芸能事務所興亡史 /なぜ芸能事務所は強大な力を得たのか

ジャニーズ事務所や吉本興業など、芸能事務所のトラブルが話題になっています。日本では芸能事務所が大きな力を持ち、タレントに対して強い立場に立っています。タレントだけでなくテレビ局にも大きな力を持っているとされ、「事務所の圧力」といった言葉が使われます。日本の芸能事務所はどのようにして、強大な力を手に入れたのでしょうか。



戦後の芸能事務所

芸能事務所は古くからあり、戦前からその源流となる組織がありました。メジャーなところではレコード会社や映画会社が持つ事務所で、それぞれの会社は俳優や歌手と専属契約をしていました。映画では五社協定というのが有名で、松竹・東宝・大映・新東宝・東映の5社がそれぞれの俳優を「引き抜かない」「貸し出さない」という約束をしていました。そのため松竹に所属する俳優は東宝や東映の映画に出ることはできませんでした。映画会社は俳優を囲い込み、時には飼い殺しにしていました。

※松竹の映画

そして演歌歌手など師弟関係によって出来上がった組織があり、大物タレントとマネージャーという私的組織があり、独立系事務所がありました。これらの組織はそれぞれの得意分野があり、ある程度の棲み分けができていたのです。しかし独立系事務所の代表格「神戸芸能」は、山口組の伝説的な組長だった田岡一雄が関わっていて、美空ひばりの公演を主に行っていましたが、田岡は山口組のアンダーグランドの力を利用して、全国各地の公演会場を牛耳っていました。そのためコンサートを開くには田岡に挨拶に行かなくてはなりませんでしたし、美空ひばりとのジョイントコンサートを断った鶴田浩二は、白昼にレンガで頭を割られることになりました。

※田岡一雄

そんな中、ジャズミュージシャンの渡辺晋とマネージャーの美佐は、芸能事務所を設立しました。現在の渡辺プロダクション(通称ナベプロ)の始まりです。

ナベプロの全盛期

渡辺プロは月給制を敷いて、仕事のないタレントにも生活を保障しつつ育成を続けていきました。やがて渡辺プロは日劇ウエスタンカーニバルを成功させ、ロカビリーブームの立役者となります。美佐は次々に才能のある歌手をスカウトし、日劇ウエスタンカーニバルに出演させてはスターにしていきました。中でも喫茶店で歌っていたザ・タイガースは後のグループサウンズブーム最大の成功者になり、渡辺プロは音楽に関して絶大な影響力を持つようになります。渡辺プロはテレビの成長に合わせて事務所も大きくなっていったのです。

※日劇ウエスタンカーニバル

70年代には渡辺プロなしで音楽番組は作られないと言われるまで、売れっ子歌手を多く抱えるようになっていきました。渡辺プロはタレントを育成すると同時に、事務所を辞めたタレントに圧力を加えて干していきました。テレビ局各社に「今後〇〇を使った局には、渡辺プロのタレントを出演させない」と通達し、渡辺プロを辞めた歌手は活動の場を失っていきました。こうして渡辺プロは音楽番組において絶対的な立場を手に入れるようになります。

※渡辺晋

渡辺プロは日劇ウエスタンカーニバルで成功して資金を得ると、テレビ局に番組企画を持ち込みます。製作費は全て渡辺プロ負担で、番組が一定の視聴率を得るようになるまでタレントの出演料をテレビ局に請求しないという破格の条件を提示し、まだまだ資金力がないテレビ局は渡辺プロのこの提案に飛びつきました。こうして渡辺プロはタレントだけでなく、テレビ局にも大きな影響力を持つようになります。

月曜戦争の敗北

71年に日本テレビで始まった「スター誕生」というオーディション番組は、山口百恵などを発掘して人気番組になっていました。この番組の製作は、渡辺美佐との確執で渡辺プロを退社した堀威夫が設立したホリプロでした。渡辺プロはこれに対抗し、同じくオーディション番組を制作します。「スター・オン・ステージ」という番組で、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日〉で月曜日の8時から放送を開始しました。しかしこの時間は日本テレビで「紅白歌のベストテン」という歌番組が放送されており、渡辺プロは視聴率が割れることを恐れて「紅白歌のベストテン」から渡辺プロの歌手を引き上げさせました。

※スター誕生

当時の人気歌手の多くは渡辺プロ所属なので、日本テレビは慌てました。渡辺プロに直談判し、なんとか出演してくれるように依頼するのですが、渡辺晋は「それなら『紅白歌のベストテン』の放送時間を変えればいい」と言い放ち、これに日本テレビが激高しました。あまりに尊大な渡辺プロに業を煮やした日本テレビは、ホリプロやホリプロから独立していた田辺エージェンシーやサンミュージックに協力を要請し、今後は渡辺プロの歌手は日本テレビに出演しないことと「スター誕生」で出てきた歌手は渡辺プロ以外に任せることを約束します。こうして渡辺プロと日本テレビは全面戦争に突入し、軍配は日本テレビに上がりました。

これ以降、渡辺プロはかつてのような絶大な権力をなくしていくのですが、その権力はホリプロや新興のバーニングプロダクション、ジャニーズ事務所などに移っていきます。

映画会社の衰退

先に書いたように、映画俳優は映画会社の専属でした。かつては国民の娯楽と言えば映画でしたが、時代はテレビに映りつつありました。以前はテレビを下に見て、映画俳優やスタッフをテレビに貸し出すなどもっての他だとはね付けていましたが、テレビは稚拙ながら自前で番組を制作し、俳優を集めて次第に映画をしのぐ収益を上げるようになります。そん中、日活から独立して石原プロを立ち上げた石原裕次郎と、東宝から独立して三船プロを立ち上げた三船敏郎のダブル主演で「黒部の太陽」という映画企画が持ち上がります。

