ベガーズバンケット /名作アルバム紹介01

名作アルバムを紹介するコーナー、第1回はザ・ローリング・ストーンズの傑作アルバム「ベガーズバンケット」です。1968年に発売され、ストーンズの黄金期の幕開けとなり、当時のロックシーンに多大な影響を残しました。



1967年のストーンズ

アメリカを覆ったサイケデリックムーブメントは、イギリスの音楽界にも影響を与え、サイケなサウンドを前面に押し出したバンドが数多く存在しました。その代表格はビートルズの「サージェント・ペバーズ」で、このアルバムはビートルズを代表するだけでなく、ロックミュージックの金字塔として、歴史に残る名盤になりました。またジミ・ヘンドリックスはサイケなサウンドを前面的に押し出し、変幻自在なギタープレイで圧倒的な人気を誇るようになります。



ストーンズも66年の「ビトウィーン・ザ・バトンズ」からサイケなサウンドを取り入れ、67年の「サタニック・マジェスティーズ」はサイケを前面に押し出してヒットしました。しかし本来、ストーンズはアメリカの黒人音楽を取り入れ、ハードで黒いサウンドのバンドでした。流行りもののサイケに乗ったストーンズに、ファンは困惑していました。人々がストーンズに求めたのは、アメリカの泥臭いブルースのアレンジでアリ、ストレートなロックサウンドでした。そのためストーンズの時代は終わったという批評家もいて、人気バンドの終焉を予感する人もいました。

さらにリードギターリストのブライアン・ジョーンズは、重度の麻薬中毒に陥り演奏が困難になっていました。

1968年のストーンズ

黒人音楽から乖離したことに不満を覚えるファンの声はストーンズにも届いており、バンドの軌道修正が必要だと自覚していました。ミック・ジャガーはアメリカンサウンドを作り、自分たちを客観的に見ることができるプロデューサーとしてジミー・ミラーを招聘してレコーディングに取り掛かります。



ロンドンのオリンピックスタジオでレコーディングが始まり、ニューアルバムの発売はミックの25歳の誕生日になる7月を目標にしました。スタジオではブルース、カントリー、ゴスペルなどのアメリカンサウンドが試みられ、さまざまなアイデアが取り入れられます。

ブライアンは酷い麻薬中毒で、6時間かかってギターの弦を交換できないありさまで、ギターのほとんどをキースが演奏することになりました。「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景を収めたゴダールの映画「ワン・プラス・ワン」には、朦朧としたブライアンの様子が映し出されています。

関連記事:60年目を迎えられるか? /時代を駆け抜けたローリング・ストーンズ

ジャンピン・ジャック・フラッシュの大ヒット

レコーディングの遅れに加え、アルバムジャケットのデザインをレコード会社拒否したため、アルバム発売の見通しが立たなくなります。そこでレコーディングが終えていた「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」をシングルとして発売することになりました。



3本のアコースティックギターによる演奏を録音し、最大ボリュームで再生して歪んだ音を再録音する形でトラックダウンされた印象的なリフに加え、ダークな雰囲気にストレートなロックを演じたこの曲は大ヒットします。サイケなストーンズに失望していたファンは狂喜し、かつてのストーンズが、強力なロックバンドとして復活したことを喜びました。

ベガーズバンケットの発売

ジャケットのデザイン問題は長引き、招待状を模した白いジャケットという案で、ストーンズは妥協しました。68年に「ベガーズバンケット」が発売されると、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のイメージを彷彿させる、アメリカのルーツサウンドで、多くのファンが歓喜しました。

A面
悪魔を憐れむ歌 - Sympathy for the Devil
ノー・エクスペクテーションズ - No Expectations
ディア・ドクター - Dear Doctor
パラシュート・ウーマン - Parachute Woman
ジグソー・パズル - Jigsaw Puzzle
B面
ストリート・ファイティング・マン - Street Fighting Man
放蕩むすこ - Prodigal Son (Rev. Robert Wilkins)
ストレイ・キャット・ブルース - Stray Cat Blues
ファクトリー・ガール - Factory Girl
地の塩 - Salt of the Earth



後のライブの定番となった曲、「悪魔を憐れむ歌」「ストリート・ファイティング・マン」を含み、多くの人にカバーされた隠れた名曲と言われる「ノー・エクスペクテーションズ」、ベルベット・アンダーグラウンドの影響を感じさせる「ストレイ・キャット・ブルース」(この曲は15歳の少女とのセックスを歌っており、今なら発売不可能と言われている)、ゴスペル調の「地の塩」まで、今日では名曲と呼ばれる曲がズラリと並びます。

まとめ

現代の感覚では、やや地味なアルバムに聴こえるかもしれません。しかし当時としては、ストーンズの新たな方向性を示し、アメリカの音楽を吸収したストーンズの新たなる新境地になりました。この後、ストーンズは「レット・イット・ブリード」「スティッキー・フィンガース」「メインストリートのならず者」「山羊の頭のスープ」と、名作アルバムを連発していきます。60年代で終わりを告げると思われたストーンズが、70年代にも最大のロックバンドとして君臨することになります。

今年でデビュー56年目を迎えるストーンズですが、ロック界に君臨するきっかけを作ったアルバムです。このアルバムがなければ、ストーンズは60年代の懐メロバンドとして記憶されていたでしょう。

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