ローズ・ナマユナスは復権するか? /女子ストロー級の戦乱期

2018年4月7日、ニューヨークブルックリンにあるバークレイズ・センターで、ローズ・ナマユナスは1万7000人の観客の祝福を受けていました。彼女はUFC223のセミファイナルに女子ストロー級王者として出場し、前王者のヨアナ・イェンジェイチックに判定勝利をおさめました。顔を腫れ上がらせたヨアナも完敗を認めて祝福していました。絶対女王と呼ばれたヨアナに勝った前の試合では、まぐれだったと言う人もいました。しかしこの日のローズは、ヨアナを完全にコントロールし、文句のつけようがない完璧な試合展開で勝利を手にしました。この日、ローズは正真正銘のストロー級王者として、誰もが認める存在になったのです。




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ダイレクトリマッチ

UFC217でヨアナの王座にローズが挑んだ試合は、誰もがヨアナの圧勝を予想していました。ストライカーのヨアナをグラップラーのローズが左フック1発で吹っ飛ばした時は、大きな衝撃が走り、番狂わせに観客は熱狂しました。試合後にヨアナが体調不良を抱えていたことを告白すると、誰もが言い訳とは受け取らず、その言葉に納得しました。ヨアナがローズに打撃で負けるはずがない。そんな想いを誰もが抱き、ダイレクトリマッチが組まれました。



前回のように余裕を見せることなく気合十分のヨアナと、前回よりナーバスに見えるローズの姿は対照的でした。ローズはグローブタッチを拒否して、再戦が始まります。ヨアナは前回KOされた左フックを警戒して、ローズの射程外からジャブを中心に組み立てていきます。ローズはそれに付き合うように、ロングレンジからローキックやジャブを多用していきます。序盤から懐に潜り込んで強打を振り回すという大方の予想は見事に裏切られました。



2Rに入っても打撃戦が続きます。ローズはテイクダウンを狙わずに、打撃戦を展開しました。両者の手数や有効打はさほど変わらず、どちらが優位に進めているか判断しにくい試合になっています。それは打撃が得意なヨアナが攻めあぐねていることの証明であり、印象としてローズが優位に試合を進めているように見えました。3R、4Rもジリジリとした打撃戦が続き、観客はローズの連打が決まるたびに歓声を上げます。これまで打撃戦でヨアナと互角に打ち合った者は皆無でした。ローズの強さを誰もが認め始めたのです。

最終5Rに入ると、ローズのストレートからジャブに繋ぐ逆のワンツーが冴え渡り、ヨアナの顔を腫れ上がらせていきます。明らかにヨアナは攻め手を欠き、この悪い状況を打破する術がありませんでした。気がつくとクロスレンジでの打ち合いでもローズが主導権を握り、アッパーをヒットさせるようになります。そして終盤にローズはタックルを仕掛けてテイクダウンを奪いました。観客が大興奮の中、ローズは冷静にポジションの確保に動き、なんとか立ち上がろうとヨアナは必死に応戦する中で、試合終了のホーンが鳴りました。



打撃戦で互角以上の戦いを見せ、テイクダウンも奪ったローズの完勝でした。試合前に「みんなヨアナの打撃を恐れているけど、私は怖いとは思わない。彼女のやり方はわかっているし、対処の仕方も心得ている」とローズは語っていましたが、ビッグマウスではなく、冷静な分析によるものだと証明されました。絶対女王と呼ばれたヨアナは陥落し、ローズ・ナマユナスが新時代のストロー級王者だと誰もが認めました。

襲撃事件と余波

ヨアナに勝利し、至福に包まれるローズは選手用のバスに他の選手達と乗って会場を後にしようとしていました。地下駐車場からバスが動き始めた時に、駐車場内に男たちの怒号が響き、バスが十数人に取り囲まれてしまいました。男達は元フェザー級、ライト級王者のコナー・マクレガーとその関係者で、彼らはバスのドアを叩いて開けるように要求しました。

※コナー・マクレガー


危険を察知した運転手はドアを開けることなくバスを脱出させようと試みます。激怒した男達はバスのガラス窓を叩き割り、車内に侵入しようとしました。乗っていたライト級のマイケル・キエーザは割れたガラスによって顔に複数の傷を受け、フライ級のレイ・ポーグは目にガラス片が入り角膜に傷を負いました。車内では怒った選手が出ていこうとしたり、それを止める選手もいて混乱したようです。やがて警備員が駆けつけ、マクレガー達は退散しました。



バスにいたローズは、恐怖に震えていました。彼らが銃を持っていたら自分たちの命はないと思い、パニックになりそうな自分を必死に抑えていました。ローズが受けた精神的なショックは大きく、自宅に引きこもるように公の場に現れなく鳴りました。

