国内では評価が分かれる上原ひろみ /海外で絶賛されるピアニスト

ピアニスト上原ひろみの評価は、国内では常に分かれていました。しかし海外では絶賛され、イギリス国営放送のBBCから、アメリカのジャズメン、そしてメタルバンドのメタリカも賞賛を口にしています。この評価と温度差に不思議な気がしますが、彼女が熱狂を生み出すピアニストであることは間違いないと思います。


上原ひろみとは

1979年に静岡県に生まれました。6歳でピアノを始めると、すぐに作曲も学び始めます。8歳の時にピアノ教師の家でジャズに触れると傾倒していき、14歳の時にはチェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演するなど、実力をつけていきました。

※15歳の時の上原ひろみ

高校生になると来日していたチック・コリアのリハーサルに招かれ、急遽共演でステージが決まります。この頃にはロックにも傾倒し、またCMソングの作曲を依頼されるようになります。法政大学に進学しますが、ヤマハの音楽支援制度で奨学金を得ることが可能になったため、20歳で中退してバークリー音楽院に留学し、在学中にデビューが決まりました。バークリーの作曲課を首席で卒業すると、全米各地のジャズフェスティバルに出演していきます。

※デビューアルバム「アナザー・マインド」

2011年にはスタンリー・クラークのバンドに参加してグラミー賞を受賞し、トップアーティストの仲間入りを果たしています。

始めて聴いた時は

デビューアルバムの「アナザー・マインド」が出た時にタワーレコードで試聴したのですが、速弾きのテクニックに圧倒されたものの、背伸びしすぎているというか、あれもこれも詰め込んだような感じがして、特に良いとは思いませんでした。そのためCDを購入することもなく、たまにラジオ等で耳にすることがある程度になっていました。

※サードアルバム「スパイラル」

それから2年ほど経って、たまたま聴いた3rdアルバムの「スパイラル」は、気に入ってすぐに買いました。特にラストナンバーの「Return Of Kung-Fu World Champion」(カンフー世界チャンピオンの帰還という意味)は、最初から最後まで痺れました。ピアノではなくシンセサイザーを使った曲で、プログレッシブロックのテイストがあり、タイトなリズムセクションにシンセの音が縦横無尽に駆け回ります。当然ながらこの曲は話題になり、上原ひろみを代表する曲になり、シンセサイザーの新たな境地になりました。

※Return Of Kung-Fu World Champion


「スパイラル」は、ピアノ、ベース、ドラムの3ピース構成で演奏されていますが、3ピースに限界を感じたのかギターを導入するようになります。「スパイラル」で上原ひろみに夢中になっていた私は、ギターの追加は微妙でした。世間もそうだったようで、悪くはないけどギターはいらないという声が多く出ていました。

トリオプロジェクトの始動

2010年に、ワクワクさせられるニュースが飛び込んできました。上原ひろみの次回作は再び3ピースバンドになり、ドラマーにサイモン・フィリップス、ベースにアンソニー・ジャクソンが参加すると書かれていました。これには興奮させられ、新譜の到着を今か今かと待ちわびた記憶があります。

サイモンはジャズ畑出身ながら、ハードロックやヘビーメタルで世界的評価を得たドラマーで、世界最高峰のドラマーの1人です。スタジオミュージシャンとして幅広く活動していて、日本のミュージシャンやアイドルの楽曲でも何度も演奏しています。とにかくタイトに叩くドラマーで、普通ならドンとなるバスドラムが「ド!」としか聴こえません。シンバルもジャーンと鳴るところが「ジャ!」としか聴こえません。恐ろしく正確なリズムを刻み、音はタイトでグルーブ感も出せる稀有なドラマーなのです。

※サイモン・フィリップス

アンソニー・ジャクソンは、何度か上原と仕事をしているので意外性はなかったですが、彼は世界最高峰のベーシストです。ザ・ファーストマンというニックネームは、バンドを組む時に真っ先に声を掛けられることからきていて、ジャンルを問わずアンソニーが入るだけでバンドに芯が出来て安定したサウンドになります。

※アンノニー・ジャクソン

アンソニーとサイモンの2人は、間違いなく最高のリズムセクションになるはずで、上原ひろみのピアノとどんな化学反応を示すか発売が楽しみでした。

VOICEから始まる奇跡的なバンド

トリオプロジェクトのアルバム「ヴォイス」が発売されたのは2011年3月16日でした。東日本大震災の直後で、アルバムが家に届くのも遅れましたし、正直言ってしばらくは聴く気になりませんでした。4月に入って、ようやく封を開けて聴いたと思います。

