早すぎるストップは遅すぎるストップより良い /ボクシングの話

ボクシングの山中慎介が、13回目の防衛戦に負けました。4Rにタオル投入でTKO負けです。このタオル投入のタイミングが早すぎたのではないかと議論が起きていて、所属する帝拳ジムの本田会長は「最悪のストップだ」と怒り心頭です。山中選手自身もまだやれたという主旨のコメントを出していて、タオルを投入した大和心(やまと しん)トレーナーへの批判も起こっています。


タイトルにも書いたように、ボクシングにおいて「早すぎるストップは、遅すぎるストップより良い」というのは定説です。なぜなら過去に何度も選手の死亡や後遺症が残る重大な事故が起きていて、その多くは遅すぎるストップによるものだからです。


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日本のリング禍(か)

リングの上で死亡や重体になってしまうことを、リング禍と呼びます。日本のボクシングではこのリング禍が多く、かつてはWBC会長のホセ・スライマン氏が、日本に対して苦言を呈したことがあります。

原因としては過度な減量が挙げられることが多く、日本でプロデビューしたロシア人ボクサーは、10kg以上の減量が常態化している日本のボクシングの異常性を指摘していました。世界的に見れば減量をしないボクサーも多く、短期間での激しい減量が体を弱らせているのは明らかです。


日本では死亡事故だけでも約40件あり、その他の重傷事故を含めるとかなりの数になります。上記の過度な減量に加え、試合を止めるのが遅すぎたために事態が悪化したケースもあり、レフリーやセコンドの責任は大きくなっています。


大和心トレーナーの略歴

かつてはバンタム級のプロボクサーで、日本タイトルと東洋太平洋のタイトルを保持していました。2006年に帝拳ジムでトレーナーに転向し、2009年にトレーナーとして付いていた辻昌建(つじ まさたて)選手が試合で死亡しています。

この試合はチャンピオンカーニバルの日本王者決定戦で、激しい打撃戦の末にダウンして負けた辻選手がリング上で意識不明になり、急性硬膜下出血の緊急手術を受けましたが死亡しました。さらに勝利した金光祐治選手も控え室で激しい頭痛と吐き気を訴えて病院に搬送され、硬膜下出血で選手生命を絶たれています。

これは関係者にとって最悪の事態で、今回の大和トレーナーのタオル投入にも無関係とは思えません。二度とあのような悲劇を繰り返してはならないと、大和トレーナーが考えたとしても当然だと思います。


帝拳ジム 本田会長の発言

帝拳ジムは日本最大手のボクシングジムで、戦前から続く伝統のあるジムです。これまでに12人の世界王者を輩出していて、本田会長はジムの経営者としてだけでなく、プロモーターとしても辣腕ぶりを発揮しています。

今回の本田会長の「最悪のストップだ」発言は、ジムの経営者としての一面があるはずです。山中の陥落で帝拳ジムの世界王者は不在になりました。本来なら村田諒太が世界ミドル級王者になっていたはずですが、村田の世界挑戦は失敗しました。伝統ある最大手ジムの帝拳にとって、世界王者不在はなんとも悲しい事態です。

そもそもルイス・ネリと契約する際に、間違いなく再戦条項を盛り込んでいるはずですから、タオル投入がなければ山中が勝てたと本田会長が信じるなら、再戦を組めばよい話です。ダイレクト・リマッチは原則禁止ですから次の試合は無理でも、その次の試合ならば組めるはずです。

もちろんライバルジムの協栄に所属した具志堅の13回防衛記録を帝拳の選手で追い抜きたかったというのもあるでしょうが、セコンドを批判するというのは普通ではなく、どうしても勘ぐってしまいます。もしかしたら本田会長は、山中の限界を悟っていたのではないか?とも思ってしまいます。

個人的な感想

私はボクシングを見始めてから30年以上経ちますが、何度かリング禍が起こった試合も見たため、レフリーやセコンドのストップが遅いことに苛立ちを覚えることがあります。早いストップは、間近で見ている人の判断なのですから、仕方ないと思っています。

そもそも今回の大和トレーナーは、ずっと山中を見続けてきたトレーナーで、ボクサー山中のことを誰よりも知っている人です。そしてセコンドは私たちの何倍もの情報を持っています。もしかしたら3Rの終了時に危険な兆候が見えたかも知れませんし、選手とセコンドしか知らない危険を抱えたまま試合に臨んでいたかもしれません。

「あんな風に止められたら、選手には一生の後悔が残る」という人もいますが、世界王者になるような人は勝たないと後悔が残る人達です。辰吉丈一郎も「負けても後悔が残らないようにとか言うけど、嘘やん。負けたら後悔するもん」と言い切っています。

山中選手はまだやれたと言っているから止めたのは残念と言う人もいますが、「止めてくれて助かったよ。ありがとう」と言う人が世界王者になれるはずもなく、意識を失うまで「まだやれる」と言い張る人達です。試合中の選手はアドレナリンが異常な量になっていて、激しい興奮状態にあります。理性的な判断はできません。また試合に命を賭けると言う選手もいますが、どんなスーパーファイトであっても命に勝る試合など存在しません。しかし命と引き替えても勝利を渇望する選手がいるから、レフリーやセコンドには試合を止める権利が与えられているのです。

山中選手の敗北は残念ですが、奥さんもお子さんもいらっしゃいます。家族の元に無事に返してあげることも、トレーナーの大事な役目ですから、私は大和トレーナーの判断を支持します。そして今回の敗戦はなんら恥じるものではなく、12回防衛という偉大な記録が残ったと思うのです。


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