名作マンガ「BANANA FISH」のアニメ化はなぜ批判を受けたのか

 2918年に漫画「BANANA FISH」がアニメ化されるという発表があり、ネットでは大きな話題になりました。「BANANA FISH」は名作と呼ばれていて、最終回を迎えた際には熱狂的なファンが終焉を悲しみ、また連載終了後にも熱心なファンを生み出しました。その名作がアニメ化ということで話題になりましたが、発表と同時に不安視する声が上がり、アニメ放送と同時に批判が巻き起こりました。これは製作陣が「BANANA FISH」の魅力を理解できておらず、時代設定を1985年から現代に移してしまったことに原因があったのです。


「BANANA FISH」の概要

別冊少女コミックに1985年から1994年まで連載された少女漫画で、全19巻で発売されています。作者は吉田秋生で、後に「YASHA-夜叉-」や「海街diary」などでもヒットを飛ばし、実写化もされています。「BANANA FISH」の累計発行部数は1100万部を超えていて、その後の多くの作品に影響を与えました。

例えば「約束のネバーランド」の連載が始まった際にも、主人公達がIQ脳力試験の描写が「BANANA FISH」にそっくりだと話題になっています。少女漫画とは思えない序盤のミステリー展開、袋小路に陥る苦しくハードな展開、大河ドラマのような壮大な展開で熱狂的なファンを生み出した名作漫画と呼ばれるようになりました。


「BANANA FISH」のあらすじ

1973年のベトナムで、米軍兵士のグリフィンが突如として自動小銃を乱射し、仲間の兵士を死傷させます。足を撃たれて取り押さえられたグリフィンは「バナナフィッシュ」という謎の言葉を呟いていました。

80年代のニューヨークで、ストリートキッズを統率していたアッシュは、マフィアから襲撃された男が「バナナフィッシュ」と呟いたことで驚きます。アッシュはグリフィンの弟で、廃人になってしまったグリフィンが時々呟く言葉がバナナフィッシュだったのです。兄が廃人になってしまった原因にバナナフィッシュが関係していると考えたアッシュは調査を開始します。

※主人公のアッシュ・リンクス


謎の言葉「バナナフィッシュ」を巡り、ニューヨークを取り仕切るマフィアのゴルツィネ、マフィアを利用する米軍を巻き込み、アッシュは日本人留学生の英二とともにマフィアとの抗争を戦うことになっていきます。

1980年代のアメリカ

物語の舞台となるのは、1980年代のニューヨークです。戦後のアメリカは映画監督の大島渚の言葉を借りると「アメリカは世界」でした。第二次世界大戦を無傷で乗り切り戦勝国となったアメリカは、世界の覇権を握って絶対的な存在として外交面や経済面で世界各国をリードして行きました。「世界では・・・」「世界的な話題に・・・」と語られる際の世界とはアメリカのことであり、アメリカが世界の中心でありアメリカが世界そのものだったのです。

しかし1970年代に入ると、アメリカは一気に疲弊し始めます。1971年のニクソン・ショックでドルと金の交換が停止されると、アメリカの経済的繁栄の終焉を世界に知らしめました。長期化していたベトナム戦争は1973年に、アメリカが全面撤退することで終戦になりました。圧倒的軍事力で世界に睨みを利かせていたアメリカが、小国のベトナムに敗れたのです。さらに72年から世間を騒がせたウォーターゲート事件は、74年にニクソンが大統領を辞任する結果になりました。アメリカは経済、軍事、政治に置いてドン底に突き落とされたのです。

※リチャード・ニクソン大統領


そのため80年代のアメリカは膨大な赤字を抱え、失業者が急増し、ベトナム戦争の帰還兵は社会復帰できずに社会問題となり、麻薬問題が深刻化していました。また70年代までニューヨークを取り切っていたマフィアはFBIの攻勢により衰退の一途を辿っており、ガンビーノ一家など一部を除いて勢力を失っていました。バチカン・スキャンダルで明らかになったように、マフィアは裏社会から姿を決して表の世界に浸透して姿が見えなくなりつつありました。絶対的な強さを誇っていたアメリカが、その衰退を前に足掻き続けているのが80年代だったのです。

