鳥山明の衝撃 /Dr.スランプは何が凄かったのか

漫画の歴史を振り返ると、歴史を変えるような作品が少なからずあります。その中で漫画の歴史を大きく変えた作品の1つが、1980年に連載が始まった漫画「Dr.スランプ」です。鳥山明の作風は革命的で、単に大ヒットしただけでなく漫画の歴史そのものに影響を与えました。



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鳥山明と他の漫画家の違い

画力に関して他の漫画家と鳥山明の大きな違いは、鳥山は元イラストレーターだったことです。1枚の絵だけでお金をもらうイラストレーターは、漫画家以上の画力を必要とします。鳥山明が初めて漫画を描いたのは23歳の頃で、漫画家としてはかなり遅いのですが、当初からレベルの高い絵を描いています。

※デビュー作「ワンダーアイランド」画風は確立しています。

そして鳥山明の趣味がプラモデル作成で、プラモデル会社のタミヤが主催する人形改造コンテストで、何度も入賞している実力者でした。鳥山明が行っていたのはフルスクラッチと呼ばれるジャンルで、既存のプラモデルパーツをつなぎ合わせるのではなく、パーツそのものを自作して組み上げるものでした。このフルスクラッチの経験が画風に決定的な影響を与え、唯一無二の作風を作り出すことになりました。

※人形改造コンテストの入賞作品



デフォルメの衝撃

鳥山明の特長はデフォルメです。多くの漫画家がデフォルメを行ってきましたが、鳥山明の特長は、デフォルメしたまま精密に描かれていることです。デフォルメの際に、どの線を消しても良いか、どの線を残せば精密さを残せるかを周到に描いています。

※これほどデフォルメされてもハーレーダビッドソンだと一目でわかります。

※絵のモデルになったハーレーのWLA
このデフォルメ技術は、模型製作から来ていると思われます。実物の自動車や戦車の写真を穴が空くほど見て、1/35サイズに縮尺するにはどの線を残せば良いかを徹底的に考え抜いていたはずで、それが漫画を描く際にも応用されたと思われます。

立体的手法

一般的に漫画のキャラクターの多くは、2次元で構成されています。ですから前から見た姿と後ろから見た姿では、線が揃っていないことや矛盾が生じることはよくあります。そのため玩具にする時にデザインが混乱することが多いですし、できあがった玩具に違和感を覚えることが多々あります。しかし鳥山明の絵は、模型を作るときのように最初から三次元で考えられているので、そのような矛盾がなかったそうです。

※「あしたのジョー」の矢吹丈

そもそも漫画の世界では、正面の顔がどうなっているかわからないなんてことはよくあります。「あしたのジョー」の矢吹丈の髪型が正面から見るとどうなっているのかは、作者すらわかっていません。しかし鳥山明が描くキャラクターは、どの角度からも描けるようにデザインされていたのです。

漫画的手法の獲得

当初はイラストを並べた紙芝居のようだった鳥山明の漫画は、一枚の絵から動きが感じられるようになり、コマとコマの連続で動きを表現できるようになっていきます。
※傾きなどから、車の挙動を感じることができます。

漫画の絵は重心や筋肉の緊張感などで、止まっているにも関わらず動いているのが見えるように描くことが求められます。しかしこれを上手く描ける漫画家はごく一部で、写真のような静止画を描いてしまう漫画家が多いのが現実です。しかし鳥山明は早い段階で会得していて、後に「ドラゴンボール」では悟空が回転すると同時に読者の視点も回転させ、素早い動きを再現するなど高度な技法を見せました。


※左上のコマと下のコマでは見る側の視点が動いています。


鳥山明以外に描けない絵

「Drスランプ」の連載時に、均一の線を使ったイラスト風の絵の可愛さから多くの人が真似を試みたそうです。しかし描いてみると全く雰囲気が異なってしまい、同じような絵を描くのは困難だったといいます。さらに配色のセンスが抜群で、誰も真似できないと言われていました。そのためアニメ化の際には、現場に緊張が走ったそうです。



当時は漫画とアニメの絵が異なるのは当たり前の時代でした。しかしこれほどまでに特徴的な鳥山明の世界は、違う絵では魅力が半減するどころではないので、これを他人が再現できるのか?しかもアニメ化なら複数のアニメーターが同じ絵を描かなければならず、そんなことができるのか?という声が上がったそうです。

実際に、これだけの大ヒットにも関わらず鳥山明はアシスタントを一人しか雇っておらず、それは鳥山明と同じレベルで作業ができる人がいなかったからだと言われています。

スクリーントーンを使わない手法

スクリーントーンを使わず、ベタだけで描き続けた鳥山明の絵は陰影が特徴的でした。スクリーントーンを切り貼りするのが面倒で、あまり好きではないと言っており、「Drスランプ」ではほとんど使われていません。後の「ドラゴンボール」でも、ほとんど使われておらず、劇画調の画風になってからも同様でした。しかしスクリーントーンが嫌いというわけではなく、必要に応じて使うこともありました。

※ベタだけで着色されています。

白とびした絵を表現するため、この絵ではスクリーントーンが使用されています。このように、どうしても必要な場面では使うこともありましたが、基本的に陰影だけで表現することに長けていたのも特徴的です。


※白とびしているのを表現するためトーンを使っています。

まとめ

鳥山明の登場は、漫画の絵のレベルを一段押し上げると同時に、アニメにも影響を与えました。これほど人気作品を連発したにも関わらず、フォロワーと呼ばれる漫画家がいないことが、鳥山明の絵のレベルの高さを感じさせます。現在のように漫画家が漫画を模写して育つ環境では、鳥山明のような漫画家が出てくる可能性は低いと言われていて、後継者と呼べる人がいないのが現状です。

「ジョジョの奇妙な冒険」の作者、荒木飛呂彦は「鳥山先生の絵は、漫画家からするとちょっとした発明のようなもの」と語り、多くの漫画家の絵を下手だと酷評してきたいしかわじゅんは、「漫画としての絵という意味で言えば、鳥山以上に上手い漫画家はいない」と評しています。

鳥山明が「Drスランプ」で衝撃を与えてから、もうすぐ40年になります。次の衝撃はいつ、誰によってもたらされるのでしょうか?近いうちに、鳥山明と同時期に漫画界に衝撃を与えた大友克洋についても書いてみたいと思います。


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