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宮沢りえの「サンタフェ」/カメラマニアが受けた衝撃

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1991年、宮沢りえのヌード写真集「サンタフェ」の広告が新聞各紙に掲載されると、世間は文字通り蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。人気絶頂の美少女女優がヌード写真集を出すというのが衝撃的でしたし、事前に何の情報もなかったので世間は広告を見て写真集が出るというのを知りました。発売当時は書店に長い行列ができ、ワイドショーが連日連夜この話題を持ち出すのはもちろん、一般紙や報道番組でも取り上げられました。購入した人たちの興奮ぶりも話題でしたが、私の周囲のカメラマニアたちは違った視点でこの写真集に衝撃を受けていました。彼らは「宮沢りえの肌は人間の肌じゃない」と、言っていたのです。 カメラマニア達の議論 彼らは撮影者の篠山紀信が使ったカメラの種類を議論していました。撮影はニューメキシコ州のサンタフェで行われていて、美しい景色に宮沢りえの裸体が写し出されています。この景色の細部や写真集の画像の粒子から、撮影は中判カメラで撮影されていると彼らは結論付けました。普通のカメラでは、ここまで細かな粒子を再現できないというわけです。彼らの議論は、どのサイズの中判カメラを使ったのか?ということでした。 ※篠山紀信 中判カメラとは 何が中版なのか定義はよくわかりませんが、普通のカメラよりもフィルムが大きいのが特徴です。今ではあまり見なくなりましたが、一般家庭に最も普及していたのが135フィルムというもので、フィルムの縦寸法が35mmになっています(そのため35mmフィルムとも呼びます)。このフィルムは実際に写真が写る部分は24mm×36mmで、小型で汎用性があるため世間的な標準サイズになっていました。というか、一般の人が買うカメラは、全てこのサイズでした。 わずか24mm×36mmのネガを引き延ばして写真にすると、当然ながら粒子が荒れていきます。そこでもっと大きなネガで撮影しておけば、引き延ばしても粒子が荒れません。ネガが大きな中盤カメラや、さらに大きい大判カメラはプロのカメラマンなどに重宝されていました。風景などは中判カメラの方が明らかに美しく撮影できるのです。 ※中判カメラ フィルムのサイズは645と呼ばれる6cm×4.5cmから、ブローニー判と呼ばれる6cm×9cmなど、さまざまな種類があります。 中判カメラの悩み 私は...

小説の編集者が指摘しなくなった? /体言止めという面倒さ

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私が20代の頃、某出版社の編集者の知り合いがいました。その人は若手の小説家に対して、「体言止めはミスだとして書き直してもらう」と言っていました。そして体言止めを使用しないのは、小説の世界では常識だと言っていたのですが、最近の小説を読むと体言止めを連発しているものもあり、以前とは変わったのかな?と思います。 体言止めとは 俳句では、よく使われる手法です。体言とは名詞や代名詞、数詞など活用がない言葉の総称になります。その体言で文章が終わることを体言止めと呼んでいます。説明するとややこしいので、例を見てみましょう。 古池や 蛙飛び込む 水の音 有名なこの俳句は、文章の最後が「音」という名詞で終わっています。これが体言止めですね。また俳句だけでなく、新聞の見出しは体言止めが使われることが多くあります。 トランプ氏 北と再会談を示唆 某新聞の見出しですが、こちらも「示唆」で終わっていて体言止めです。「示唆した」でも「示唆しました」でもなく「示唆」です。 体言止めの効果 新聞で体言止めが多用されるのは、文章を短くできるからです。文章を短くまとめて、なるべく多くの情報を伝えたい新聞では、とても効果的な方法だと思います。小説でも体言止めを上手く使うと、文章にリズムが生まれます。「〜ました」「〜でした」の繰り返しでは文章が単調になり、読んでいて飽きてきます。体言止めは変化を生み、小気味よいリズムを作るのに向いているのです。 そして何より文章に余韻を残すことができます。俳句は、この余韻を最大限に利用した世界最小の文学だと思います。 一方で、体言止めは投げやりな印象を与えます。後は勝手に感じてくれとでも言わんばかりの調子になりやすく、当時に文章が軽くなりやすいという問題があります。 体言止めが嫌われる理由 読んでいて、書き手が偉そうに感じることもあります。例えば「私が一番好きな場所は、広島の厳島神社です」という文章を体言止めで書いてみます。 私が一番好きな場所。それは広島の厳島神社。 ちょっと偉そうで、突き放したような印象があると思います。かつて私が話した編集者は、それに加えて「書き手が上手い文章を書いたような気になる」と言っていました。そのため新人の小説家の中には、体言止めだらけという人も珍しくなかったようです...

