女王は復権するか? /ヨアナ・イェンジェイチックのいばら道

2017年、UFC女子ストロー級王座に君臨するヨアナ・イェンジェイチックは、絶対女王と呼ばれ圧倒的な強さを誇っていました。王座を5度防衛し、2年間も王座に居座り続ける類まれな強さで、総合格闘技(MMA)の一時代を築きました。そんなヨアナが今や帰路に立っています。彼女は偉大な復権を成し遂げるのか、それとも消え去るのか、この1年ぐらいが分岐点になる気がします。



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ストライカーの資質

ポーランド出身で、ムエタイを10年以上続けていました。プロの選手として来日経験もあり、日本人とも対戦しています。オランダでK-1王者だったアーネスト・ホーストの指導を受けたことから、足を使ってポイントを稼ぐアメリカンファイターとは異なり、ガンガン打ち合うオランダスタイルの選手として頭角を表します。


2012年にMMAに転向しますが、そこでも前へ前へ出るファイトスタイルで全勝街道を走り続け、2016年にはUFCストロー級の王者になりました。辛辣なトラッシュトークを繰り広げ、記者会見での口撃で相手を叩きのめすこともしばしばで、試合でも気の強さを見せつけてきました。ヨアナは強い女性の象徴であり、UFCの顔となっていきました。

ファイトスタイル

ムエタイ仕込みの打撃で、相手を切り刻みます。強打を持っているわけではありませんが、巧みな打撃で滅多打ちにし、試合をコントロールし続けます。首相撲もできるので、組み合ってもテイクダウンを奪うのは困難で、ヨアナの肘の餌食になりました。試合終了のブザーを、対戦相手は腫れ上がった顔で聞くことになります。


体の線は細いものの腰が重いようで、グランドに引き込まれることは稀でした。何より打撃で相手を支配するため、タックルを仕掛けられることも少なかったように思います。冷徹に相手を追い詰め、打撃で相手を破壊するのがヨアナのスタイルです。リスクを恐れずに打撃戦を展開する彼女のファイトは、高い人気を誇りました。

まさかの王座陥落

2017年11月、ヨアナはローズ・ナマユナスの挑戦を受けました。もはやストロー級に敵はいないと言われ、フライ級にあげることも示唆していました。ナマユナスに勝つと女子MMAの伝説、ロンダ・ラウジーの防衛記録に並ぶこともあって、ヨアナも周囲も大きく盛り上がっていました。

戦前の予想は誰もがヨアナを支持しました。ナマユナスはグランドに強い選手ですが、打撃戦ではヨアナの独壇場になるはずです。ナマユナスがグランドに持ち込む前に、ヨアナに滅多打ちにされると思われました。しかしゴングが鳴ると、ナマユナスはぐいぐい打撃で押し込み、左フックが炸裂するとヨアナは白目をむいて吹っ飛びました。


すかさず上に乗ったナマユナスがパウンドでヨアナの顔面を殴るとレフリーは試合をストップしまし、わずか試合開始3分で絶対女王と呼ばれたヨアナは陥落しました。UFC史上に残る番狂わせでした。

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再起を誓うが

負けた直後にヨアナは再戦を要求しました。ヨアナは減量時に体調を壊していたと関係者が証言し、多くの人がナユマナスの勝利はマグレだと思っていました。ヨアナはラッキーパンチにやられただけで、実力ではヨアナが上だと誰もが思っていました。そしてヨアナ自身もタイトル奪還に自信を見せ、ダイレクトリマッチが決定します。

※王者を挑発するヨアナ

ラスベガスの賭け率はヨアナ有利で、今度はヨアナがナマユナスを翻弄して滅多打ちにすると期待されていました。しかしナマユナスも大きな自信を持っていました。「みんな彼女の打撃テクニックを評価するけど、彼女の打撃は単純。今回も私が打ち勝てると思う」と、ナマユナスは打撃で勝つことを公言していました。

そして試合はナマユナスの公言通りになりました。ヨアナの激しいプレッシャーをものともせず、ナマユナスが的確にパンチを当てて押し込んでいき、次第にヨアナはせめ手を欠いていきました。ヨアナはナマユナスの右ストレートが見えないかのように次々ともらい、戦前の予想とは真逆の展開になってしまいました。最終ラウンドの終了間際には、満を持してナマユナスのタックルが決まってテイクダウンに成功します。


王座奪還を期待されたヨアナは完敗しました。打撃でも組んでもナマユナスは自分の方が上であることを証明しました。絶対女王と呼ばれたヨアナは、今後どのように進むか再考する必要に迫られました。

ストロー級王座奪還を狙うが

フライ級への転向も噂されたヨアナですが、ストロー級に残って再び王座を狙うことにしました。負けたとはいえ、ヨアナがトップクラスの選手であることは間違いなく、ランキング上位者に勝って実力を証明すれば、タイトル戦の可能性も十分にあるからです。

