知人の裸は恥ずかしい /オジさんたちの動揺
都内某所にある楽器屋に、私はよく顔を出していました。雑居ビルの地下にあるその店は、やる気のない店員と楽器の知識が全くない女性のバイトがいて、雰囲気は最悪ですが品揃えが良いのでプロのミュージシャンもよく来ていました。今回の主人公は楽器に無知なバイトのKちゃんです。当時の年齢は21歳で、本業はモデルでした。このKちゃんが楽器屋の店頭に立ち始めてから、店の雰囲気が一変しました。
この話は90年代のできごとで、私がまだ20代というのを差し引いて読んでいただけたらと思います。
都内で一人暮らしをしていて、ペットに30cmぐらいのワニを飼っていて、友達が少ないので寂しくなると、電話をかけてきました。「寂しいのでお店に遊びに来てください」と電話で言われた常連のおじさんたちは、鼻の下を伸ばしてお店に行っていました。天真爛漫な雰囲気に人懐っこさがあり、おじさんたちをホイホイ店に呼び込むスキルから、社長や店員は「魔性の女」と陰で呼んでいました。そして楽器を買いもしない常連が、ダラダラと店に長居することが増えていきました。
そして撮影に行ってから半年ほど経ってからでしょうか。Kちゃんが「ご報告です。写真集が出版されます。タイトルは〇〇で、発売は再来月です」と、やって来る常連たちに言っていました。鼻の下を伸ばしたおじさん達は「必ず買うよ」などと約束していました。
「なんだ、井上か」
と言います。この店の雰囲気は、まったりとダラダラした空気か、有名ミュージシャンの来店があるのでソワソワするかの2つしかないのですが、その日は違いました。全員が変に落ち着かないのです。何かあったと感じた私はどうしたのか尋ねました。
「Kちゃんの写真集見た?」
「ああ、発売されたんですよね。見てないですよ」
「とりあえず、見ろ」
常連の一人がカバンから写真集を取り出しました。みんなで見ようと、わざわざ買ってから開かずにこの店に持ってきたのだそうです。写真は沖縄の自然が怪しげな雰囲気で撮られていて、迫力がありました。景色の中に小さく人が写っていて「まさか、このちっこいのがKちゃん?」と尋ねると、みんながもっと先を見ろと促します。熱帯雨林のジャングルのような中に、数名の女性が立っています。全員の顔を見てもKちゃんはいません。そしてその女性たちは全裸でした。「もっと先だ」と言われ、ページをめくります。
ここまでくると想像はしていましたが、海を背景に全裸のKちゃんが立っている写真が出てきました。文字通りの全裸で、景色の中に溶け込んだ美しい写真でした。しかし普段から話をしている女性の全裸を見てしまうというのは衝撃があり、私は戸惑いました。「感想は?」と尋ねられても、なんと言ってよいかわかりません。ハッキリしているのは、この写真は芸術性が高いものでエロ本などの写真とは全く異なるものだということです。これがKちゃんではなく全く知らない人なら、キレイな写真としていろいろな感想が言えたでしょう。
社長:彼女は自分の仕事に誇りを持ってる。
常連A:そうだ。だからみんなに見て欲しいと言ってたんだ。
常連B:じゃあ「良いおっぱいしてるね」って言うのか?
常連C:まだ見てないってことにしよう。
常連D:だって俺、発売日に買うって約束したし。。。
常連A:そもそもみんなエロい目で見るからこうなるんだ。
常連B:あの写真を見て、平常心を保つのは無理だ。
常連C:じゃあ「きれいな体してるね」ってお前が言えよ。
このような不毛な議論が続きます。時間ばかりが過ぎていき、この話題が消し飛ぶような大物ミュージシャンでも来ないかなど、現実逃避が始まりました。私が「きれいな写真だ」って言えばいいのでは?と尋ねると「私はどうでした?」って聞かれるに決まってるだろ!と激しく却下されました。
当たり前ですが、Kちゃんは敏感にその空気を感じ取りました。「なにがあったんですか?」とほんわかした笑顔で問いかけます。いつもならデレデレになるおじさん達は、無視してギターを弾いたりお茶を飲んだり、トイレに駆け込んでいます。恐らくこの店に来てKちゃんが無視されたのは、この時が初めてです。不思議そうな顔をして店の準備を始めると、どうしていいかわからなくなった社長が「Kちゃん、お昼ごはんに行ってきたら?」と言い出しました。「今、来たばかりですよ?」と不思議そうに言うKちゃんに、慌てて「お昼ご飯をおごるよ!」と社長は言ってしまいました。
常連A:よかったね。社長がおごってくれるって!