本の黙読中に声が聞こえる人と聞こえない人 /娘が一部の小説にご立腹です

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私の娘(13歳)は、たまに小説を指して「この本は視点が一致していないから、読みにくくて仕方ない」と不満を漏らすことがあります。中学生が小説の視点の一致など気にするものだろうか?ネットで仕入れた知識を大人ぶって喋ってるのではないか?と思っていたのですが、少し違ったようです。 読書中に文章を読み上げる声が聞こえるか?ニューヨーク大学の調査によると8割以上の人が、読書中に文章を読み上げる声が聞こえるそうです。私は子供の頃から聴こえていたので、聞こえない人がいることに驚きました。娘も聴こえているようで、「声が聞こえない人って、どうやって読んでるの?」と不思議そうでした。 読書中に映像が浮かぶか? 私は多くの場合、映像が浮かびます。これは本にもよって違い、全く映像が出てこないものもあります。最近のライトノベルと呼ばれるものは、映像が浮かびにくいですね。想像力を掻き立てる描写をする作家の文章だと、映像が浮かびやすくなります。娘も全く同じらしく、基本的に映像が頭に浮かぶものの、全く浮かばない本もあるようです。 視点の不一致とは 小説には必ず語り手が登場します。その語り手が主人公の場合、準主役の場合、第三者の天の声の場合の3パターンに概ね分けられます。 準主役が語り手になるケースは多くはないですが、「シャーロック・ホームズ」がそうです。主人公のホームズではなく、相棒のワトソン医師の目線で物語が進みます。そして恐らく最も多いのが第三者の天の声で、どの登場人物の目線でもない目線で語られます。 ※シャーロック・ホームズ 視点の一致は、この視点を物語を通じて同じ視点で書き進むことです。視点が一致していないと、セリフも誰が喋っているのかわかりにくくなり、情景も混乱しやすくなります。ですから小説を書く際の基本として、視点を一致させることが挙げられます。 もちろんこれは絶対の約束事ではなく、優れた作家が意図的に視点を変えることもあります。例えば東野圭吾の代表作「白夜行」では、事件の関係者の視点を次々に登場させ、長期間に及ぶ複雑な事件を多角的な視点で浮き彫りにする手法がとられました。そして犯人2人の視点だけが最後まで登場せず、しかし読者が犯人に共感させられる高度なテクニックで、ファンを唸らせました。 ※ドラマでは視点も時系列も変更されて批判...

判断に迷ったら竜崎署長に聞け! 小説「隠蔽捜査」

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私は 今野敏 の「隠蔽捜査」シリーズのファンで、新作が出ると欠かさず読んでいます。今まで6作の長編と2作の短編集が出ていて、2005年から高い人気を誇っています。この小説は娯楽としてスカッとする面白さがありながら、ビジネス書として読むことも可能なので、サラリーマンに人気が高いようです。硬直した組織の中で、何ができるのかを知る手がかりになるのです。 「隠蔽捜査」は警察小説ですが、事件の謎を解くのがメインではありません。主人公でカチコチの警察官僚の竜崎伸也の人間ドラマであり、竜崎に翻弄される周囲の人達のドラマです。竜崎はキャリア官僚で、自分を普通の人間ではなくエリートだと自認しています。息子が大学受験で東大に落ちると「東大以外は大学ではない」と、私立大学に行かせずに浪人させました。 娘が上司の息子と付き合いだした時には、結婚したら都合が良いと娘に言い、出世を強く望んでいます。家庭は妻に任せきりで、妻に対して「お前は家庭を守ってくれ。俺は国家を守る」と言い切る仕事人間でもあります。いつでも原理原則と合理性を重視するので、家庭だけでなく警察組織内でも変人と言われています。 ※杉本哲太さん主演でドラマ化されましたが、本書の面白さは再現できていませんでした。 竜崎は嫌な官僚の典型的な人物で、普通の小説なら敵役になりそうな人物です。その竜崎が事件に巻き込まれる中で、更正していく話かと思ったら逆でした。竜崎は最後まで官僚としての信念を押し通し、エリートとして行動していきます。読み進めていくと、冴えない中年で嫌みな官僚の竜崎を、思わず応援してしまうのが本書の面白さ、巧さなのです。 竜崎は常に判断に迫られ、それを合理的に判断していきます。家族が不祥事を起こしたとき、上司から不正をするように圧力をかけられたとき、利害が対立する組織の板挟みになったとき、自分を陥れようとする嫌な上司に遭遇したとき、エリートとしての矜恃を忘すれることなく、原理原則からブレずに決断を重ねます。ここら辺りの考え方が、ビジネス書として読まれている部分でしょう。 ※陣内孝則さん主演でドラマ化されたこともあります。 竜崎の理解者でありながら竜崎が嫌っている伊丹刑事部長や、変人の竜崎をなんだかんだで応援する家族、2作目からは癖のある刑事なども加わって、人間ド...

