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7月, 2011の投稿を表示しています

テレビの劣化が激しい

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 友人A(女性:1児の母)は子供がサッカー教室に通い出したのをきっかけに、サッカーを熱心に見るようになりました。子供とサッカー談義に花を咲かせる事も多いようで、私や友人K(こいつは本当のサッカーバカで数々の伝説を打ち立てています)にサッカーに関するメールをしょっちゅう送ってきます。そのAは当然ながら息子と2人で女子サッカーのW杯は一通り見ました。 決勝後のメールからは、彼女の興奮が伝わってきます。その後も、選手の誰がどの番組に出るといったことをチェックしては録画してみていたようです。しかしそういう番組を見ながら、彼女はどんどん不機嫌になっていきました。もはや怒り心頭という状態なので、電話をしてみることにしました。なにがそんなに面白くないのでしょうか。 Aに言わせると「どの番組も同じ質問を繰り返すだけで、しかもサッカーとは関係ない話ばかり」ということだそうです。私は彼女と違って昼間の番組を見る事はないので知らなかったのですが、彼女に言わせるとお決まりの名場面集(しかも常にゴールシーン)を長し、その後の話題は「恋愛・結婚」に集中してサッカーの話などほとんど出ないのだそうです。彼女は今大会を見ながら阪口の奮闘に涙が出そうになることが何度かあり、質問したいことが山のようにあるのにそれらサッカーの話に触れる番組は皆無なのだそうです。 「ようするに、女は恋愛や結婚が第一って価値観だけが先走ってるのよ」とAは息巻いています。「サッカーばかりやっていて恋愛はできてます?」「サッカーと恋愛とどっちが大事ですか?」といった質問が続くが「インテルの長友にサッカーと恋愛はどっちが大事ですか?なんて聞く人はいないでしょう?」というわけです。そして彼女の苛立ちの最大のものが「選手のことなんか知らない人が多いから個人的な質問をする番組があってもいいけど、どの局のどの番組全部同じ話題ってどういうこと?」ということなのだそうです。 確かに毎回のように恋愛話を持ち出されては食傷気味になりますね。果たして他の国ではどうなんでしょう?さすがに毎回同じ事を繰り返すというのは、異様な気がします。Aは満たされない部分を専門誌などで補っているようですが、それにしてもせっかくテレビで喋るのに恋愛話だけではもったいないと思っているわけ

あなたは武器を持っていますか?

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 なでしこジャパンの優勝から「諦めなければ夢はかなう」という言葉が溢れています。澤選手のように18年間も夢を追い続け、さまざまな障害を乗り越えて夢をかなえたのは素晴しいことですし、諦めなかったことが今回の結果に繋がったのは間違いありません。しかし私は安易に「諦めなければ夢はかなう」という風潮には疑問です。なぜなら全員が澤選手のように努力しても全員の夢がかなうとは思えないからです。 これは以前聞いた話です。日本は子供に「大きくなったら何になりたい?」と質問し、「お花屋さん」「警察官」といった具体的職業を答えるのが常です。しかし職業への理解度が低い幼時に将来の職業を設定させると、大部分の子供が夢を実現できないという結果に終わってしまいます。アメリカでは「どういう大人になりたい?」と子供に質問するそうです。子供は「困っている人を助ける人」「悪い奴らをやっつける人」といった回答をし、「悪い奴らをやっつける人」と答えたある子供は成長する過程で警察官を目指し、ある子供は軍人を目指すのだそうです。 夢を実現するためにガムシャラに頑張っても、恐らく多くの場合は失敗に終わるでしょう。実現するためには戦略が必要です。以前、このブログに書いたと思いますが、私が会った役者タマゴは夢を「アカデミー賞で主演男優賞をとる」と語っていましたが、彼はアカデミー賞とは何かを理解していませんでした。そして英語も学んでいませんでした。日本でどれほど演技を磨いても、アカデミー賞で主演男優賞をとる確率は絶望的に低いのですが、彼はそれを知りませんでした。 ピアニストの上原ひろみは天才児と言われながら、音大に進みませんでした。彼女はバークリー音楽院に行くために、普通の大学に進学してアルバイトしながら授業料を貯めています。そしてバークリーではピアノ科ではなく、作曲科に入りました。彼女は主席で卒業していますから、恐らく早い段階から英語の勉強をしていたはずです。バークリーの授業は英語ですし、課題も英語で提出しなくてはなりません。彼女はピアニストとしての成功のために戦略を練っていたと思われます。 どんなに努力しても戦略がなければ運任せになってしまいます。単にあきらめることなく前進するだけでは、気がつけばとんでもない方向に迷い込んでいたことになる