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1980年代の日本

80年代の日本は、自動車の生産台数がアメリカを抜いて世界一になるという経済的成功と、選挙戦の最中に総理大臣が急死するという政治的混乱で始まります。アメリカに追いつけ追い越せと戦後復興を行なってきた日本が、いよいよ世界的な経済大国へと変貌している時期です。そして1985年に、先進5カ国蔵相中央銀行総裁会議(G5)でプラザ合意が結ばれ、日本が世界経済をリードする立場になりました。この会議から帰国した竹下登大蔵大臣が「アメリカが日本に助けてくれって言ってきたんだよ」と嬉しそうに語っていたという話があります。

ここから日本はバブル景気に突入し、圧倒的な経済力で日本が世界を席巻することになります。プラザ合意以降に1ドル250円程度だったのが120円ほどになり、日本人も気軽に海外に行けるようになりました。それまでは芸能人がハワイに行く様子を羨望の目で見ていた日本人でしたが、大学生がアルバイトで稼いでアメリカに行くことが増えたのです。かつての大国アメリカが凋落しはじめると同時に、日本人にとってアメリカとの距離が急速に縮まった時期でもあります。

「BANANA FISH」は1985年に連載が開始され、80年代半ばのニューヨークが舞台になっています。バブル景気に浮かれた日本で、ニューヨークのスラムを走り回り、無謀な戦いを続けるアッシュと英二の姿に、当時の読者は夢中になったのです。

時代設定変更の失望感

アニメ版「BANANA FISH」は、時代設定を85年頃から2018年現在に置き換えました。その理由としてアニメーション監督の内海紘子が、インタビューで触れていました。原作を読んだ際に「当時だと気にならなかったであろう部分が、現代になってから読んだ私にはどうしても引っかかってしまうところがあって」と語っています。また古い作品ではあるものの現代の人に楽しんでもらいたいとの思いから「舞台を現代にすることでこの作品に入り込みやすくなると思い」とも語っています。

内海監督が原作を読んで「引っかかってしまう部分」は具体的に言及されていないのですが、その後の部分で「リアルに考えると、死と隣り合わせの状況でそんなにファッションとか気にしないだろうし、TシャツとGパンっていうラフな服装で過ごすと思うんですけど……アニメになるわけですし、せっかくならいろいろな格好が見たいなと!(笑)」と語っています。そのため絵の見た目の問題、つまり美少年の主人公を描くのに時代的に地味すぎる格好になるため、時代を変更したのではないかと思われます。

※原作にはないファッショナブルさがアニメにはあります

このインタビューが公開されてと、原作ファンから失望の声が集まりました。アニメは本編の視聴率以上に、グッズの売上が大きな収益になります。そのため登場人物にどれだけ人気が集まるかが重要な側面があり、アッシュや英二などのキャラの見た目を良くする必要があったのでしょう。この安易な理由での時代設定変更と、アニメーション監督が「BANANA FISH」がなぜ多くの人を惹きつけたのか理解していないことが発覚したので、失望が広がったのです。

時代が変わったことでアッシュが変わった

主人公のアッシュは悲惨な育ちにより、人を寄せ付けない性格でした。類い稀なる美貌を持っていたため、幼少の頃から男に体を売ることで生き延びてきました。金持ち相手の男娼をしていたため、彼らの庇護の元で教育を受けることもできていました。強い意志と優れた頭脳を持ち、仲間を惹きつける不思議な魅力を持っているのがアッシュです。

しかしアニメでは「バナナフィッシュ」という単語を聞いたアッシュは、スマホで電話をして仲間に調査を依頼します。現代に時代設定を変えたのでスマホが登場するのですが、ネット検索をするでもなく電話して調べてもらおうとするアッシュは、知恵が足りない子のように見えてしまいます。80年代は携帯がなかったので、アッシュのピンチに仲間たちは走って助けを求めに行ったり公衆電話を使っていました。この焦ったい時間の中でサスペンスが進行していたのですが、スマホで連絡するため全てがスピーディに解決していきます。