※アルバム「ヴォイス」

アンソニーのベースが演奏を支え、その上をサイモンのドラムと上原のピアノが縦横無尽に駆け巡ります。なんとサイモンはヘヴィメタルのように2バスを鳴らし、時にハードロックのように激しくドラムを打ち鳴らします。上原のトリッキーながらジャズのフレーズが高速で紡ぎ出され、そこにサイモンのハードなドラムが絡むのは、それだけで興奮ものでした。

しかしまだ完全に溶け合っておらず、もし2枚目のアルバムが出せるなら、もっと良くなるはずだと確信しました。しかし世界的に最も多忙なドラマーのサイモンを上原が拘束することは難しいはずで、これっきりの企画で終わるだろうと残念な気持ちになりました。しかし私の予想を裏切り、このメンバーで4枚ものアルバムをリリースすることになります。

※セカンドアルバム「ムーブ」のタイトルナンバー


2枚目の「ムーブ」でバンドに一体感が出てくると、3枚目の「アライブ」はこのメンバーにしかできない、テクニカルでエモーショナルなサウンドに満ちています。変拍子だらけで、どうやって演奏しているのかわからないオープニングナンバーの「アライブ」は、途中で16分の27拍子という超変則的になります。もはや超人的な演奏で、これでもかとグイグイ引っ張る3人の演奏に、やられっぱなしのアルバムに仕上がっています。相変わらずジャズのフレーズに満ちていますが、ロックアルバムとして聴いても近年稀にみる強力なアルバムと言えるでしょう。

※サードアルバム「アライブ」のタイトルナンバー

なぜか日本にはアンチが多い

上原ひろみがジャズピアニストに分類されるため、日本のジャズファンから批判を受けます。日本にジャズが根付いたジャズ喫茶世代、その世代に影響を受けたジャズファンの多くは、モダンジャズあたりまでのオールドジャズを信奉する人が多く、現在のジャズに辛口な傾向があります。そういう人達にとって、プログレッシブロックの影響を隠すことなく押し出す上原ひろみの音楽は、邪道に感じてしまうようです。

また、上原ひろみのメロディセンスや独特の解釈が特徴的でクセが強いので、そこが好き嫌いが分かれるところだと思います。これは好みの問題で、ここまでクセが強いと嫌いな人には受け付けられないのは当然だと思います。



そしてピアノというだけで、なぜかクラシックファンから批判が出てきます。少し検索してもYahoo!知恵袋には、上原ひろみに関する質問に対して、クラシックファンと思われる人からこんな書き込みがあります。

ジャズピアニストのピアノ自体のテクニックなんて、クラシックピアニストの比ではないよ。
キース・ジャレットでさえ、バッハの平均律が弾けるかどうか??ってところ、実際。
それは音大附属なら高校生でも弾ける。

クラシックのテクニックをジャズピアニストに求めると下手なのは当たり前なのですが、クラシックこそ音楽の基本と思っている人が多いため、この手の論調はよく聞かれます。正確に弾くことを求められるクラシックと、スウィングすることやグルーブ感を出すことを求められるジャズでは向かうベクトルが異なるので、ジャズの人がクラシックが下手、クラシックの人がジャズが下手なのは当然すぎる当然なのです。クラシックが弾けないから上原ひろみのピアノが下手というのは、あまりにナンセンスな指摘だと思います。

まとめ

高度な次元で自分の音楽を表現している上原ひろみですが、個性が強いために好き嫌いが分かれる音楽なのは間違いないと思います。特にロックが苦手という人には、ロックテイストをふんだんに盛り込んだ曲も多いため、敬遠してしまうのも当然でしょう。しかしこれほど情熱的な演奏を高いレベルで維持しているピアニストは、驚異的ですらあります。

世界各国で絶賛され、今や日本を代表するミュージシャンでもあります。小さな体に似合わぬパワフルで情熱的なサウンドは、超絶的技巧に支えられて唯一無二のサウンドになっています。メタリカのロバート・トゥルージロは「カッコよくて危険な奴らと、真夏に楽しくはじけるようなパーティーしているような音楽」とアルバム「アライブ」を評しました。上原ひろみのチャレンジは今後も続くでしょうし、それが楽しみでしかたありません。



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