一度は読むべき セクハラ大王の著書「包擁力」

2002年に(株)経済界から発売された、「包擁力ーなぜあの人には『初対面のキス』を許すのか」(高塚猛、中谷彰宏共著)は、仕事ができる下劣な人間に権力を渡すと、何が起こるのかを克明に記録した名著です。私は2004年に読んだのですが、その狂った内容に一息で読んでしまいました。コンプライアンスが叫ばれる現在、この狂気の犯罪自慢の記録は、多くの人に反面教師として役に立つと思います。そこで今回はこの本の内容と、高塚猛氏について書いていこうと思います。


高塚猛の略歴

1947年、東京生まれの実業家です。1968年にリクルート社に入社し、そこで頭角を表します。22歳で福岡営業支所の所長になると、1年で売上高を15倍に増やして赤字だった営業所の黒字化に成功しました。その手腕を認められて24歳時に大阪支店の営業課長になると、値引きゼロで売上目標達成率1位を達成しています。さらに売上金回収率100%で、カリスマ営業マンとしてその後も社内で辣腕を振るいました。また25歳で就職情報誌を創刊すると、わずか1年で黒字化を達成すると、赤字だった住宅情報誌の責任者に就任して1年で黒字化しています。

29歳の時にはリクルートが経営再建を引き受けた盛岡グランドホテルの総支配人として赴任し、わずか1年で黒字化しています。売上高3.5億円を数年で21億円まで伸ばし、高い収益性を持つ優良企業に変貌させました。その後も安比高原リゾートホテル、岩手ホテル&リゾートの代表取締役を歴任して黒字化に成功すると、再建請負人と呼ばれるようになります。こうした華々しい実績により、99年から福岡ダイエーホークス、福岡ドーム、ホークスタウンの経営再建を任されることになりました。

高塚猛のホークス再建

当時のダイエーは多額の有利子負債を抱え、経営が危ぶまれていました。そのダイエーが抱える福岡ダイエーホークス(現在のソフトバンクホークス)も同様に赤字を抱えており、高塚にとってはこの赤字を削減することが急務でした。全国展開する親会社のダイエーの目論見で、ダイエーホークスも人気を全国展開するというそれまでの方針を高塚は一変させ、地域密着型の経営戦略にします。その一環としてロゴマークを著作権フリーにしたことで、ホークスを冠した商品が福岡に溢れることになり、チームの成績上昇もあってホークスの人気は上昇していきます。こうして福岡ドームの観客動員数は飛躍的に上昇し、わずか数年で44億円の赤字を15億円の黒字事業に変貌させました。

自らテレビ局やラジオ局にチームを積極的に売り込み、二軍の試合も超満員にするなどチームの人気に多大な貢献をする反面、高塚は野球には全く興味がなく関心もありませんでした。そのためなぜ野球選手の年俸が1億円を超えるのかを理解できず、高額年俸選手を成績に関係なく不良債権と呼んでカットしていきます。ホークスが念願のリーグ優勝を遂げ、日本一に輝いた直後にキャプテンの秋山幸二の年俸をカットし、日本一に大きく貢献した工藤公康にも大幅な年俸削減を迫ります。工藤との話は拗れに拗れ、工藤はホークスを退団となりジャイアンツに移籍することになりました。


2002年には生え抜きの若田部健一がFA宣言すると残留を拒否し、2003年にはチームの主砲である小久保裕紀と対立して自由契約(事実上のクビ)にしようとします。関係者が奔走したおかげで小久保はジャイアンツに移籍しますが、チームの主砲が無償トレードという形に選手もファンも驚愕して優勝ムードが一気に冷え込むことになってしまいました。野球に関心がない高塚は、小久保をクビにしたら福岡全体を敵に回すことになるという周囲の心配を理解していませんでした。

後に小久保騒動の内幕はメディアにすっぱ抜かれ、球団の女性職員に対して高塚の度重なるセクハラがあったこと、練習中に一般女性(その多くは中洲のホステス)をグラウンドに入れて記念撮影やサインをさせたこと、試合中のベンチに一般女性を入れてサインボールを強要したりしたことを選手会長の小久保が高塚に抗議したことから対立が始まったと伝えられています。最初にこのことをすっぱ抜いたスポーツニッポンは、ホークスタウンの売店から締め出されることになります。

「包擁力ーなぜあの人には『初対面のキス』を許すのか」の内容

多くのビジネス書や自己啓発本を執筆していた中谷彰宏氏が、高塚氏の球団職員とのコミュニケーションを綴ったのが本書です。しかしこの本の内容を一言で言うならば、高塚氏のセクハラ自慢です。高塚氏が女性職員に行ったセクハラ内容とその手口が延々と書かれており、そのセクハラを中谷氏が優れたコミュニケーションだと絶賛しています。そこでは女性の人権やコンプライアンスなどは徹底的に軽視され、一方的な自己満足のコミュニケーションが描かれていて、高塚氏は相手が喜んでいると盲信する姿が見られます。英語のタイトルも「How make a happy touch」で、自身のセクハラが相手を幸せにしていると思い込んでいることがわかります。


