上岡龍太郎の芸人論と21世紀の音楽業界

1990年に日本テレビで放送された深夜番組「EXテレビ」(えっくすてれび)で、上岡龍太郎はセットもないスタジオにカメラを置き、ただ1人で1時間喋るだけという試みを行いました。「過激テレビ論」と題され、上岡龍太郎は飲み物を飲み、タバコをふかしながら話すだけという当時でも今でも考えにくい番組でした。その中で芸人論を語るのですが、当時の私にはピンとこない内容でした。しかし今聴くと、妙に納得すると同時にお笑いだけでなく音楽業界などにも当てはまる気がしました。



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上岡龍太郎とは

1960年に横山ノックらと漫画トリオを結成してデビューすると、漫画トリオの活動停止後に上岡龍太郎を名乗るようになります。不遇の時代を過ごすものの、大阪でラジオなどのレギュラーを増やして行き、笑福亭鶴瓶と組んだテレビ番組「パペポTV」の人気で東京に進出します。

※漫画トリオ(右が上岡龍太郎)

その後はバラエティ番組のMCなど、あらゆる番組に呼ばれるようになり、軽妙な語り口にインテリジェンスを感じさせる話術で大人気になります。しかし人気絶頂期に「デビュー40周年のです2000年に引退する」と宣言し、そのまま引退しました。島田紳助が師と仰いだ人物で、引退の際にも上岡龍太郎に相談したことを明かしていました。

上岡龍太郎の芸人論

お笑い芸人になった理由を上岡龍太郎は、このように語ります。

「みんなと一緒のことをやるのが嫌いなんです、出来ないたちなんですね、みんなと一緒に行動を起こすのが下手や、好きじゃない、別のことがしたい、出来るだけ楽したい、目立ちたい、ちやほやして欲しい。だいたいこういうところなんです、芸人になってる奴の根の考えっちゅうのはね」

他の番組では「お金もたくさんもらいたい」「キツイことはしたくない」などの理由を付け加えることもありました。そしてこの発想はヤクザと同じだと言います。芸人と暴力団は根が同じ人間だから癒着すると言います。



「根が一緒のもんが、子供の頃から口が達者やったか腕が達者やったかで木が分かれただけで芸人と暴力団てありますけどね。それを癒着すんなとか、テレビに出てる以上は芸能人といえども一般人としての良識を持たなくてはいけないと、そう仰る御仁がおられるんですがね、良識なんか有ったらこんな仕事しませんからね、私ら」

では芸人はいいとこ取りの商売かというと、それも違うと言います。

「そのかわり末路哀れは覚悟の上ちゅうのがありますがな。我々は棚からぼた餅、濡れ手でアワ、一攫千金、それが取れたときはエエけど、取れなんだら末路は哀れ極まりない。もう、あとはのたれ死にすること覚悟の上、あかなんだら見事にどこで死んだかわからんような、そんな死に方をする。そのかわり、良かったときには、もう一攫千金、夢見るような、これが我々の世界」

だから芸人は憧れの存在ではなく後ろ指をさされる存在であるべきだと言います。

「一般人はコツコツコツコツやって、我々のことを『あんなもんになったらいかんで』と後ろ指さしながら、最後には『ほら、努力する者が勝ちでしょ』という世の中のきちっとしたピラミッドを作らないかんのに。これを誰かが崩してもうたから、一般人までみんな一攫千金、濡れ手でアワ、棚からぼた餅、全員が今や芸人志向に働いてんにゃから。テレビに出る我々が、『頑張りましょう、一生懸命やりましょう、マジメにやりましょう』、てこんなバカなことないですよ」



こういったことをテレビで語っていました。他の番組でも同じことを話しており、芸人が良識を求められるようになったら終わりだというのも芸能界を引退する理由の1つでした。

そもそも芸人とは

芸事を生業にする人のことで、かつて芸人の花形は歌舞伎役者でした。俳優、歌手、手品師、曲芸師、これら芸を売っている人は全て芸人でした。しかし昨今では、芸人の一部であるお笑い芸人を芸人と呼ぶようになり、歌手や俳優を芸人と呼ぶことは滅多になくなりました。



芸人は芸を売り、上岡龍太郎の言う通り一攫千金を得る人がいる影で、鳴かず飛ばずのまま生涯を終える人が多数いました。大多数の売れない人の中に、ごく少数の飛び抜けて売れる人がいる世界で、これは今も昔も変わらないと思います。かつては歌手であれ、お笑い芸人であれ、芸人になると子供が言い出したら、親は激怒していました。NHKが日本初のアナウンサーを募集した際に、応募して親から勘当された人もいました。喋るだけで金銭を得るようなヤクザ者に育てた覚えはないというわけです。

