私が見た最悪のボクシング /ジェラルド・マクレランの悲劇
ボクシングの試合では、試合を止めるのが早すぎたと不満が残ることがあります。しかし「早すぎるストップは、遅すぎるストップより遥かに良い」という金言があり、いつしか私も早すぎるストップに不満を覚えることは減りました。きっかけは95年2月のSミドル級タイトルマッチです。私は初めて生放送で、リング禍(リングで起こる事故)を目にしたのです。
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早すぎるストップは遅すぎるストップより良い ボクシングの話
※最近ではジェラルド・マクラレンと表記されることが多いですが、Gerald McClellanをマクラレンと読むのは無理があると思うので、ここではマクレランで統一します。
壮絶な歴史に残る大逆転劇で、私も心の底からベンを祝福しました。試合前に王者ベンの勝利を予想する人は皆無で、ベンの死刑執行といった雰囲気さえありました。しかし無類のタフネスと、信じられないほど強靭な勝利への執念でベンは大逆転を成し遂げました。
そんな歓喜の輪に包まれたリングの端で、異変が起こっていました。挑戦者ジェラルド・マクレランのセコンドが恐ろしい形相で叫んでいます。「医者だ。医者をよんでくれ!」
その後は相手構わず試合を行い、そのほとんどを1RKOで終わらせています。特筆するべきは、左のボディフック1発でダウンを奪う破壊力です。ボディブローはダメージを積み重ねて倒すものですが、マクレランは鍛え上げた腹筋に槍を突き刺すように一撃で倒していました。
もし倒れなくても槍の衝撃で無意識に腹を庇うようにガードが下がったところを、がら空きの頭部に左右の強打を叩き込んで試合を終わらせます。誰もがマクレランを恐れて、ミドル級では対戦相手がいなくなりました。
31勝2敗29KO(そのうち20が1RKO)という怪物的レコードを誇り、Sミドル級への挑戦は必然だったのです。
対戦が避けられなくなると、ベン陣営は地元のイギリスで試合を開催することにこぎつけました。怪物と相対するのに敵地ではなく、せめて地元の大声援を受けて行いたかったのです。しかし地元イギリスでもベンの勝利を信じる声は少なく、絶望的な雰囲気のまま試合を迎えます。
試合日程が伸び伸びになったため、マクレランの体調が万全ではないと言われていましたが、追撃が思うようにいかず壮絶な打撃戦になりました。しかし自力に勝るマクレランの優位は変わらず、徐々にベンは押し込まれていきます。
そして10R、ベンの渾身の右がマクレランに直撃してダウンしました。信じられない展開に熱狂する観客に押され、立ち上がったマクレランにベンは追撃します。マクレランは倒れるというよりしゃがみこむように膝をつき、そのまま10カウントを聞きました。
大逆転劇に喜びを爆発させるベンをよそ目に、マクレランは立ち上がると自分のコーナーに向かい、セコンドが用意した椅子に座りました。そして意識を失い、いびきをかきだしました。
医師たちの懸命な処置により、マクレランは一命を取り留めました。しかし半身不随、両目失明、両聴覚のほとんどを失い、言語能力も奪われていました。脳の損傷が激し過ぎて、植物状態に陥ったのです。マクレランの妹が号泣する姿が、各紙によって報道されました。
ラビットパンチとは後頭部への打撃で、ボクシングでは反則行為とされています。この発表により、王者ナイジェル・ベンは激しい世論の批判を受け、ラビットパンチに注意を与えなかったレフリーも激しい批判にさらされました。
マクレランの妹はベンの面会を拒否し、ベンは涙を流しながら故意に後頭部を狙って打ったわけではないと釈明しますが、ベンへの批判は止みませんでした。
マクレランは左右のフックをダッキングでかわしているので、後頭部をパンチがこすることか何度も起きていました。これは意図的な後頭部打撃ではなく、流れで入ってしまった感じです。そのためレフリーも注意しにくい場面でした。
ダッキングが間に合わずに後頭部にもろにパンチが入ってしまった際、ベンは攻撃を止めて大きくお辞儀をして謝罪しています。おそらくマクレランの距離感が微妙に狂っていて、避けきれずに後頭部に当たっているような感じです。ベンに悪意があるとは思えない反則打で、レフリーとしては判断が難しい場面です。
マクレランは、3Rあたりから目をこする動作が増えます。おそらくこの頃には脳内出血が始まっていて、視界に異変が起きていたのでしょう。防御が上手いとはいえないマクレランですが、不用意にパンチをもらい過ぎたのは、これが原因だと思われます。