常連B:美味しいものをごちそうしてもらいな!
自らKちゃんと2人きりになる場面を作り出してしまった社長は慌ててしまい、「俺じゃなくて、井上くんと行ってきな」と言い出しました。私は心底驚いて「なんで俺が?」という目で社長を見ると、「井上くんのギターを修理する間、ご飯を食べていればちょうど出来上がるよ。ほら、はやく井上さんのギターの修理の準備をはじめて!」と店員に指示し、私は無理やり1万円札をポケットにねじ込まれて店を追い出されてしまいました。
井「Kちゃんが出てる写真種をみんなで見たんだ」
K 「え!?本当ですか!嬉しい!!」
井「それでなんだか気まずくなったんだよ」
K 「え?私、よくなかったですか?」
井「いや、Kちゃんはキレイだったよ。みんな言ってた」
K 「本当ですか?ありがとうございます!」
井「そういうこと」
K 「え?なんで気まずくなるんですか?」
ようやく私も気が付きましたが、彼女はプロのモデルなのです。裸で大騒ぎするわけではないのです。
井「普段会ってるKちゃんの裸を見てしまったから、後ろめたい気持ちになるんだ」
K 「あー、でも今回は見せるために脱いだんですから」
井「うーんとね、Kちゃんとしては裸を見られるのは恥ずかしくないの?」
K 「恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」
井「ごめん、ごめん。でも仕事だからって思ってるんだね」
K 「もちろんです。それで何が気まずいんですか?」
井「脱いだKちゃんも恥ずかしいけど、それを見た俺たちも恥ずかしいんだ」
K 「意味、わかんないです!」
K 「言っていることが全然わかんないです」
井「えーっと、つまり普通は裸を見るって着替えを覗くとかしないと見れないでしょ?」
K 「まあ、恋人とか夫婦じゃないとそうですよね」
井「そうそう。俺たちはKちゃんの恋人でも亭主でもないから、裸を見て申し訳ないって思ったんだ」
K 「これは仕事なんですよ。私の着替えを覗いたわけじゃないですよ?」
井「そうなんだけど、やっぱり女性の裸って背徳感というか、罪悪感というか」
K 「私もいやらしい仕事なら絶対に受けないです。でも今回のは芸術じゃないですか」
井「そうだね。美しい写真集だ」
あれこれ言っている自分がバカみたいに感じてきました。確かにKちゃんが言う通り、これはKちゃんの仕事で彼女にとって飛躍のチャンスなのです。そしてしばらく考え込んだKちゃんがハッとした顔になりました。
K 「わかった!!」
井「なにが?」
みるみるKちゃんは顔を赤くしていきます。今度は真剣に恥ずかしがっているようです。
K 「あの、みなさん・・・私の写真を見て・・・」
井「写真を見て??」
K 「いやらしいこと考えたんですね」
井「違う違う違う!!そうじゃない!」
K 「でも罪悪感って、そういうことじゃないですか!」
井「わかってる、わかってる!決していやらしい目で見てたわけじゃない!」
K 「みなさん、そういう目で見てたから私と目を合わせなかったんですよ」
井「いや、写真の中のKちゃんはギリシャ彫刻のビーナスとかで、性的なものじゃない」
K 「性的ではない??」
井「そう。人間の美というか、生命の美というか」
K 「彫刻みたいな感じなんですか?」
井「うん、そうそう」
K 「私には性的な魅力はないんですかね?」
井「え!?」
K 「写真を撮るときには『官能的に』って言われたんですけど」
いやらしい目で見られるのは恥ずかしいが、性的な魅力は伝わって欲しいというのは、見る側としてはどうしたらいいのでしょうか?
