UFCでの日本人が勝てない4つの理由 /日本人王者の誕生はあるか?

これまで多くの日本人が総合格闘技(MMA)最高峰のUFCに参戦してきました。しかし結果は思ったほどではなく、客観的に言って苦戦が続いています。参戦した日本人選手の成績、そしてなぜ日本選手は苦戦しているのかを考えてみたいと思います。



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UFCとは

アメリカのズッファ社が開催するMMAの大会です。男子はフライ級からヘビー級までの8階級、女子はストロー級からフェザー級までの4階級に分かれており、それぞれの王者がいます。リングではなくオクタゴンと呼ばれる八角形の金網で試合が行われ、1R5分の3R、タイトルマッチは5Rで行われます。

※八角形の金網オクタゴン


勝敗はギブアップ、KO、レフリーストップの他にジャッジによる判定もあります。日本の格闘技イベントと大きく異なる点は、レフリーやジャッジなどがアスレチック・コミッションなどの第三者機関から派遣され、それらの機関がドーピング検査も行っている事です。


過去に参戦した日本人

数十人が参戦していますが、勝ち越している選手は僅かで、ほとんどの選手が負け越しています。有名な選手と好成績だった選手を以下に紹介していきたいと思います。

岡見勇信

和術慧舟會の出身で、寝技の強さを競うアブダビコンバットにも出場しています。日本の総合格闘技イベント、PRIDEやHERO’sなどにも参戦し、2006年のUFC62からUFCに参戦しました。



それからリリース(契約解除)される2013年までに、13勝5敗の好成績を残しました。その後、WSOFに移籍しますが、4年ぶりにUFCに復帰しています。復帰後は1勝2敗で、生涯成績を14勝7敗としました。タイトルには縁がなく、挑戦者を決める試合で負けてしまうなどしましたが、この成績は日本人選手の中ではトップの成績で簡単には破られそうにありません。

堀口恭司

山本KID徳郁の内弟子で、修斗でプロデビューしました。フェザー級で王座を獲得した後、2013年にUFCデビューを果たします。参戦後は破竹の快進撃で勝利を積み重ね、フライ級で絶対王者と呼ばれていたデメトリアス・ジョンソンに挑戦しています。



無敵の王者に翻弄されるものの、最終ラウンドでよもや逆転かという見せ場を作ります。しかし残り1秒で、腕ひじき十字固めにより初の敗北を喫しました。UFC王座に最も近い日本人と呼ばれ王座獲得を期待されていましたが、2017年にに契約を更新せず日本のRIZINに移籍しました。成績は7勝1敗です。

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水垣偉弥

修斗出身で修斗で8戦すると、日本のケージ・フォース、アメリカのWECと渡り歩き、2011年にUFCデビューを果たしました。リリースされる2016年までに8勝5敗の成績を残し、バンタム級ランキング5位まで登りました。



川尻達也

2000年のプロデュー以来、修斗、PRIDE、DREAMと日本の格闘技団体を渡り歩き、2013年にUFCデビューしました。網膜剥離などの怪我に苦しみながらも、2016年に自ら契約を解除するまでに3勝3敗の記録を残しました。



五味隆典

「火の玉ボーイ」と呼ばれ、日本で人気の高い選手でした。修斗でプロデビューすると、修斗ウェルター級王座を獲得し、PRIDEでもライト級王座に就きます。PRIDE消滅後は戦極に移り、2010年にUFCデビューを果たしました。2016年までに4勝8敗の成績を残しています。



山本KID 徳郁

レスリングの選手でしたが、修斗でプロデビューを果たすとランキング2位まで登り、その後はK-1、HERO’S、DREAMなど日本の団体を渡り歩きます。UFCデビューは2011年で、デビュー戦は後にフライ級で長期政権を築くデメトリアス・ジョンソンという不運さでした。その後も連敗しますが、頸椎ヘルニアになっており、本来の力を出せないまま0勝3敗1ノーコンテストの成績で契約を終了しました。



