女性アスリートの盗撮問題を考えてみる /ジェンダーとファッションと機能性

 先日、知り合いの娘が高校の陸上部に入っているそうで、セパレートのユニフォームを着て競技に出ている娘を見ると、なんというかモヤモヤした気持ちになるとぼやいていました。本人は全く気にしていないそうですが、親としては下着のような格好で競技場にいる娘の姿を見るのは、なんとも言えない気持ちになったそうなのです。そこで今回は、女性アスリートのユニフォーム問題について考えてみたいと思います。



スポーツ7団体からの問題提起

2020年8月に、陸上の女性選手が卑わいな画像を拡散されたとして日本陸連のアスリート委員会に相談したことで、問題が表面化します。これを受けて日本オリンピック委員会(JOC)や日本スポーツ協会などスポーツ7団体が、アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為の被害撲滅に取り組むと共同声明を発表しました。「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為です」と注意を促し、ネット上などでのアスリートへの写真・動画による性的ハラスメント撲滅に向けて、スポーツ庁などの行政に協力を要請しました。

女性競技者の下半身などを執拗に狙って撮影した写真が出回る被害に対して、どのような対応ができるか議論が起こりました。この問題はかなり前から言われていることで、具体的な対策が打てないまま今日まできたという経緯があります。警備員を増やしても望遠レンズで遠い被写体を狙っている場合、何を撮影しているのかは撮影の様子から判断することは難しく、また何をもって猥褻とするかの協会が難しいという問題もあります。ただ不快な思いをしている競技者がいるのも事実で、なんらかの対応が必要だと言われています。

女子陸上のユニフォームの変化

ここ10年ほど、陸上競技のユニフォームが体にピッタリしたものになり、特に女子はセパレート型の水着のようなユニフォームが主流になっています。そのため、なぜあのような格好で競技をするのか?そういった声は多く出ています。このことを考えるには、時代とともに激しく変化しているユニフォームの歴史を紐解く必要があります。ユニフォームは、ここ100年の間に全く違ったものになっているのです。

1908年のロンドン五輪の陸上競技では、女子選手は膝丈のズボンを穿いる写真が多く見られます。肌の露出に抵抗があるようでタイツのようなものを穿いている選手も多く、上着は長袖が基本になっています。今日の感覚では、スポーツには不適当なウェアに見えます。1952年のヘルシンキ五輪ではブルマーの着用が多く見られまし、ノースリーブの選手も多くいます。この頃には、女性も肌を露出して競技を行う選手が当たり前のようになっているようです。

※1908年ロンドン五輪

そして 1984年のロス五輪に、後の女子陸上界のファッションリーダーが登場しました。短距離選手のフローレンス・ジョイナーはロス五輪ではワンピース水着のようなウェアで登場していました。しかしオリンピックでメダルを取ってもスポンサー獲得ができなかったことから、ド派手なユニフォームを着用するようになります。それまで地味だった陸上のユニフォームは、ジョイナーによって鮮やかな色使いや大胆なカットが盛り込まれるようになりました。

※フローレンス・ジョイナー

1992年のバルセロナ五輪では、ワンピース水着のようなユニフォームが多く見られます。そしてこの時には、現在のようなセパレート型のお腹が出るユニフォームを着ている選手もいました。このセパレート型ユニフォームは、2000年のシドニー五輪では標準と呼べるほど多くの選手が着用しています。そして2000年以降に、日本の高校や中学でもセパレート型のユニフォームを徐々に採用していくようになったそうです。

※1992バルセロナ五輪


なぜセパレート型のユニフォームなのか

私が陸上部にいた1980年代の日本の陸上は、男女ともにランニングシャツにショートパンツでした。しかしこのスタイルは短距離選手を中心に、走るたびにシャツやパンツがはためくため、空気抵抗が大きいことを気にする選手が増えていくことになります。そこで肌にピッタリと合ったユニフォームが採用されることになります。


ではなぜ女子だけお腹を出すセパレート型になったのかというと、メーカーの説明によれば、女性の場合は男性に比べて胸が出ているために胸の下の部分の空気が流れにくく抵抗になるとのでお腹の部分を切り取っているというのです。これは半分は正解でしょうし、半分は違うように思います。基本的に運動性は使っている人にしかわからないので、セパレートにした方が早く走れると現役選手が言えばその通りで、他者が口を挟む余地はありません。しかし空気抵抗だけが理由なら、陸上より速度が速いスピードスケートのようなユニフォームになるはずです。

現在、セパレート型が流行しているのは、トップ選手が使用しているからでしょう。そしてトップ選手が使っているのは、人目を引くという点もあるはずです。フローレンス・ジョイナーが派手なユニフォームで世界中の注目を集めたように、ユニフォームによっては人目を引くのです。トップ選手が使うから他の選手も使うというのは、陸上だけでなく他の多くの競技で見られる現象です。ある種のファッションの流行のようなものがあると思います。

ビーチバレーのユニフォーム

肌の露出が多いユニフォームとして、ビーチバレーもよく話題に上がります。セパレート型のユニフォームが多いのですが、陸上よりもさらに肌の露出が多いのが特徴です。これは競技経験者に聞いたのですが、ユニフォームが小さくなるのは競技中の砂が関係しているようです。飛び込んでレシーブする度に砂がウェアの下に入り込み、そのままにしていると痛いので、競技中に何度も砂を払っているそうです。