ベンにもレフリーにも不注意はありますが、現状のルールでは難しいところというのが正直な感想です。私はラビットパンチ以上に、マクレランが早いラウンドから口を開けていることが気になりました。試合前にマクラレンの体調が万全でないことが報じられていましたが、階級を上げて減量など気にしなくて良くなったはずなのに、体調が整っていないのは明らかでした。
マクラレンは試合がなかなか決まらず、体を追い込んでは試合ができない状態が続き、コンディションを崩していたといいます。この試合はボクシングという過激なスポーツにおいて、健康管理の重要性を再認識させられました。
この試合はこれ以上ないエキサイティングな展開で、ボクシングの歴史に残る名勝負でした。それがこのような結果になったのは残念でなりません。マクレランという魅力的なボクサーを失ったのも、本当に残念です。ボクシングでは試合を止めるのが早すぎるという批判が起こることがありますが、私はこの試合を見てから遅すぎるストップに批判的なことはあっても、早すぎることを批判する気にはなれなくなりました。悲劇的な事故はこれ以上見たくないのです。
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※最近ではジェラルド・マクラレンと表記されることが多いですが、Gerald McClellanをマクラレンと読むのは無理があると思うので、ここではマクレランで統一します。
劇的な結末と大興奮の中で
10カウントが告げられ、王者ナイジェル・ベンの勝利が決まった時、私は興奮のあまりテレビの前で呆然としていました。顔をぐしゃぐしゃにして喜ぶベンに観客は興奮と熱狂で応え、歓喜の輪が会場を包んでいました。※歓喜の王者ナイジェル・ベン |
壮絶な歴史に残る大逆転劇で、私も心の底からベンを祝福しました。試合前に王者ベンの勝利を予想する人は皆無で、ベンの死刑執行といった雰囲気さえありました。しかし無類のタフネスと、信じられないほど強靭な勝利への執念でベンは大逆転を成し遂げました。
そんな歓喜の輪に包まれたリングの端で、異変が起こっていました。挑戦者ジェラルド・マクレランのセコンドが恐ろしい形相で叫んでいます。「医者だ。医者をよんでくれ!」
※リング上での救急処置 |
怪物ジェラルド・マクレラン
マクレランが注目を浴びたのは91年のWBO王座決定戦でした。伝説の王者マービン・ハグラーが打っても打っても倒れなかったタフなボクサー、ジョン・ムガビを1Rで簡単にKOして注目株になりました。その後は相手構わず試合を行い、そのほとんどを1RKOで終わらせています。特筆するべきは、左のボディフック1発でダウンを奪う破壊力です。ボディブローはダメージを積み重ねて倒すものですが、マクレランは鍛え上げた腹筋に槍を突き刺すように一撃で倒していました。
もし倒れなくても槍の衝撃で無意識に腹を庇うようにガードが下がったところを、がら空きの頭部に左右の強打を叩き込んで試合を終わらせます。誰もがマクレランを恐れて、ミドル級では対戦相手がいなくなりました。
※強烈なKO劇を何度も演出しました。 |
31勝2敗29KO(そのうち20が1RKO)という怪物的レコードを誇り、Sミドル級への挑戦は必然だったのです。
ナイジェル・ベンとの対戦
Sミドル級王者ナイジェル・ベン陣営は、マクレランとの対戦を避けようと、あらゆる手を打ちました。1階級下の選手といえとも、マクレランの破壊力はSミドル級でも分が悪すぎたのです。そのため試合日程は決まらず、ズルズルと時間が過ぎていきました。※試合のポスター |
対戦が避けられなくなると、ベン陣営は地元のイギリスで試合を開催することにこぎつけました。怪物と相対するのに敵地ではなく、せめて地元の大声援を受けて行いたかったのです。しかし地元イギリスでもベンの勝利を信じる声は少なく、絶望的な雰囲気のまま試合を迎えます。
試合序盤
開始早々にマクレランの強打が爆発してダウンを奪います。これで試合は決まったかに見えましたが、ベンは凄まじい執念で立ち上がると捨て身の打撃戦を展開します。※強烈なダウンで試合が決まったかと思われました。 |
試合日程が伸び伸びになったため、マクレランの体調が万全ではないと言われていましたが、追撃が思うようにいかず壮絶な打撃戦になりました。しかし自力に勝るマクレランの優位は変わらず、徐々にベンは押し込まれていきます。
試合後半
