは2016年5月でした。王者ファブリシオ・ヴェウドゥムを下がりながらのカウンターで仕留め、念願の世界王者になりました。芸術的なKO劇に全米が酔いしれ、ミオシッチに歓喜と羨望のまなざしを向ける中、本人は喧騒から抜け出して職場に戻りました。



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俺はブルーカラーだ

アメリカの新聞USA TODAYによると、王座を獲得したミオシッチが職場のバレービュー消防署に顔を出すと、職員たちは拍手で迎えてくれたそうです。そしてモップと吸引器を手渡し、ミオシッチは詰まったトイレと格闘することになりました。彼は非正規社員として時給1500円で働いており、雑用も彼の仕事なのです。UFC世界王者は、黙々とトイレ掃除に励みます。華やかなUFCの舞台より、彼が求めているのは消防署での地味な仕事であり、仲間達と汗を流して働くことなのです。

※消防署のミオシッチ


防衛を重ねるミオシッチのファイトマネーは、今や1億円を超えます。しかし消防署の仕事を辞める気はないようです。なぜ消防署を辞めることを考えたことはないのか?と問われると

「一度もないよ。辞める理由がない。人助けが好きだし、ファイターとしてのキャリアがどうなるかわからないし。仕事が大好きで忙しいのが好きなんだ」

と答えています。さらに自身のことを「俺たちはタフで鼻っ柱の強いブルーカラーだ」と語ります。彼は毎日一生懸命働くブルーカラーに強いこだわりを見せ、華やかなライフスタイルに関心がありません。それは母親の影響が彼の人生に色こく反映されているかだと言われています。

ミオシッチの生い立ち

スティーぺ・ミオシッチは、1982年8月19日にオハイオ州に生まれました。両親はともにクロアチア系移民で、父ボヤンはクロアチアのルティナ、母キャシーはCetingradの出身でした。しかし両親はスティーぺが3歳の時に離婚し、父親はクロアチアに帰りました。それ以降、母親や祖父母、義父との生活を送ることになりますが、スティーぺは母親が家族のために一生懸命働いている姿を見続けることになります。スティーぺは母親を自分の人生最大のインスピレーションと言い、自分の人生でなし得た全てに母親の功績があると語っています。

スティーぺはイーストレイクノース高校に進学すると、そこでさまざまなスポーツで人気者になります。フットボール、野球、レスリングなどの試合で活躍すると、クリーブランド州立大学がスポーツ奨学金を出すことにしました。最も得意だったスポーツは野球で、大学時代に複数のメジャーリーグ関係者がスティーぺに興味を持って連絡してきたそうです。しかしスティーぺはプロ野球選手になることに興味はありませんでした。彼が興味を持ったのは消防士で、救急医療のクラスを専攻しました。彼の目標は救命救急士になることだったのです。

転機は2005年に起こります。MMAの選手でPRIDEにも出場したダン・ボビッシュの練習相手として、スティーぺはストロングスタイルMMAトレーニングセンターに招かれました。学生のスティーぺにとっては、軽いアルバイトのようなものでした。スティーぺはMMAのトレーニングを積みますが、ボクシングで抜きん出た才能を見せます。わずか数ヶ月のトレーニングでクリーブランド州のゴールデングローブで優勝し、全国大会でも準々決勝まで進みました。レスリングでもNCAAディヴィジョン1に選ばれる実力があり、ボクシングでも高い能力を見せたスティーぺは自然とMMAにも取り組むようになります。救命救急士を目指しながら、プロのMMAの試合にも出場するようになりました。

UFCヘビー級最強と呼ばれて

相手の持ち味を殺すことが得意で、常に無駄のない動きをします。高いボクシング技術を持つストライカーで、コンパクトで強烈なパンチを武器にしています。その一方でグランドでの展開も強いので、華やかさがない反面、穴や弱点と呼べる部分が見当たりません。



ボクシングでゴールデングローブに出場し、レスリングでもナショナルランキングに入るほどの実力者で、技術的には高いものを持ち合わせています。そして勇敢に打ち合うことを望み、真っ向から相手を潰しにかかります。大袈裟な打撃ではなくコンパクトに打ち抜くスタイルのため、迫力に欠けるという声も少なくありません。その一方で堅実な試合運びと無駄のない動きから、玄人うけするスタイルとも言われています。

