実写版公開直前 父性からみる「鋼の錬金術師」

マンガ「鋼の錬金術師」が実写映画化されるので、以前のブログから再掲載します。

マイナーな雑誌から連載が始まりアニメ化、映画化、ゲーム化などのメディアミックスで大ヒットとなった、マンガ「鋼の錬金術師」を父性という点から見てみたいと思います。母性を描いたマンガは数多くありますが、本作は父性を描いた珍しい作品でもあるからです。



1.父親と母親の機能

心理学者のユングによると、父性は「切断する機能」に本質があるのだそうです。善と悪を切断し、有用と無駄を切断し、有害と無害を切断していくことで、子供は理性による判別を学ぶのです。一方母性は「慈(いつく)しみ」だそうです。ですから子供が過ちを犯した時、父親は子供の行いの何が悪かを切断して指摘し、母親は包み込むのです。

2.ヴァン・ホーエンハイム

これを前提に「鋼の錬金術師」を見ていきます。主人公のエドとアルのエルリック兄弟の父親はヴァン・ホーエンハイムです。仕事を優先して家族をほったらかしにしたホーエンハイムは、トリシャの墓前でエドと再会するなり厳しい指摘をします。まさに「切断する」ために登場したのです。しかし兄弟の成長に合わせてホーエンハイムは優しさも見せるようになり、兄弟のために自己犠牲も見せるようになります。



3.イズミ・カーティス

しかしエルリック兄弟の実の父親はホーエンハイムでも、成長のために父親役を担うのは錬金術の師匠であるイズミ・カーティスになります。女性のイズミが父親というのも奇妙ですが、イズミは流産して子供を錬成しようとしたという過去を除けば、驚くほど女性らしさが描かれません。体つきは女性そのものですが、顔立ちは中性的です。生きることの厳しさ、錬金術師としての心得を兄弟にたたき込むのがイズミの役目で、そのイズミの元を巣立った兄弟が、さらなる厳しい局面に立たされると新たな父親役が登場します。オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将です。



4.オリヴィエ・ミラ・アームストロング

オリヴィエは本作中でトップクラスの美貌を持ちながら、イズミをさらに強烈にした父性を見せつけます。「北の国境線は私が引く」と言い切る勇猛な軍人で、彼女は敵・味方、有用・無用、正・誤などあらゆることを、一切迷わずに切断していきます。兄弟に対して最も厳しく接すると同時に、その圧倒的な力で兄弟を支えていきますし、ことあるごとに「切り捨てよ」と言うのも象徴的です。これは想像ですが、作者の理想の父親像が最も反映されているのがオリヴィエではないでしょうか。




5.ロイ・マスタングとリザ・ホークアイ

このように「鋼の錬金術師」では、父性の多くを女性が体現しているのが特徴といえます。マスタング大佐とホークアイ中尉が相思相愛なのは明らかなのに、ロマンチックな雰囲気に欠けるのは、マスタング大佐が道を誤らないように見張る役をホークアイ中尉に託しているからです。ホークアイ中尉は部下でありながら、マスタング大佐の父親役を担っているわけです。そのマスタング大佐は憎まれ口を叩きながら、なんだかんだで兄弟を受け入れます。母性的な役割を男性のマスタングが担っている面があります。



6.アレックス・ルイ・アームストロング

では最も母性が強いキャラクターは誰でしょう。兄弟が禁忌を犯したことを責めるどころか、母親を亡くした悲しみに同情し、言いつけを破っても怒るどころか生還できたことに涙し、兄弟の旅を優しく見守る人物です。部下の死に涙し、部下の無事に涙する心優しい人物、アレックス・ルイ・アームストロング少佐です。オリヴィエの弟であり、暑苦しい筋肉だるまと称されるアームストロング少佐は、何でも筋肉で解決しようとするところを除けば、とても母性的なキャラクターなのです。父性が美貌の少将に強烈に反映されているのとは逆に、最も男臭い男性キャラに母性が描かれているのは、とても興味深い点です。



7.お父様

本作は父親が去り、母親の死別によって取り残された兄弟が、錬金術を使って母親を錬成しようとするところから始まり、お父様と呼ばれる最大の敵と戦うクライマックスに繋がります。つまり心理学者のフロイトが提唱したエディプス・コンプレックスを根源にしているのは明らかです。そのお父様が「切断する機能」と厳しさのみを抽出した、およそ人間らしさの欠片もない人物となっています。



少年マンガの王道は主人公の成長ですが、これまで多くの少年マンガは父性は敵役に描かれ、味方の母性によって救済される展開が一般的でした。しかし「鋼の錬金術師」では、父性が味方の方にもあり、それが様々な女性キャラに描かれていて主人公を助けています。本作に今までにありそうでなかった感覚を覚えるのは、こういう面もあるのではないかと思いました。



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