宇野薫

和術慧舟會の出身で、修斗ウェルター級王座決定戦で、佐藤ルミナを倒して王座に就きました。その後、2001年にUFCにデビューすると、初戦からライト級王座決定戦に出場するなどの好待遇でしたが、2度の王座挑戦に失敗して王者になることは叶いませんでした。3勝5敗2分の成績ですが、敗戦の中には、当時パウンド・フォー・パウンドと呼ばれていたBJペンとの2試合が含まれています。



石原夜叉坊

2011年に修斗でプロデビューした後、2015年のリアリティ番組「Road to UFC: Japan」に出演しました。この番組で勝ち上がりUFCとの契約を勝ち取ると、2016年にUFCデビューを果たしました。いきなり2連勝、しかも連続KO勝ちを収めたことから注目株になりますが、その後は負けが先行してしまいました。3勝5敗1分という成績で、2019年にUFCをリリースされました。




勝てない理由1:ピークを過ぎてからの参戦

日本で有名な選手も挑戦していますが、既に選手としてのピークを過ぎてからの参戦でした。五味隆典がUFCに挑戦したのは32歳で、既に選手として下り坂に差し掛かっていました。次々に強豪を撃破した修斗時代、PRIDE時代の勢いはなく、怪我の蓄積もあったと思われます。

※五味隆典


山本KID徳郁に至っては34歳でUFC挑戦であり、川尻達也は38歳です。山本は怪我も抱えていましたが、日本での試合ぶりからもピークを過ぎているのは明らかな状態で、彼らが若くて勢いのある選手に苦戦するのは必然だったと思います。このように日本で名前を売った選手は、そのピークを過ぎてからUFCに参戦しており、活躍できる望みは低かったと言えます。その反面、UFCである程度の実績を残した岡見勇信は25歳、堀口恭司は23歳、水垣偉弥は28歳と20代で参戦しています。

勝てない理由2:オファーを断らない

日本人選手は、オファーを断らないと言われています。海外の選手、特に初参戦の選手などは相手の戦績を見て、勝つのが難しいと判断したら断るのが珍しくないようです。山本KID徳郁のデビュー戦は、同じくUFCデビュー戦となるデメトリアス・ジョンソンでした。他の団体で12勝1敗の好成績で、しかも多くをKOか1本勝ちで勝っている強豪です。デビュー戦に、このようなリスキーな相手を迎えるのは避けてもよかったはずです。後に11回も王座を防衛するDJはデビュー戦の相手としては、あまりにも分が悪い相手でした。

※デメトリアス・ジョンソン


中井りんのデビュー戦はミーシャ・テイトでした。タイトルマッチも経験しており、当時の絶対女王と呼ばれたロンダ・ラウジーと3Rまで戦った強豪です。デビュー戦の相手としては、かなりキツイ相手のはずですが中井は試合を行い3-0の判定で負けました。そもそも中井は適正体重がフライ級だったにも関わらず、当時のUFCの女子にはフライ級が存在しなかったため、1階級上のバンタム級で参戦しました。階級を上げて強豪と戦うのは、かなり難しい試合になると予想できたはずです。

※ミーシャ・テイト(左)と中井りん


なぜ日本人がオファーを断らないかということに関して、日本の商習慣が影響していると言われています。日本ではオファーを蹴ると次の試合を組んでくれないことがあるので、言われるままに試合をしてしまうというのです。しかし契約が全てのアメリカ社会では、3試合の契約を結べば3試合は行えます。オファーを蹴っても試合がなくなる事はありません。

もちろん断ると、その期間は試合ができないため収入がなくなるという問題もあります。なるべく早く勝てる相手とマッチメイクしてもらわなければならないので、海外の選手の多くは腕の良い代理人を立てています。代理人に交渉を依頼するというのも、日本ではあまり行われていません。このような違いが、勝てそうになり相手でも試合を了承してしまう日本人には不利に働いていると言われています。