K 「まだ私は子供なんですね」
井「いや、そこは落ち込まなくても・・・。魅力はあると思うよ」
K 「そうですか?私にも女性の魅力はありますか?」
井「もちろんあるさ!保証する」
K 「えっと、いやらしい目で見てないけど、性的な魅力を感じるってどんな感じなんですか?」
井「そりゃ、こっちが聞きたいよ!」
あのね、Kちゃんは自分でもキレイって知ってるでしょ?モデル仲間の間ではいろいろ自分の中で思うこともあるかもしれないけど、世間一般の女性の中では飛びぬけて美人だよ。それは知ってるよね?俺もそうだし、あの店にたむろってギター弾いてるみんなからすると、Kちゃんみたいな美人に出会う確率は交通事故に会う確率と同じなの。
それなのに突然Kちゃんの裸なんか見ちゃったら、男は誰だって興奮するしいやらしいことだって頭をよぎるの。そりゃ感じ方はそれぞれだよ。Kちゃんを手が届かない高嶺の花だと思って歯ぎしりした人もいるかもしれないし、思いっきりKちゃんとのいやらしいことを考えて興奮した人もいるかもしれない。中には単にドキドキしてどうしたらいいかわからない童貞もいたかもしれない。
俺も嘘をついたよ。写真を見ていやらしいことも頭をよぎった。美しい写真だとも思ったし、ギリシャ彫刻みたいな美しさも感じた。両方が頭をよぎったんだよ。だから後ろめたい気持ちになったの。でもそれを責められても本能だから仕方ない。むしろKちゃんの写真を見て、興奮しない人の方が少ないと思うよ。あなたみたいな美人が目の前にいて、そして裸を見て、キレイだなって思うだけの男はむしろ問題があるよ。
喋っている途中で、隣のテーブルの女性が目を丸くしてこっちを見ているのに気が付きましたが、一気に喋らないと言い尽くせないきがしたので、無視して喋りました。そしてKちゃんは学校の授業を聞く生徒のように、真剣な目で私を見ていました。Kちゃんは「よくわかりました。男の人の気持ちって複雑ですよね」と、あまり感情のない声で言いました。
「みなさん、私が出た写真集を見ていただきありがとうございます。今回の仕事は私にとって大きなチャンスでしたので、頑張ったつもりです。出来栄えには満足しています。みなさんが、私の写真をキレイって言ってくださったと聞いて、本当に嬉しかったです。だけど同時に、私の写真でみなさんがいやらしいことも考えたと聞いて、ちょっと複雑な気持ちです」
全員が椅子から転げ落ちそうなほどのけぞり、「お前、何バカなこと言ってるんだ!」「このバカ、死ね!」などの罵声が私に集まりました。「いや、この話には流れというものがあって・・・」と言っても、全員から罵られてしまいました。Kちゃんには「俺はそんなこと考えてないからね」「そんなこと考えたのはいあいつ一人だから」と懇願するように我先にと言っていました。店内は大混乱で、Kちゃんは全員の慌てぶりにきょとんとしていました。
これ以降、この日の常連とKちゃんの間には微妙な空気が流れるのですが、意識していたのは男どもの方で、Kちゃんは全く変わらないままでした。相変わらず「1人の店番は寂しい」とか「ペットのワニが元気がないけどどうしよう」などと、どうでもよいことで電話もしてきました。しかし人の噂は恐ろしいものです。この話は尾ひれがついて、私がKちゃんにセクハラしたということになってしまいました。
※イメージです。エピソードと直接関係ありません。 |
この話は90年代のできごとで、私がまだ20代というのを差し引いて読んでいただけたらと思います。
Kちゃんに関して知っていること
東北出身で、透き通るような白い肌をしていました。身長は165cmくらいで、会えばモデルかタレントだとすぐにわかる美貌がありました。ほんわかした見た目に人懐っこい性格で、あっという間にお客さんたちの心をつかんでいきます。こんな陰気な楽器屋にいるなら、ホステスをやった方が何十倍も稼げただろうと思いました。学生の頃にファッションモデルにスカウトされ、その頃は広告モデル(コマーシャルモデル)にスタンスを移していて、企業案内や広告に出ているのを何度か見かけました。都内で一人暮らしをしていて、ペットに30cmぐらいのワニを飼っていて、友達が少ないので寂しくなると、電話をかけてきました。「寂しいのでお店に遊びに来てください」と電話で言われた常連のおじさんたちは、鼻の下を伸ばしてお店に行っていました。天真爛漫な雰囲気に人懐っこさがあり、おじさんたちをホイホイ店に呼び込むスキルから、社長や店員は「魔性の女」と陰で呼んでいました。そして楽器を買いもしない常連が、ダラダラと店に長居することが増えていきました。
写真集の出版
