時代を先取りしすぎていた漫画 /攻殻機動隊の実現性

士郎正宗の漫画「攻殻機動隊」は、発売当初からSFファンの間で話題になり、やがてアニメ映画化されるとコアなファンの心を掴み、アメリカに進出してハリウッド映画に多大な影響をを与えました。ウォシャウスキー兄弟が、映画「マトリックス」の内容をスタジオ幹部に説明して理解されなかった時に「このアニメの実写版を作りたい」と言って渡したのが、攻殻機動隊のビデオだったのは有名な話です。映像作品に決定的な影響を与えた、時代を先取りしすぎた「攻殻機動隊」の先進性を書いてみたいと思います。



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インターネットってなんだ?

漫画「攻殻機動隊」の連載が始まったのが89年で、コミック版の発売は91年でした。私が読んだのは92年頃で、大学の友人が凄いSFが出てきたと教えてくれて、貸してくれたのが最初でした。しかし最初の感想は「訳がわからない」でした。



コマの外を含めて文字が多く、ところどころ解説があるものの、言葉の意味がわからないことが多いのです。読み進めるとなんとなく理解できるようになっているのですが、それでも難解な印象を受けました。特に「ネット」という言葉があちこちに出てきますが、当時はインターネットが全く普及していませんでした。インターネットの普及は、ウインドウズ95が発売されてからで、95年秋以降になります。友人から「パソコン通信やキャプテンシステムの先進的なもの」と言われても、ピンときませんでした。

ハッカーってなんだ?

主人公の草薙素子は「ウィザード級のハッカー」と記されていましたが、ネットの普及前ですから「ハッカー」の意味がわかりませんでした。ハッカーという言葉はネット普及前からアメリカでは使われていましたが、日本では馴染みのない言葉で、漫画内に「電脳ハック」などと普通に造語が登場するため、初見では全く理解できませんでした。



95年に劇場版アニメが公開されますが、この時点でインターネットやハッカーの正確な意味を理解していた観客は、さほど多くなかったと思います。私が劇場版「攻殻機動隊」を見たのは数年後で、その時にはネットも普及していました。ウィザード級ハッカーと呼ばれたケビン・ミトニックとFBIに応援を要請された下村努との攻防も現実世界で起こった後なので、ようやく全体的な意味がわかりました。

光学迷彩

草薙素子が背景に溶け込んで、ほとんど視認できない状態になる光学迷彩は、本書の中でもインパクトのある技術でした。光学迷彩という名称と見えなくなるという事象だけで概ねの概念を理解できる言葉で、士郎正宗の造語かどうかは知りませんが、とても優れた名称だと思います。



アイデアとしては、第二次世界大戦中にイギリス空軍が使用した「ユーディの光」(飛行機の下部に照明を当てて、空と同じ明るさにして視認性を下げる)などがありますが、透明になるだけならSF小説「透明人間」(1897年)以降、何度も使われてきたものです。そこに迷彩という現実の技術をベースに科学的なアプローチを匂わせることで、現実性のあるイメージにしたのが見事だったと思います。

実際に研究されていて、有機パネルを使って砂漠の戦車を消すなどの実験が行われました。

義体化・人形

義体化(=サイボーグ)、人形(=ロボット)ですが、攻殻機動隊の舞台となる2030年の日本では急速に浸透しています。この理由として、1999年に起こった第三次世界大戦と、その戦後処理によって起こった第四次非核大戦を理由にしています。全面核戦争の結果、世界的に核兵器がなくなり、第四次世界大戦は核兵器を使わない戦闘が主流になり、非核大戦と呼ばれています。核兵器の不足と大量の戦死者が出たため兵隊が不足し、ロボットの開発が急速に進んでいます。また2度の世界大戦は大量の負傷兵を生み、そのため義体化技術が急速に進歩しました。



特筆すべきは、義体化することによって草薙素子は体に違和感を覚えていて、これをゴーストで一定の説明を試みていることです。ゴーストは「心」「意識」「自我」に近い概念ですが、無意識からフロイトの言う前意識、意識まで複数の階層にまたがって存在するもので、「ゴーストのささやき」は「直感」と言い換えても良い概念です。心と体のつながりについて、今後問題になるであろう点を提示してみせています。

これらが混じり合って出てくる

上記の未来的な要素は単体で登場するのではなく、因果関係を持っていたり複数が混じり合って登場します。それがリアリティを生み、一方で物語の理解を難しくしています。

脳まで義体化する(=電脳)ことにより、電脳にインターフェイスを取り付けることで、脳を直接インターネットに接続することが可能になっています。そのためハッカーはネット経由で電脳をハッキングし(=電脳ハック、ゴーストハック)、意識や記憶を作り変える犯罪や、脳そのものを焼き切る殺人が問題になります。そこで攻性防壁が誕生し、自身の脳に侵入されないようなセキュリティが発達します。



そこでハッカーが電脳に侵入する際に、攻撃を受けても大丈夫なように、ルーターを経由してハッキングするようになります。これは「身代わり防壁」と呼ばれています。そこで今度は、攻性防壁を何重にも張り巡らす方法がとられ、劇中でもハッカーと防御システムの駆け引きが存在します。

また光学迷彩が劇中に登場した時は、マントのようなものを被っていました。服が目立ってバレないように、草薙素子は全裸になって光学迷彩のマントをまとっています。次第に義体化した体に直接光学迷彩を施せるようになると、マントを使わずに服を脱いで姿を消すようになります。

このように未来的な技術は混じり合い、問題を孕んだまま使われている場合もあり、それが犯罪に利用されたり社会問題にもなっています。「攻殻機動隊SAC」では、電脳化することによって稀に起こる「電脳硬化症」という病気も出てきました。往年の優れたSF小説のように、未来的な技術を登場させるだけでなく、それによって起こるさまざまな出来事まで描写しています。

まとめ

攻殻機動隊は、優れたSFだったと思います。先進的な視点があり、技術的な背景を交えつつ独自の世界観を構築していました。往年の名作SF小説には、このように緻密な世界観を持った作品が多くありましたが、近年では火星でチャンバラをするだけのようなSFか増えていき、こうした手法は少なくなっています。そのため難解な印象が強くなり、マニアな人気を集めました。

このマンガ、アニメの影響は絶大で、ハリウッドにも大きな影響を与えました。前記した「マトリックス」は攻殻機動隊の世界観を実現しようとした映画でしたし、映画「ターミネーター」のテレビドラマ「ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ」では、攻殻機動隊の人形遣いを彷彿させる写真が話題になりました。



このように海外の映画にも影響を与え、現実世界にも影響を与えているのは、実現できそうな未来を提示していたからではないでしょうか。


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