性表現は規制されるべきか

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。

東京都の青少年健全育成条例が改定され、刑罰に抵触するような性表現や近親相姦などを不当に賛美した漫画などが規制されることになりました。確かにレイプなどの犯罪をスリリングなゲームとして描いたり、賛美したりするような漫画が規制されるのは当然のように思います。また石原都知事が子供への悪影響を心配しているのは当然だと思います。しかしこれには大きな問題も含んでいて、だから改正反対の声も多くあるわけです。

まずよく言われるように、どうして映画や小説は野放しでアニメや漫画だけが規制されるのかという問題があります。アニメや漫画の方が子供達が触れる機会が多いというのは一理あるような気がしますが、表現者からすると不公平感は拭えないでしょう。そして規制の線引きが曖昧すぎるという問題があります。性器を描いちゃダメというような明確な線引きがないため、取り締まる側の裁量によって規制される作品とされない作品が出てくる可能性があります。

これはアニメや漫画ではなく映画ですが、「時計じかけのオレンジ」というスタンリー・キューブリックの名作をご存知でしょうか。もしこれをアニメ化したら、東京都の規制対象になるのか聞いてみたいところです。この物語は近未来を舞台にしたアレックスという非行少年を主人公にした物語で、公開当時「ウルトラバイオレント・ムービー」と書かれた超暴力的な映画です。

アレックスとその一味は、街を徘徊して泥棒や強盗を繰り返しています。時には家に押し入り、夫婦を縛り上げ、楽しげに「雨に唄えば」を歌いながら奥さんをレイプし、旦那に暴力を振るいます。このアレックスが逮捕され、刑務所で政府が始めた人格改造プロジェクトに参加して暴力をふるえない人格に改造されて出所するのですが、かつての犯罪仲間やアレックスの犯罪の被害者から追い詰められ、命を落としそうになります。 そんなアレックスを救ったのが野党の政治家で、彼は政府が非人道的な人格改造を行なっていると訴えて、アレックスを元の人格に戻す処置が行なわれます。大人達が喝采し祝福する中で、アレックスが嬉しそうに女性をレイプするところでエンドロールが流れて映画は終わります。

多くの人が「吐き気がする映画」という一方で熱狂的な評価も得ていて、今では名作と呼ばれています。 この映画でキューブリックが描いたのは、個人の犯罪は醜悪で凶暴で恐ろしいものだが、国家が行なっている犯罪の方が遥かに凶悪なのだということです。それを皮肉タップリに描くため、高価な服に身を包んだ大人達が喝采する中でレイプするという強烈なラストシークエンスを用意したわけです。

この映画はレイプや暴力を楽しげに描いていますが、強烈にそれらの犯罪を批判しているのも間違いありません。誰もが好む手法ではありませんし、見ていて不快な気分になって耐えられない人もいるでしょう。しかしこういう表現の仕方もあるということです。 東京都に「時計じかけのオレンジ」をアニメ化したら規制されるのか?と質問すれば、さすがにこの名作映画を否定することはないでしょう。

しかしこのような表現手法が今後は規制される可能性もあります。表現の自由が束縛されると騒いでいる人達は、こういう事態を危惧しているわけです。決して犯罪を賛美するわけではなく、犯罪を批判するために美しく楽しげに描くというのは、過去にも多く行なわれてきました。

私が好きな戦争映画「特攻大作戦」は強烈な反戦メッセージを含んでいますが、何も考えずに見た人には戦争アクションの娯楽大作にしか映らないほどアクションに徹しています。 こういった規制をするからには、明確な線引きがないとさまざまな表現を潰していく可能性があるので、根強い反対が起こったわけです。

そもそも規制するからには、規制対象との因果関係が明確にされないといけないと思うのですが、それも曖昧ですよね。例えば少年の性犯罪と漫画等の性描写の因果関係などですが、少年の性犯罪はこの数十年の間にかなり減っているので因果関係を導こうとすると、思惑と反対の結果が出てきそうな気もします。 いつかのようにダガーナイフを禁止したら、牡蠣に使うナイフまで取り上げられたなんてバカな展開にならなければいいんですけどね。








