フロック・フォルスターの孤独 /世界観を際立たせる名脇役
アニメ「進撃の巨人」の考察を何度か書いていきましたが、今回は脇役のフロックについて考えていきたいと思います。 端役として登場したフロックは、ファイナルシーズンに入ってから一気に存在感を増していて、今や物語の行方を左右する重要なポジションになっています。嫌っている人も多いキャラですが、フロックを理解することで物語の奥深さが見えてきます。そこで今回は特にフロックの孤独について考えていきたいと思います。ちなみにこれを書いているのは、アニメ「進撃の巨人 ファイナルシーズン」第84話「終末の夜」を見終わった後で、原作は読んでいません。
※ネタバレを含みますのでご注意ください
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フロック・フォルスターの概要
フロック・フォルスターは104期生で、エレンやアルミンらの同期です。当初は駐屯兵団に所属していましたが、王政が新体制になり調査兵団への期待が高まる中、ウォール・マリア奪還のために調査兵団に編入しました。公式によると身長175cmで、名前の由来はラテン語の「群れ」だそうです。独特の髪型で、当初はソフトクリーム頭などとネットでは言われていました。
フロックの登場
フロックは編入直後に第48話「傍観者」に登場します。ジャンが編入組のマルロに対して「とにかく、はしゃいでんのはお前と同じ、実戦経験ゼロの編入の連中だけなんだよ」と言った言葉に、フロックが反応して話しかけます。「おいおい、お前らすっかり歴戦の猛者か?」とフロックは言いますが、ジャンは「お前らと比べられちまえばな」と流してしまいます。
ジャンのそっけない言葉に、フロックは同期の仲間の変化に気づきます。「でも確かにお前ら変わったよな、面構えっていうか、一体何があったんだ?」と質問するも「聞きたいか?」と逆に問われて全員のただならぬ雰囲気に圧倒されてしまいました。駐屯兵団で実戦経験がないフロックと、調査兵団で酷い惨状を目の当たりにしてきた仲間との差を思い知らされることになります。
104期生の死者
紆余曲折あり、調査兵団には多くの104期生が入団しました。主要なメンバーは以下の通りになります。
エレン・イェーガー(本作の主人公)
ミカサ・アッカーマン(エレンの幼馴染で104期生の主席)
アルミン・アルレルト(エレンの幼馴染)
ジャン・キルシュタイン
コニー・スプリンガー
サシャ・ブラウス
クリスタ・レンズ
ライナー・ブラウン
ベルトルト・フーバー
ユミル
上記のメンバーの中には裏切り者が潜んでいたことがわかり、ある意味では戦死より辛い現実が突きつけられます。さらに戦死した104期生は多くいます。その多くが初陣となったトロスト区攻防戦で亡くなっています。トロスト区攻防戦では、まだ104期生は訓練兵ですが、その多くが調査兵団を希望していたこともありエレンらの目の前で亡くなりました。
マルコ・ボット(トロスト区攻防戦で戦死)
トーマス・ワグナー(トロスト区攻防戦で戦死)
ミーナ・カロライナ(トロスト区攻防戦で戦死)
ナック・ティアス(トロスト区攻防戦で戦死)
ミリウス・ゼルムスキー(トロスト区攻防戦で戦死)
フランツ・ケフカ(トロスト区攻防戦で戦死)
特にマルコは104期生を7位で卒業しリーダーシップも発揮していたため、仲間からも厚い信頼を寄せられていたため、その死はジャンには深い傷を残しました。多くの死者を出したため、生き残った彼らに特別な絆が生まれていても不思議ではありません。
調査兵団を襲った悲劇
物語の多くは壁外で起こっているため、調査兵団を舞台にさまざまな悲劇が起こりました。エレンが突如として巨人化した事件に始まり、巨大樹の森では多くの犠牲者を出しながら、104期生のアニが女型の巨人という衝撃もありました。さらに104期生のユミル、ライナー、ベルトルトも巨人であることが発覚し、信頼していた仲間の裏切りや混乱が起こります。
