総合格闘技に最適なバックボーンは? /UFCを見ながら考えてみた

日本ではRIZINという格闘技イベントが人気ですが、総合格闘技(MMA)で最もハイレベルな試合が行われているのは、アメリカのUFCで間違い無いでしょう。MMAには元柔道選手、レスリング、キックボクサー、空手、柔術、ボクサーなとさまざまな人が参加しています。果たして何をやっていた人が一番強いのか考えてみまました。今回は総合格闘技のバックボーンの話です。



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現王者のバックボーンを見てみる

以下は2019年6月17日現在のUFC王者です。UFCの各階級王者のバックボーンを見ていきましょう。

ヘビー級王者:ダニエル・コーミエ


アマチュアレスリング(フリースタイル)で、オリンピック出場経験があります。アメリカンフットボールでも非凡なセンスを見せたそうですが、レスリングではアメリカ最優秀選手にも選ばれました。現在の試合展開では元ボクサーかと思うほどのボクシングテクニックを見せつけていますが、元々はレスリングの選手です。100kg超の選手をリフトするので脅威的な怪力の持ち主とも思われがちですが、それらは全てレスリングのテクニックだと言っています。現時点で、コーミエ以上にレスリングテクニックを巧みに使う選手はいないと思いますし、同時にこれほどのボクシングテクニックを持っている選手は少ないと思います。


Lヘビー級王者:ジョン・ジョーンズ


14歳からレスリングを始め、カレッジの全国大会で優勝しています(グレコローマンスタイル)。オールアメリカンにも選ばれており、ジョーンズのバックボーンはレスリングで間違い無いでしょう。変則的な蹴り技やアクロバティックな打撃技も使いますが、それらはYouTubeで見て覚えたと言っています。体の線の細さに反して腰が重く、投げられたりリフトされることはほとんどありません。驚異的な身体能力が彼の武器ですが、組んだ時の強さは間違いなくレスリング仕込みだと思います。

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ミドル級王者:ロバート・ウィテカー


6歳から剛柔流空手を学び、8年かかって黒帯をとりました。その後、ハプキドー(韓国の合気道)を始めますが、その道場がMMAジムに変わったためMMAを学びました。UFC参戦後にアマチュアレスリングの大会にも出場しており、バックボーンがこれだと言うのが難しい選手です。ファイトスタイルは型破りな打撃が多いので、やはり打撃系だと言って良いかもしれません。


ウェルター級王者:空位



ライト級王者:ハビブ・ヌルマゴメドフ


8歳からレスリングを始め、15歳から柔道を学び、17歳からコンバットサンボ(軍隊用にアレンジしたサンボ)を学んでいます。この経歴から何がバックボーンかわかりにくいですが、本人はサンボだと言っています。実際、寝技に持ち込むと相手が立ち上がることすら困難になるほど、巧みなボディコントロールで相手を制圧します。グランドでの強さは圧倒的で、現在の寝技最強のMMA選手はハビブで間違い無いでしょう。

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フェザー級王者:マックス・ホロウェイ


当初は日本のK-1に出るのが夢で、キックボクシングを始めています。しかしブラジリアン柔術を習い始め、そこからMMAに参戦しました。キックボクサーらしい打撃に加え、他にはない変則的な打撃を得意としていて、多くの試合を打撃で勝っています。ファイトスタイルからはわかりにくいですが、本人はバックボーンを柔術だと言っています。

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バンタム級王者:ヘンリー・セフード


幼少の頃からレスリングを始め、学生時代にはタイトルを総なめにしてオリンピックでも金メダルを獲得しています。UFCフライ級王座を獲得して後にバンタム級王座も獲得していますが、そのファイトスタイルはレスリングを中心に組み立てられています。レスリングの申し子とも言えるセフードのバックボーンは、レスリング以外にありません。

フライ級王者:ヘンリー・セフード


レスリングが最強か?

こうして見ると、バックボーンはバラエティに富んでいますが、レスリングをバックボーンにした王者が最も多いのがわかります。過去にも16回もタイトルマッチを戦った鉄人ランディ・クートゥア、ヘビー級最多防衛記録を持つスティーペ・ミオシッチ 、かつてヘビー級で無敵を誇ったケイン・ヴェラスケスなど、多くの王者にレスリング経験があります。

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しかしレスリングはアメリカの学生にとって花形スポーツの1つで、団体競技が苦手な学生にとっては個人で輝けるスポーツです。アメリカの高校では3年間の間に部活動を頻繁に変えるので、スポーツに長けた生徒の多くはレスリングを一度は経験します。そのため競技人口は多く、日本と比べて大会も多く開かれています。ですからMMAにレスリングが有利なのではなく、単に競技人口が多いところから良質なMMA選手が出てきているとも取れます。


現在のMMAは、打撃に強くなければ勝てないようになってきています。打撃ができなければ、組むことも投げることも寝技に持ち込むこともできません。テイクダウンディフェンス(グランドに持ち込まれるのを防ぐ技術)が浸透した現在では、試合開始早々にタックルでテイクダウンを奪うなど、よほど実力に差がなければ成功しません。MMAのジムではレスリングを教えるところがほとんどですし、レスリングが重要なことは間違いありません。ですからレスリング経験がMMAに活きているのも間違いないと思います。

UFCは打撃偏重なのか?

