亀田裁判と日本ボクシングコミッションの闇

ボクシングの亀田兄弟が、日本ボクシングコミッション(以下JBC)を訴えた裁判は、亀田兄弟の勝訴となり、東京地裁は亀田兄弟側に4550万円の支払いを命じました。個人的には勝訴は妥当な判決だと思います。そもそもJBCが早めに和解案に応じるべきで、裁判で勝てると思っていたJBCが不思議でなりませんでした。そしてこの裁判結果は、日本のボクシングを終わらせる最後の一打になる可能性があります。日本のボクシングで何が起こっているのか説明したいと思います。



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発端 「負けても王座保持問題」

2013年3月、大阪で行われたスーパーフライ級王座統一戦が、亀田裁判の始まりです。試合はWBA王者のリボリオ・ソリスとIBF王者の亀田大毅が対戦したのですが、計量で問題が発生しました。WBA王者ソリスが1.4Kgも体重超過をしていたのです。12時間の猶予が与えられましたが、そこでもソリスは1kgオーバーになってしまい、WBA王座の剥奪が決まります。関係者が集まり、対応を協議して試合ルールの確認が行われました。その内容は、IBF関係者(立会人のリンゼイ・タッカー氏)によってメディアに発表されたと報道されていました。

1.亀田大毅が勝利した場合、亀田大毅はWBAとIBFの統一王者になる。
2.ソリスが勝利した場合、WBAとIBFの王座は空位になる。



他にもグローブハンデをつけないなどいろいろあるのですが、後に問題になるのがこの2点でした。試合は予定通り行われ、2-1の判定で亀田大毅は負けました。これでWBAとIBF王座が空位になると思われたのですが、IBF立会人のリンゼイ・タッカー氏が「IBFのルールに基づき、亀田大毅は王者のまま」と発表したので大混乱になり、関係者やファンから批判が殺到することになりました。

JBCの調査と処分

事態を重く見たJBCは倫理委員会を開いて究明に乗り出します。JBCは亀田ジムの聴取を行うことにしますが、亀田陣営は要請をことごとく無視していきます。JBCが処分をチラつかせると、ようやく代理人の弁護士が聴取に応じました。

※IBFの立会人リンゼイ・タッカー氏


亀田側はIBFから負けても王座を保持できると確認していたと主張し、JBCは異なるルールがメディア発表されているにも関わらず、なぜ訂正しなかったのかを問題視しました。この聴取を受けてJBCは協議を重ね、2015年に処分を発表しました。亀田ジムのオーナーライセンスとマネージャーライセンスの更新をしないという極めて厳しい内容で、この決定により亀田三兄弟は日本国内での試合が不可能になりました。この処分を不服として、亀田側が裁判を起こし、今回勝訴になったのです。

不可解な点

そもそも負けたら亀田大毅が王座を失うという話が奇妙でした。体重超過で失格になった選手と試合をして、王座を失うというのはほとんど聞いたことがありません。IBFのルールブックにも、挑戦者が体重超過で失格になった場合、王者が負けても王座を失わないと書かれており、IBF側の負けても亀田大毅が王座を保持するというのは当然のことだと思います。

そしてこの問題は誰が何を言ったという話ではなく、直前のルールミーティングで決まった内容が重視されるべきです。その決定内容が明らかになっていません。ほとんどのルールミーティングでは、話し合いが終わると文章にまとめられ、関係者の署名か捺印が行われます。その文書を公にすれば済む話なのに、表に出ることはありませんでした。さらにこのミーティングはTBSがカメラを回しており、全出席者とその発言内容が記録されています。しかしTBSは、どちらかを嘘つきにしてしまうという不可解な理由で映像を公表していません。



さらに不思議なのは、JBCが聴聞で亀田側にルールミーティングでの内容を問いただしたことです。まさかとは思いますが、JBCはルールミーティングに出席していなかったのでしょうか。JBCの承認なしにには日本国内でいかなるプロボクシングの試合も行えないと普段から主張し、ルールミーティングには必ず出席しているJBCが、この時に限って出席していなかったのでしょうか?

そもそもIBF王者を決めるのはIBFであって、JBCがどうこう言う問題ではないはずです。仮にこの試合が、負けたら亀田大毅は王座を失うと定められていたとして王座が空位になったとしても、次の日にIBFが亀田大毅を王者に認定すればチャンピオンは亀田大毅なのです。JBCが聴取をするなら、亀田ジムではなくIBFにするべきだったと思います。当初、亀田ジムがJBCの聴取に応じなかったのは、自分達ではなくIBFに聞いてくれという思いがあったのではないでしょうか。

※IBFのチャンピオンベルト


WBAとIBFという2つの認定団体の試合を日本で行うにあたって、ルールを確認して発表するのもJBCの仕事ではないでしょうか。日本国内の試合の全てを統括すると主張しているJBCは、こういう時にこそ中立の立場に立ってルールを統括するべきと思うのですが、ルールを事前に発表しなかったからと亀田ジムを処分するのはお門違いに見えました。国内のボクシング関係者からも、この処分に対する疑問の声が多く出ていて、JBCが統括団体として機能していないという声があがっていました。