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勝てない理由3:コーチの問題

ヘビー級で王座を獲得し、日本にも馴染みが深いジョシュ・バーネットは日本人選手について、以下のように語っています。

「五味もKIDも、とてもタフな選手だと思う。だが、彼らにヘッドコーチがついていたら、もっともっと力を発揮できたはずだと思う。特にKIDはね。『キミは素晴らしいアスリートだ。だけど、こことここを、こう変えるともっとよくなるぞ』と細かいところを修正し、練習全体を見てくれるコーチがいたなら、もっとすごい選手になったはずだ」

※ジョシュ・バーネット


ジョシュはコーチの不在を指摘しています。日本は選手が不足しているのではなく、コーチが不足しているという声は、他にもありました。MMAはトレンドの変化が早く、それに対応していかなければなりません。アメリカのトップクラスのジムでは、全ての試合に目を通してトレンドや戦略を分析する担当者がいますが、日本でそこまでやっているという話は聞きません。

アメリカン・トップチームだったかAKAだったか忘れましたが、コーチがある日本人選手について辛辣なことを言っていました。「汗を流すことをトレーニングと勘違いしていないだろうか?」というもので、数試合に渡って進歩が見られないのは、トレーニングの仕方に問題があるという指摘でした。現代のMMAは得意なことを伸ばすだけでは勝てなくなっており、いかに苦手を克服してトータルの戦力をアップさせるかが重要になります。得意な部分ばかり練習して汗を流しても強くはならないのですが、その日本人選手は得意なことばかり練習しているように見えるというのです。

日本のコーチがダメというより、日本のコーチは日本の格闘技団体の出身者が多いため、日本の団体に合わせたトレーニングを行います。トレンドが全く異なるUFCには、また別の視点とやり方が必要になっているのではないでしょうか。中井りんがミーシャ・テイト戦で負けた際に、判定への不服を訴えていました。その抗議はUFCの判定基準からズレており的外れで、中井陣営の研究不足が露呈しました。

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勝てない理由4:MMAの考え方の違い

日本人選手の中には、今でも「1発当たれば」とか「グランドに持ち込めば」みたいなコメントを出す選手がいます。しかしそんなことでは当たらないし、グランドに持ち込めるはずもありません。相手は徹底的に分析を行っていて、「組んで離れる時にガードが下がる」「フックを打つ際に、逆の手のガードが低くなる」など、癖を徹底的に調べ上げています。そこでは「たら、れば」の希望的な観測は全く通用しません。

日本のジムでは寝技が得意な選手が寝技を中心に練習しているケースも多いようですが、そもそも今のUFCでは、打撃が得意とか寝技が得意という選手が入り込む余地はほとんどありません。1Rがわずか5分という短い時間で行われるUFCでは、何が得意かという前にフィジカルが圧倒的に強くないと勝負にならないのが現状です。圧倒的なフィジカルを持ち、打っても組んでも寝ても強いのに加えて、得意分野では他を圧倒するスキルが求められています。

※今や女子でもこの肉体です。


今でも日本のジム(全てではない)では、苦手な分野を得意な分野で補うような考え方が行われています。苦手な分野があれば、そこを徹底的に突く戦略を立てるのが常識となっているUFCで、このような考え方はまず通用しないと言ってよいでしょう。寝技が強いとか打撃が強いではなく、全てが強い選手しか上位に入れないのです。

まとめ

日本人がUFC王者になるには、選手だけでなくコーチやトレーナーなど、総力戦で戦える準備ができないと難しいと思います。マインドの変化も必要で、今や情報戦となったMMAの最高峰で勝ち抜くには、今までのやり方では不十分だと考えられます。最近の日本人選手は、アメリカのチームに所属することも増えてきました。堀口恭司はアメリカン・トップチームに所属しましたし、チーム・アルファメールなどに出稽古に行く選手も増えました。こういった選手たちが、最新のトレーニング事情を日本に持ち込むことも期待できます。

日本人がUFC王者に君臨する日がいつ来るのかはわかりませんが、可能性は大いにあると思います。


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