原田芳雄が死んだ

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 俳優の原田芳雄が亡くなりました。圧倒的な存在感で俳優の手本を示し続けた名優で、私の好きな俳優の1人でもありました。かつて友人がつかこうへいの学校で脚本を学んでいたのですが、その友人が「原田芳雄がいれば、どんな映画でも名作になる。もし原田芳雄を使って名作にならなければ、その脚本や監督は本物のクズだ」と言いきっていたのを思い出しました。 名優を計る指標の一つに、バイプレイヤーとしての評価があります。最近の邦画に特に見られることですが、人気タレントの主演ありきで脚本が書かれているので、台詞回しや演出などが特に演技力がなくても格好がつくようになっています。しかし脇役はそうはいきません。脚本や監督の意図を理解し、主演を引き立てたり物語りに深みを与えなくてはならないので、実は主演以上に役者としての能力が求められることが多いのです。 原田芳雄は主演俳優としてもバイプレイヤーとしても高い評価を受けていました。数々の映画賞で助演男優賞を多く受賞していることからも、それが窺えます。難しい役を難なくこなし、それがシリアスな役柄であってもコミカルな役柄であっても、出すぎることなく物語のアクセントになり、物語に深みを与え、主演俳優が際立つ影になっていたのです。 当初は好青年のイメージで売り出したそうですが、私はその頃の作品を見た事がありません。私が最初に知った原田芳雄はハードボイルド路線で、凄みを内に秘めた役どころでした。しかし後年にはコミカルな役も引き受けるようになり、個人的にはPARTY7のキャプテン・バナナに衝撃を受けました。原田がコスプレでギャグを言うインパクトは強く、私の周囲では映画の内容よりもそのことが話題でした。 松田優作は熱狂的な原田芳雄のファンで一挙手一投足を研究して真似ただけでなく、私生活でも兄のように慕い、家も隣に住んで毎日のように原田の家に通い詰めたといいます。二枚目俳優としては女性遊びをしない人としても知られていて、本人は「キャーキャー言うだけで、誰もヤラせてくれなかった」と言っていたそうですが、仕事が終わると真直ぐ帰ることが多かったといいます。そして晩年には熱狂的な鉄道マニアという一面も披露し、タモリ倶楽部で電車を前にはしゃく原田の映像は衝撃でした。 たまにバラエティ番組に

なでしこ勝利に酔う

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 月曜日の朝はサッカー一色でしたね。私のフェイスブックにもサッカー関連の話題が沢山入ってきましたし、メールも沢山やってきました。一進一退の攻防で、劇画のようにドラマチックな展開での勝利ですから、喜びも何倍も大きくなりました。アメリカのワンバックも日本の勝因を「彼女達は最後まで諦めなかった」と語っていましたが、まさに諦めない姿勢が勝利を引き寄せました。 延長戦の後半、1点リードされて敗戦ムードが漂い始めたときに、澤がDFの裏を狙って出したパスには、まだまだ諦めていないというメッセージが込められていたと思います。ゴールには繋がらなかったですが、一瞬でも隙があればゴールを狙う姿勢を見せたことで勢いが失われなかったように思いました。しかし「最後まで諦めるな」と言うのは簡単ですが、ああいう状況で諦めないというのはとても難しいことだと思います。 アメリカはフィジカルに優れ、あらゆる面で日本を上回っていました。流れの中から得点を奪う事はとても難しく、1点目の間宮のゴールも相手DFのクリアミスがなければなかったでしょう(もちろんあの体勢から冷静にアウトサイドでのキックを放った間宮は凄いと思います)。アメリカのチェックは早く、ボールをキープすることは許されず、必然的にワンタッチプレイの連続になりますが、疲労が重なることによってプレイの精度がどんどん下がっていました。 延長戦の後半に入ると両チームとも足が止まってしまい、パス回しと運動量で圧倒するということもできなくなりつつありました。サッカーにおける1点差は常に絶望的な点差だと言ったのは誰でしたっけ?自分達より勝る相手と戦うために用意した数少ない武器さえもすでに失われ、残り時間が刻一刻と消えていく状況で希望を持つというのは困難なはずです。こういう時に希望を持つのは、状況判断ができない愚か者である場合の方が多いのではないでしょうか。 しかし当然ながら彼女達は愚か者ではありませんでした。ほとんど唯一の可能性と言ってもよかったセットプレイから同点のゴールを奪いました。恐らくあのコーナーキックは何度も何度も練習した形でしょう。ゴールを決めた澤が走りこむのと同時に他の選手達が有機的に動き出し、澤のスペースを作り出しました。しかしそれを成功させるためには凄まじいまで