※コナー・マクレガー

そんな中、UFCでは大事件が起こりました。コナー・マクレガーがUFC選手が乗ったバスを襲撃したのです。バビブ・ヌルマゴメドフ陣営と揉めていたマクレガーは、バスに台車を叩きつけて窓を割ると、あらゆる罵声を浴びせて挑発しました。ガラスの破片で2名の選手が怪我をしますが、この中にローズ・ナマユナスも乗っていました。事件に激しい恐怖とショックを受けたナマユナスは公の場に現れなくなり、家に引きこもるようになります。

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ナマユナスの防衛戦は白紙になり、タイトルマッチが行われないまま時間が過ぎていきます。ヨアナは焦りました。ナマユナスが試合をしないということは、ヨアナのタイトル奪還が遅れるということであり、彼女のプランに影響を与えていきました。


「タイトルはあなただけのものではない」「チャンピオンなら試合をするべき」とヨアナは訴え、ナマユナスは「ヨアナはチャンピオンの私に敬意を払うべき」と舌戦が起こりました。ヨアナはナマユナス戦の後に、ストロー級で1試合を行い快勝していました。しかしナマユナスが動かなければ、何もできないのです。

フライ級への挑戦

ナマユナスの防衛戦が決まっても、その相手がヨアナでないことは確実です。3回も続けて同じ対戦カードになるはずがありません。そこでヨアナはフライ級転向を決意し、空位となっているフライ級王座の決定戦に出場することにしました。相手はヴァレンティーナ・シェフチェンコです。

シェフチェンコはバンタム級で戦っていた選手で、元キックボクサーです。2人はキックボクシングでの対戦経験がありました。バンタムから降りてきたシェフチェンコとストローから上がってきたヨアナの対戦は、大きな注目を集めるビッグカードになりました。2018年12月、UFC231で2人は激突しました。


激しい打撃戦が予想されましたが、体格に勝るシェフチェンコがパワーで圧倒し、試合中盤からはほぼ試合を支配していきました。ヨアナはタイミングよくパンチをヒットさせますが、体格差もあってシェフチェンコにダメージを与えられず、反対にシェフチェンコのパンチの重さに押されました。パワーの差を活かしたシェフチェンコは無理をせず、判定でシェフチェンコの圧勝で終わりました。対格差が顕著に出た試合でした。

ストロー級で復権できずフライ級で完敗したヨアナは、岐路に立たされています。フライ級で王座を目指すのかストロー級に戻るのか、現時点でははっきりしていません。ズッファ社のダナ・ホワイトはストロー級に戻ることを希望しており、ヨアナもストロー級復帰を示唆しましたが、増やした体重を落としてストロー級の体を作ることに「私は若くない」と、やや消極的なコメントも残しています。

2020年3月追記:ストロー級王座への再挑戦

2020年3月7日、再びストロー級に階級を戻し、王者のジャン・ウェイリーに挑戦しました。ウェイリーはナマユナスがまさかの敗戦をしたジェシカ・アンドラージを初回TKOで下して王座に就いたアジア人初のUFC王者です。2人は打撃戦で互角の展開を見せ、フルラウンドを戦い抜きました。拮抗した試合展開に判定が割れましたが、2-1でウェイリーの勝利となりました。ヨアナは王座奪還に失敗したものの、僅差の判定に惜しむ声が多く聞かれました。また顔面をパンパンに腫れ上がらせたヨアナの姿に、驚きの声が集まっていました。

箸の使い方が上手い?

UFCの企画で、箸を使って豆を別の皿に移す競争をしたことがあります。アントニオ・ホドリコ・ノゲイラやリー・ジンリャン、ユライア・フェイバーらと競いました。「ユライアなんかに負けないわ!」と、試合同様に高速で手を動かして器用に箸を使うところを見せていましたが、結果は惜しくも2位で、ユライア・フェイバーに2個差で負けてしまいました。試合前には厳しい表情で来場し、トラッシュトークで相手を罵るユアナとは全く違い、笑顔で楽しそうに挑む姿を見せました。


記者会見以外で彼女が話す映像をあまり見たことがないのですが、「あなたのヒーローは誰?」という質問に「イエス様」と敬虔なキリスト教信者らしいコメントをしたり、おどけた答えをしていることもあるので、テレビの印象とはちょっと違う人物像のような気がしています。

まとめ

無敵を誇り一時代を築いたヨアナですが、これからどのように進んでいくのかわかりません。しかし未だトップクラスの選手であることは間違いなく、彼女の動向が注目されます。ローズ・ナマユナスが王座から陥落し、ストロー級にも異変が起きています。ヨアナが再びストロー級の王座に挑戦する日が来るかもしれません。

なにより彼女は格好良いのです。素早いステップワークからガンガン中に入って攻め続け、時にいたぶるように相手を痛めつけることで力の差を見せつけて勝ってきました。まさに女王の貫録を見せつけて戦うヨアナの勝利を、もう一度見たいと思っています。

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