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久々のデッキシューズ

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 夏休みに小旅行をする際に、気がつくと暑苦しい革靴しか持っていないことに気がつきました。スニーカーはいかにも運動用のものしかないし、泳ぎに行くのに革靴はちょっと違うと思うので、久しぶりにデッキシューズを買うことにしました。靴下を履いてデッキシューズを履く人もいますが、デッキシューズは船の甲板の上で履く靴ですから、やっぱり素足で履きたいと考えています。しかしそうなると、選択肢が少ないことに気がつきました。 靴屋さんに行くとデッキシューズは多数ありましたが、素足で履くといかにも蒸れそうなものばかりです。ソールがゴムなので蒸れやすいとは思うのですが、革なのかビニルなのかわからない素材で作られたアッパーを見ると、足が臭くなりそうです。 かと言って本格的なデッキシューズを買うと3万円オーバーなんてことにもなりそうで、そんなお金はありません。こりゃ困ったと思っていると三陽山長のデッキシューズがセールで安くなっていると聞きました。 国産メーカーの三陽山長は、靴のモデル名が全て日本語という特徴があります。デッキシューズのモデル名は「葉山」で、なんとなく昭和の残り香がします。しかし履いてみると、靴の中は全てパイル地でできているので素足でも快適です。足も痛くなりませんし、パイル地のインソールは着脱が可能です。つまりインソールだけ取り外して、ジャブジャブ水洗いができるんですね。 セールで安くなっていることもあって、これに決めました。ついでに交換用のインソールも一枚買って、これで気にせず素足で履けます。 ジーンズに合うように紺色のモデルにしましたが、紺色の部分がヌバックで茶色の部分がスウェードになっています。厳密には手入れの仕方が微妙に違うようですが、まとめてブラシでゴシゴシやって防水スプレーをかけています。スエードって撥水性が高いので、少々水に濡れても安心ですね。水滴がコロコロ転がって下に落ちていきます。 これなら定価で買ってもお得感があったと思いますが、安く買えたのでさらに満足しています。まだまだ暑いので、しばらくはこの靴のお世話になりそうです。 下の写真リンクはパラブーツのデッキシューズですが、これもなかなか良いです。 4/18再入荷 【 ポイント10倍 】【日本正規取扱店】 Pa

アメリカが望んでいるのは小泉元総理の再来らしい

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 なにかのインタビューにあったのですが、アメリカでは小泉元総理の再来が望まれているそうです。小泉氏の政策がどうとかそういう話ではありません。政策を実行できて長期安定政権を築ける人を望んでいるということの例えのようです。そりゃそうですよね。菅総理と会談しても、いつまで総理でいられるかわからないですからね。任期の途中で辞めることが常態化すると、「俺は誰と話したらいいんだー!」という心の叫びが諸外国首脳から出てきても仕方ありません。 小沢一郎氏が代表選に出馬するというニュースが駆け巡りました。鳩山前総理が前言を翻して小沢氏支持を表明し、それで事態が一変してしまいました。政界引退の件といい今回といい、鳩山さんは総理を辞めても発言がブレまくっていますね。ここまで続くと思いつきで話しているとしか思えないのですが、今回の小沢氏支持も思いつきではないんですか?などと意地悪を言ってみたくもあります。 さて小沢氏の出馬は奇異です。政治と金の話が再燃するのは間違いないですし、小沢氏が総理になれば野党は一斉にこの問題で集中砲火を浴びせるでしょう。小沢氏が国会運営をスムーズにできるはずがありません。総理になれば起訴されないというのがあるので、起訴逃れの出馬という声もありますが、そんなことをしたら野党に格好の餌を与えるだけになってしまいます。総理になっても混乱するだけなのに、どうしてこんな行動に出たのでしょうか。 菅総理になって、冷遇されている小沢派と鳩山派が決起したとも言われていますが、私はこれが近いように思っています。年齢的に最後のチャンスとなる小沢氏を焚きつけて、菅総理を牽制する狙いがあるのではないでしょうか。選挙の結果によっては、党三役の一部を狙っている人達が熱心に小沢氏に出馬を勧めたように思えます。まあ、私の想像ですけどね。しかしお家騒動の域を出ないのは間違いないでしょう。 小沢氏が大敗すれば、側近を引き連れて自民党に合流する可能性もありますし、僅差で負ければ小沢派が内閣に入り込むでしょう。小沢氏の影響力が増えれば、再び不満が再燃すると思われます。小沢氏が勝てば国会運営は困難になり、結局はどうやっても政局が混乱するのは避けられません。為替レートや株価を見るだけでも緊急の案件がゴロゴロしている中で、お家騒動

