マイク・タイソンに見る教育の重要性

かつて人気実力共に最高の評価を得て、天文学的なファイトマネーを約束されていたマイク・タイソンは、さまざまなトラブルを引き起こして凋落しました。この原因の一つは、タイソンの教育にあったように思います。彼は基本的な教育が欠けていただけでなく、集団生活の経験も皆無でした。


マイク・タイソンは少年院を行き来した不良少年と言われていますが、兄弟子ホセ・トーレスはタイソンの少年時代を「いいとこの坊ちゃん」と表現しています。タイソンの少年時代を見ていきましょう。

兄と姉とともに母子家庭で育ったタイソンは、内向的で気弱な少年だったといいます。いじめの対象になり、飼っていたハトを殺されたことで逆上し、暴力に目覚めたことは知られています。12歳までに50回以上逮捕され、少年院でボクシングに出会うと才能を発揮して、名トレーナーのカス・ダマトに出会います。

※左がカス・ダマト

ダマトはタイソンの身元引受人になり、学校に行かせずに自分で勉強を教えながらタイソンにボクシングを教えます。ダマトがタイソンの衣食住の面倒を見て小遣いまで与えたのは、ダマトにとってタイソンは探し求めていたボクサーの原石だったからです。だからダマトはあらゆる障害からタイソンを守り続けました。

ある日、ダマトのジムのトレーナーが、妹の悲鳴が聞こえたので部屋に駆けつけると、まさにタイソンが妹をレイプしようとしているところでした。トレーナーは銃をとり、タイソンに妹から離れるように命じました。このトレーナーはダマトに猛抗議しますが、ダマトはこのトレーナーを解雇します。ダマトにとって、タイソンは絶対に守らなければならない存在だったのです。


一方、イベンダー・ホリフィールドというボクサーがいます。タイソンのライバルとして、何度もヘビー級王座に君臨し、タイソンとの直接対決では2戦2勝したボクサーです。タイソンに耳を噛み千切られたボクサーとしても知られています。


9人兄弟の末っ子として育ったホリィは、少年の頃から抜群の運動神経と体格の良さを誇り、ケンカでは負け知らずで傷害や強盗で何度も逮捕されています。ある日、家に帰ると父親が散弾銃を向け、目に涙をためてこう言ったそうです。

「ここで脳みそをぶちまけるか、学校に行くかどっちかを選べ」

父親の迫力に押されたのと、兄姉の支援もあって学校に行くことにしたホリィは、そこでボクシングに出会います。学校生活は窮屈で不条理なことも多く、楽しいことばかりではなかったといいますが、忍耐強く我慢することを学んだと言います。できない同級生をフォローしたり、自分だけできても評価されなかったりで不満はあったもの、学校生活がなければストリートに舞い戻っていただろうとも語っています。

ホリィはロサンゼルス・オリンピックの準決勝で、不可解なレフリーの判定により反則負けにされました。激怒し暴動寸前まで観客が荒れ狂う中、ホリィは抗議することなく不条理を受け入れ、その紳士的な態度が評価されます。ホリィは対戦相手からはダーティなボクサーと評されていますが、リング外での振る舞いは紳士的なボクサーとして知られています。

二人を分けたのは、学校教育の差だったと言われています。タイソンはボクシングに勝てば、強姦すら許される環境にいましたが、ホリィは学校という成約の中でルールを学びました。タイソンにとって、恩師のカス・ダマトが唯一絶対の教えでしたが、そのダマトはタイソンが世界王座に就く前に死去しています。

ダマトは対戦相手を尊敬すること、決して侮辱しないことをタイソンに教えたので、88年のラリー・ホームズ戦では試合前に悪口を言われたにも関わらず、試合後には19回王座を防衛した元王者をたたえています。「勝てて最高だよ。だけどこれがホームズの全盛期なら、僕にチャンスはなかっただろうね」と。

※タイソンはホームズを4RにKOした

しかしダマトの門下生だったトレーナーやマネージャーを解雇した後の89年のフランク・ブルーノ戦では、試合後に「あんな幼稚な手で、俺に勝てると思ってたのか?」と吐き捨てています。唯一の教えを失ったタイソンは、その後に強姦容疑で逮捕され、自滅の道を歩み始めます。計算ができなかったタイソンは、30%のマネジメント料が計算できず、好きなだけとられてしまい、経済的にも破綻していきます。

どれほど恵まれた才能があり、膨大な努力を積み重ねて成功しても、教育がなければ道を踏み外しやすく、軌道補正も難しくなる。そんなことをタイソンが示しているように思います。


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