益子直美と斉藤真由美

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 新宿の東急ハンズに行ったら、元バレーボール全日本代表の 益子直美 さんがトークショーをやっていました。45歳とは思えない若々しさがあり、テレビで見た通りのきれいな人でした。もちろん背は高かったですね。益子さんの選手としての全盛期は90年前後でしたが、オリンピックに出場することはなく、あっさりと現役を引退した印象があります。引退は体のことやメンタル面など様々な要因があったのでしょうが、当時、私は引退を聞いた時に 斉藤真由美 選手が一因ではないかと思いました。 斎藤真由美とは 斉藤真由美さんは、益子さんと同じくイトーヨーカドーに所属し、全日本代表として活躍した選手です。1971年に東京都練馬区に生まれで、幼い頃に両親が離婚したため、母親と兄の3人で幼少時代を過ごしています。兄は運動神経抜群で甲子園を夢見ていたそうですが、中学を卒業すると同時に家計を支えるために就職しています。その兄が真由美さんにバレーボールを勧めたそうです。 練馬中学のバレー部に入るとすぐに頭角を現し、チームを牽引する存在になっていきます。バレーボールにかかる費用を母と兄が捻出してくれるのが心苦しかったそうで、中学を卒業したら就職して家計を支えるつもりだったようです。しかし母と兄は真由美さんにバレーボールを続けることを望み、そんな時に中村高校(江東区)から特待生として誘われることになります。 ※斎藤真由美 1年生ながらすぐにスターティングメンバーに入り、インターハイ3位の好成績を残します。しかしその後、真由美さんは中村高校を退学しました。退学の理由はチームに馴染めなかったとか、国体メンバーに選ばれなかったことへの抗議とか、苦しい家計ながら自分を支えてくれる家族に申し訳なかったとか、さまざまなことが言われますが本当のことはわかりません。中退した真由美さんは、就職先を探すことにしました。 真由美さんが中退したと聞いて、すぐに連絡してきたのがイトーヨーカドーでした。就職して働きながらバレーボールができるという理想的な環境に、真由美さんは入社を決めます。この時、声を掛けてきたイトーヨーカドーの監督は元中村高校の監督なので、中村高校がイトーヨーカドーに真由美さんの退学を連絡したのではないでしょうか。そしてイトーヨーカドーに入団し

菅内閣が解散したら

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 3月の震災以降だけでも十分だと思いますから、菅内閣を研究してまとめたものを大学の授業で使うべきだと思います。経営学科などは菅内閣の研究を必須にすべきだと思いますし、他の学科でも菅内閣を勉強する価値は十二分にあると思います。これほど失態を繰り返す組織は稀有ですから、細かく検証すれば組織論やリーダーシップ論、経営学に役立つことが沢山出てくるでしょう。そして行き当たりバッタリの組織運営が、どれほどの経済的損失を生み出したかキチンと教えた方がいいと思います。 失態を繰り返す組織というのは他にもあります。経営論でいけばJALの方が遥かにダメ組織のようにも思います。しかしJALの場合は政府の圧力という避けきれない巨大な力が作用した面もありますし、寄ってたかって食い物にされたという面がないわけでもありません。しかし今回の政府はなにもないところに火をおこすだけでなく、リーダー自らが大火事にしてしまうことに秀でています。 よく菅内閣をマッチポンプと書いているのを見かけますが、あれは自らマッチで火をつけて自分でポンプで消火するという自作自演の例えです。今の菅内閣は自らマッチで火をつけて、燃え上がったらリーダーが油を注ぎに行っています。自ら鎮火させることなく延焼を広げることに汗をかいているのですから、マッチポンプどころの騒ぎではありません。昨日の片山さんが妙に活き活きとしていた総理への質問もそうです。 海江田大臣の玄海原発の安全宣言と再稼動の要請は、菅総理も了承していたことです。こんな重要なことを大臣が1人で決定できるはずはありませんし、了承していると報じられていました。しかし再稼動による地元の反発を恐れた知事らが総理に面会を求めたことから、菅総理の態度が急変したそうです。つまり知事らは再稼動は総理の指示によるものとしたかったのですが、菅総理は再稼動の責任をとりたくなかったわけですね。 その結果、唐突にストレステストが持ち出され、唐突に細野大臣にも検討の指示が出されました。細野大臣だってバカではありませんから、総理の意を汲んで再稼動の条件はストレステストの結果によると言います。しかし再稼動のために佐賀県に頭を下げてお願いに行った海江田大臣は先に安全宣言をした手前、ストレステストに関係なく玄海は安全だと説明