※黒部の太陽

映画会社は五社協定を盾に、この企画に猛反発します。映画監督の熊井啓は辞表も辞さない構えで映画会社と交渉を重ね、「黒部の太陽」は制作されることになりました。日活の妨害は執拗に続き、熊井啓は日活を解雇されます。日活は他の4社に「黒部の太陽」を配給しないように要請し、石原と三船に撤回を要求しました。しかし三船と石原は関西電力に出向き、制作と前売り券販売の協力を申し出ていました。関西電力は自社の偉業を二大スターが映画化するという話に喜び、製作費の提供だけでなく前売り券100万枚の販売を約束してくれました。

三船敏郎は執拗に中止を訴える日活に、関西電力の協力を伝えて「配給は日活さんでいかがでしょうか」と水を向けました。100万枚の前売り券という巨額の利益の前に、日活は折れて配給を決めました。こうして五社協定は事実上破綻します。以降、ますます映画人気は下降していき、71年に日活は映画事業から撤退(日活ロマンポルノに路線変更)し、東宝や東映も映画事業を整理してテレビに移行することを決め、大映は経営破綻しました。

こうして大量の映画俳優が所属事務所を解雇され、映画俳優は芸能事務所に所属するようになりました。テレビが映画を飲み込み、芸能事務所が映画もテレビも飲み込んだのです。

テレビに特化した芸能事務所

このように日本の芸能事務所はテレビの成長とともに大きくなり、テレビタレントを発掘して養成し、マネージメントするようになります。つまりテレビに特化した事務所として成長しました。そしてテレビ番組の制作がテレビ局から番組制作会社に移行するようになると、芸能事務所の力はますます強くなっていきました。視聴率を獲得するには人気のあるタレントを出すことが重要になり、人気のあるタレントを確保している事務所のテレビ局に対して影響は日増しに大きくなっていきました。

そして時代の変化に応じて芸能事務所の強さも変わっていきました。歌番組全盛期からドラマ全盛期、そして現在のバラエティ番組全盛期と時代は移り変わり、歌手が多い事務所、俳優が多い事務所などが栄枯盛衰を繰り返しています。最近ではバラエティ番組の司会から雛壇までお笑い芸人が占める割合が大きくなり、お笑いタレントが多い事務所の力が目立っています。

アメリカとの違い

アメリカには日本の芸能事務所にあたる会社がありません。俳優は個別にエージェント事務所とエージェント契約を結びます。エージェントは俳優に代わって仕事を探し、仕事が決まるとギャラ交渉を行います。エージェントの取り分は俳優のギャラの10%から20%で、ギャラが上がれば上がるほどエージェントの実入りが多くなるので、エージェントは必死に仕事を探して高いギャラで契約できるように働きかけます。

※アメリカのエージェント

日本の芸能事務所とエージェント事務所の決定的な違いは、エージェントはマネージメントを一切やらないことと、日本のように「所属タレント」ではなく「クライアント」になることです。エージェントにとって俳優は顧客になるわけです。ではアメリカの俳優のマネージメントは誰がやるかというと、マネージメント事務所と契約してマネージャーを雇ったり家族をマネージャーにしています。最近ではエージェント事務所がマネージャーを派遣することも増えているようですが、その場合も俳優とマネージャーの契約になります。

日本では闇営業の問題が騒がれていますが、アメリカではこういう問題は起こりません。俳優はエージェントに仕事探しを任せるだけでなく、自らオーディションを探して受けるのは一般的だからです。自ら仕事を見つけてギャラ交渉もしてしまえばエージェントに費用を払う必要がはありませんし、ギャラ交渉だけエージェントに行ってもらえば手数料を払います。エージェントは利用した分の成功報酬を支払うだけになっています。マネージャーに関しても、依頼した仕事の分だけ支払う仕組みなので、全部自分でやってしまえば払う必要はないのです。

※ギャラが一人あたり一話で1億円になった「ビッグバンセオリー」


このシステムは弊害もあり、一概に良いとは言えません。ハリウッド映画やTVドラマのギャラの高騰はエージェントが原因と言われていますし、日本と違って事務所が守ってくれるということもありません。知らずに反社会勢力と仕事をしてしまいスキャンダルに巻き込まれると、自分で弁護士を雇って対応しなくてはいけません。また育成に関しても、アメリカの俳優は演技学校に通って自費で勉強しています。育成が俳優任せなので、才能があっても出遅れる人が多いという指摘もあります。

まとめ

日本の芸能事務所はテレビの発展とともに大きくなりました。エージェント業務とマネージャー業務を兼ねた日本の芸能事務所は日本独特で、特殊な発展を遂げたために日本人からしてもわかりにくくなっています。テレビ局は芸能事務所抜きに番組を作れませんし、視聴率を確保できなくなります。日本の芸能事務所は、歌や演技などの特殊技能を持った人を売るというより、人気という形のないものを売っています。芸能事務所の売り込み方が特殊技能で、時にタレントは神輿になっているだけの時もあります。そのためタレントより芸能事務所の方が力を持つのは当然なのかもしれません。

しかし最近起こっている芸能事務所の問題は、力を持ちすぎた芸能事務所への反撃のようにも思います。労働条件の見直しなどの動きもあり、今後の芸能事務所は変わっていくのでしょうか。



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