踊る北朝鮮

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 とりあえずこれを見てください。 North Korean People's Army Funky Get Down Juche Party これを見ると北朝鮮って楽しそうな国に見えますね。音楽を変えるだけでこれだけ陽気に見えるって、やっぱり音楽の力は偉大だなと思ってしまいました。 兵士の皆さんも、生き生きして見えますね! 追記 当然ですが、このビデオは北朝鮮非公認です。 北朝鮮5000ウォン紙幣2006年 未使用 にほんブログ村 ----- COMMENT: AUTHOR: sunaonakokoro DATE: 08/25/2010 23:43:03 音楽の力って凄いですよね~ 楽しそうというか、この曲のプロモーションビデオのような出来栄えに驚きました。 これが違う音楽だったら、また違った印象なんでしょうね。 それにしても怖い国・・・ ----- COMMENT: AUTHOR: jojo DATE: 08/26/2010 01:27:21 音楽はすごい。 なんてゆうか北朝鮮のこういうのはよく見るんですが、これは誰が得をしているんでしょうかね?金正日もいつもつまらなさそうな不機嫌そうな顔をしているし・・・ 私は北朝鮮代表のチョン・テセ選手のプレーが非常に好きで応援してるんですが、彼は日本籍でも韓国籍でも取れたのに、朝鮮学校で学んでいたことで祖国に北朝鮮を選んだ。 テセは川崎時代年俸3500万ほどでしたが、他の北朝鮮代表は6~7万ほどだそうです。ハァ。 ----- COMMENT: AUTHOR: boi DATE: 08/26/2010 11:39:55 面白い!ついTwitterで呟きました! 音楽って凄い、まるで映画のプロモーションみたいですね。 それにしても北朝鮮のマスゲームっていつ見ても凄まじい…。命がけじゃないと中々ここまでのは出来ない気がします。 ----- COMMENT: AUTHOR: はねもね DATE: 08/27/2010 11:42:23 ★sunaonakokoroさん とてもお遊びで作ったとは思えない出来のよさですよね。行進の場面にワルキューレなんかを使うと、今

高価なものと価値あるもの

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 知人の娘が、来年は成人式を迎えるのだそうです。その娘T嬢は知人に「成人したら、お祝いにグッチのバッグを 買って」とおねだりしているそうで、知人は娘の願いならばと買ってあげようと思っていたそうですが、それを奥様がノンとばかりに否定したのだそうです。 「学生の身分でグッチなんて」というわけで、カンカンガクガクの親子喧嘩が繰り広げられ、奥様は妥協して「私のヴィトンをあげましょう」と提案したそうで す。しかしT嬢は納得しません。「お母さんのお古じゃイヤ!」というわけです。 酒の席で知人がこんな話をしだしたので、みんなでワイワイ議論になりました。「お母さんの言うとおりだ」「今時の子供はグッチぐらいもってる」「あんまり高価じゃなければいいんじゃない?」「結局、お母さんも甘いな」と好き勝手な事を言っていたのですが、私はお母さんの提案を支持したくなりました。 知人の奥様が娘にあげようと言い出したヴィトンというのは、バブルに浮かれていた頃に知人が奥さんにプレゼントしたものだそうです。つまり20年ぐらい前のものですね。それから何年も使っていたらしいのですが、モノグラムのビニル製ではなく革でできているものなので色もかなり変色しているのだそうです。T嬢からすると、古臭くて変色したバッグなんて嫌なんでしょう。 しかしこれって個人的には素晴しいプレゼントだと思います。成人式のお祝いに、お父さんがお母さんにプレゼントしたバッグを受け継ぐなんて、最高だと思うんですけどね。こういうものは新しいものよりも古くて歴史があるものの方が、価値があると思います。 イギリスやフランス、ドイツなどではよく聞く話ですが、宝飾品や高級なバッグなどは親から子へと受け継がれるそうです。そのため安くてすぐにダメになるようなものではなく、高価でも長持ちするものが好まれます。親が大事に使っていたものを子供が受け継いで、子供も大事に使うということが行なわれているわけです。 我々の感覚からすると、子供はお古よりも新品の方が喜ぶように思いますが、それがそうでもないようです。新品よりもお古の方が、価値があることを知っているからです。 誰の言葉だったか忘れましたが、「バカでも運さえあれば金持ちになれる」というのがあります。エルメスのバッグにしたって、200

