攻殻機動隊SACと三島由紀夫 /個別の11人は血盟団か?

2004年から2005年にかけて放送された「攻殻機動隊SAC 2nd GIG」に登場する個別の11人が血盟団事件の血盟団と類似しているという意見を聞きました。そこで果たしてそうなのか、再度見直してみることにしました。「攻殻機動隊SAC」の第2シーズンである本作は、26話からなるテレビアニメです。



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攻殻機動隊のパラレルワールド

士郎正宗の原作「攻殻機動隊」は、1989年から連載が始まりカルト的な人気を得ていました。さらに95年にアニメ映画化されると、そのカルト的な人気は海外にも広がります。その影響はハリウッドにも及び、「マトリックス」をはじめとする多くの映画に影響を与えました。この物語では主人公の草薙素子がネットの海に消えるところで終わっており、続編の「イノセンス」では消息不明扱いになっています。



「攻殻機動隊SAC」は、2002年から始まったテレビシリーズで、草薙素子がネットの海に姿を消さなかった世界で、パラレルワールドになっています。時代背景や設定は前作から踏襲されていますが、草薙素子は当たり前のように公安9課の実動部隊を率いています。そしてタイトルについているSACは「スタンド・アローン・コンプレックス」の略で、この言葉がシリーズ全体を通じて何度も出てきます。

時代設定

1999年に勃発した第三次世界大戦と、その後に発生した第四次非核大戦により世界情勢は大きく変化しています。日本の関東一帯は核攻撃により壊滅し、首都は福岡に移され日本各地に放射能汚染が広がりました。しかし日本は大日本技研(ポセイドン・インダストリアル)のマイクロマシン散布技術で放射能除去に成功し、奇跡の復興を遂げています。舞台となる2032年は、まさにこの戦後復興の最中です。この復興のために大陸で戦火を逃れ難民となっていた人々を招慰難民として受け入れ、労働力として活用しています。復興地区の新浜には招慰難民の居住区が作られていますが、不法移民も多く流入して社会問題になっていました。

※難民による抗議デモ


第三次世界大戦で各国が核兵器を使い尽くし、後に起こった第四次非核大戦ではロボット(劇中では人形と呼ばれる)技術が急速に発展し、また戦争負傷者が増えたために体の一部を機械に置き換えるサイボーグ化(劇中では義体化と呼ばれる)も発展して、脳を機械化する電脳化技術も広く普及しています。電脳はネットに直接アクセスすることが可能で、これにより他人の脳をハッキングして乗っ取る電脳ハックという犯罪も起こっています。

本作中に米帝という国が何度も出てきますが、米帝は2度の対戦により3つに分かれたアメリカ合衆国の1つで、最も保守的な国です。日本は米帝との新日米安保条約の締結について揺れています。

あらすじ

西暦2032年、個別の11人を名乗るテログループが中国大使館を占拠する事件が発生。彼らはアジア難民受け入れの即時撤廃、及び招尉難民居住区の完全閉鎖を要求します。草薙素子率いる内務省公安部公安9課は大使館を急襲し、テロリストを射殺して事件は解決しました。



その後、出島の難民居住区を訪問する茅葺(かやぶき)総理に、個別の11人から暗殺をほのめかす手紙が届きます。さらに官邸に切断された11本の指が送りつけられ、禅寺で茅葺総理暗殺未遂事件が発生します。また個別の11人は南陽新聞社に銃弾を撃ち込むなど、さまざまなテロ事件を引き起こしていきました。

しかしある日突然ビルの屋上に現れた個別の11人は、互いの首を日本刀で斬り合い1人を残して自殺しました。現場から逃げた1人は茅葺総理を襲った男でした。男の名前はクゼ・ヒデオと判明します。クゼはなぜ死ななかったのか。個別の11人とはなんなのか?やがて電脳ウイルスによって仕込まれたなんらかの発症因子により、個別の11人が生まれたことがわかってきます。

※合田一人(右)


個別の11人を生み出したのは、内閣情報庁の合田一人(ごうだ かずんど)であり、彼は米帝と手を結んで米帝主導の日米安保締結を画策していました。また軍産企業を支持基盤に持つ官房長官の高倉も、同じく米帝主導の日米安保締結を結ぼうと茅葺総理に揺さぶりをかけます。

下敷きになったもの

監督した神山健治は、「攻殻機動隊SAC」ではサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を物語の重要な鍵として「笑い男」事件という企業テロ事件を描きました。その第2シーズンとなる「攻殻機動隊SAC 2nd GIG」では三島由紀夫の「近代能楽集」を用いて、日本の右翼や在日問題を内包した物語を作る予定でした。しかし取材の中で、このような形で三島由紀夫を利用するのは許可が降りにくいことがわかり、さらに右翼団体が抗議に来る可能性も示唆されたため、架空の思想家を作ることで物語を構築しました。

※三島由紀夫


フランスの思想家パトリック・シルベストルは三島由紀夫の代わりに創造された架空の人物で、シルベストルの著書「初期革命評論集」は「近代能楽集」の代替品とも言えます。招慰難民の排除を訴える保守的な動きを刺激するためにシルベストルが利用されるわけですから、三島由紀夫ファンの中には好ましくないと考える人もいたでしょう。

しかし物語の中で、シルベストルは謀略を企てる人達のツールに過ぎず、シルベストルそのものの思想が事件に直接関与するわけではありません。三島由紀夫を使えば反論もあったでしょうが、配慮のし過ぎにも思えました。