そのため砂が入りにくいのが水着の第一条件で、次に砂が入ってもすぐに出せるというのが重要になるそうです。しかしワンピース型の水着だと、中に入った砂が簡単に出せません。これはかなり悲惨なことになるそうで、シャワーを浴びる時に擦り傷を体中に見つけることになるようです。その結果、水着が小さくなりがちだそうで、競技に慣れてくると小さな水着を着ると言っていました。これは男子の選手がタンクトップの裾をパンツに入れないのも同じ理由だそうで、砂をすぐに落とせるようにしているそうです。

さらに女子ビーチバレーには、水着が小さい方が格好良くて強い選手というイメージがあるそうです。そのため実力がついてくると、どんどん水着が小さくなる傾向があるそうで、これもファッション的な流行の一面があると思います。これも先ほどの陸上と同じように、強い選手の真似をするという感じなのだと思います。

見られたくないなら肌を出すな

現在は、これら女性の肌の露出が男性の眼福になっており、それが性被害の対象になってしまっていることが問題視されています。そのため男性側からの「見られたくないなら肌を出すな」という声をよく聞きますが、これはそう単純な問題でもないのです。これまで書いてきたように、競技性の向上を求めてユニフォームは変化してきました。記録や強さを求めて動きやすさやストレスの軽減を狙い、現在の形に進化した一面は間違いなくあるのです。

また肌の露出がどこまで認められるかは、時代によって変化してきます。かつて女子テニスのユニフォームは地面につく長さのスカートに長袖のシャツ、コルセット着用でした。今の視点で見ると、パーティドレスのようなスタイルで、選手はスカートの裾を持って走っていました。これを打破したのは1884年に登場したワトソン姉妹で、上下白に統一された足首が見える長さのスカートを着用しました。当時としては、足首を見せて走り回るのは、かなり大胆なことでした。

※左からモード&リリアン・ワトソン、スザンヌ・ランラン

1920年にはスザンヌ・ランランがふくらはぎが見えるスカートにノースリーブ、コルセットなしという姿で登場し、その猥褻さに驚く観客が多くいました。そして1949年にガッシー・モランが膝より上の丈のスカートに、スカートの下はフリルのついたニカーズを穿いて登場します。モランが走る度にスカートの中のニカーズが見えるため観客は目のやり場に困り、ラジオのアナウンサーは「これはいけない」を連発し、ウィンブルドンの職員は気が狂わんばかりに激怒しました。モランの行為はイギリス議会でも取り上げられ、テニスに下品さと罪を持ち込んだとして糾弾されます。そしてこのモランのスタイルが時代とともに認められていき、現代でも続いています。

※ガッシー・モラン

これらはよりスピードを求め、動きやすさを求め、そして強さを求めた結果として変化したわけで、1949年当時に戻って女性が足を見せて人前に出るのはけしからん、見られたくないなら足を隠せと言っても時代を逆行するだけでなんの解決にもならないのです。それは長年の試行錯誤を無にし、競技の質を低下させることに繋がりかねません。また肌の露出が多いユニフォームは、多くの批判と戦って勝ち取った結果でもあることも忘れてはなりません。

ただし同時に言えることとして、多くのユニフォームにファッションの流行があることも無視できません。機能性だけを追求して出来上がったものではなく、見られることを意識している面もあるのです。その意味で、見られたくなければ見せるなという主張も100%ズレているとも言えないように思います。

ユニフォームも多様性の時代か

2021年7月にノルウェーのビーチハンドボールチームが、ビキニ着用を規定するルールに反発して短パンを着用し、罰金を命じられる騒動がありました。女子だけビキニ着用を規定するルールに対する批判が集まり、欧州ハンドボール連盟がユニフォームのルールを変更しました。それまで女子のユニフォームは「足の付け根に向かって上向きのアングルでカットされ、幅は最長で10センチのビキニボトム」と「腹部が見えるトップス」でしたが、「タイトな短パン」と「体にピッタリとしたタンクトップ」になりました。


しかし今度は、なぜタイトな短パンに規定されるのか?という声も出ています。つまり選手の自由に任せて良いのではないかというわけです。ちなみにビーチバレーは2012年にビキニ着用義務を撤廃し、短パンでの参加も認められていますし、イスラム圏の選手は全身を覆ったユニフォームでも参加が可能です。ビーチハンドボールも砂が水着に入ると面倒なのでビキニの方が良いと思う選手もいますし、スパッツなどは動いている最中に上に上がってきて動きにくくなると言う選手もいます。なぜ画一的に規制してしまうのかという不満が出てくるのも当然でしょう。

※イスラム教徒のビーチバレー選手

また肌の露出が多いユニフォーム、抵抗がある人もいるでしょう。それを強要するのは違う気がしますし、何より女子競技がユニフォームで人材が流出すると言うのは、もったいないと思います。

まとめ

女子のユニフォームは時代とともに変化し、顔以外の肌を見せない時代から大胆に肌を露出する現在に変化してきました。どこまで露出するかは、ある程度は選手の判断に委ねられる必要があると思いますし、動きやすさを求めて考案されたユニフォームが、カメラが気になって競技に集中できないのでは本末転倒だと思います。また見られたくないなら肌を見せるなというのは短絡的な意見ですし、これまでの歴史の積み重ねを理解していない意見です。盗撮問題はルールで縛ることも必要だとは思いますが、競技の場でのマナーの問題も大きいと思います。今後はどのように変わっていくかはわかりませんが、この問題は今後も引きずるように思います。

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