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COMMENT:
 AUTHOR: やまだ
DATE: 12/15/2010 06:33:10
 >今では名作と呼ばれています。
 >さすがにこの名作映画を否定することはないでしょう。
 今回のお題に自分なりの意見は持ってないのですが 名作とは何なのでしょうか? どの分野の名作と言われるものも、こう言うことを 議論するには抽象的すぎるきがします。 失礼な文章ですいません。 いつも勉強させていただいております。


 COMMENT:
AUTHOR: tule-ta
DATE: 12/15/2010 11:54:23
結局、アニメ・漫画等を狙い撃ちにしたり、現実の青少年の保護をなおざりにしているから「子供を守る」と主張していても、漫画とかが嫌いだから規制するんだろうとか、利権目的だとしか思えないんですよね。 条例そのものだけでなく、パブリックコメントで反対が大半であったのに無視したり、散々批判のあった条例を議論する時間を与えずに強引に通そうとする姿勢にも問題がありますし。

 >そもそも規制するからには、規制対象との因果関係が明確にされないといけないと思うのですが、

それも曖昧ですよね。 規制派は「子供を守るためなんだから、根拠となるデータを出せと言っている連中がおかしい」なんてことを平然と言っていますからね。 因果関係を証明しなくても良いなら、「漫画が欲望の捌け口になることで、現実の犯罪を抑えることができる」という理屈も成り立ってしまう事になるのですが……。 そもそも、法をつくるのに根拠となる情報も反対意見も必要無く、自分達の感情と想像だけで十分だなんて考えている時点でどうなんだろうと。


COMMENT:
AUTHOR: TT
DATE: 12/16/2010 01:13:02
反対の根強かった都条例が可決されてしまいましたね。 私個人はゾーニング等の自主規制の取組を強化していくべきと考えていますが、それも作り手の良心と良識に委ねるべきものであり、行政の介入を許すべきでないと考えています。 理由は、はねものさんはじめ、多くの方が言われているように、例え規制文言がより明確であっても、表現の自由を制約する恐れが強いと考えるからです。

都条例はナチスの退廃芸術運動を同じと書かれた方がいましたが、可決されてしまった以上は恣意的運用がなされないように、都を私達、一般人が監視していく必要があると思います。 それにしても、今回の強引な採決は、失政続きでさしたる業績がない都知事がとにかく手柄を上げたかっただけという感じもします。ただ、上げたのは功績でなく、さらなる悪名だけと思いますが。


COMMENT:
AUTHOR: boi
DATE: 12/16/2010 18:23:22
僕はこの条例には反対です。 まず漫画とアニメに限定されてるのが納得いかない。 ゾーニングの基準が適当過ぎる。 作品と犯罪との因果関係が立証されてない。 最後に一番腹がたつのは、表現に行政が口を挟んでくるって所です。 冗談抜きで最近東京と平壌が重なって見えてきますよ…。

あと猪瀬副知事が、「火の鳥は近親相姦描写がありますが区分分けされるのでしょうか?」のTwitterでの返信で、「まずは傑作を書いてから心配すればよい。傑作であれば、条例なんてないも同然。」と言っていました。この条例、かなり恣意的運用されそうですね。


COMMENT:
AUTHOR: k0yaji
DATE: 12/18/2010 09:55:09
表現の自由は、少なくともエロ漫画を描いたり、エロ漫画読んだりする為に在るとは、思えません。 表現するなら、全人格を賭けて表現しなければなりません。 今回の条例の可決に不満ならば、自ら描いた作品を晒して、公の場で戦えばいいと思います。 細かい事は差し置いて、私は石原氏を支持します。


