統合失調症を超えて ローズ・ナマユナスの番狂わせ

UFC女子ストロー級で圧倒的な強さを誇る王者、ヨアナ・イェンジェイチックは挑戦者の言葉を遮り、こう言い放ちました。

「あなたは精神的に強くなっていない。精神的に不安定だし、すでに壊れている。試合であなたを壊す」

こう言われたローズ・ナマユナスは、一瞬苦い表情を浮かべますが、すぐにいつもの無表情に戻りました。ナマユナスはこれまで赤裸々にメンタルの問題を語ってきました。王者はそのメンタルの弱さを徹底的に突いていきます。既に戦いは始まっていました。

※ローズ・ナマユナス

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ローズ・ナマユナスとは

92年生まれの25歳で、ミルウォーキー出身の総合格闘家です。5歳でテコンドーを始めると、後に柔術や空手を習い始めます。高校時代にはキックボクシングの選手になり、すぐに総合格闘技(MMA)に転向しました。


165cm 52kgの体格で、寝技、特に裸締めを得意としています。10戦して7勝3敗ですが、その勝利の多くを裸締めでフィニッシュしました。UFCの初代ストロー級王座決定戦で敗れましたが、その後に多くの勝利を飾って再びストロー級の王座への挑戦が決まりました。

王者ヨアナ・イェンジェイチック

ポーランド出身の総合格闘家です。168cmの長身で、元キックボクサーの経歴通り、打撃が抜群に上手い選手です。一撃で相手を倒す打撃ではなく、まるでいたぶるように相手を殴り続け、ヨアナの対戦相手は顔を腫れ上がらせてフラフラになりながらゴングを聞くことになります。


圧倒的な強さで女子ストロー級王座を5度防衛し、しばらく彼女の王位は揺るがないと言われていました。

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ローズ・ナマユナスと統合失調症

ローズの祖父はプロレスラーだったそうですが、母親はピアニストで父親は画家というアートな両親の元に生まれています。母親の影響か、ローズも素晴らしいピアノの腕前を披露したこともあります。そして彼女は一家離散を経験しています。

画家だった父親が統合失調症を患い、家族には深刻な危機が訪れて辛い体験をしました。そのためローズはテレビで精神病の辛さを訴え、自らの経験をあけすけに語ってきました。家族にかかる負担の大きさや社会的なケアの必要性など、彼女は自分の注目度をフルに活用して、精神病への理解とケアを訴え続けたのです。

これには賛否がありました。彼女の行いは立派なことですが、弱さを見せることはMMAの世界では格好の標的にされやすいのです。そしてローズも決して精神的に強い選手とは言えず、時に消極的な試合展開で負けたこともあります。精神的なムラの大きさが、彼女の課題と言われていたのです。

計量での口撃

自らの弱みを隠さないローズ・ナマユナスを、王者ヨアナは徹底的に突いていきます。

「自分の胸に耳をあててみなさい。メディア対応でさえ、あなたには無理でしょう。チャンピオンなんかになって、いったいどうするつもり?」


さらにローズが精神に悩む人が多いアメリカの現状に役立ちたいと語ると、ヨアナはそれを遮り、「アメリカは素晴らしい国。あなた個人に問題があるだけ」と言い放ちました。ほとんど一方的に言われるローズでしたが、会見の最後にこう付け加えました。

「たまたま自分にはMMAの才能があるから、それを使ってこの世界をより良い場所にしたいだけ。MMAに関しては、すごく上手くできる。これをやるために生まれてきた。言っておくけど、私もデンジャラスよ。」

UFC217

試合前の予想では、王者ヨアナ有利の声が多数でした。ヨアナは抜群の安定感を誇り、その巧みな打撃テクニックにローズは何もできないと思われていました。唯一ローズにチャンスがあるとすればグランドに持ち込んだ時で、寝技ならローズが有利でした。しかしヨアナが簡単にグランドの展開を許すはずがありません。彼女に膝をつかせることすら、ほとんどの選手ができなかったのです。

ところが試合が始まると、ローズが打撃で押し込む展開になり、左フックでダウンを奪うと倒れたヨアナの顔にパンチを振り下ろして試合をストップしました。大番狂わせのローズの勝利でした。ローズの左フックで半ば意識が飛んだヨアナが吹っ飛ぶ場面が会場のスクリーンにスロー再生されると、観客席にはどよめきが起こりました。



さわやかな会見

勝利したローズは現実感がなく、映画の出来事のようだと語りました。そしてインタビューをこうしめくくりました。

「このMMAの才能を活かして世界を良い方向に変えたかったの。このベルトが全てってわけじゃないわ。良い人でいることが重要。コレは素晴らしいけどオマケよ。みんなでハグをして素敵な人でいましょう。これは戦いだけどエンターテイメント。終わればそれまでよ」

さんざんこき下ろされたヨアナに対して反撃もなく、「彼女のトラッシュトークは面白い」と讃えることさえしました。精神病に関する訴えは続けていくつもりのようで、さらなる周囲の理解と精神病を家族に持つ人には周囲のサポートが必要だというメッセージを広げていくつもりのようです。

しかし破れたヨアナをはじめ、ローズの首を狙う選手は多くいます。彼女の本当の戦いは、これからです。

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2018/4/18追記

ナマユナスとヨアナのダイレクト・リマッチが、UFC223(2018/4/7)に行われました。気合十分で王座奪還を目指すヨアナは、ナマユナスの左フックを警戒しつつ積極的に打撃戦を展開します。しかしナマユナスの右ストレート→左ジャブの逆ワンツーのコンビネーションが冴えまくり、さらに左フックがヨアナの顔面に再三ヒットする展開になりました。

出入りの激しい動きを見せたヨアナのクリーンヒットは少なく、打撃でヨアナと互角以上の展開を見せたナマユナスは、最終ラウンドに満を持してテイクダウンを奪い3-0の判定で完勝しました。これまで対戦相手の顔を腫れあがらせてきたヨアナの顔が、大きく腫れあがって試合終了になる予想外の展開でした。

ローズ・ナマユナスは王者の貫禄さえも手にしました。もう誰もまぐれで王座に就いたとは言えない試合でした。


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