残念ながら日本にジーン・クランツはいなかった

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。

ある調べ物をしていたら、偶然ジーン・クランツの名前が出てきて映画「アポロ13」を久しぶりに見返してしまいました。エド・ハリスがジーン・クランツを演じているのですが、このエド・ハリスがムチャクチャ格好良いんです。トム・ハンクスなんかどうでもよくて、私はエド・ハリスを見るためにこの映画を見ます。あと「ザ・ロック」のエド・ハリスも最高でしたね。しかし今回はエド・ハリスの話でもなく映画の話でもありません。ジーン・クランツの話です。



ジーン・クランツというのは、アメリカのNASAで飛行管制主任として働いていた人で、危機管理の本などにはたびたびこの人がとった行動が例として扱われています。クランツはアポロ13号が宇宙空間で爆発事故を起こし、乗組員の帰還が絶望的になった時の責任者で、人類が経験したことのない危機に挑んで奇跡的な生還劇の立役者となりました。私は以前、この時の様子を綴った本を読んだりドキュメンタリーを見たりしたのですが、今回の福島原発事故とは対応の仕方が根本的に違うんですね。

アポロ13号が爆発事故を起こしたとき、映画ではすぐに異常事態だと騒ぎになりますが、実際にはわずかな振動があっただけなので、隕石でもぶつかったと思って気にしていませんでした。その結果、異常事態に気づいた時は、あと数十分で酸素が尽きるという状況になっていました。爆発の原因は不明で、被害の規模も不明で、ロケットのそばに行って見ることもできないので被害を確認する方法すらほとんどなかったのです。

つまり福島第一原発事故に比べても状況はかなり悪いわけです。何もわからない状況の中、数十分で手を打たなければ乗組員は確実に死亡するという状況で、NASAの司令センターでは技術者や飛行士、メーカーの技師らが興奮してカンカンガクガクの議論を展開します。「まず原因の究明を」「そんな時間はない。すぐに手を打つべきだ」「原因がわからなけらば、対策が立てられない」といった感じで、大騒ぎになるわけです。そんな中、クランツはみんなに言います。

みんな、クールになろう。そして問題を解決しよう。

名言といえるほど素晴しい言葉ではありませんが、こういう状況下で責任者が放った言葉としてはとても重みがあります。クランツは最初に全員を落ち着かせることから始めたわけです。怒鳴り声を上げるどこかの総理とは違って、当時のスタッフの証言によるとクランツは時折大きな声を出すことはあっても冷静だったそうです。そして無事に帰還できるのか可能性を検証しようとするスタッフに対して「無事に帰還できるかどうかではなく、帰還させる方法を考えるんだ」と言い、スタッフ全員の目的を統一させました。

次にクランツは全ての情報を自分の元に集約させるのですが、この時に当て推量は事態を悪化させるとして、正確な情報だけを自分のところに集めさせました。福島事故に関する会見では「・・・と思われる」「・・・と考えられる」「・・・と推察される」という言葉が多く用いられましたが、クランツはそういう情報を全て排除して「残りの電源は○○アンペア」「酸素残量は○○トン」といった正確なものだけを集めたのです。

そしてここが重要なのですが、それらの情報を元に専門家の意見を聞きながらクランツは自分で判断を下していきます。もちろん判断するには情報が少なすぎたでしょうし、時間も掛けられないのでプレッシャーは相当なものだったはずです。専門家達の意見は真っ向からぶつかり、全く異なる提案が出てくるのです。例えば事故直後には自由軌道を使って月の引力を利用して帰還するべきという意見と、今すぐ回れ右をして帰還させるべきという意見が対立しました。

これらの意見を聞き、責任者であるクランツが自ら判断をしていったのです。福島事故では責任者が誰なのかわからないままでした。東電なのか保安院なのか首相官邸なのか明確にならないまま、あちこちで会見が開かれるというありさまだったので情報が混乱しましたし、責任者不明では責任ある判断など下せるはずもありません。恐らくクランツにしても不安だったはずですし、自分が下した判断が間違いだったのではないかという想いに悩まされたでしょう。しかしそういう態度は一度も見せなかったそうです。

先ほどの問題ですが、クランツは回れ右をするのではなく月の引力を利用して帰還する方法を選択しました。実はこれを聞いたNASAの幹部達は緊急で幹部会議を開き、クランツと同じく月の引力を利用して帰還させるという決定を下してクランツに伝えています。この幹部会議は一見無駄に思えますが、大きな意味がありました。幹部達は帰還の成功を左右するこの重要な決定について、失敗したら責任は自分達がとるというメッセージをクランツに送ったのです。これはクランツの心理的負担を和らげたでしょう。