自然を愛するのは難しい

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 最近、妙に自然が好きだと言う人が増えているように思います。なぜか森林浴がブームになったり、最近は登山がブームになっていますね。自然食品というのが流行ったり、家も自然の建材を使うというのが流行っています。そもそも自然は体に良いとか優しいいう発想自体が大間違いなのですが、これだけ花粉症が流行って毒キノコやフグの中毒があってトリカブトを使った殺人まで起こっているのに、その成分を吟味せずに「自然は体に良い」と妄信している人が多いことには驚かされます。そして自然が好きという人の多くは、アイドルが好きと言うのとほとんど変わらない人が多いようにも思います。 果たして、そもそも自然とは無条件に美しいものなのだろうかとも考えます。自然はある意味において、我々男性からすると女性に似ています。パッと見ると美しいのですが、どんなに美しい女性でも体調が悪いと嘔吐しますし下痢もします。怒って醜く顔が歪むこともありますし、泣いてグチャグチャになることもあります。 そして何よりも気分屋です。朝方は満面の笑みで迎えてくれたかと思うと、午後には「さっさと失せろ。ぶっ殺すぞ」と怒鳴りつけたりもします。ただ自然が女性と違うのは、機嫌が悪くなると簡単に人を殺してしまうことです。 自然は機嫌が悪くなると、人だろうが動物だろうが情容赦なく殺していきます。同情をかうことも交渉することも、取引することもできません。子供であれ女性であれ、病人であれ老人であれ、そこにいる者全てを葬り去ります。立ち向かうというのは勇敢さではなく愚行でしかありません。 そこで古くから自然の機嫌が斜めになってきているのを察知するために、多くの知識が蓄積されていきました。戦っても絶対に勝てないほど強力な力を持っているのですから、暴れ出したら逃げるしかないのです。 相手の女性を良く知らないと、愛することは難しいですよね。自然も同じで、自然をよく知らないと愛するなんてことは難しいはずなんです。 美しい一面だけを見て「キレイだ!大好き!」と言っているのは、アイドルをテレビで見て「可愛い!大好き!」と言っているのと変わらないように思います。軽装で富士山に登り、排気ガスを撒き散らす救急車に出動してもらう人達が増えているのは、自然をアイドル嗜好で好んでいるからのように思え

お洒落と気配り

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 「お出かけの際は、女性と同伴ですか?」 パーティというか飲み会というか、ちょっとした集まりに出かけるので、ネクタイをどうするか相談していた時に、ここで何度も紹介した飯野さんはこう質問してきました。「いえ、一人ですよ」と答えたのですが、どうして女性との同伴を質問してきたのか気になりました。すると私の疑問に飯野さんは明快に答えてくれました。 「男性のファッションは、女性を引き立たせる役目もあるんですよ」 なるほどと頷きながら、こういう気配りを加えながらアドバイスできる人がどれくらいいるだろうかとも思いました。 連れている女性を引き立たせるために男性は抑制の効いたファッションを心掛け、自身の服の色なども女性のファッションに気を配るというのは実に紳士的ですね。さりげなく、こういう気配りができるのは大事だと思います。 しかしこういう気配りは、だんだん薄れてきているようにも思います。 先日、社内でマナー講習というものがありました。名刺の渡し方から電話の取り方、服装に関しても話があったのですが、講師の方はこのように言っていました。  「マナーとは相手のことを思って行う事で、お洒落は自分だけが目立とうとする自分本位のものです」 この言葉を聞いて私は前記の飯野さんの言葉を思い出し、服装の講義を行なう人の認識がこの程度なのかと悲しくもなりました。 しかし、それも仕方のないことなのかもしれないとも思います。メディアに出てくるメンズファッションの重鎮と呼ばれる人の中には、まさに自分だけが目立とうとするエゴ丸出しのファッションに身を固めている人がいます。ロックスターの舞台衣装なら、それでもいいでしょう。ファンは格好良いロックスターを求めてコンサートに集まるのですから、自身の格好良さを最大限にアピールして、会場中で最も華やかな存在でなければならないからです。 しかしテレビには舞台衣装をそのまま日常に持ち込んだようなスタイリストやデザイナーが、街角の素人を捕まえて服装をあれこれ評論する番組が散見されます。そういうテレビを見ていると、講師が言った「お洒落は自分本位のもの」という言葉は、説得力を持ってしまいます。それが決して良いことだとは思いませんが、仕方ないのかもしれません。 私もいい歳になってきたので、こういう

