マーク・ハント /愉快で勇敢なサモアン

日本で大人気だったキック・ボクサーのマーク・ハントは、アメリカでも一定の成功をおさめて人気者になりました。サモアの怪人と呼ばれ、驚異的なタフネスを見せたハントも45歳になり、健康問題を抱えて2019年は1試合も行なっていません。このまま引退になるのか、一時的な休息をとっているのか不明ですが、今回はそんなマーク・ハントの紹介です。



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彗星の如く登場

176cm100kgを超えるズングリむっくり体型のハントを日本で有名にしたのは、2001年に福岡で開催されたK-1GPの敗者復活トーナメントでした。レイ・セフォーと対戦したハントは、開始早々にセフォーを圧倒し、劣勢を跳ね返そうと乱打戦を仕掛けてきたセフォーに真っ向勝負を挑みました。

しかもガードをせずに、あえてセフォーのパンチを顔面で受けて笑う余裕を見せ、激しい打撃戦を展開して試合を終えます。ジャッジはダメージより有効打の数をとってセフォーの勝利を支持しましたが、セフォーは顔面を骨折しており、ハントが代理出場となって、このトーナメントで優勝しました。そして12月の決勝トーナメントに挑みます。



組合せ抽選会では、誰もが優勝候補のジェロム・レ・バンナを避ける中、ハントはバンナを指名します。試合は壮絶な打ち合いになり、バンナを失神させて大番狂わせを起こしました。その勢いに乗って、ハントはK-1GPを制覇し、初出場で初優勝を遂げる快挙を成し遂げました。


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人間不信と不調

その後のハントは、ほとんど練習をしなくなり、優勝した時の勢いは消えていきます。簡単に負ける試合もあり、ハントは終わった選手と言われるようになりました。陽気にインタビューに答え、ジョークを飛ばしていたハントは、K-1優勝直後から明るさが消え、バラエティ番組の収録中に泣き出すなど精神的な不安定さが目立ちました。

ハントは優勝した直後から見知らぬ人達に囲まれるようになり、また親戚と名乗る人物が大量に押し寄せては金を無心したり、盗むようになったそうです。誰も信用できず、会う人会う人が自分の金目当てに近寄ってきているのではないかと猜疑心を募らせ、やがて人間不信に陥っていました。練習せずに自宅に引きこもり、自堕落な生活を送るようになります。精神科に通院することになり、選手としてどころか人として普通の生活を送るのも困難になってしまいました。

総合格闘技への転身

2004年にPRIDEで総合格闘技(MMA)に転身します。お金が底を尽きたなど色々なことを言っていましたが、新たな環境で出直したかったのでしょう。しかしキックボクシングの経験しかないハントにMMAの壁は高く、黒星の方が先行するようになります。ハントの強烈なパンチは健在でしたが、グランドに持ち込まれると為す術がありませんでした。やがてPRIDEが消滅し、契約がUFCに引き継がれると、UFC代表のダナ・ホワイトは事実上の引退を勧めました。

※ジョシュ・バーネット戦


契約分のファイトマネーを支払うから、試合には出なくてもいいと言うダナ・ホワイトに、ハントはファイトマネーが出るなら試合がしたいと申し出ました。しかしUFCデビュー戦では、あっという間に腕ひしぎ十字固めを決められ、瞬殺されてしまいます。誰もがハントは終わったと思いました。ハントがK-1GPを制したのが2001年で、それから10年が過ぎていました。そしてこの5年間、ハントは1勝もできずにいました。

快進撃とアメリカでの人気の高まり

転機は2戦目でした。レスリングでオールアメリカンに選出されたこともあるクリス・タッチシュラーは、ハントに何度もタックルを仕掛けますが、ハントはそのタックルを切り続けます。そして2Rに、観客を戦慄させるアッパーを打ち込み、一撃で仕留めました。文句なしでノックアウト・オブ・ザ・ナイトを獲得したこの試合は、ハントの潜在的なポテンシャルを示しました。



以降は連勝街道を走り続けます。アームロックを決めかけるなど寝技に格段の進化を見せ、ついに2013年には王者への挑戦権を賭けて、ランキング1位のジュニオール・ドス・サントスと対戦します。序盤に足の指を骨折するアクシデントに見舞われたハントは、それでも激しい打撃戦を展開し、最後には後ろ回し蹴りでKOされてしまいました。敗れはしたものの、この試合はハントの商品価値の高さを示した試合でもありました。