第5章の小タイトル「太ももは、手前から奥へではなく、奥から手前に撫でると抵抗されない」を見ただけで、その狂いっぷりが伝わるでしょう。高塚氏は、自分にキスされたり触られたりすることを女性社員は喜んでいて、触られない女性社員は自分が嫌われているのではないかと不安を覚えていると語っています。「普通だと、セクハラになる。ところが、そうならないところに、高塚マジックがある」と中谷氏は書いており、両者が世間の常識から乖離していたことが本書から伝わってきます。後に判明することですが、高塚氏は大勢の社員が見る前で女性社員にキスをしたり体に触ることを繰り返しており、社内で独裁的権力を掌握していたので被害者が大規模になりました。ちなみに本の目次は以下のようになっています。

目次
第1章 もてる男は、いいかっこしない。
(明るくオープンにすると、イヤらしくなくなる。女性は、引き際に愛を感じる。 ほか)
第2章 もてる男は、女性から学ぶ。
(モテる人はガールフレンドが大勢いることを、隠さない。損していることを見てくれる人が女性にもてる。ほか)
第3章 もてる男は、失敗強い。
(「まじめ」が行きすぎると、「みじめ」になる。動機は、不純なほうがいい。 ほか)
第4章 もてる男は、強引だけど低姿勢。
(「言いわけ」は「良いわけ」だ。自分が楽しむより、楽しませるほうが楽しい。 ほか)
第5章 もてる男は、簡単なことをおろそかにしない。
(太ももは、手前から奥へではなく、奥から手前に撫でると抵抗されない。
モノに投資しながら、それを捨てる勇気がある男性がもてる。 ほか)

高塚氏の逮捕

2004年、高塚氏の退任が決まると、福岡東警察署に女性社員がセクハラの相談に訪れます。警察としては社内のセクハラ民事にあたるので被害届を受理しないのですが、届けに来る女性社員があまりに多いこと(一説によると100人以上)、そして内容があまりに酷いことからセクハラの範疇ではない可能性もあることから、強制わいせつ罪の適用を視野に入れて捜査を開始します。

多くの女性社員達はセクハラに抵抗した社員が報復人事を受けるのを見て、この状態を10年以上も耐え続けていました。そして女性社員達が我慢していることから、高塚氏は女性社員が喜んでいると勘違いしてエスカレートさせていきます。どこまでが真相かはわかりませんが、当時のメディアにはさまざまなセクハラの内容が報じられていました。

・朝一番に「おはよう」と言うや否やキスをする
・すれ違いざまに胸や尻を触る
・仕事中に自分の膝の上に座らせる
・社員らが見ている前で舌を入れるキスをする
・業務中にスカートやズボンの上から隠部を触る
・スカートの中に手を入れる
・社員旅行で女性社員の布団に潜り込む

これらのセクハラに反発した女性社員は左遷されたり退職に追い込まれ、我慢していた女性は出世していたと言う証言もありました。さらにこれらのセクハラ行為の多くは、業務時間中に男性社員が見ている前で堂々と行われていたようです。高塚氏はその感想を男性社員と語り合うことも多かったようで、報復人事を恐れているのを女性社員が喜んでいると思い込んでいた高塚氏の勘違いが10年以上もこういった状態が続くことになってしまいました。しかし社長を退任すると分かった途端に、女性社員の多くが警察署に相談し、高塚氏は逮捕されることになりました。

高塚氏は読売新聞の取材に「女性社員をハグ(抱擁)したことはあるが、拒否されたことはなく、セクハラには当たらない」と説明し、警察の取り調べでも同様の主張をしていたようです。しかし警察は強制わいせつ事件で刑事告訴し、裁判では「社会の秩序を乱した最も許し難い犯罪」として、懲役3年執行猶予5年の判決となっています。

独裁的な経営の罠

権力を集中させると、意志決定が早くなり迅速な仕事が可能になります。だから数十億の赤字を数年で黒字に転換させることに成功しました。高塚氏がやり手の経営者だったのは、間違いありません。一方で高塚氏は、自分の意に従わない者を次々に辞めさせています。それは球団代表やスカウト、4番打者の小久保にまで及びました。イエスマンしか周囲にいない状態、そのため外部からのチェックも入らない状態になってしまいました。これではどれほど狂っていっても周囲が常に肯定してくれるので、その異常性に自ら気づくことがありません。ですから高塚氏は自身の異常性に気がつくこともなく、声高にわいせつ行為を自慢しましたし、本まで出版してしまいました。

しかしこの本は貴重な記録だとも思います。事件発覚後にこの本は話題になり、セクハラ自慢として激しい批判が浴びせられました。当然ながら共同著者の中谷彰宏氏にも激しい批判が集まり、氏の執筆生活に大きな影響を与えています。こういったことから本書は絶版になってしまいましたが、高塚氏の裁判記録をつけて再販して欲しいと思います。権力に溺れ盲目的になった人間が、どれほど自己中心的で社会に害を与えるのかを克明に記していると思うからです。



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