福岡出身のB型として物申す

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 これまで福岡県は各界に多くの優秀な人材を輩出してきました。それはウィキペディアの「福岡県出身の人物一覧」を見ていただければご理解いただけると思います。作家や芸能人の欄を見れば、皆さんが好きな人が1人ぐらいは入っていると思います。しかしあまりに多くの人物を排出したため、中にはおかしな者が混じっているのも事実です。 先月末から政界を騒がせ、先日は被災者の神経を逆撫でする暴言を吐いた松本龍大臣も福岡県出身です。昨日から「福岡出身のB型は恐ろしいな」と友人から冷やかしのメールが来ているのですが、松本大臣を基準に福岡県を語られては迷惑極まりないわけです。ありとあらゆる意味で訳がわからない松本発言ですが、そもそもこの人は震災の直後から政府のお荷物として悪評が高い人物でした。仕事をしない、できないというのは与党内からも漏れていて、初期対応の遅れの元凶とまで言われていました。 そして仕事をしていないというのは、今回の自身の発言「九州の何市がどこの県とかわからない」という発言で証明されました。震災以降は防災の特命担当大臣として3ヶ月以上も仕事をしていれば大方の地理は頭に入るはずですし、緊張感を持っていればこのような呑気な発言が出てくるはずがありません。「ボーっとしていた」と本人は語っていますが、言葉通り周囲のスタッフが駆けずり回る中ボーっとして過ごしていたのでしょう。 松本大臣は客が応接室に入る前に来て待っておくのが九州では当然のように言っていました。しかし私はこのようなルールを知りません。また九州には自身のルールを相手に共用するような風潮があるわけでもありません。なにかにつけ九州ではと大臣は言っていますが、あれは松本大臣のやり方で九州は迷惑です。そもそも松本大臣が自分を客として扱うように求めたことが意味不明です。仕事のパートナーが客待遇を求めるのは非礼ですし、大臣が自分の立場を理解していない証拠だと思います。 松本大臣は部落解放同盟の幹部として、出生による差別撤廃を主張してきた人物です。その松本大臣が出身地や血を暴言の釈明に使うというのは支離滅裂です。部落出身を差別するのは許せないが、福岡出身だから言葉が荒いのは許してくれ。部落民の血が流れていることでとやかく言われるのは間違っているが、直情的に話

持ち上げられているのか落とされているのか・・・

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※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。 私はいわゆる本社勤務なわけですが、仕事内容が雑多になりすぎて本業がなんだかわかりにくくなっています。その結果、あちこちからいろんな仕事が迷い込んできたり、さまざまな相談を受けるようになっています。一時期は「たらい回しの最終地」なんて言われたこともありました。そんな私の元に、ちよっとしたお客さまとのトラブルに関する相談がお客さまセンターからやってきました。 相談と言っても大したものではなく、お客さまセンターの人と簡単なアドバイスを送るだけですみました。その直後に担当窓口になっている支店の若手社員からも電話があり、私はお客さまセンターの人にしたアドバイスと全く同じことを言って終了しました。事案としては簡単なもので、ようするに法律と国の指針を知っていれば悩むような問題ではなかったんですね。ただ不動産屋としては専門外の法律になるので、知らなかったというだけです。 一件落着したと思ったら、先ほどのお客さまセンターの人から電話がかかってきました。無事に解決したので上機嫌です。 客セ:助かりました!ありがとうございました。 はね:お役に立てて良かったです。 客セ:支店のK担当から電話はありました? はね:ありましたよ。話しておきました。 客セ:いやぁ、早い段階からはねもね課長に相談しろと言ってたんですけどね。 はね:そうだったんですか。 いつものお礼の電話です。普通で無難な会話ですね。解決したらお礼の電話をするのはマナーですし、過剰にお礼を言っておけば次回も助けてもらえるだろうという計算もあると思います。ですから大体において感激した口調でお礼の電話があるのです。しかしこのお客さまセンターの人は、お礼だけで電話を切りません。解決してテンションが高いせいか、あれこれ喋り続けます。 こういう問題は、はねもね課長が一番詳しいから真っ先に電話して相談するように言ったんですよ。ところが彼は「いきなり本社に相談するなんて、ハードルが高いことできませんよ」なんて言うんですよ。ハードルとか言ったって同じ会社じゃないですか。だから私は彼に言ってやったんですよ。「はねもね課長は本社の中でも飛びぬけてハードルが低い人なんだぞ。泣きつかれたら無下に扱わないし、だいたい引き受けてくれるんだ」ってね。だって私なん