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行われない防衛戦

ローズが公の場から姿を消したため、防衛戦も行われませんでした。UFCのダナ・ホワイトはローズに一定の理解を示し、防衛戦を待つことにしました。元々、精神的に不安定な面があったローズが回復するには、ある程度の時間が必要だったのです。

これに反論したのが前王者のヨアナです。王座復帰を目指すヨアナにとって、ローズとの再々戦の実現が困難なうえに、ローズの王座が動かなければチャンスがなくなってしまいます。「彼女は王者の務めを果たしていない」と批判しますが、ローズは時折SNSで反論するのみで姿を表すことはありませんでした。

ジェシカ・アンドラージとの防衛戦

2019年5月11日、ローズはオクタゴンに帰ってきました。ヨアナとの試合から1年1ヶ月ぶりの試合で、ブラジルのリオデジャネイロで開催されたUFC237のメインイベントでした。ローズはアンドラージの地元ブラジルに乗り込み、防衛戦を行う決断をしたのです。

アンドラージは豪快な左右のフックを武器に連勝中で、バチ・エスタカ(パイルドライバー)の異名を持つ柔術家です。強靭なフィジカルを持ち、軽々と相手をリフトして叩きつけることから、この異名がつきました。ローズにとっても難しい相手で、接戦が予想されました。

しかし試合が始まると、ローズの一方的な展開に鳴りました。アンドラージは果敢に前に出ますが、ローズは闘牛を相手にしたマタドールのように捌いていき、アンドラージは早々に顔面をカットして流血していきます。組みに行ったところに膝蹴りを合わせられてダウンするなど、アンドラージはなす術なく1Rを終えました。誰もがこのまま一方的な展開になると予想しました。それほど両者の実力差は明らかに見えたのです。



さらに2Rに入っても展開は変わらず、アンドラージは前に出てローズに殴られ続けることになります。しかしなんとか組んだアンドラージがローズをリフトし、ボディスラムで頭からローズを叩き落とすと、ローズは失神してしまいました。ほぼ一方的な展開から、起死回生の逆転でアンドラージは王座を獲得しました。



多くの関係者はアンドラージの勝利を称えながらも、ほぼ一方的に試合を支配していたローズの強さも称え、マグレでアンドラージが勝ったと見ていました。そのくらい両者の力の差は歴然としていて、あまりに惜しいローズ・ナマユナスの敗退でした。

引退を示唆する

このような負け方をしたのですから、ローズの悔しさは計り知れないと思われましたが、負けた直後からローズの顔は晴れやかで、笑顔さえ残してオクタゴンを去りました。その後のインタビューで、引退の可能性を示唆しました。王座についてからのプレッシャーが強く、何のために試合をするのか分からなくなっていたといいます。王座を失ったことで鎧を脱ぐことができて、晴れやかな気分になったそうです。

十分に稼いだというローズは、セカンドライフの夢さえ語りました。もうローズはオクタゴンに未練がないように見えたことから、惜しむ声が多くあがりました。負けたとはいえ、ローズがストロー級のトップクラスの選手であることは間違いなく、王座に返り咲く可能性は高かったからです。周囲の説得もあり、ローズは30歳までは現役を続行すると発言しました。復帰に向けてローズは始動開始したのです。

混戦のストロー級

ジェシカ・アンドラージは、初防衛戦で中国のジャン・ウェイリーにKO負けしました。わずか42秒で東アジア初の王座についたウェイリーは、以前から多くの選手に対戦を敬遠されていた強豪です。ウェイリーは簡単に王座を失うようには選手ではないでしょう。しかしローズはウェイリーに挑戦することを公言しています。

※アンドラージ対ウェイリー


かつてストロー級の絶対王者だったヨアナ・イェンジェイチックも、ストロー級戦線に加わる可能性があります。彼女は防衛戦を行わないローズに痺れを切らし、フライ級に転向して王座決定戦に挑みますが、ワレンチナ・シェフチェンコに体格負けしてしまいました。再びストロー級に戻ってくる可能性もあります。そもそも52.2kg以下のストロー級は選手層が厚く、混戦が続いていました。ローズの復帰によって、さらに混戦になる可能性があります。

まとめ

復帰を宣言したものの、今後のスケジュールはまだ未定です。ジャン・ウェイリーにいきなり挑戦することになるのか、その前に試合を挟むのかもわかりません。しかし現在のストロー級でローズ・ナマユナスの存在感はまだまだ大きく、彼女の動向が今後の戦線に影響を与えるのは間違いありません。元王者のヨアナの動向も注目されます。絶対女王のヨアナの政権は、圧倒的な強さと繊細な脆さを兼ね備えたローズ・ナマユナスによって終わりました。そのローズの復帰により、ストロー級が戦乱期に突入しそうな予感がします。2020年のUFCは、ストロー級が荒れそうな気がします。


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