打撃戦を押し切ったのはマクレランで、8Rに再びダウンを奪いました。しかしベンは驚異的な精神力で立ち上がると、残りの力を振り絞って応戦してきました。マクレランの勝利が決定的な雰囲気になり、イギリスの観客は大声援でベンを後押しします。そして10R、ベンの渾身の右がマクレランに直撃してダウンしました。信じられない展開に熱狂する観客に押され、立ち上がったマクレランにベンは追撃します。マクレランは倒れるというよりしゃがみこむように膝をつき、そのまま10カウントを聞きました。
緊急手術
リングに上がったドクターは、一見して救急車を要請しました。担架でマクレランはリングを降り、そのまま病院に運ばれると開頭手術が行われました。マクレランの脳は激しく出血していて、そのまま生死を彷徨いました。※リング上で意識をなくしました。 |
医師たちの懸命な処置により、マクレランは一命を取り留めました。しかし半身不随、両目失明、両聴覚のほとんどを失い、言語能力も奪われていました。脳の損傷が激し過ぎて、植物状態に陥ったのです。マクレランの妹が号泣する姿が、各紙によって報道されました。
事故調査委員会
イギリスのボクシング協会は、マクレランの家族に事故の原因究明を約束し、自己調査委員会を発足させました。さまざまな角度から調査が行われ、事故の原因としてラビットパンチの影響は否定できないという見解を発表しました。※ベンの強烈な右を浴びたマクレラン |
ラビットパンチとは後頭部への打撃で、ボクシングでは反則行為とされています。この発表により、王者ナイジェル・ベンは激しい世論の批判を受け、ラビットパンチに注意を与えなかったレフリーも激しい批判にさらされました。
マクレランの妹はベンの面会を拒否し、ベンは涙を流しながら故意に後頭部を狙って打ったわけではないと釈明しますが、ベンへの批判は止みませんでした。
ベンやレフリーの責任は?
試合終了直後の興奮に冷や水を浴びせられた私は、試合のビデオ見返しました。たしかにベンのラビットパンチが繰り返しマクレランに当たっています。マクレランは左右のフックをダッキングでかわしているので、後頭部をパンチがこすることか何度も起きていました。これは意図的な後頭部打撃ではなく、流れで入ってしまった感じです。そのためレフリーも注意しにくい場面でした。
※植物状態を脱したマクレランと介護を続ける妹のリサさん |
ダッキングが間に合わずに後頭部にもろにパンチが入ってしまった際、ベンは攻撃を止めて大きくお辞儀をして謝罪しています。おそらくマクレランの距離感が微妙に狂っていて、避けきれずに後頭部に当たっているような感じです。ベンに悪意があるとは思えない反則打で、レフリーとしては判断が難しい場面です。
※車椅子で人前に出ることも可能になりました。 |
マクレランは、3Rあたりから目をこする動作が増えます。おそらくこの頃には脳内出血が始まっていて、視界に異変が起きていたのでしょう。防御が上手いとはいえないマクレランですが、不用意にパンチをもらい過ぎたのは、これが原因だと思われます。
ベンにもレフリーにも不注意はありますが、現状のルールでは難しいところというのが正直な感想です。私はラビットパンチ以上に、マクレランが早いラウンドから口を開けていることが気になりました。試合前にマクラレンの体調が万全でないことが報じられていましたが、階級を上げて減量など気にしなくて良くなったはずなのに、体調が整っていないのは明らかでした。
まとめ
リング禍は、関係者全員を不幸にします。ナイジェル・ベンとレフリーはこの後ずっと罪の意識にさいなまれ、妹のリサさんは兄の介護に人生の大半を費やしています。ベンは何度も病院を訪れますがリサさんに拒絶され、匿名で治療費の寄付をしています。リサさんがベンを許したのは何年も経ってからでした。マクラレンは試合がなかなか決まらず、体を追い込んでは試合ができない状態が続き、コンディションを崩していたといいます。この試合はボクシングという過激なスポーツにおいて、健康管理の重要性を再認識させられました。
この試合はこれ以上ないエキサイティングな展開で、ボクシングの歴史に残る名勝負でした。それがこのような結果になったのは残念でなりません。マクレランという魅力的なボクサーを失ったのも、本当に残念です。ボクシングでは試合を止めるのが早すぎるという批判が起こることがありますが、私はこの試合を見てから遅すぎるストップに批判的なことはあっても、早すぎることを批判する気にはなれなくなりました。悲劇的な事故はこれ以上見たくないのです。
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