マンションポエム

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 ツイッターを見ていて、マンションポエムなる言葉を見つけました。マンション業界で働くものとしては気になります。このマンションポエムとは、「マンション宣伝広告に見られるすっとこどっこいな謳い文句」のことだそうで、特徴の一つとして「勢いあまって世界征服っぽい」というのがあるそうです。これらのマンションポエムを集めている人もいるようで、業界人としては実に恥ずかしい思いです。 勢いあまって世界征服っぽいというのは、「ここに住むこと。それは東京都心を手にすること」みたいなノリのコピーですね。「いま、東京を掌る」なんていう、まさに支配者のようなコピーもあります。なんというか独特の世界観があって、その世界観が力任せっぽいというか強引な感じが残ります。 コピーだけ抜き出すと、宗教っぽいものもありますね。上記の世界征服以外には、「今ここに、堂々の○○誕生」みたいな誕生をイメージさせるものがあります。 さらに何がなんだか意味不明なものあります。「邸宅の真髄、ついに最終章」というコピーは、何が真髄なのか説明もありませんし最終章というのは会社を畳むので最後の物件になるという意味でもなさそうです。あとは横文字だらけで、パッと読んだだけでは意味がわからないものなんかもありますね。 つまりマンション販売のコピーは画一的になってしまっていて、その中で特色を出そうとするからとんでもない強引なコピーが生まれてくるように思います。この手のコピーは広告代理店が持ってくる中から選ぶケースが多いのですが、選ぶほうの嗜好がパターン化しているので代理店も似たようなコピーを乱発することになっているのでしょう。 うーん、私は広告宣伝の仕事はしていませんが、業界人としては恥ずかしいですね。 最後にマンションポエムの動画に書かれていたコピーを・・・ 「マンションポエムは「センス」が作ってるんじゃない! 「会議室」が作ってるんだ。」 はい、真面目な会議で決定されています。。。 ついでにこんなサイトもどうぞ。 http://blog.livedoor.jp/sohsai/archives/cat_361749.html COMMENT: AUTHOR: 女王様 EMAIL: IP: 221.119.163.117 URL:

キン肉マンと吉野家

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 牛丼の吉野家が17ヶ月連続で、売上が前年割れだそうです。同じ牛丼を販売するすき家や松屋が売上を伸ばしているのとは対照的に、牛丼戦線での一人負けを印象付けました。私の家の近くにも吉野家があるのですが、なんとなく行きたいとは思わないんですよね。一方、取引先の近くには松屋があって、時間がない時はそこで昼ごはんを済ませることもあります。味はどこも大差ないと思うのですが、メニューの少なさや割高感が吉野家のネガティブなイメージになっていて足が向かないんです。 吉野家はあらゆる意味で後手を踏んでいて、その一つ一つを取り上げれば失敗の歴史の本になりそうです。特にマーケティングが苦手のようで、それは漫画家のゆでたまご氏との騒動によく現れていると思います。漫画「キン肉マン」の作者ゆでたまご氏が、批判に答える形でツイッターにつぶやいたことから思わぬ騒動に発展しましたが、この事件は吉野家のマーケティングに関して象徴的な出来事のように思いました。 ことの発端はキン肉マンが、吉野家のライバルすき家のキャンペーンキャラクターになったことから、「ゆでたまごが吉野家を裏切った」とネットで批判されたことでした。キン肉マンは20年以上も前に漫画もアニメも大ヒットしたのですが、キン肉マンの好物が牛丼という設定で、お店の名前も吉野家が使われていました。主人公が毎週のように「牛丼一筋300年~」と歌い、小学生の間でこの歌が流行して経営再建中の吉野家の追い風になりました。 そのキン肉マンが、再び経営難に陥っている吉野家を見捨ててライバルのすき家のキャンペーンをやっているのですから、ファンとしては穏やかではなかったのです。そしてその批判に答える形で、ゆでたまご氏は吉野家との間に確執があることをツイートしました。 テレビ番組で永久無料で牛丼が食べられる名前入りドンブリを持参したところ、吉野家で無料を断られてしまいました。その放送直後に吉野家に苦情が殺到したために吉野家はタダ券を持参してゆでたまご氏に謝罪に行くものの、そこで逆にゆでたまご氏を怒らせる結果になっています。 キン肉マンの29周年(なぜハンパな数字なのだろう)を祝う企画が持ち上がった時に、集英社(キン肉マンを連載していた少年ジャンプの発行元)が吉野家に対して恩返しの

素晴しいが高価すぎる

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 ハンス・J・ウェグナーという名前を聞いて、すぐにわかる方は家具が好きな方でしょう。デンマークが生んだ、世界的な家具デザイナーです。そのウェグナーの代表作であるYチェアがお店にあったので、久しぶりに座ってみました。やはり素晴しいイスです。洗練を突き詰めるとシンプルになるという言葉の通り、実にシンプルな形ですがゆったりと落ち着いて座れます。明らかにそこら辺りにあるイスとは座り心地が違います。できることなら、こういうイスを揃えたいですね。 Yチェアは1950年ごろに発売されてから、今なお売れ続けている世界的な名作チェアです。それだけ多くの人を虜にしてきたのですから、素晴しいのは当然ですね。しかしこのイスは、なんと一脚が10万円もします。ダイニングに4人分揃えると40万円になってしまいます。いくらなんでも高価すぎるように思います。そしてウェグナーは自分のイスがこれほど高価な値段で売られていることを、天国でどう思っているのでしょうか。 そもそも家具は職人の手作業で作るものでしたが、20世紀半ばにはさまざまなデザイナーが大量生産を視野に入れて機械で製作しやすいイスのデザインを考案していきました。ウェグナーもその1人で、座り心地の良い確かなイスを安価に届けようという思いからこのYチェアが生まれました。ほぼ同じ頃に発売したチャイニーズチェアやブルホーンチェアも同様で、安く大量に流通できるようにデザインされています。 アメリカにも同じような考えを持つデザイナーが沢山いました。代表としてチャールズ・レイ・イームズの名前を挙げますが、彼はウェグナーとは違い樹脂と金属で大量に生産できるイスをデザインしていきました。しかし彼のイスも現在では高額な値段で販売されていて、家具好きでもない限りは購入しようとは思えないものになっています。安価な材料で簡単に大量生産できるはずのイスは、なぜか高級品として高額に流通しているわけです。 イームズの与えた影響は大きく、彼のデザインの模倣は日本でも数多く見る事ができます。代表的なのは日本の駅のホームに置いてあるイスでしょう。まさにイームズの影響を受けたデザインで、座面はそのままの形をしています。もしかしたらイームズが望んでいたのは、こういう使われ方だったのかもしれません。 素晴し