どんなに劣勢になっても、時折放つ強烈なパンチは試合をひっくり返す予感を漂わせるもので、ハントはKOされるまでゾクゾクするような緊張感を与え続けました。この試合はファイト・オブ・ザ・ナイトに選ばれて、ハントは大きく評価を上げました。そして人気も上昇していきます。一見、メタボ体型で普通の中年オヤジにも見える親しみやすい風貌で、ジョークを連発してメディアやファンとも気さくに話す性格に加え、絶対に退かないタフさと一発で試合を終わらせる獰猛さが人気を呼びました。ハントは大歓声に迎えられて試合に挑むようになります。

薬物への批判

ハントが人気者になった理由は他にもあります。薬物を使用することへ、公然と大声で批判を展開したことです。薬物使用はアンフェアで、UFCを蝕んでいると訴え続けました。違反者が出るたびに批判は起こるものの、柔らかい批判しかしない選手も多く、誰もがスネに傷を持つのではないかと疑われる中で、ハントは正面から批判を繰り広げています。

2013年、アントニオ・シウバとの対戦は、両者が流血する壮絶な展開になりました。ハントは左手を骨折しながら一歩も退かない打撃戦を展開し、判定はドローに終わりました。しかし試合後の検査でシウバから基準値を大幅に超えるテストステロンが検出され、シウバは失格になりました。ファイト・オブ・ザ・ナイトの賞金は全額ハントに払われたものの、ドロー判定は変わることはありませんでした。試合そのものを無効にするより、引き分けの結果を残すことがハントにブラスになるという配慮でしたが、ハントは納得できませんでした。

※シウバ線は両者が血まみれになる大接戦でした。


さらに2016年にブロック・レスナーとの試合では判定負けに終わりますが、試合後にレスナーから禁止薬物が検出されて、ノーコンテストになりました。ハントはこれに激怒し、UFCのダナ・ホワイトとブロック・レスナーを相手に、不正な条件下で試合を行ったと民事訴訟を起こしますが、この訴訟は棄却されました。ダナ・ホワイトはハントの怒りに理解を示し、薬物の追放に努めることを約束しています。レスナーは罰金と1年間の出場停止になりました。

※ブロック・レスナー(左)とハント


ハントは巧妙に検査をかい潜る選手が多いことにも言及し「なぜ奴らが筋肉注射を認められているのかわからない」と、批判をおこなっています。

「もし、ドーピングがなければ俺はチャンピオンになっていただろうな。奴らはドーピングをしなきゃ俺に勝てなかっただろう。俺はトップに立つために自分の血と汗を支払ってきた。やつらはここに来るためにドーピングを使ったんだよ」

健康問題の勃発

2017年にオーストラリアでの発言が、大きな波紋を呼びました。ハントは「よく眠れないことがある」「言葉が詰まったり、不明瞭になり始めている」「記憶力も以前ほど良くない」などと語っていました。このインタビューを受けて、UFCは安全管理の重要性と、選手の健康状態は最も重要な関心ごとであると声明を発表しました。

ハントにはUFCが指定する病院での精密な健康診断と、医者の評価を受けることを義務付けて、試合はキャンセルされました。ハントは「インタビューは一部を切り取られて、恣意的に作られたもの」「言葉が不明瞭になるのは酔った時だけ」などと反論し、さらにかつてUFCに民事訴訟を起こしたことへの報復ではないか?とも言いました。話し合いが行われ、最終的にハントが検査を受けて出場権を取り戻しますが、その後は3連敗し、試合からは遠ざかっています。

※カーティス・ブレイズには判定負けしました。


みんなハントが大好きだ

気さくな人柄で、ジョークを連発して人を笑わせるのが大好きなハントは、みんなに好かれています。愛嬌のある体型からは想像もつかない獰猛さで、劣勢を一発でひっくり返すスリリングな試合は、勝っても負けても観客を興奮させます。試合前には相手を罵倒する選手が多い中、ハントは何を言われても相手を称える余裕を見せ、時に恐怖を感じる神経が壊れているのではないか?と思わされるほどの勇敢な戦いを展開します。



そんなハントも45歳になり、ダメージの蓄積などもあり引退してもおかしくない年齢になりました。今後のことは公式に発表されていないので不明ですが、引退ならゆっくり休んで第二の人生を歩んで欲しいですし、また人懐っこい笑顔で公の場に現れて欲しいと思います。


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