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さらに調査兵団は憲兵団によって反逆者の濡れ衣を着せられ、王政に対してクーデターを起こして政権の転覆に成功しました。その間にエレンやミカサも含め、ジャンやコニーも何度も死ぬ直前まで追い詰められています。何度も窮地に陥り、互いに協力して生き残った彼らには、他の人達が入り込めない絆が生まれていて、後にコニーもサシャとジャンの肩を抱き寄せて、他の奴らには悪いがお前らは特別だと語っていますし、エレンも同じようなことを言っています。調査兵団の104期生は、後からやってきたフロックらとは違う特別な関係になっていたのです。
孤独なフロック
①生き残ってしまった後悔
意気揚々と調査兵団に編入し、ウォール・マリア奪還作戦に参加したフロックですが、獣の巨人によって全滅の危機に陥ります。なす術なく獣の巨人の投石を浴びることになってしまい、退避もできない中で仲間がずるずると殺される状況で、フロックは馬を守る任務を放棄して泣きながら調査兵団に編入したことを後悔します。しかしそんな彼らをエルヴィンは鼓舞し、獣の巨人に特攻を仕掛けました。
その結果、調査兵団は全滅しますが、唯一生き残ったフロックはサバイバーズ・ギルトに陥った可能性があります。サバイバーズ・ギルトとは、戦争や災害、事故などで奇跡的に生還した人が、周囲の人が亡くなったのに自分だけ助かったことに対して生まれる罪悪感のことです。自分も皆と一緒に死ぬべきではなかったのか?そういう心理状態に陥ることで、PTSDなどを発症する例もあります。フロックはともに調査兵団に編入した仲間を亡くし、自分だけ生き残ってしまったのです。
②無視された想い
生き残ったフロックは、虫の息のエルヴィン団長を見つけます。フロックにとって、これは救いだったはずです。自分が生き残った意味は、瀕死のエルヴィンをリヴァイ兵士長の元に届け、巨人化する注射を打って生き返られることだと信じたでしょう。だからフロックは自分より遥かに大柄なエルヴィンを担ぎ、ボロボロになりながらもリヴァイの元に現れました。
しかしそこで起こったことは、フロックにとって理解不能だったでしょう。エレンとミカサはエルヴィン団長ではなくアルミンを助けるべきだと主張し、上官のリヴァイに反抗しました。新兵と団長の命を天秤にかけ、新兵を助けるべきだと主張する2人の言葉の意味がわからなくて当然です。しかもその場にいるジャンやコニーは何も口にすることなく、団長を助けるべきと主張する自分の意見を支持してくれません。そしてリヴァイは最終的に、エルヴィンではなくアルミンを選びました。
フロックは自分が生き残った意味だと信じた、エルヴィン団長の命を救う使命を否定されました。さらにフロックはここでも、調査兵団の104期生の絆の壁を感じたはずです。同じ104期生でありながら、自分には理解できない絆見せつけられました。この時の想いをフロックはシーズン3 第59話「壁の向こう側」でぶつけています。
でもなんでアルミンが選ばれたかはわかる。お前ら2人(エレン、ミカサ)とリヴァイ兵長が私情に流され、注射薬を私物化し合理性に欠ける判断を下したからだ。
エレン、お前って腹の底じゃ何だって自分が一番正しいって思ってんだろ。だから最後まで諦めなかった。聞き分けのねぇガキみたいに。
その点、ミカサはまだ大人だった。最終的には諦めたんだから。
お前ら(ジャン、コニー)は上官に歯向かう訳でもなく、エレンとミカサを止める訳でもなく、ただ見てただけだったよな。
このフロックの意見は真っ当でしょう。エレンとミカサは上官に反抗しただけでなく、ミカサは刃を向けました。明らかな造反行為です。そしてリヴァイがアルミンを選んだことで、激しい疎外感を覚えたかもしれません。エレン、ミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャを前にフロックは自分のことを「腰抜け」「雑魚」と言い、そんな自分でも値踏みする権利ぐらいはあるはずだと訴える姿には、強い孤独感が現れています。
イェーガー派の結成
生き残った104期生の中で壁を感じていたフロックは、物語の終盤に入ると一気に物語の中心で働き始めます。エレンを中心としたイェーガー派を結成して兵団をまとめ上げ、調査兵団団長のハンジやリヴァイ兵士長を無視して事実上の兵団トップに立ちます。エルディア島が世界で孤立していることを知った人達は、エレンと共に世界と戦うことを掲げるイェーガー派を支持しました。