福島第一原発の吉田所長と東電の経営陣の対立が何度も報道されました。中には経営陣の命令を無視して吉田所長が自分の判断で海水の注水を続けていたなんて話もありました。NASAの幹部達は責任を引き受けながら、現場に口出しする事はほとんどなかったようです。こういった信頼関係が東電の中にもあったら、事態はもう少し違った方向に進んでいたのではないかと思えてしまいます。

クランツだってミスはしています。そもそも最初の爆発を見過ごしていたというのは、飛行士が死亡した場合にクランツの責任問題になったでしょう。しかしその後、スタッフを落ち着かせ、目的意識を共有化し、情報を一元化して自らの責任で次々に対策を打っていきました。機器を目的外使用しているので想定外のトラブルも頻発する中で、多くが難しい判断になったと思いますが、やり抜いています。

そしてこれはクランツだけでなく飛行士も含めたスタッフ全員なのですが、危機が進行している中では誰も責任問題に言及しなかったようです。映画「アポロ13」では爆発の原因を巡って飛行士同士が対立しますが、実際にはそんなことはなく全員が協力し合っていたそうです。もちろん地上クルーの間でも、誰の責任でこうなったなんて話しが出る余裕もなく、次から次へとミッションをクリアしていくことに専念していたそうです。

事故責任は危機が去った後に原因を究明すれば自動的に明白になるんですよね。危機が進行している間に責任問題が言われるのは、緊張感が足りないからだと思います。今回の原発事故ではすぐに責任を問う声が政府内にも出ていましたが、本来ならそんな余裕はないはずですよね。人が死ぬかもしれないという事態を前にして、あいつが悪いなんて言っている人ほど役に立たない人はいません。むしろ害があるだけです。

最後には神頼みになってしまいますが、アポロ13号は無事に帰還を果たしました。この当時、ジーン・クランツは37歳だったというのは驚きです。こういう人材は日本では育たないものなのでしょうか。






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COMMENT:
AUTHOR: jojo
DATE: 06/11/2011 00:17:16
ジーン・クランツは確かに凄いですが。こういう人材が日本に育たないというわけではないと思います。
こういう人材が政治家にはいない、というだけの話でしょう。
こういう人材は日本では、トップ企業の幹部格やCEO等になり、政治家になんかなりません。
東電もトップ企業でしょうが、幹部陣は所詮天下り政治家だらけですよ。(偏見です、ハイ^^)

私は以前から、「教員」や「政治家」になるため資格に「民間社会人経験が十年以上」を入れて欲しいという意見に賛成なのですが、なかなか導入されることはないようですね。

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COMMENT:
AUTHOR: boi
DATE: 06/11/2011 00:26:14
クランツという人は知らなかったのですが、この記事を読む限り徹底的にリアリストですね。危機管理やリーダーには必須の資質だと思います。

日本にもこういう若い人材はいるんだと思います。
ただ大きな判断を下す立場には若いからという理由で立ててないだけで。

政治でも同じだと思います。投票率が低い(浮動票が少ない)選挙では優れた人材でも金とコネを持っていなければ当選できません、優れた人材がそんな選挙に出るのは馬鹿馬鹿しいと思ってしまっても無理ありません。
結局コネ、組織票を持った老害とも言える政治家やマスコミに踊らされた国民がヨイショした何も考えてない政治家が当選して今の状況があるわけですからね。

ところで話は変わりますが高級な財布の件は…。

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COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 06/13/2011 22:13:27
★jojoさん
確かに政治家は人材不足ですからね。忙しい割には薄給ですから、優秀な人材が集まるというのは難しいのかもしれません。東電の経営と現場の溝が深刻だなと思ったのは、副社長だったか誰かは技術畑の人なんですよね。技術屋の現場対事務屋の経営という図式はわかりやすいのですが、技術屋同士で溝を作ってしまうのは根が深い問題が横たわっているように感じました。


★boiさん
若い人材に決定を任せるというのは、確かに日本の組織ではあまり見られないですね。かならずお伺いが必要になるので、スピード感は鈍くなってしまいます。アポロ13号の事故は、クランツに任せたNASAの幹部達の度量も見事だったと思います。

政治の場合、最近は地盤を継ぐことが難しくなったので芸能人のような巨大な看板を持った人が多くなりましたね。とりあえず投票率を上げていかないと、この負の連鎖は続くのでしょう。これは有権者の問題が大きいように思います。

>ところで話は変わりますが高級な財布の件は…。

あぅ・・・(>_<) iPad買ってお金がないので無理です。。。
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コメント

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