イスラエルのシャンペン・スパイ/ 実在した007のようなスパイ

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以前、「 スパイとしては役に立たないジェームズ・ボンド 」を書いている時、社交界で華々しく名を売りながら諜報活動をしていたスパイを思い出しました。彼はシャンペンをプレゼントして人脈を築いていたため、上司からシャンペン・スパイと呼ばれていました。今回はそのスパイ、ウォルフガング・ロッツという男の話です。 少年期 1921年にドイツで、ユダヤ人の母とドイツ人の父の間に生まれました。しかし父親の血が強かったのか見た目には完全なドイツ人で、ユダヤ人らしさがまるでありませんでした。さらに両親は宗教への関心が薄かったため、割礼もしませんでした。ユダヤ人である証拠として扱われる割礼の跡がないことは、後にナチス政権下でウォルフガングの命を救うことになります。 また両親は演劇界で働いていたため、ウォルフガングも演技の練習をしていました。これが後にスパイになった時に役立つことになります。そして10歳の時に両親が離婚し、さらにヒトラーが政権をとったのを機に、身の危険を感じたロッツ母子はテルアビブ(現在のイスラエル第二の都市)に移住します。 軍人からスパイへ 第二次大戦が始まると、ネイティブなドイツ語能力を買われてイギリス軍に入隊します。ウォルフガングは諜報部隊に所属し、主に捕虜になったドイツ兵への尋問を行っています。終戦後にイスラエルに戻ると、国に武器を密輸する仕事に従事しました。イスラエル独立戦争が始まると今度はイスラエル国防軍に入り、イスラエルの独立に貢献しています。さらに第二次中東戦争となったスエズ危機でも、ウォルフガングはイスラエル軍少佐としてエジプトと戦っています。 そのまま職業軍人として過ごしていたところ、ドイツ人の風貌に流暢なドイツ語を買われてイスラエル参謀本部諜報局(アマーン)にスカウトされます。アマーンはエジプトにウォルフガングをドイツ人として潜入させることにしました。任務はエジプトのナセル大統領が進める兵器計画の全貌を探り、次のエジプトの攻撃目標を探ることでした。 エジプトでの諜報活動 元ナチス党員で、元ドイツ国防軍将校。現在は馬の調教師と貿易を行うビジネスマンとして、カイロに降り立ちます。エジプトの社交界に登場したウォルフガングは、瞬く間に話題の人になります。ユダヤ国家イスラエルと対峙するアラブ人社会では、ナ...