2011年に勃発した内紛

JBCは以前から多くの問題を抱えていました。2011年にはJBCに怪文書が撒かれて、一部のメディアが報じていました。内容はJBCのトップである事務局長の安河内剛が、不正経理によってJBCの資金を個人で流用していることや、複数の愛人をJBCに雇い入れていること、パワハラが横行していることなどが記されていました。

※安河内剛氏


安河内氏は内容を強く否定しましたが、一部の役員がこれに強く反発して辞職を求める騒ぎになります。試合役員会の一部は、安河内氏が辞任しなければ、自分達はライセンスを返上するので、明日からプロボクシングの試合が出来なくなると迫り、この混乱を収集するために調査委員会が設置されました。しかし調査委員会が不正経理の証拠は見つからなかったと発表すると試合役員会の一部の役員が猛反発し、外部告発なども行われて混乱に拍車がかかりました。

安河内氏は降格を受け入れて、ボクシング業務とは何ら関係のない場所へ配置転換され、安河内氏に近い立場の役員が懲戒解雇されました。さらに安河内氏も解雇されると、これらの役員は不当解雇を訴えて裁判を行い勝訴しました。典型的な権力闘争であり、お家騒動として幾つかのメディアが、冷ややかに報じていました。

健保金問題の勃発

2016年、ボクシングジムの経営者らがJBCに乗り込み、健保金の収支を明らかにするように迫りました。JBCがこれを拒否すると、ジムの会長らは激昂して刑事告訴も辞さない構えを見せていきます。健保金とは選手のファイトマネーから数%を聴取して、選手の治療費に充てる基金です。

2013年には1億円以上の資金があったのですが、半年後に半分ほどになっていることがわかりました。必要な支出だと主張するJBCに対し、その内容が不明瞭なためジムの会長らが組織する日本プロボクシング協会(JPBAは、健保金5900万円を別の専用口座に預けることを要求して承諾させました。

※健保金に切り込んだ緑ジムの松尾敏郎会長


その後もJPBA関係者らの問い合わせは続き、その度に残高が減少していることに不満を募らせたジムの会長らが2016年に堪忍袋の尾が切れた感じで怒鳴り込む騒ぎになりました。この時、協栄ボクシングジムの金平会長らの追求で、JBC関係者は残高が2200万円と答えたと言われていますが、JBCは否定しています。

JPBAは健保金は選手が負傷した時のための積立金で、それ以外の用途に使ってはならないと主張するのに対し、JBCは選手の怪我だけでなく事業経費にも使えると主張して対立が続いています。健保金は上記の安河内剛氏をめぐる裁判費用や、賠償金にも使われているとの見方があり、JPBAは批判を強めています。

日本のプロボクシングは危機に瀕している

日本で行われるプロボクシングの試合は、JBCがルールを定めて管理しています。そのおかげでプロボクシングはケンカを見世物にした興行ではなく、公益性のあるスポーツとして認められてきました。しかし安河内剛氏らの裁判による賠償金などで、今や財務状況は危機に瀕しています。

亀田裁判で4550万円を支払うことになりましたが、そもそも払えるのかという問題があります。賠償金の支払いなどでJBCの財政は逼迫しており、資金繰りはこの10年で一気に悪化しています。払えない場合は破産という可能性もあり、そうなると日本国内でプロボクシングが行えないことになります。まさにプロボクシングの危機がそこにあります。

亀田兄弟への偏見

先に書いたように、発端となった亀田大毅選手のスーパーフライ級王座統一戦では、なぜか亀田ジムが一方的に処分を受けることになってしまいました。しかしこの当時、亀田兄弟は世間からさまざまなバッシングを受けた後だったので、また亀田兄弟が問題を起こしたという雰囲気になり、世間はJBCの対応を支持しました。特に亀田大毅選手は、2007年に内藤大助選手が保持するWBCフライ級王座に挑んだ際に、反則を繰り返して日本中の批判を浴びました。その影響もあり、亀田兄弟が起こした問題は亀田側に非があると印象づけられていたのです。

※内藤大助VS亀田大毅


この世間の亀田バッシングが、JBCの行きすぎた対応を促したようにも思います。自らの責任も全て亀田兄弟のせいにして、日本のボクシングに亀田兄弟を関わらせないようにライセンスを取り上げてしまえば世間は納得すると安易に考えたように思えてなりません。亀田兄弟がさまざまな問題を引き起こしたのは事実ですし、兄弟の父親である亀田史郎氏も当時のことを振り返って、勝てば何でも許されると思っていたと反省しています。しかし問題を起こしたことがある人が、その後に降りかかった問題についても全て責任を負わされるなんてことはあるはずがないのです。

まとめ

今後、JBCがどのようになるかわかりませんが、日本のプロボクシングが危機に瀕しているのは事実です。JBCは設立の経緯から、現在も株式会社東京ドームが強い影響力を持っているため、何があっても最終的には東京ドームが救済してくれるという考えから自浄能力がないとも言われています。この問題で最も影響を受けるのは選手で、プロとして生活を支える試合の場がなくなってしまうかもしれません。今後の推移を見守りたいと思います。

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