フロックがイェーガー派を立ち上げたのは、エレンの意思でした。恐らくですが、エレンはフロックの孤独を巧みに利用して取り込んだと思われます。それはファイナルシーズン第82話「夕焼け」にて、フロックが全員に嬉しそうに語るシーンからも伺えます。
みんな聞いてくれ。俺は10ヶ月前、エレンから今回の計画を聞いた。ジークを利用し、エレンが始祖の力を掌握する計画だ。俺は仲間を集め、エレンの手助けをし、計画は今日達成された。
自分が聞かされていなかったことをフロックが聞かされていたという事実に驚くジャンを前に、フロックは笑みを浮かべて語ります。フロックからすれば、エレンが104期生の誰にも教えていない計画を自分だけに話してくれると言うのは、これ以上ない喜びだったでしょう。
フロックの正義
兵団はマーレ国など海外の大国の脅威に対し、どのように対処するか検討を加えていきました。しかし結論が出ることなく、時間を浪費してきました。エレンはマーレ国のエベリオ収容区を急襲することで、マーレ国に打撃を加えました。作戦の成功は、全滅を待つだけの状況から希望と可能性をエルディアに与え、多くの人が歓喜しました。
フロックは手をこまねいているだけの兵団ではなく、生存を賭けて戦うエレンの姿勢を支持しました。そしてこれまで巨人をパラディ島に送り続け、殺戮を続けてきたマーレ国に対する復讐も正当な行為であると信じています。フロックにとってマーレ国襲撃や地鳴らしは正義であり、生き残りのための手段なのです。それに同意しないエレン以外の104期生のことが、理解できないのではないでしょうか。
普通の感覚のフロック
「進撃の巨人」のストーリーが優れている理由の1つは、このフロックの存在だと思います。多くの英雄的行為や自己犠牲の精神があふれる中で、フロックの言動は極めて普通なのです。主人公達とは違う意見を持ち、彼らと敵対する勢力になっていくのですが、それぞれの局面では普通の人が考えるであろう言動を繰り返しているのです。
アルミンではなくエルヴィンを救うように言ったのは、新兵ではなく団長を救えというわけですから、当たり前と言えるでしょう。マーレに侵攻するエレンを支持するのも、全世界から自国が敵視されている現状では決して変な話ではありません。一般的な人が普通に考えることをフロックが表現しているので、フロックのイェーガー派は市民から支持されていますし、フロックの存在が「進撃の巨人」の世界の異常性を際立たせるとも言えます。フロックがいることで、より立体的な世界観が表現できているとも思います。
神谷浩史の見解
リヴァイを演じる神谷浩史が、エルヴィン役の小野大輔とのラジオで、シーズン3 第55話「白夜」について語っています。エルヴィンではなくアルミンを巨人にし、ベルトルトを食べるアルミンを見ながらエレンがリヴァイに「兵長、どうしてですか?」と質問する場面です。リヴァイはエルヴィンを前に、ハンジやフロック、エレンが見つめる中で呟きます。
こいつを、許してやってくれないか。こいつは悪魔になるしかなかった。それを望んだのは俺たちだ。そのうえ、一度は地獄から解放されたこいつを、再び地獄に呼び戻そうとした。だがもう、休ませてやらねぇと。
このセリフを吹き込んだ際にOKが出たのですが、 次は周囲の全員を無視してエルヴィンだけに語りかけるように言って欲しいと音響監督から言われたそうです。神谷浩史は「そこまでやるか」と驚いたそうですが、演じながらエルヴィンを救出したフロックとの溝を強く感じたそうです。
まとめ
フロックは端役として登場し、ファイナルシーズンでは重要なキャラになっています。今や敵のリーダーという感じがしますが、その根底には強い孤独や嫉妬があったように思います。それはシーズン3から周到に伏線が張られており、じわじわとフロックの豹変が描かれています。そしてフロックが狂人ではなく極めて普通の人々の言動を行うため、非常時の狂った世界観が際立っています。主人公のエレンやアルミンらの目線でもなく、フロック目線で物語を見ると奥深い世界観を堪能できると思います。
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