かつて日本で行われていたPRIDEでは、寝技を重視した選手が多くいましたし、勝っていました。現在のUFCでは打撃戦が多く、レスリングや柔道をバックボーンに持つ選手でも、フルラウンドを打撃だけで戦うこともあります。そのためUFCは打撃偏重になったと言われますが、それはかなり誤解を含んでいると思います。

初期のUFCで無敵を誇ったホイス・グレイシーは、柔術を駆使して寝技で勝負していました。その時期は、総合格闘技の強さは寝技の強さだと考えられていました。やがてレスラーがタックルしてグランドに持ち込み、金網に相手を押し付けて殴って勝利を重ねる時代がやってきました。UFCで勝利するには寝技やタックルが必須で、ボクサーやキックボクサーにとっては不遇の時代でした。打撃が強い選手は総合格闘技では勝てず、レスリングや柔術の選手が圧倒的に有利でした。

※ホイス・グレイシー

そこでタックルや寝技が不得手な打撃系の選手は、徹底的にテイクダウン・ディフェンスを磨くようになりました。またレスラーなども、打撃を含むMMAではレスリングのテイクダウン・ディフェンスでは不十分だと考えるようになり、MMA用のディフェンスを研究しました。その結果、広いオクタゴンでは簡単にテイクダウンを奪うことが困難になっていきます。特に体力に余裕がある試合前半でテイクダウンを奪うことは、余程の実力差がなければ難しくなりました。

テイクダウン・ディフェンスの優れた者同士の戦いでは、相手をいかに崩すかが重要になり、そこで打撃が重要になりました。単にテイクダウンを狙っても消耗するだけなので、打撃で隙を作ってタックルを仕掛けたり、打撃で弱らせてからテイクダウンを狙うようになりました。その結果が、現在の打撃中心のスタイルです。打撃で優位に運べればタックルが有効になりますし、強烈なタックルを持っていれば打撃戦を優位に運べるのです。

アメリカの観客が寝技の攻防よりも打撃戦を好むというのはありますが、単に打撃偏重になったわけではなく、攻防技術の進化によって今の形になっているのです。UFCが打撃のみに偏重しているというわけではなく、攻防スタイルの進化が今の形を作っているのです。

打撃を覚えるレスラー、寝技を覚えるボクサー

日本のPRIDEにも出ていたアンデウソン・シウバは、そこそこ強い選手の1人でした。しかしムエタイをバックボーンにするシウバは、寝技に持ち込まれて一本負けすることがよくありました。そこでノゲイラ兄弟に弟子入りし、柔術の手ほどきを受けるとテイクダウン・ディフェンスだけでなく寝技の攻防にも強さを見せるようになりました。タックルも寝技も恐れなくなったシウバは、打撃の攻撃が幅広くできるようになり、UFCで桁外れの強さを見せつけるようになります。6年8ヶ月で10度の王座防衛に成功し、ミドル級で圧倒的な存在となり一時代を築きました。

※アンデウソン・シウバ

バビブ・ヌルマゴメドフは、圧倒的なテイクダウン能力を見せつけ、ほとんどの相手から面白いようにテイクダウンを奪っていました。しかしさらなる高みに登るため、打撃に磨きをかけると、強さが圧倒的になっていきます。常に相手はタックルに警戒しなければならず、だから打撃戦を有利に運べます。打撃で優位に立てるので、いつでもタックルを決められます。ヌルマゴメドフの対戦相手は、常に難しいディフェンスを要求されることになり、狂犬コナー・マクレガーもハビブに手痛く殴られて裸締めに落とされました。

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打撃系の選手が組み技や寝技、組み技系の選手が打撃を覚えることで強さを高めているのが現状で、バックボーンは単なる入り口に過ぎなくなっています。打撃が苦手な選手、寝技が苦手な選手、どちらが苦手でも現在のUFCでは勝てなくなっています。

技術の進化の速度

まだ歴史が浅いMMAでは、猛烈な勢いで技術が進化しています。最近では打撃技術の進化が早く、昨年のセオリーは今年は通用しなくなっています。例えば数年前までは、蹴りから攻撃に入るの足を掴まれるリスクが高いので避けるべきとされていましたし、実際に掴まれることが多くありました。しかし最近では、蹴りから入るコンビネーションが多く見られます。

またグランドの攻防でも、以前は金網に押し付けて殴るのが主流でしたが、金網を蹴って脱出する技術が確立すると、単に押し付けるだけではフィニッシュできなくなりました。金網を蹴って脱出する瞬間を狙う技も増え、また脱出を狙って動くことで体力を削らせる方法も出てきました。以前は圧倒的優位なポジションとしてマウントポジションが言われていましたが、最近では決して優位とは言えなくなってきており、あえてパスガードしない選手もいます。

