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日本のシンクロが世界を席巻した時代 /ロシアも真似した日本の演技

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※この記事は2016年8月8日に、前のブログに書いた記事の転載です。 アトランタ五輪で銅メダルを獲得した日本のシンクロは、2000年のシドニー五輪で金メダルを目標にしていました。。鬼コーチとして有名な井村雅代は、絶対的な強さを誇るロシアに勝つため、いくつかの具体的な手法に着手していました。その一つが、手足が長いロシアに見劣りする短い手足の日本人でも栄える、コンパクトな技のバリエーションでした。 演目KARATE ヘッドコーチの井村らスタッフが考え抜き、コンパクトな技を連発できる日本らしいテーマが「空手」でした。画期的だったのは、空手の動きをシンクロに取り入れるだけでなく、プールに入る前に8秒間の演技を導入したことです。これは今では当たり前に行われていますが、日本の「空手」が最初だったのです。そしてその8秒間の演技のために、空手の師範から9ヶ月間の稽古を受けています。 2000年4月のシドニー五輪予選で「空手」は初披露されました。ヨーロッパ文化の中心に日本文化を放り込んだ意外性に加え、プールサイドでの演技の斬新さ、そして審判の印象に残る後半に連続技を次々に繰り出す展開は高く評価され、多くの国に衝撃を与えました。その衝撃は女王として絶対的な強さを誇るロシアも例外ではなく、日本の「空手」を見た直後にロシアは演技内容を変えることになります。 ロシアが日本の真似をした その2ヶ月後に行われた欧州選手権で、ロシアがデュエットで披露したのがなんと「空手」でした。さらにコスチュームに漢字で「空手」と書く念の入れようで、わずかの間に女王ロシアが日本を真似するという異常事態になったのです。ロシアが日本の真似をしたことに、井村は笑みを浮かべ「ロシアに真似されて光栄です」と余裕のコメントを出しました。この事件は、もはや日本は格下ではないことを誰もが認めることになりました。 シドニー五輪の喝采 そしてシドニー五輪本番を迎えます。アメリカの新聞に「シンクロは日本を見るだけでも価値がある」、オーストラリアの地元紙でも「最も注目するべきは日本」と報じられました。注目の中、テクニカル・ルーティンで日本の「空手」が全世界に放送されました。プールサイドに整列し、全員が礼をした時にはシンクロにない緊張感が漂い、空手の型をを演じた後に「ヤー」の掛け声とともに跳

万双のシモーネ シングル天ファスナーを8年使ったレビュー

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上野の万双のカバンを最初に買ってから、約8年が過ぎました。ほぼ毎日のように使い続けているシモーネ シングル天ファスナーを紹介しつつ、使用感などをまとめてみたいと思います。 関連記事: 高いコストパフォーマンス /万双のカバン 万双を知ったきっかけ 某国産有名ブランドのナイロン製のカバンを使用していたのですが、ボロボロになってきたので、どこのカバンを買おうか 飯野高広 さんに相談したところ万双を勧めて頂きました。そこで早速、上野のアメ横に見に行ったのが最初です。 二木ゴルフの看板を目印に初めて店舗を訪れた時は、あまりの小ささに驚きました。下町のカバン屋さんといった雰囲気の佇まいです。そこにたまたまいたのが社長の武井さんで、あれこれカバンの話を聞かせて頂きました。 シモーネ シングル天ファスナーを選んだ理由 ブリーフケースやダレスバッグの方がビジネス向きで大人のイメージがあるのは承知ですが、天ファスナーの方が使いやすいと思いました。さらに価格が安いこともあり、初めてのブランドにあまり高額な出費もどうかと思って、これに決めました。 修理履歴 私の使い方が荒っぽかったようで、3年くらい経ってから、カバンの縁の部分のパイピングがボロボロになりました。ボロボロになったのは底面部なので、水を吸ったり泥がついたりで、かなり痛んだようです。万双に持ち込み、1ヶ月くらいで修理が終わりました。 次に5年を過ぎた頃に、ハンドルが取れました。重いものを入れ過ぎている自覚はあったのですが、突然ポロっと取れてしまいました。これも万双に持ち込み修理してもらいました。どちらも修理費用は3000円くらいだったと思います(正確には覚えていません)。 手入れ方法 クリーム等は一切使わず、乾拭きのみです。オイルドレザーなので、メンテナンスは基本的に乾拭きだけで良いので、デリケートクリーム等も使用していません。雨に濡れたら拭いていましたが、日光の当たらないところで乾燥させる程度です。革を可愛がりすぎる人が結構いますが、オイルドレザーは乾拭きで十分だと思います。 気に入っているところ 前面と背面にポケットがあるのが便利です。iPadなどは、ここが定位置になっています。書類をもらった時など、一時的にここに入れています。 シモー

スーツに合うベルトを考える /靴と鞄とベルトの色は合わせるべきか?

