ただ空を飛びたいんだ /20世紀初頭の飛行機の話

1903年、ライト兄弟が初めて飛行機の初飛行に成功し、飛行機の時代が幕を開けます。私はここから第一次世界大戦が始まるまでに開発された飛行機が好きで、この時代の写真を見ていろいろと空想を巡らせます。本当に飛ぶか飛ばないかわからない飛行機も多く、野心的な作品が数多く見られます。 ※イギリス人初の飛行者と豚 ただ飛びたいんだ この時期の飛行機の特徴として、用途が決まっていないことが挙げられます。第一次世界大戦が始まると、飛行機は偵察機として作られ、後に爆撃機となります。戦後は商用飛行機が作られ、空飛ぶバスとして開発されますが、大戦前は飛行機に具体的な目的がありません。とにかく空を飛びたい、ただ空を飛びたいだけで、ものすごい情熱と死亡事故などの人的犠牲を払いながら開発が進みます。 この野心的で情熱的、しかしどこか牧歌的な飛行機に私は魅せられています。科学の粋と職人の技が融合した、ちょっと変わった飛行機を紹介していきたいと思います。 エアロドローム(1903年) スミソニアン学術学会長官のサミュエル・ラングレーは、1894年から飛行機のテストを繰り返していました。これらの飛行機はエアロドロームと名付けられ、無人機でテストを繰り返した後に1903年10月、そして12月に有人機のテスト飛行が行われました。しかしポトマック川に墜落し、失敗に終わりました。 ラングレーは機体の安定性を維持することに重点を置き、空力特性を重視していませんでした。エアロドロームの実験が失敗した9日後に、エアロドロームとは反対のコンセプト(機体の安定性を犠牲にして空力特性に特化した)で設計したライト兄弟が初飛行に成功しました。政府予算を使い、アメリカ最高の頭脳を集めたエアロドロームが失敗し、新聞屋のライト兄弟が成功したのは皮肉なことだと思います。 ペルトリII(1908年) ヨーロッパでも飛行機の開発は行われていて、フランスがヨーロッパでは先進国でした。そんなヨーロッパにライト兄弟の飛行に成功したニュースが届くと、開発者らは驚きを隠せませんでした。ライト兄弟が設計してたライトフライヤー号が飛行する写真が新聞に掲載されると、フランスの技術者は翼がねじれていることに着目し、「ひねり翼」の秘密に気が付きました。 ライト兄弟はフランスとドイツでひ...