※マウントポジション

自分のバックボーンを活かして、得意な攻撃をするだけではトップクラスの選手には太刀打ちできなくなっており、またコーチも自分の経験を伝えるだけでは勝つことができなくなっています。そのためトップクラスのジムでは、常にトレーニング方法の試行錯誤が繰り返され、トレンドを取り入れ、それを攻略する研究が毎日行われています。日本では打撃の選手か寝技の選手かで色分けをしたがりますが、UFCでは打撃も寝技も一流でなければ王座につけなくなっています。

コナー・マクレガーのように打撃一辺倒の選手もいると思われるかもしれませんが、マクレガーのグランドテクニックは一流です。その証拠にヌルマゴメドフにテイクダウンを奪われても、立ち上がることに成功しました。ポジションを次々に変化させて、一度寝かせたら絶対に立たせることをほとんどの選手に許さなかったヌルマゴメドフに対して、ジリ貧の状態とはいえ一度は立ち上がったのです。これには高度な寝技のスキルが必要で、並のグランドテクニックなら最初のテイクダウンでやられていたはずです。

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若い世代に増えているバックボーン

かつてはMMAのジムはさほど多くありませんでしたが、今や全米に多くのジムが存在します。その門を叩くのは、競技経験がない人も増えています。最初からMMAを始めて、MMAの選手になるのです。つまりバックボーンがMMAという選手が増えてきています。この流れは急激に増えていて、もはやバックボーンを質問してもレスリングやボクシングなどの他競技を言う選手は減ってきました。

どれほどレスリングやボクシングが強くても、MMAにそのままそれらの技術を持ち込んでも全く歯が立たない現実があります。それなら最初からMMAを習った方が良いと考えるのは当然で、この流れは今後ますます加速するでしょう。最初からMMA用のレスリングを習い、MMA用のキックボクシングを習い、それらを統合するコーチに習って強さを手に入れるのが最短コースになりつつあります。

結局、最適のバックボーンはなに?

以前は、ボクシングができるレスラーなんて言い方がされていましたが、レスリングもそのままでは通用しなくなってきているし、ボクシングもそのままでは通用しません。MMAに合わせたレスリングやボクシングの技術を習得する必要があります。そのためバックボーンは重要ではなくなって来ています。

※名門のアメリカン・トップ・チーム

ここでは技術の話を中心に書きましたが、そのベースとして圧倒的なフィジカルが求められています。トップクラスの選手は皆フィジカルモンスターで、5分3R(タイトル戦は5R)という短い時間で勝負を決めるには、圧倒的なフィジカルが求められるのです。そのため車に例えるなら良いエンジンを積んでいるか否かが重要で、バックボーンはエアロパーツ程度に過ぎないという人もいます。私も最近のUFCを見ていると、そんな気がします。

例えばヘビー級王者になったスティーぺ・ミオシッチは、レスリングでNCAA(全米大学スポーツ協会)のディビジョン1という、最も優れたカテゴリーにいました。しかしボクシングでも州のゴールデングローブで優勝し、全国大会にも出場経験があります。まさにボクシングもレスリングも優秀だったわけですが、彼のキャリアを追うとミオシッチが最も力を入れた競技は野球で、メジャーリーグからも声を掛けられています。要するに彼はスポーツ万能で、あらゆる競技に秀でていたのです。ミオシッチは最高のエンジンを搭載した自動車のようなもので、彼の強さはバックボーンというより運動能力や高いフィジカルに支えられていると考えられます。

今後はますます最初からMMAを習う選手が増えてくるでしょう。全米にMMAのジムも増えているそうです。運動神経抜群の少年がMMAジムを訪れる機会が増えるはずです。現在、MMAに最適なバックボーンはMMAと言えるでしょう。こうしたアメリカの環境が、現在のUFCを支えていると言えると思います。

まとめ

今日のMMAではバックボーンが意味をなさなくなってきています。もし最適なバックボーンがあれば、その出身者ばかりが王者になるでしょうが、現実にはさまざまなバックボーンを持った選手が王者になっています。そして今後はMMAから始める選手が増えるでしょうから、バックボーンがなにかという話は薄れてくるでしょう。

これは技術の進化によって仕方のないことですが、かつてはバックボーンによって選手の個性がはっきりしていました。その頃に比べると、今は選手が均一に見えて個性が薄らいでしまいました。以前見られたような、どうしても寝技に持ち込みたい柔術家と、絶対にスタンドだけで勝負したいキックボクサーの対戦にあった緊張感は影を潜め、今はオールラウンドに強い選手が多くなりました。しかしそんな中でも強烈な個性を発揮する選手もいて、そういった選手が次の時代を作っていくのかもしれません。


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