そんなKちゃんが某有名写真家の仕事で、沖縄に行くことになりました。私たちはKちゃんを応援しました。以前、その店のバイトに来ていたファッションモデルは、途中からモデルの仕事が激減してスーパーのチラシぐらいしか仕事がなくなって辞めてしまったので、Kちゃんが有名写真家の仕事を得たというのはめでたい話だと店員らと盛り上がったのです。そして撮影に行ってから半年ほど経ってからでしょうか。Kちゃんが「ご報告です。写真集が出版されます。タイトルは〇〇で、発売は再来月です」と、やって来る常連たちに言っていました。鼻の下を伸ばしたおじさん達は「必ず買うよ」などと約束していました。
発売日の週末
発売日は木曜日か金曜日だったと思います。私はギターのナットが割れたので、修理してもらうためにギターを抱えて楽器屋に行きました。地下室のドアを開けると全員がギョッとした顔で私を見て、「なんだ、井上か」
と言います。この店の雰囲気は、まったりとダラダラした空気か、有名ミュージシャンの来店があるのでソワソワするかの2つしかないのですが、その日は違いました。全員が変に落ち着かないのです。何かあったと感じた私はどうしたのか尋ねました。
「Kちゃんの写真集見た?」
「ああ、発売されたんですよね。見てないですよ」
「とりあえず、見ろ」
常連の一人がカバンから写真集を取り出しました。みんなで見ようと、わざわざ買ってから開かずにこの店に持ってきたのだそうです。写真は沖縄の自然が怪しげな雰囲気で撮られていて、迫力がありました。景色の中に小さく人が写っていて「まさか、このちっこいのがKちゃん?」と尋ねると、みんながもっと先を見ろと促します。熱帯雨林のジャングルのような中に、数名の女性が立っています。全員の顔を見てもKちゃんはいません。そしてその女性たちは全裸でした。「もっと先だ」と言われ、ページをめくります。
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※イメージです。エピソードと直接関係ありません。 |
ここまでくると想像はしていましたが、海を背景に全裸のKちゃんが立っている写真が出てきました。文字通りの全裸で、景色の中に溶け込んだ美しい写真でした。しかし普段から話をしている女性の全裸を見てしまうというのは衝撃があり、私は戸惑いました。「感想は?」と尋ねられても、なんと言ってよいかわかりません。ハッキリしているのは、この写真は芸術性が高いものでエロ本などの写真とは全く異なるものだということです。これがKちゃんではなく全く知らない人なら、キレイな写真としていろいろな感想が言えたでしょう。
混乱するおじさん達
ここにいる全員がKちゃんの裸を見てしまい、もう少ししたらKちゃんがバイトにやって来るのです。いたたまれない雰囲気に帰ると言い出す常連に、社長は逃げるなといって留めていました。間違いなくKちゃんは屈託のない笑顔で写真集の感想を聞いてきます。どう答えたらいいのか誰もわかりませんでいた。社長:彼女は自分の仕事に誇りを持ってる。
常連A:そうだ。だからみんなに見て欲しいと言ってたんだ。
常連B:じゃあ「良いおっぱいしてるね」って言うのか?
常連C:まだ見てないってことにしよう。
常連D:だって俺、発売日に買うって約束したし。。。
常連A:そもそもみんなエロい目で見るからこうなるんだ。
常連B:あの写真を見て、平常心を保つのは無理だ。
常連C:じゃあ「きれいな体してるね」ってお前が言えよ。
このような不毛な議論が続きます。時間ばかりが過ぎていき、この話題が消し飛ぶような大物ミュージシャンでも来ないかなど、現実逃避が始まりました。私が「きれいな写真だ」って言えばいいのでは?と尋ねると「私はどうでした?」って聞かれるに決まってるだろ!と激しく却下されました。
Kちゃん来店
店のドアが開き「おつかれさまでーす」といつものKちゃんの声がすると、全員に緊張が走りました。大抵は寡黙な常連Aが「今日は暑いよね。30度を超えるってさ。何度まで上がるんだろうね」などとすでに秋なのにどうでもよいことを饒舌に喋り出し、普段はお茶を飲んで帰るだけの常連Bが、おもむろにギターを手に取ってアンプにつなぎだし、いつもはやるきの無さ全開で、頬杖をついている店員Aがなぜか姿勢を正し、そしてなぜかトイレに向かう人などで奇妙な空気が流れました。当たり前ですが、Kちゃんは敏感にその空気を感じ取りました。「なにがあったんですか?」とほんわかした笑顔で問いかけます。いつもならデレデレになるおじさん達は、無視してギターを弾いたりお茶を飲んだり、トイレに駆け込んでいます。恐らくこの店に来てKちゃんが無視されたのは、この時が初めてです。不思議そうな顔をして店の準備を始めると、どうしていいかわからなくなった社長が「Kちゃん、お昼ごはんに行ってきたら?」と言い出しました。「今、来たばかりですよ?」と不思議そうに言うKちゃんに、慌てて「お昼ご飯をおごるよ!」と社長は言ってしまいました。
常連A:よかったね。社長がおごってくれるって!
