ワレンチナ・シェフチェンコ /キルギスの女神は絶対王者になるか

UFC238のメインイベントに登場したワレンチナ・シェフチェンコは、威風堂々と入場してきました。初防衛戦にも関わらず、シェフチェンコは王者の風格を漂わせ、その美しい顔立ちの下には並々ならぬ自信を秘めているように見えました。挑戦者のジェシカ・アイは、ただならぬ殺気を伴いオクタゴンに入場します。しかしシェフチェンコは、浮かれるわけでも相手を蔑むわけでもなく冷静に語っていました。ジェシカはレスリングが得意なようだが、私はあらゆるスタイルに合わせる用意ができている。UFC女子フライ級タイトルマッチは、こうして始まりました。


※英語読みではヴァレンティーナ・シェフチェンコですが、ここではロシア語読みのワレンチナで書きます。


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ワレンチナ・シェフチェンコとは

1988年生まれの31歳です。ウクライナに住んでいた両親は、ソ連のスターリニズムによってキルギスに強制移住させられ、そこでワレンチナは生まれました。その後、一家はペルーに移住して現在も家族はペルーで暮らしています。そして彼女の母、エレナ・シェフチェンコは元ムエタイの選手で、キルギスのムエタイ協会の会長でした。ワレンチナが母の影響を受けるのは必然でした。



ワレンチナは5歳の時にテコンドーを始めました。テコンドーの有段者でもありスポーツが大好きな母親は、ワレンチナにさまざまなスポーツを体験させました。12歳でムエタイを始め、現コーチのパベル・フェドートフに出会います。パベルは早い時期から総合格闘技(MMA)を教えていて、週替わりでサンボ、ボクシング、柔道、レスリング、テコンドーをワレンチナは習いました。やがてワレンチナには、打撃に関して非凡なセンスが備わっていることがわかります。



2003年に15歳でMMAのプロデビューを果たしますが、先に頭角を現したのはキックボクシングでした。数々のメジャー団体のタイトルを総なめにし、女子キックボクサーとしては無敵を誇りました。後にUFCストロー級王者になるヨアナ・イェンジェイチックとはキックボクシングのリングで3度対戦して、全て勝利を飾っています。

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UFCデビュー

参戦から7連勝して、バンタム級の第一人者になります。打撃センスは他の追随を許さず、相手の間合いの外から一方的に殴る展開が何度もありました。そしてランキング5位のアマンダ・ヌネスと対戦し、惜しくも判定で負けてしまいました。しかしその直後に元王者のホリー・ホルムに勝利すると、ジュリアナ・ペーニャに腕ひしぎ十字固めで完勝してパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを獲得しました。この勝利でタイトルの挑戦権を得ます。

※アマンダ・ヌネス(左)に攻め込まれるワレンチナ

王者は過去に負けたアマンダ・ヌネスです。女子の伝説的王者、ロンダ・ラウジーを屠ったアマンダは乗りに乗っています。しかしシェフチェンコも気合十分でした。前回のリベンジを誓ったシェフチェンコは、またしても判定で負けてしまいました。原因は体格差でした。シェフチェンコは、バンタム級にしては軽くストロー級にしては重い体格でした。バンタム級でも減量が必要なアマンダとは、体格が違ったのです。この判定にワレンチナは不満をこぼしていましたが、王座獲得は絶望的に見えました。

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フライ級の新設

2018年、UFCは女子フライ級の新設を決定しました。王座決定戦が12月に行われ、シェフチェンコとヨアナ・イェンジェイチックが対戦しました。キックボクシングで何度も対戦した2人ですが、MMAでは初の対戦になります。バンタム級でタイトル獲得に失敗したシェフチェンコと、ストロー級で王座を失ったヨアナの対戦は、激しい打撃戦になると予想されました。

※ワレンチナ(左)とヨアナ(右)

しかし試合が始まると、シェフチェンコのワンサイドゲームになりました。ナチュラルでストロー級のヨアナは、フライ級の体格のシェフチェンコにパワー負けしてしまい、打撃でなす術なく追い詰められてしまいました。かつてストロー級で残酷に相手をいたぶったヨアナは、顔を腫れあがらせて判定負けになります。シェフチェンコは念願のタイトル獲得に喜び、キルギスに凱旋帰国すると熱狂的な歓迎を受けました。

初防衛戦

レスリングをベースとするとジェシカ・アイは、シェフチェンコが得意とする打撃戦で挑んできました。予備動作がほとんどないミドルキックでジェシカの脇腹を攻め立てたシェフチェンコは、自ら組みに行くとジェシカを投げてテイクダウンを奪いました。なんとかジェシカが立ち上がると、双差しの姿勢から再び投げてテイクダウンを奪います。



レスラーのジェシカに対し、組み技と寝技で勝負を挑むシェフチェンコに、並々ならぬ自信と王者のプライドを感じさせます。さらにシェフチェンコは1R終了間際にアームロックを決め、ジェシカはなんとかアームロックを抜いて終了のブザーが鳴りました。スタンドでもグランドでも後手に回ったジェシカに悲壮感が漂います。

2Rは再びシェフチェンコが、打撃で攻め立てます。強烈なミドルキックが脇腹に突き刺さり、ジェシカは確実にダメージを蓄積させます。両者が打撃を牽制しながらオクタゴン中央で攻防を始めると、再びシェフチェンコはミドルキックを放ちました。いや膝の軌道がミドルキックと同様でしたが、足先はミドルより高く上がります。本能的に脇腹を守るためにガードが下がったジェシカのテンプルに、シェフチェンコの左ハイキックが突き刺さりました。

※ハイキックが直撃した瞬間

スローモーションのように倒れるジェシカは、後頭部をキャンバスに打ち付け、シェフチェンコは追撃をせずに駆け抜けました。レフリーは迷うことなく試合をストップし、シェフチェンコの勝利が決まりました。笑顔を見せるものの過剰な喜びを表すことなくファンの声援にはしっかり応えるシェフチェンコの姿は気品がありました。英語とロシア語でスピーチしたシェフチェンコは、オクタゴンで華麗なダンスで声援に応えると、軽やかに去っていきました。



姉の存在

ワレンチナにはアントニーナという姉がいます。彼女もプロの選手で、UFCでデビューしました。その試合にワレンチナも同行していましたが、自分の試合より緊張するとハラハラし通しで、自分がオクタゴンに入りたいと落ち着かない様子を見せていました。アントニーナの勝利には自分の時よりも喜んでいて、姉妹の仲の良さが伺えます。



まとめ

ワレンチナは防衛を1回成功したに過ぎませんが、王者の風格が十分で長期政権を築く可能性も出てきました。バンタムでは軽すぎ、ストローには重すぎたワレンチナにとって、フライ級は元からのポテンシャルの高さを発揮できるようです。そもそも女子最強と言われたクリスチャン・サイボーグでさえ、アマンダ・ヌネスに1Rで倒されました。そのヌネスとフルラウンド戦ったワレンチナのポテンシャルは、相当のものだと思われます。これまで不運が続きましたが、彼女はありついた王座を簡単に手放すとは思えません。

もしかすると今や伝説となったロンダ・ラウジーを超えるスター選手になるかもしれない。そんな期待をしてしまう選手です。次の防衛戦が待ち遠しいですね。


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