COMMENT:
AUTHOR: 女王様
DATE: 12/19/2010 06:42:15
おはようございます。 何がポルノ(猥褻)か、は。時代・宗教・政治的背景で変わると思いますが...。 コミックや小説の「ポルノ狩り」をする以前に。 犯罪被害者(特に性犯罪被害者)の人権を守る方が、最優先だと思います。 何の罪も無い被害者が。「全裸死体で発見された」とか「性的暴行の形跡があった」等々。実名報道される必要があるでしょうか!? まして幼い子供の場合に!? 「**ちゃんが@@公園で死体で発見されました」で充分、でしょう。 そして。今回の条例で最も違和感を覚えたのは。一律かつ融通の利かない規制で...。 性犯罪(ことに幼児への性犯罪)を「告発する」目的で描かれた作品でも「ポルノ」として規制される(らしい)事です。 映倫でさえ、その判断規準がグレーなのに。今回の都条例。取りこぼし・過剰反応・判断ミスは有り得ない、のでしょうか? 一律の禁止は、基本的に失策だと思えます。


COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 12/20/2010 11:57:52
★やまださん
確かに名作の定義は曖昧ですので、例の挙げ方としては不適切だったかもしれません。「時計じかけのオレンジ」は有名な映画だということぐらいでも良かったかもしれませんね。 ご指摘、ありがとうございました。

 ★tule-taさん
東京都側は、出版社との打合せを一方的に打ち切ったりしたようですね。小学館や集英社が怒っているのは、そういった決定までのプロセスにもあるようです。つまり最初から話し合う気がなかったということでしょうか。 この手の話は感情論の方が先に出やすいので、収集がつきにくいですね。しかし根拠も何もなくこういったことが決まっていくというのが恐ろしく感じます。私の生活には何ら支障がないので構わないですが、こういう前例を作るということが不気味に感じてしまいます。


COMMENT:
AUTHOR: はねもね
 DATE: 12/20/2010 11:59:50
★TTさん
私も可決ありきの議論のように思えました。出版社側との話し合いを打ち切ったり、話し合いというよりも押さえ込みのような印象が残りました。私は石原都知事の懸念には同意するのですが、このやり方には賛同できません。作家である石原都知事が表現に踏み込んだ条例を強引に進めるのは、自らがクリエイトする側ではなくなったと表明しているようにも思います。

★boiさん
恣意的に判断できる部分を残している、または残しているように見えるところが批判の的になっていますね。猪瀬副知事の発言は、私もツイッターで知りました。傑作なら条例は関係ないというビックリの発言は、恣意的に運用しますという発言にもとれますね。ご本人は何を言っているのかわかっているのでしょうか??


 COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 12/20/2010 12:00:39
★k0yajiさん
私は石原都知事の懸念は理解できますし、賛同もしています。私が気にしているのは、やり方の問題です。規制には問題になっている事象と規制対象との因果関係を明確にすることが基本だと考えますが、それが全くなされていません。

 >今回の条例の可決に不満ならば、自ら描いた作品を晒して、公の場で戦えばいいと思います。

同じような意見をネットで多く見ましたが、制限する側はクリエイトする側ではないのに、それを批判するにはクリエイトすることを求めるというのはアンフェアだと思います。


★女王様さん
全く同感です。実名報道の問題は以前から指摘されていますが、あまり進捗は見られませんね。被害者、容疑者を含めて本当に実名で報道する理由があるのかわからない例が多すぎます。 規制の枠組みが曖昧なので、上記コメントの副知事の発言と相まって恣意的に運用されるという懸念が広がるのは当然だと思います。恐らく過激な運用はされないと思いますが、運用側の良識によるというのは制度として欠陥だと思います。


 COMMENT:
AUTHOR: k0yaji
DATE: 12/27/2010 21:10:18
私は、自由、平等、平和こそが表現者から表現する能力を奪うと思っています。 言い換えれば 不自由、不平等、戦争こそが真の表現を生むと、考えているので、理不尽な馬鹿げた条例に少し期待しています。