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スーツを着るときには、ほとんどの方がベルトを使うと思います。最近は就活生向けのスーツや靴のセットが売られていて、その中にベルトも含まれているようです。そしてスーツのマナーとして、靴とベルトの色を合わせるのが基本のように言われています。今回はベルトについて考えてみたいと思います。 関連記事 どんなスーツを着たら良いのか /スーツの考察 間違いだらけのスーツの着方 /セミナーで聞いた不思議な着方 吊るすとわかる良いスーツとダメなスーツ スーツにリュックサックはありか? 政治家のスーツはそんなにひどいのか ネクタイの選び方 /柄に注意すると選び方が容易に なぜ日本の大学生は喪服で就職活動をするようになったのか お葬式で「その背広は葬式用じゃない」と言われました スーツのジャケットはいつ脱いで良いのか? なぜ結婚式に白ネクタイをする変な習慣が定着したのか スーツとベルト スーツを着る際にベルトを使うようになったのは、割と近年のことです。1910年代のアメリカでジーンズなどの労働着にベルトが普及し、スーツにも1930年代から使われ始めます。しかしアメリカで急速に普及したスーツにベルトを巻くスタイルはイギリスでは受け入れられず、さらに長い期間を経て浸透しました。 ※1920年代のアメリカのワークスタイル と言ってもベルト自体の歴史は古く、古代から腰布を植物のツルや縄で縛っていたことを起源に、中世ヨーロッパではアクセサリーとして流行したり、騎士が剣をさすための武具として発展しています。あくまでもスーツにベルトを使う歴史が浅いということです。 なぜアメリカで浸透しイギリスは反発したのか スーツに対する考え方の違いが、ベルトの普及に違いを与えました。イギリスのスーツはサヴィルロウを中心とした誂え服、つまりオーダーメイドでした。それぞれ顧客の体型に合わせて作られ、どんな人でも立派に見えるように職人が時間をかけて作り上げるものです。 関連記事 : どんなスーツを着たら良いのか /スーツを着ない時代のスーツ考察 アメリカはイギリスからスーツの文化が持ち込まれますが、既成服のスーツを大量生産して庶民にも浸透しました。アメリカのスーツは、顧客の体に合わせて作り上げるのではなく、あらかじめ決められた寸法を元に工場で大量生産され

音楽評論への不信感が高まった時 /ヴードゥー・ラウンジの評価

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1994年、ローリング・ストーンズがニューアルバム「ヴードゥー・ラウンジ」の発表記者会見を行うと、アメリカの一般紙まで特集記事を組み、発売元となるバージン・レコードの株価が上がりました。ストーンズがアルバムを出すと最低でも200万枚は売れ、それに伴うワールド・ツアーが行われるのです。 ※ローリング・ストーンズ 音楽業界にとどまらず、経済界でも大きな話題となったストーンズの5年ぶりの始動は、日本でも大きな話題になりました。そして私はこの時の評論記事に、大きな不信感を覚えました。 関連記事: 60年目を迎えられるか? /時代を駆け抜けたローリング・ストーンズ       ベガーズバンケット /名作アルバム紹介01       オルタモントの悲劇 /なぜコンサート中に殺人が起こったのか 音楽誌が一斉に特集を組んだ 書店の音楽雑誌のコーナーに行くと、多くの雑誌の表紙がストーンズでした。一般雑誌の中にも特集を組んだものが多く、注目度の高さが伺えます。しかし特集といっても、ハドソン川で行われた記者会見を中心にしたものから、全曲解説が載っているものまでさまざまで、私はメジャーな音楽雑誌の全曲解説が載っているものを購入しました。 ※ハドソン川で行われたストーンズの記者会見 この時、少しだけ気になったのは、曲の解説を書いた数誌を読み比べると、かなり印象が違ったことです。しかし聴き手により曲の印象が変わるので、そんなものかと思っていました。私が買った雑誌には、全編を通じて60年代のブルースやR &Bを演奏していた頃に立ち返り、ライブで本領を発揮しそうな曲が多く並んでいると書いてありました。 「ヴードゥー・ラウンジ」を聴いて違和感を覚える 発売と同時に購入し早速聴いてみると、雑誌の解説とは違い、ライブ向けとは思えない曲が多くて違和感を覚えました。スタジオで練りに練られた感が強く、このアルバムで始めてストーンズを聴く人には、なんとも地味なアルバムだと感じたはずです。 一方でアルバムの完成度は高く、前作の「スティール・ホイールズ」の時に感じた荒さなどはなく、よくまとまったアルバムだと感じました。とにかく雑誌の解説とは印象が全く異なり、最初に聴いた時は思っていたものと違うので戸惑いました。 そしてアルバムのライナ