話を戻すと、芸の道に生きて鳴かず飛ばずのままのたれ死んだ人は多数います。見切りをつけて就職するわけでもなく、売れない芸を続けて食うに食えなくなった人達です。そういう人はバカなのでしょうか。そうではなく、それしかできない人達なのです。

金持ちになる手段になった芸人

いつしか芸人は、途方もない金銭を手に入れるようになりました。70年代からアメリカでは1曲ヒットさせただけで、一生食べていけるだけのお金を手にするミュージシャンが現れるようになり、日本でも90年代には天文学的な金額を手にするアーティストが出るようになります。日本のお笑い芸人にしても、年間数億円を得る人が現れるようになり、お金を得る手段として芸人を目指す人が増えました。

それは悪いことではありませんが、そういう人が中心になった業界は薄っぺらい芸が増えていきます。その道でしか生きられない人の切実さがある芸と、サラリーマンでも生きていけるが器用なので芸で目立ちたいという人の芸は、違いがあるはずです。よく売れないミュージシャンやお笑い芸人が、辞めて実家を継ごうかなんて話がありますが、他の道で生きられるならそちらの道で生きた方が良いのではないかと思います。

音楽が売れない時代

21世紀に入ってCDが売れなくなりました。これには多くの原因があり、ニーズの多様化やCD買い替え需要の終焉など分析するとさまざまな要素が浮かんでくるのですが、その中に音楽に飽きたというのもあると思います。90年代の日本は100万枚売れないとヒットじゃないという異様な状態で、ヒット曲が生まれると似たような曲が量産されていました。同じような人が同じような歌で大ヒットする現象が何年も続けば、誰だって飽きてしまいます。

※20万人を集めたGLAYのコンサート

そして今やオリコンチャート1位を獲得しても、音楽だけで食べていくのが難しい状況が生まれました。いわゆる大物ミュージシャンと呼ばれる一部の人を除いて、大部分の人が音楽だけで食べていくのは難しく、ヒットしていてもサラリーマンと変わらない程度の収入しか得られなくなりました。そういう時代を反映してか、最近は金持ちになることが目的ではないミュージシャンが増えたように思います。その中から面白い人たちも出てきています。

プロの私生活・素人の芸

「テレビで面白いのは、プロが私生活を見せるか素人の芸。この2つ」と上岡龍太郎は言っていました。彼に言わせると、お笑いの素人芸を極めたのが笑福亭鶴瓶であり明石家さんまだそうですが、音楽の素人芸は今やネットに移行しました。「やってみた」「演奏してみた」などに代表される素人芸は年々レベルが上がっており、今や自作の曲を発表するアマチュアが多数存在します。DTMと呼ばれるパソコンで音楽を作る環境が充実し、ボーカロイドなどの発達で一般の人が簡単に音楽を作れるようになり、その中から大ヒットも生まれています。小林幸子も歌った「千本桜」、紅白にも出場した米津玄師などは素人音楽の代表格だと思います。

※うたばん

90年代の音楽はプロが見せる私生活に注目が集まりました。石橋貴明と中居正広がMCを務めた「うたばん」、ダウンタウンの「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP 」では私生活の話が多くなされ、フリートークの面白さが重要でした。どんなに素晴らしい曲を歌っても、フリートークが苦手だと「おもんない奴」と言われてしまい、人気が出ませんでした。それが飽きられてしまい、今や米津玄師のように私生活どころか何を考えているかもよくわからず、話すこともほとんどない人が人気になっていきました。

お笑い芸人の飽和

M-1などが開催され、鳴り物入りで紹介されるお笑い芸人は多くいます。どの時間にどのチャンネルをつけてもお笑い芸人が出ていて、まさにお笑い芸人の飽和です。私が子供の頃は、お笑い番組は週に1~2本程度でしたが、今やバラエティ番組がお笑い化していて毎日のようにお笑い芸人が笑わせようとしています。これが飽きられてきているのが、現在の視聴率の低下だと思います。お笑いも音楽と同じ道を辿るでしょう。お笑いで1番になっても大した収入を得られず、なんの保証もない中でやらなければならなくなります。その時に、どんな人が出てくるか楽しみでもあります。

まとめ

私は小説家であれミュージシャンであれお笑い芸人であれ、それ以外にできないという人がやればいい世界だと思います。貧乏のどん底になっても寄席しかできない、歌うことしかできない、執筆することしかできない人です。会社に入ったり商売を始めたり、そういうことができないから、彼らは生き残るために歌い、書き、しゃべるのです。そういった人たちの芸を見たいと思います。

誤解して欲しくないのは、こういう人以外はダメだと考えているわけではありません。有名になりたい、お金が欲しいといった動機でミュージシャンになったりお笑い芸人になる人が、面白いことを始めることは多くあります。しかしそういう人たちがメインストリームの真ん中にいるのは、ちょっと違うのではないかと思うのです。

私はお笑い芸人は冬の時代を迎えると思います。その時に出てくる人達に注目したいと思います。


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