血盟団事件

1932年(昭和7年)に起こった要人の連続暗殺事件です。日蓮宗の僧侶、井上日正は立正護国堂(護国寺)を拠点として政治活動を行なっていました。井上は性急な改革が必要と考え、要人暗殺によるクーデターを画策します。民間の自分達が動けば軍部内の同調者も呼応し、天皇を中心とした国家に生まれ変わると信じ、その考えに共鳴する若手を集めて指揮しました。

※初公判の様子


井上日正は、このクーデターを陸海軍に打診しますが、陸軍は拒否します。しかし海軍の一部から賛同を得られたため、暗殺計画が進められました。標的は政財界の大物10名以上が選ばれ、結果的に2名が暗殺されました。井上日正らは逮捕されて無期懲役になりますが、この時の残党と海軍が五一五事件を起こして犬養毅総理大臣を暗殺しています。

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血盟団と個別の11人の類似性

どちらも日本を憂いている右翼集団であり、武力闘争で日本を変えようと決起しました。一人一殺的な暗殺事件も類似しており、そもそも11人というのは五一五事件の犯人の人数です。11本の指が送られてきたことも含めて五一五事件を模倣していて、どちらも民衆から支持されています。五一五事件の裁判では、減刑を訴える女性が電車に飛び込み自殺を行うなど、過激な支持もありました。貧困に苦しむ民衆が彼らを英雄に祭り上げていきます。また、茅葺総理の暗殺未遂事件は禅寺で発生しており、これは血盟団の井上日正が僧侶であったことを彷彿させます。

※個別の11人のマーク


しかし両者が似ているのはここまでです。個別の11人は国を憂いてはいますが、天皇を中心とした国を目指すわけではなく、集団であることすら拒絶する個別主義者です。ですから彼らは難民排除という保守性を持ちながらも右翼団体とは全く異なります。彼らは思想によってできた集団ではなく、電脳ウイルスによって感染した(プロデュースされた)個別主義の集団であり、主張も場当たり的です。それは個別の11人をプロデュースした合田の目的が、世論を煽り日米安保条約を締結することだったため、思想はあまり重要視されていなかったからです。

戦後の日本を焼き直したSF

「攻殻機動隊SAC」は、戦後の昭和史を未来に置き換えた物語になっています。戦争により焦土と化した国土から、奇跡の復興を遂げた日本がアメリカをはじめ世界各国とどのように渡り合っていくか、そして国内に渦巻く国民の不満にどのように向き合うかを描いています。招慰難民は在日朝鮮人がモデルなのは明らかですし、日米安保に揺れる世論もそのままです。しかしあくまでもこれらは舞台装置に過ぎず、物語が右翼的であるとか左翼的であるという議論は、実に退屈で意味がないように思います。



この物語で繰り返し述べられるのは、人間がその存在を決定づけるものは何か?であり、個と集団の関係であり、だからこそ独立した個人(スタンドアローン)がそれぞれの思惑で動いたにも関わらず、集団的な行動(コンプレックス)を見せてしまう社会現象、スタンド・アローン・コンプレックスがテーマになっているのです。事故により幼少期に義体化した素子は、脳の一部と記憶しか残っていません。彼女は人間なのか機械なのか、人間とするならば人間は何によって決定づけられるのか、そういったことが繰り返し問われる物語の舞台が、戦後の日本を模した未来の日本なのです。

興味深い指摘

2018年、内閣サイバーセキュリティセンターの方がネットメディアのIT Media Newsで面白い指摘をして話題になりました。個別の11人が現実に起こりうる可能性を指摘したのです。個別の11人は電脳ウィルスによって発症しましたが、その発祥因子は以下の通りでした。

(1)パトリック・シルベストルの著書「初期革命評論集全10巻」を読んでいること
(2)初期革命評論集の幻の11冊目「個別の11人」を探し出して読んでいること
(3)義体化以前に「童貞」であったこと

これらを以下のように置き換えて考えると、特定の人物像が浮かび上がってくると指摘します。

(1)革命家を夢見る中二病精神、あるいはヒロイズム
(2)偏執的探究心、または行動力
(3)女性に相手にされなかったことによるルサンチマン

そして2018年4月にカナダのトロントで起こった無差別殺人事件の例を挙げ、その関連性を指摘します。この事件では22歳の青年が群衆に車で突っ込み、10人が死亡し15人が負傷しました。犯人は犯行直前にフェイスブックに「インセルの反抗はここに始まれり! われわれは全てのチャドとスティシーを打倒する。至高なる紳士! エリオット・ロジャー万歳!」と書き込んでいました。

インセルとは女性に相手にされない童貞の男性のことで、チャドとステイシーは日本のネットスラングに置き換えるなら「陽キャ」で、チャドは女性に不自由しないイケメンの男性、ステイシーは性的に奔放な女性のことです。エリオット・ロジャーはインセルと同様の境遇にあり、2014年に銃乱射事件を起こしたアメリカ人です。

記事ではこのような社会的に不満がある人々に対し、SNSやネット掲示板で不満と怒りに火をつける扇動者がいる危険性を指摘しました。攻殻機動隊のように電脳ウィルスではなく、ネットで煽ることで事件が起こる可能性です。この記事はツイッターで拡散され、多くの人が議論をしていました。

まとめ

個別の11人と血盟団は似ている面もあるのですが、本質的な部分ではかなり違うと思います。国を憂いて暴力的な行動に出た血盟団と、世論を動かすために電脳ウィルスで発症した個別の11人では、思想面において決定的に違います。右翼的思想からこの物語を読み解くのではなく、シリーズ全編を通じて流れている「人間がその存在を決定づけるものは何か?」という視点から読み解く方が、遥かに楽しめると思います。


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