なぜ新聞はフェイクニュースを書くのか /ミトロヒン文書が明かす理由

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新聞記事は情報操作されていて、真実が歪められている。しかもKGB(旧ソ連のスパイ組織)が新聞社に関与し、自分達に都合の良い記事を書かせている。映画のような話ですが、日本のあらゆる新聞社が情報操作されていることが、ミトロヒン文書によって1992年に発覚しました。その内容は21世紀に入ってから、世間に公表されています。 インテリジェンスおよびセキュリティ委員会 ミトロヒン調査報告書 ワシリー・ミトロヒンという男 ミトロヒンは1922年にソ連に生まれ、カザフ大学を卒業すると、KGBに入ります。その後、幹部にまで昇進しますが、フルシチョフ時代にはソ連に幻滅していました。ソ連が崩壊した1992年にミトロヒンは、MI6の協力を得て、イギリスに亡命を果たしています。 ミトロヒン文書 ミトロヒンは、イギリスへの手土産として膨大なKGBの機密文書を提供しました。そのボリュームは25.000ページ以上にのぼり、あまりの量にMI6だけでの分析は難しく、ケンブリッジ大学のインテリジェンス・セミナーの参加者である研究者も参加しました。 ※ケンブリッジ大学に保管されているミトロヒン文書 アメリカのFBIはミトロヒン文書に関して「これまでに得た情報では、最も完璧で、広範囲に亘り網羅している」と評し、CIAは「戦後最大の防諜情報の宝庫」としています。このミトロヒン文書は、解析した後にケンブリッジ大学で一般公開されています。その内容をまとめた本も出版され、2005年出版のMitrokhin Archive IIには日本に関する章があります。 ※日本ではアマゾンから購入可能です(英語版) ミトロヒン文書の中の日本 (1)日本社会党に関して 「中央部は日本社会党の機関紙で発表するよりも、主要新聞で発表する方がインパクトが大きいと読んでいた」 日本社会党への浸透は、もはや当然のこととして書かれています。日本社会党の機関紙は、KGBによる情報操作が行われていたと考えて良さそうです。 (2)政治家 「日本社会党以外でKGBに関与した政治家の中で、最も有力なのは石田博英(コードネーム「HOOVER」)であった」 ここでも日本社会党の浸透は当然のこととして、さらに自民党の石田博英もKGBの協力者だっ...

ファッション業界は堕落したのか?

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注)この記事は以前のブログの転載記事です。 ルイ・ヴィトン のバッグはmade in Franceって書いてるけど、本当はフランス製じゃないよね、とか。セレブが身につけている高級ブランドは、お金をもらって宣伝のために身につけてるだけだよね、とか。前から噂されていたことを、膨大な取材を元に名の知れたファッション・ライターがストレートに書いてしまった本が、今回紹介する「堕落する高級ブランド」です。 発売される前に書評を読んで、裁判を起こされて発禁になる可能性があるから、早めに買っておこうと思いました。しかし今でも売られているということは、裁判沙汰になっておらず、各ブランドも裁判をして注目を集めるよりも無視した方が得策と考えたのか、反論の余地がないのかなのでしょう。重版も重ねているようで、一定数が売れ続けているようです。 著者のダナ・トーマスは、 ニューズウィーク 誌でファッション記事を書き続けていた、その世界ではそれなりに有名なライターです。彼女は単に高級ブランド批判を展開しているのではなく、かつて憧れたブランドが商業主義に傾き、良いものを作るのではなく高く売れるものを作るようになったことを嘆いています。 本書で最も批判の対象になっているのは、 LVMH のベルナール・アルノーです。彼はルイ・ヴィトンを買収すると、フランスの商慣習を無視した資本主義の原理で、フランスのファッション界を席巻していきます。ヴィトン一族は、彼に会社を売ったことを後悔し、法廷闘争を繰り広げました。しかし彼への批判は、その人が置かれた立場によって変わってくるのではないでしょうか。 ※ベルナール・アルノー カシミアを着た狼と呼ばれています。 アルノーは、ルイ・ヴィトンのモノグラムが印刷された塩化ビニールのバッグを、革製品よりも高値で売ることに成功しました。品質をギリギリまで下げ、利益率を最大限に上げたルイ・ヴィトンのバッグは、もはや法外な値段がつけられています。そしてアルノーは、バッグを売るのではなくセレブ達と同じものを持てるという幻想を売っていると言います。 消費者からすると、品質を下げて価格を上げられるのですからたまったものではありません。しかし経営者の目線で見ると、売上が低迷していたルイ・ヴィトンを、世界的なブランドに押し上げた立役者です。しかも売上だけで...