再び電波障害問題

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 Aさんは、自分が住んでいるマンションの管理組合の理事長をしています。Aさんのマンションが建設されるときに、テレビの電波障害を起こっていました。マンションが建ったために、テレビが映らない家が出てきたんですね。そこでAさんのマンションの屋上にはアンテナが取り付けられ、近隣の住宅までケーブルが敷かれてテレビ放送を供給しています。これを共聴アンテナ方式と呼んでいます。 Bさんが理事長を務めるマンションにも、同じく電波障害の問題がありました。しかしAさんのマンションと違うのは、ケーブルテレビを使って近隣の住宅にテレビを流していることです。これをケーブルテレビ方式呼んでいます。 どちらもマンションが建ったためにテレビが映らない家が出てきたので、方式は違えどもテレビが映るようにしていたわけです。こうやって何年も何十年も問題なく過ごしてきました。そこに地デジという問題がやってきます。 地デジになれば電波障害がなくなると郵政省(現在の総務省)は言っていましたが、実際にはビル陰は残ります。Aさんのマンションでは理事会を開いて、地デジが映らない家があるか調査をしました。するとマンションに近接する5軒が映らないことがわかりました。総務省は、地デジが映らない場合は引続きテレビを施設から流すように求めています。そのため、地デジ用に施設を改修すると費用の半分を国が出してくれるとわかりました。そこでAさんは管理総会を開いて、施設の改修工事とその費用の半分を国から出してもらう手続きに入りました。 Bさんも同じく、地デジが映らない家があるか調査をしました。するとマンションに近接する5軒が映らないことがわかりました。しかしケーブルテレビ会社に問い合わせると、ケーブルテレビの放送はアナログ放送の代用なので、アナログ放送終了と同時にケーブルテレビの放送も打ち切ると言ってきました。ケーブルが打ち切られると、5軒の家ではアンテナを設置しても地デジが見られません。これには困りました。 Bさんは5軒の家をまわって、事情を説明しました。今後もテレビを見るためには、有料でケーブルテレビを受信するしかありません。すると5軒の家主たちは、マンション側で月々のテレビ代を負担してくれと言います。自分達はここに住んでいただけで、あなた方のマンショ

レナウンとデパートの衰退

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 「レーナウーン、レナウン、レナウン、レナウン娘が」の服飾メーカーのレナウンが、中国企業に身売りしました。デパートの衰退とともにレナウンも傾いたと言われていますが、デパートの衰退とレナウンの衰退は意味が違うように思います。レナウンの衰退は、単純に服飾への消費が減った結果だと思いますし、デパートの衰退は経営の舵きりが失敗だったように思います。 総務省の家計調査統計を見ればわかるのですが、1990年(バブルの頃)には消費支出の7.4%を衣料品が占めていますが、2006年には4.3%に減っています。金額にすると40%以上も減っているのですから、服飾メーカーが苦戦するのは当然でしょう。 ちなみにこの間に、交通・通信費は携帯電話やインターネットの普及から9.5%(1990年)だったのが12.8%(2006年)に増えています。住居・光熱費も3割ほど増えています。 そして驚くことに消費支出全体を見ると、バブルのピークだった1990年から2006年にかけて、わずか5%しか減っていないんです。 つまり不況になっても、みんなそれなりに買い物はしているわけです。しかし買い物の中身が変わりました。そしてその中で最も影響を受けたのが、衣料品だったわけです。ちなみに日本の消費支出に占める衣料品の割合は、先進国中最低です。イタリアの45%、イギリスの60%程度しか日本人は衣料品にお金を使っていません。経済発展が続いている韓国よりも使っていないことは当然としても、アメリカよりも衣料品にお金を使っていないのは驚きです。 そもそも日本人が服を買わなくなったというのもありますし、ユニクロに代表されるファストファッションに向かったというのもあるでしょう。そう考えると、レナウンが従来となんら変わらないビジネスを展開していれば衰退するのは当然と言えるわけです。日本の服飾メーカーに残された道は、海外進出か低価格路線か新たな価値観を創造するしかなかったわけで、そのどれもパッとしなかったレナウンを始めとする多くの日本の服飾メーカーは苦しんでいます。 そしてデパートですが、よりによってバブルが始まった80年代に売り場を整理して服飾をメインに展開しました。家具や家電商品の取扱いを止めて、高級ブランドを中心にした展開にしたのでバブルの頃は