常連B:美味しいものをごちそうしてもらいな!
自らKちゃんと2人きりになる場面を作り出してしまった社長は慌ててしまい、「俺じゃなくて、井上くんと行ってきな」と言い出しました。私は心底驚いて「なんで俺が?」という目で社長を見ると、「井上くんのギターを修理する間、ご飯を食べていればちょうど出来上がるよ。ほら、はやく井上さんのギターの修理の準備をはじめて!」と店員に指示し、私は無理やり1万円札をポケットにねじ込まれて店を追い出されてしまいました。
喉を通らないランチ
Kちゃんの希望で、お洒落なお店に入ったのですが、私はすり切れたブーツにジーンズで、ヨレヨレのミリタリーコートを着ていたので全く落ち着きませんでした。そして目の前には真顔のKちゃんがいます。席につくなり「何があったんですか?」「大変なことなんですよね」「私には話せないことなんですか?」と質問攻めにされました。もうここまででだと思い、正直に話しました。井「Kちゃんが出てる写真種をみんなで見たんだ」
K 「え!?本当ですか!嬉しい!!」
井「それでなんだか気まずくなったんだよ」
K 「え?私、よくなかったですか?」
井「いや、Kちゃんはキレイだったよ。みんな言ってた」
K 「本当ですか?ありがとうございます!」
井「そういうこと」
K 「え?なんで気まずくなるんですか?」
ようやく私も気が付きましたが、彼女はプロのモデルなのです。裸で大騒ぎするわけではないのです。
井「普段会ってるKちゃんの裸を見てしまったから、後ろめたい気持ちになるんだ」
K 「あー、でも今回は見せるために脱いだんですから」
井「うーんとね、Kちゃんとしては裸を見られるのは恥ずかしくないの?」
K 「恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」
井「ごめん、ごめん。でも仕事だからって思ってるんだね」
K 「もちろんです。それで何が気まずいんですか?」
井「脱いだKちゃんも恥ずかしいけど、それを見た俺たちも恥ずかしいんだ」
K 「意味、わかんないです!」
複雑な男性心理の説明
Kちゃんとしては裸になることは恥ずかしいけど、仕事はきちんとこなしたいと考えていて、服を着る仕事も裸になる仕事も沢山やってきたそうです。また仕事がない時にはデッサンのヌードモデルもやったそうです。いい仕事をしたら、みんなに見て欲しいと思うのはモデルの当然の心理です。K 「言っていることが全然わかんないです」
井「えーっと、つまり普通は裸を見るって着替えを覗くとかしないと見れないでしょ?」
K 「まあ、恋人とか夫婦じゃないとそうですよね」
井「そうそう。俺たちはKちゃんの恋人でも亭主でもないから、裸を見て申し訳ないって思ったんだ」
K 「これは仕事なんですよ。私の着替えを覗いたわけじゃないですよ?」
井「そうなんだけど、やっぱり女性の裸って背徳感というか、罪悪感というか」
K 「私もいやらしい仕事なら絶対に受けないです。でも今回のは芸術じゃないですか」
井「そうだね。美しい写真集だ」
あれこれ言っている自分がバカみたいに感じてきました。確かにKちゃんが言う通り、これはKちゃんの仕事で彼女にとって飛躍のチャンスなのです。そしてしばらく考え込んだKちゃんがハッとした顔になりました。
K 「わかった!!」
井「なにが?」
みるみるKちゃんは顔を赤くしていきます。今度は真剣に恥ずかしがっているようです。
K 「あの、みなさん・・・私の写真を見て・・・」
井「写真を見て??」
K 「いやらしいこと考えたんですね」
井「違う違う違う!!そうじゃない!」
K 「でも罪悪感って、そういうことじゃないですか!」
複雑な女性心理
顔を真っ赤にしたKちゃんは、激しく抗議をします。カメラマンのこれまでの仕事や作品、どのように撮影が行われたか、そしてテーマがなんだったかを熱く語りました。井「わかってる、わかってる!決していやらしい目で見てたわけじゃない!」
K 「みなさん、そういう目で見てたから私と目を合わせなかったんですよ」
井「いや、写真の中のKちゃんはギリシャ彫刻のビーナスとかで、性的なものじゃない」
K 「性的ではない??」
井「そう。人間の美というか、生命の美というか」
K 「彫刻みたいな感じなんですか?」
井「うん、そうそう」
K 「私には性的な魅力はないんですかね?」
井「え!?」
K 「写真を撮るときには『官能的に』って言われたんですけど」
いやらしい目で見られるのは恥ずかしいが、性的な魅力は伝わって欲しいというのは、見る側としてはどうしたらいいのでしょうか?