恐ろしく真面目なパンチラ考察

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注)この記事は以前のブログの転載記事です。 一生のうちの暇な時間にでも読んでおいた方が良い本として、 井上章一 さんの「パンツが見える」はオススメです。目から鱗の風俗史で、クソ真面目にパンチラを語っています。 この井上章一さんは変わった方で、京都大学建築学部を卒業して建築史を専門としていたのに「美人論」で有名になり、面食いの正当性を熱く語っていました。そして関西人、阪神タイガース、人形に関する著作を出して、次がパンチラ論です。 井上章一さんは研究者としては真面目です。かつて女性はパンツを履かず、陰部が見えても気にしなかったという事実を、これでもか、これでもか、これでどうだ、これもあるぞ、次はこれだ、さらにこれだ、という感じで次から次へと執拗に文献を紹介していきます。読者が「もうパンツでお腹いっぱいです」と悲鳴を上げるくらい、パンツに関する文献を調べて紹介していきます。それを踏まえて、こんな結論に達します。 「彼女たちは、陰部の露出がはずかしくて、パンツをはきだしたのではない。はきだしたその後に、より強い羞恥心をいだきだした。陰部をかくすパンツが、それまでにはないはずかしさを、学習させたのである。」 延々と続くパンツの文献紹介に付き合わされた後では、これだけ読むとものすごい気がするこの一文が、ビシッと心に響いてしまいます。「いやぁ、さすがです」(なにが?)という独り言を呟きたくなる破壊力なのです。さらにパンツの柄や色によってもエロティシズムに差があり、無地の白が最高にエロいことをさまざまな文献の引用で、これでもか、これでもかと突きつけます。いやはや色や柄をここまで深く突き詰めた人はいないでしょう。読むと「はい、白無地が最高です」と頭を下げたくなります(なにに?)。 ※ この手の話に必ず出てくるモンローの「七年目の浮気」と、小川ローザのOh!モーレツの影響は限定的に扱われています。 恥ずかしいからパンツを履いたのではなく、パンツを履いたから恥ずかしくなった。つまり女性はパンツに洗脳された。女性が恥ずかしがるから男は見たくなった。つまり男もパンツに洗脳された。という身も蓋もない事実を徹底的に追い詰めていった姿勢に、ある種の凄味すら感じる本です。ぜひとも暇な時間に読むことをオススメ...

一度は読むべき セクハラ大王の著書「包擁力」

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2002年に(株)経済界から発売された、「包擁力ーなぜあの人には『初対面のキス』を許すのか」(高塚猛、 中谷彰宏 共著)は、仕事ができる下劣な人間に権力を渡すと、何が起こるのかを克明に記録した名著です。私は2004年に読んだのですが、その狂った内容に一息で読んでしまいました。コンプライアンスが叫ばれる現在、この狂気の犯罪自慢の記録は、多くの人に反面教師として役に立つと思います。そこで今回はこの本の内容と、高塚猛氏について書いていこうと思います。 高塚猛の略歴 1947年、東京生まれの実業家です。1968年にリクルート社に入社し、そこで頭角を表します。22歳で福岡営業支所の所長になると、1年で売上高を15倍に増やして赤字だった営業所の黒字化に成功しました。その手腕を認められて24歳時に大阪支店の営業課長になると、値引きゼロで売上目標達成率1位を達成しています。さらに売上金回収率100%で、カリスマ営業マンとしてその後も社内で辣腕を振るいました。また25歳で就職情報誌を創刊すると、わずか1年で黒字化を達成すると、赤字だった住宅情報誌の責任者に就任して1年で黒字化しています。 29歳の時にはリクルートが経営再建を引き受けた盛岡グランドホテルの総支配人として赴任し、わずか1年で黒字化しています。売上高3.5億円を数年で21億円まで伸ばし、高い収益性を持つ優良企業に変貌させました。その後も安比高原リゾートホテル、岩手ホテル&リゾートの代表取締役を歴任して黒字化に成功すると、再建請負人と呼ばれるようになります。こうした華々しい実績により、99年から福岡ダイエーホークス、福岡ドーム、ホークスタウンの経営再建を任されることになりました。 高塚猛のホークス再建 当時のダイエーは多額の有利子負債を抱え、経営が危ぶまれていました。そのダイエーが抱える福岡ダイエーホークス(現在のソフトバンクホークス)も同様に赤字を抱えており、高塚にとってはこの赤字を削減することが急務でした。全国展開する親会社のダイエーの目論見で、ダイエーホークスも人気を全国展開するというそれまでの方針を高塚は一変させ、地域密着型の経営戦略にします。その一環としてロゴマークを著作権フリーにしたことで、ホークスを冠した商品が福岡に溢れることになり、チームの成績上昇もあってホークスの人気は上昇していきます。こうして福岡ドーム...