タキシードで大騒動 /友人Mのニューイヤー・パーティ

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友人Mは、いわゆる外資に勤めていたのですが、どういう経緯かは知りませんがニューヨークに移り住むことになりました。たまにメールでやりとりする程度の間柄だったのですが、Mからメールが来ました。「緊急事態なので、今すぐスカイプで話したい」2010年頃の12月の話です。 Mの上司が発端だった ニューヨークでの生活と仕事にも慣れ始め、年末に差し掛かる頃、上司がMに問いかけたそうです。 「ニューイヤーの準備はできてる?」 ※ニューヨークのニューイヤー・イブ なんのことかわからず尋ねると、大晦日は仕事を終えると全員着替えて、社内でニューイヤーを祝うパーティを行うのがしきたりなのだそうです。その際、男性はタキシードを着るというのです。タキシードなんか持ってないと言うと、上司は「心配ない。ここに電話すれば全て揃えてくれる。すぐに予約して、サイズを測っておくんだ」と、貸衣装屋の電話番号を渡してくれたそうです。 Mは言われるがまま電話し、仕事帰りにタキシードのサイズ合わせをし、予約を済ませました。レンタル代は日本の相場からすると格安で、タキシードを購入するにしても1万円代からあり、毎年着るならば来年は買おうかなと思いつつ帰宅したそうです。 靴の問題が発生 翌日、上司に感謝を伝えると「靴はどんなのにしたのかな?」と質問されました。Mは靴までは借りていないことを伝えると、上司は「それは問題だ」と厳しい顔で言ったそうです。すぐに電話で貸衣装屋に連絡し「昨夜行った私の部下に、靴を勧めなかったの?それは酷い手落ちだ。すぐに靴も用意してくれ」と言い、Mに「今日もう一度行って、靴も借りて来るように」と言ったそうです。 Mは再び貸衣装屋に行き、そこで勧められた靴を借りることにしました。靴は持って帰っていいと言われたので、そのまま家に持ち帰りました。しかしそれを見たMの奥さんは ※タキシード用の靴、オペラパンプス 「なにこれ?和田アキ子の靴みたいじゃない」 と大笑いしたのだそうです。不安になったMは、翌日会社にその靴を持っていき、上司に相談します。上司はニンマリ笑い「パーフェクトだ。全く問題ない」と言います。嫌な予感がしたMは同僚らにも靴を見せて質問すると、全員がニヤニヤしながら「その靴で大丈夫」と言います。なにやら疎外感を覚えたMは、

雨の日にはビーン・ブーツ /100年変わらぬ頑固さ

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LLビーン の顔とも言えるビーンブーツは、1912年に登場してから100年以上も変わらぬスタイルであり続けています。アウトドアシーンでの定番でありながら、昨今は街中でも多く見かけるようになったビーンブーツは、一足持っておくと心強いブーツです。今回は、そんなビーン・ブーツを紹介していきたいと思います。 関連記事 ベイツ社のブーツはもっと評価されてもいい 絶滅危惧種のアウトドアブーツ /ラッセルモカシン ビーン・ブーツの誕生 子供の頃からハンティングや釣りが趣味だったレオン・レオンウッド・ビーンは、アウトドアで靴に水が浸入してくるのが悩みでした。そこで靴の上部は軽量レザーで作り、下部をゴムで作ったブーツを考案して靴職人の元に持ち込みます。完成したブーツを試したところ、水の浸入を気にすることなく快適にアウトドアを動き回れたため、販売を開始しました。1912年のことです。 販売を開始してすぐに靴先のゴムが割れるというクレームが多発し、ビーンはそれを無償交換しました。これにより初期の利益は消えたようですが、ビーンは不満がある顧客の返品や無償交換を続けます。これがLLビーンの信頼に繋がり、注文がどんどん増えていきました。ビーンはブーツに改良を加え、今日ではアメリカ製アウトドアブーツの代名詞としてビーン・ブーツは知られています。 ビーン・ブーツの特徴 アメリカのアウトドアブーツの有名ブランド、ダナーはゴアテックスを使って通気性と防水性を両立させています。一方、ラッセルモカシンはゴアテックスのような最新技術を拒否するかのように、革だけで防水性能を維持するブーツを作り続けています。そんな中、ビーン・ブーツは革とゴムを使ったブーツを作り続け、独自性を維持しています。この革とゴムを併用するスタイルは、他社にも類似品を誕生させました。 ビーン・ブーツはゴム長靴と思っていいでしょう。しかし多くのゴム長靴が足首を固定できないのに対し、ビーンブーツは紐で縛って固定することが可能です。ゴム長靴より歩いたり走ったりするのに長け、ゴム長靴のような 防水性を誇っています。ブーツの丈も選べるので、さまざまなシーンで活用できます。さらにソウルがすり減ったら、ゴムの部分だけを交換することも可能です。同じブーツを何年も履き続けることが可能になっています