普通の生活が大事

ミオシッチはファンに囲まれてパーティ三昧といった生活が苦手で、普通の生活を強く望んでいます。彼が望むのは家族と静かに暮らす休日、そして仕事に忙しい毎日です。消防署の仕事を辞めないのもそれが理由の一つで、消防署の中では普通でいられるからだそうです。メディアに囲まれ、ファンのサイン攻めに会い、注目を集めるのが苦手だと言っています。



トラッシュトーク(対戦相手との罵り合い)も苦手で、「あれは疲れる」と言ってやりません。言葉少なく記者会見を終えますが、オクタゴンの中で試合を通じて多くを語るタイプです。これまでUFCにはあまりいなかった、物静かなヒーローなのです。その性格は王座防衛記録を更新した2018年1月のフランシス・ガヌーの試合後のコメントにもよく表れています。王座防衛記録更新を祝福するアナウンサーに対し、このように発言しました。

「そんなことには何の意味もない。それより、俺はもうすぐ父親になる。子供が生まれるんだ。ヘル・イエーィ!!」

しかし署長は困惑気味

今やミオシッチは、スーパースターの仲間入りを果たしています。テレビで華々しく紹介され、有名人がミオシッチに会いたがり、1試合で1億円以上のファイトマネーを稼ぎ出します。しかし相変わらず消防署に出勤し、雑用仕事を命じられて奔走し、冷蔵庫の中の腐ったチーズを片付けて、救急出動があれば他の隊員たちと一緒に出動します。

※食事も庶民的です。

「時々、お前、こんなところで何やってるんだよ、と思うことがある。試合に向かうフライトの直前まで、署にいることもあるからね。意味がわからないよ。恐ろしい大男にノックアウトされるかもしれないんだから、試合前くらい好きな場所でのんびり過ごせばいいのにと思うんだけど、彼はここにいて、同僚とがむしゃらに働いているんだ」

 

そんな署長の言葉も意に介しません。仲間と忙しくている方が落ち着くと言い、直前まで普段通りの生活を送ることを望んでいます。UFCヘビー級王者という特別な存在ではなく、スティペ・ミオシッチという救急隊員でいることが、彼にとって最もリラックスできることなのです。

まとめ

ミオシッチは威張ることもなく、どんな快挙を成し遂げても普段通りの生活を送ることを大事にしています。生活は素朴、試合は豪快、言葉で説明するより行動で気持ちを示す姿に、多くのファンがついていきます。ヘビー級は選手層が厚く、長期王座防衛が困難な階級です。その中でもミオシッチは抜群の安定感を誇っています。

※奥様と過ごす時間がなにより大事だそうです。

UFCにしては異色の王者で、UFCファンもミオシッチに戸惑いがありました。多くのUFCファイターはビッグマウスで、公言したことを実現することで人気を獲得しています。対戦相手を挑発したり、自らを鼓舞するような自画自賛が多い中で、あまりにもミオシッチの言動は地味でした。そしてファイトスタイルも相手の良さを消すことに長けているため、ミオシッチが強いというより相手が弱く見えることが多かったのです。

しかし徐々にミオシッチの素朴な人柄に人気が集まりだし、試合も注目が集まるようになりました。地位や強さを自慢することなく、称賛されるより感謝されることを喜び、大金を手にしてもブルーカラーを自負するミオシッチの人気は、これからも上昇しそうです。

2019/08/17追記

ヘビー級の最多防衛記録を更新したミオシッチは、2018/7/7に元Lヘビー級王者のダニエル・コーミエの挑戦を受けました。コーミエのサミングが故意ではないのかという疑問もありましたが、コーミエの右フック一発で倒されました。組んでから離れる際に、ミオシッチは手を下げる癖があることを見抜いたコーミエの渾身の一撃でした。

コーミエの初防衛戦はミオシッチとのリマッチになりました。激しい打撃戦になり、序盤はコーミエが支配していたものの3Rからミオシッチのペースになり、4Rにレフリーが試合を止めてミオシッチの勝利が決まりました。1年ぶりにミオシッチが王座に返り咲きました。


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