ツイッターをやっています

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 仕事で地上デジタル放送対策を担当することになったので、今年の初めにツイッターのアカウントを取得して、原口総務大臣のつぶやきを見ていました。見ているだけというのもなんなので、とりあえずつぶやいてみることにしました。しかし何が面白いのか、さっぱりわからないまま今日まで来ています。 すでにツイッターにハマっている人に聞くと、フォロワーが300人ぐらいになると面白いらしいのですが、自分から積極的にフォロワーを作ろうとしていないのでわずかなフォロワーがいる程度です。面白いという人に何が面白いか尋ねると、「何もすることがない時の暇つぶし。やることが多すぎて退屈していないあなたには向かない」と言われてしまいました。うーん、そういうものなんでしょうか?? 最初はどうせつぶやくなら、ブログのネタになるものを思いついたらつぶやこうと思ったのですが、iPhoneアプリを立ち上げてつぶやくよりもメモ帳の方が はるかに効率的です。こういう使い方には向かないことがわかりました。 そこでしばらく人のつぶやきを読むことに徹して、iPhoneアプリの値下げ情報などを見ていました。特に面白いとも便利とも思わないまま、だらーーーっと時間が過ぎています。 そこで最近思いついたのが、RSSリーダーでニュースを読んでいる時に、ふと思ったことを書いて投稿するというやり方です。 ニュースのリンクを貼っていれば、後で見返した時もどういうニュースに自分のアンテナが引っかかったかがわかりますし、ブログのネタにもなります。そういうわけで、私のツイッターはニュースリンクを張ったつぶやきだらけになってしまいました。 しかしツイッター・バブルもそろそろ弾けそうですね。一時期の盛り上がりが凄すぎたように思います。 しかしwebサイトからブログに変わり、そこからツイッターになってレスポンスのスピードがどんどん速くなっていますね。ネットにもどんどんついて行けなくなりそうで す・・・。 【送料無料】PFU製Happy Hacking KeyboardProfessional JP日本語配列/墨PD-KB420B にほんブログ村 ----- COMMENT: AUTHOR: Carat DATE

映画の歴史の話など7

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 ずいぶん空いてしまいましたが、前回の続きです。 アメリカン・ニューシネマは新たなムーブメントとなり、映画スタジオに多くの収入をもたらしました。暴力や性的な描写があり、世相を反映してダークな終わり方をする映画が次々に作られ、そこでは体制に踏みにじられる絶望感が描かれていました。ようやくハリウッドの映画と、時代の空気が一致したわけです。 しかし大衆は飽きっぽいので、どんなに面白くてもいつかは飽きてしまいます。現実世界に絶望と諦めが広がり、映画館でも絶望を感じるとなると人々は疲れてしまいます。それでも67年の「俺たちに明日はない」から始まったアメリカン・ニューシネマは、約10年もの間、支持されていきます。しかしこの間に、アメリカの社会情勢は徐々に変わっていきます。 アメリカン・ニューシネマの幕があけた頃、アメリカの警察は憎悪の対象でもありました。賄賂を要求し、弱者をいたぶる国家の暴力装置は、市民が恐れる存在でもありました。ですから警官が撃ち殺される映画に観客は歓喜の声を上げ、暴力やレイプや人殺しを平然と行なう刑事が主人公の「フレンチ・コネクション」は、リアリティを持って受け入れられました。しかし警察も激しい反発と批難を受けて、徐々にその体質を変えていきます。 さらに絶望感の源でもあったベトナム戦争が、1975年に終結します。アメリカが建国以来初めて経験する敗北でしたが、喪失感と同時に安堵感もあったと言います。もうこれで、ベトナムで死ぬ市民が増えることはないという安堵感です。こうした世相の変化に、敏感に反応したのはスピルバーグだったと私は考えています。 当時、ハリウッド史上最大の利益を上げた「ジョーズ」は、ニューシネマの臭いが残りながらも決定的に違う味付けが施されています。田舎町に追いやられた主人公の警察署長が、最後まで戦い抜いて勝利を収めて物語が終わるからです。 田舎町にたどり着いた主人公は、ニューシネマにありがちな敗北感が感じられます。泳げないという情けなさもあり、ロイ・シャイダーの暗い顔がさらに陰気臭く させています。従来のニューシネマなら、彼はサメに殺されるか悲劇的な結末を迎えるはずです。しかしサメを退治した後は、ボートの破片に捕まって雑談しながら島に向かって泳ぐシークエンスで終わりにな