またこの時代はコンピューターも滅多に目にしない時代でした。大企業や大学にしかコンピューターはなく、扱えるのは高等な専門教育を受けた人だけという印象がありました。それを当たり前のように使うアッシュの姿に、生き延びるために抜け目なく知識を吸収してきたアッシュの凄みや、マフィアらの金持ちからどれほど寵愛されてきたかが窺い知れます。しかし現代を舞台に難解なシステムを駆使してパソコンを使うアッシュは、単にパソコン好きの子供に見えてしまいます。

80年代ならではの設定が消えた

物語の深部には麻薬が深く関わっています。ベトナム戦争の戦地でヘロインを覚えた米兵が帰国した後も常用するようになり、それが大きな社会問題になっていました。ベトナムで浸透した麻薬はコロンビア・カルテルの繁栄に繋がり、メキシコマフィアとの抗争にも繋がりました。ベトナムの悲劇は現代に繋がる悲劇の始まりなのです。しかしアニメは現代に設定したため、当初の戦争はイラク戦争に差し替えられてしまいました。これではアメリカ全体を覆う閉塞感も、物語の重苦しさがなくなってしまいます。


またベトナム戦争で疲弊し、失業者が街に溢れるニューヨークの荒んだ景色に、自力で生き残ろうとするストリートギャングは飢えや死と隣り合わせで生きていました。しかし現代に舞台を移した事で、そのような切迫感は消えてしまいました。彼らのキャラを掘り下げる間も無く物語が進むので、彼らがちょっとスレた不良のように見える場面もありました。

さらに英二はアッシュを助けるためにニューヨークに残る決断をしますが、繁栄を続ける日本を捨てて凋落するアメリカに残るというのは、現在より遥かに難しい決断です。当時の日本は希望に満ちていて、アメリカは今より遥かに凋落していたのです。その決断は英二とアッシュの繋がりの強さを示していますが、こういった背景も見えにくくなってしまいました。

リアルタイムで読んだ人は幸せだ

この漫画をリアルタイムで見ることができた人は、当時の空気を吸いながら物語の世界を楽しむことができました。バブル景気に浮かれた日常の中で、その日常を捨ててアッシュを助けるためにニューヨークでマフィアとの抗争に身を投じた英二を見るのと、景気が回復したアメリカを眺めながら読むのでは印象が変わってしまいます。

1990年、メディアはニューヨーク五大ファミリーの一つ、ガンビーノ一家のドンであるジョン・ゴッティが逮捕されたニュースで賑わいました。最後のゴッドファーザーと呼ばれたゴッティの逮捕と収監は、いまだにマフィアがニューヨークに巣食っていることを思い知らされることになりました。まさに「BANANA FISH」の連載中に、ニューヨークマフィアが逮捕されたというのも、リアルタイムで読んでいた人でなければ経験できないことです。

※ガンビーノ一家のジョン・ゴッティ

またこの当時、米軍は今より遥かに強力な存在でした。世界は冷戦中で、時おり報じられる世界情勢のニュースはじっとりとした閉塞感をまとっていて、再び核戦争の脅威が迫る可能性を示していることがありました。世界はソ連という脅威に脅かされていて、それに対抗できるのは米軍しかなかったのです。その米軍すら敵に回しかねないアッシュの振る舞いは、今日より遥かに危険な行為です。こういった緊張感を味わえるのは、リアルタイムで読んでいた人だけだと思います。

まとめ

1980年代ならではの設定が多く、その時代ならではの緊張感を持っている「BANANA FISH」の時代設定を変更するなら、原作に変わる設定が必要になるはずでした。しかし単に時代を変更しただけなので、世界情勢が変化しテクノロジーも進化しているため、緊張感が薄れてしまいました。そのため原作ファンの間では製作陣への不信感が高まり、多くの批判が起こることになってしまいました。

当時の緊張感は今の時代に読んだり見たりしても、同じような緊張感は味わえません。しかしなんの工夫もなく、時代設定を安易に変更してしまったのは悪手だったと思います。グッズ販売を考えると80年代のキャラクターの絵は地味だとは思いますが、時代設定を変更することによって起こるリスクに無頓着過ぎたと思います。それが批判を巻き起こしたことを製作陣は理解しているのか、ちょっと気になりました。



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