K 「まだ私は子供なんですね」
井「いや、そこは落ち込まなくても・・・。魅力はあると思うよ」
K 「そうですか?私にも女性の魅力はありますか?」
井「もちろんあるさ!保証する」
K 「えっと、いやらしい目で見てないけど、性的な魅力を感じるってどんな感じなんですか?」
井「そりゃ、こっちが聞きたいよ!」
ぶっちゃけてしまう
心底面倒になりました。なんとかKちゃんに喜んでもらおうと思っていましたし、他の常連客や店員のこともあるので気を使って話していたつもりです。しかし話している中で私自身が取り繕っていることに気が付きましたし、Kちゃんが自分をどう見られたいのかわからなくなっていることも知りました。もう面倒なので、ぶっちゃけてしまいました。あのね、Kちゃんは自分でもキレイって知ってるでしょ?モデル仲間の間ではいろいろ自分の中で思うこともあるかもしれないけど、世間一般の女性の中では飛びぬけて美人だよ。それは知ってるよね?俺もそうだし、あの店にたむろってギター弾いてるみんなからすると、Kちゃんみたいな美人に出会う確率は交通事故に会う確率と同じなの。
それなのに突然Kちゃんの裸なんか見ちゃったら、男は誰だって興奮するしいやらしいことだって頭をよぎるの。そりゃ感じ方はそれぞれだよ。Kちゃんを手が届かない高嶺の花だと思って歯ぎしりした人もいるかもしれないし、思いっきりKちゃんとのいやらしいことを考えて興奮した人もいるかもしれない。中には単にドキドキしてどうしたらいいかわからない童貞もいたかもしれない。
俺も嘘をついたよ。写真を見ていやらしいことも頭をよぎった。美しい写真だとも思ったし、ギリシャ彫刻みたいな美しさも感じた。両方が頭をよぎったんだよ。だから後ろめたい気持ちになったの。でもそれを責められても本能だから仕方ない。むしろKちゃんの写真を見て、興奮しない人の方が少ないと思うよ。あなたみたいな美人が目の前にいて、そして裸を見て、キレイだなって思うだけの男はむしろ問題があるよ。
喋っている途中で、隣のテーブルの女性が目を丸くしてこっちを見ているのに気が付きましたが、一気に喋らないと言い尽くせないきがしたので、無視して喋りました。そしてKちゃんは学校の授業を聞く生徒のように、真剣な目で私を見ていました。Kちゃんは「よくわかりました。男の人の気持ちって複雑ですよね」と、あまり感情のない声で言いました。
店に戻る
1時間以上経って、店に戻りました。全員が店に残っていて「どうだった?」と好奇の顔で私を見ます。Kちゃんが口を開きました。「みなさん、私が出た写真集を見ていただきありがとうございます。今回の仕事は私にとって大きなチャンスでしたので、頑張ったつもりです。出来栄えには満足しています。みなさんが、私の写真をキレイって言ってくださったと聞いて、本当に嬉しかったです。だけど同時に、私の写真でみなさんがいやらしいことも考えたと聞いて、ちょっと複雑な気持ちです」
全員が椅子から転げ落ちそうなほどのけぞり、「お前、何バカなこと言ってるんだ!」「このバカ、死ね!」などの罵声が私に集まりました。「いや、この話には流れというものがあって・・・」と言っても、全員から罵られてしまいました。Kちゃんには「俺はそんなこと考えてないからね」「そんなこと考えたのはいあいつ一人だから」と懇願するように我先にと言っていました。店内は大混乱で、Kちゃんは全員の慌てぶりにきょとんとしていました。
これ以降、この日の常連とKちゃんの間には微妙な空気が流れるのですが、意識していたのは男どもの方で、Kちゃんは全く変わらないままでした。相変わらず「1人の店番は寂しい」とか「ペットのワニが元気がないけどどうしよう」などと、どうでもよいことで電話もしてきました。しかし人の噂は恐ろしいものです。この話は尾ひれがついて、私がKちゃんにセクハラしたということになってしまいました。
すごい面白い話ですねおかしいとかではなく...言葉に表せない感情になりました(笑)
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