COMMENT:
AUTHOR: k0yaji
DATE: 12/29/2010 12:58:41
度々のコメント申し訳ありません。 上記のコメントは意味不明でしょうから、どうか無視して下さい。 そして迷惑メール、嫌がらせメールと思わず、どうかお読みください。 ハネモネさんの心配は十二分に理解しますし、私自信も同じ様な不安も感じます。 ただ私は、この文章に若干違和感を感じずにはいられませんでした。 ですから、私の感じた違和感を正直に書こうと思います。 それは、この文章を読んだ時に、まるで映画のストーリーと現実の世界を重ね合わしてハネモネさんが考え、文章を書かれたかの様な印象を私が感じたからだと思います。

 そしてこの作品を傑作だと記しその映画の過激な表現を肯定的に捉えている様に私は印象を持ちました。 それは、映画や漫画の性表現や暴力表現に対して反対の意見する人の理由そのものが文章になった、その様な印象を持ちました。 例え、どのような傑作と呼ばれる映画や漫画で在っても、その内容は100パーセント作り物です。 1パーセントの現実、真実はそこには、含まれていません。 虚像を重ねて真実味を深めて製作者の意図する感情や心理状態に観客を導いてゆく、導かれたその感情は様々でしょう 

幸福、不安、恐怖、笑い、怒り、欺瞞、勇気、希望などなど、 映画や漫画の性表現や暴力表現は作者の意図する心理状態に導く非常に有効なテクニックの一つにすぎません。 映画や漫画の性表現や暴力表現に対して反対の意見する人は、映画や漫画を軽く捉えていません。 むしろプロパガンダなどにも利用される100パーセント作り物である映画の影響力を非常に強く感じています

そして性表現や暴力表現の有効性、影響力を強く感じています。 私はこの文章を読んだ時に キューブリックの映画こそ真実で今回の条例可決が浅い考えのもとで行われたとハネモネさん考えて、訴えているかの様に感じました。 そして、映画のストーリーと同様に。事態が好転などせずに悪い方向に向かう、その様にハネモネさんが映画のの影響の基に洞察している。その様な印象を持ちました。

多くの人はキューブリックなど知らず。性描写暴力描写の多い映画など見たくもないし外国映画など所詮作り物と考える、それが現実です。 現実の世界と、映画は関連付けているかの様な印象を相手に与えては、逆に相手に攻撃するボールを与えている様な印象を受けてしまいます。なぜなら、それこそが反対の理由だからです。 長々とすいません、それではどうぞ良いお年を!そして来年もどうかよろしくおねがいします。


COMMENT:
AUTHOR: はねもね
 DATE: 01/03/2011 20:40:54
★k0yajiさん
 レスが遅くなり、申し訳ありません。iPhoneの環境が整っていないうえにMacも一緒におかしくなったものですから、冬休みはバタバタと環境の復旧をやっていました。

 さて、少し誤解を与える内容になってしまったようなので説明させて頂きます。ご指摘のように多くの人は映画やアニメを所詮作りモノとみなすでしょうし、性や暴力描写が満載のものを見たいと思う人はそんなに多くないと思います。私がここで書きたかったのは暴力を賛美するような描写を用いて暴力を否定するという手法は以前からあるのに、それが安易な規制によってこのような手法が制限されるのではないかという危惧です。表現手法はすでに多岐に渡りますし、今後も新たな手法が編み出される可能性がありますが、その可能性が安易な規制によって小さくなるのは実にもったいないことだと思うのです。 現実と映画を重ね合わせるということ自体は、これは一つの視点として面白い考察ではありますし、蓮實やら四方田やらのような話しになって脱線がすぎるのでここでは割愛したいと思いますが、今回のエントリーの中では伝えたい意図とは異なるのでそのようなつもりはありませんでした。 しかしk0yajiさんがそのように感じられたということは、書き方に問題もあったのだと思いますので、またこれから勉強していきたいと思います。ありがとうございました。

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