突如全米に広がった空手ブーム /映画「ベスト・キッド」のヒットとテコンドー

1984年、ジョン・G・アビルドセンがメガホンをとった映画は、これまでとは異なり空手を題材にしたものでした。B級映画監督として多くの作品に関わり、映画「ロッキー」で全米の注目を浴びたアビルドセンらしい低予算映画で、少年の成長と恋愛を絡めたいわゆる青春映画でした。しかしこの低予算映画は、異例のヒットになり全米に空手ブームを巻き起こすことになります。



あらすじ

ニュージャージーの田舎で母親と暮らしていたダニエルは、ロサンゼルスに引っ越してきました。母子は新天地に胸を膨らませ、ダニエルはアリという同じ学年の女性に一目惚れします。しかしジョニーというアリの元カレが現れ、ダニエルに嫌がらせを始めました。



アリに絡むジョニーを止めようと立ち向かうダニエルですが、ジョニーは空手を習っていてダニエルは打ちのめされてしまいます。学校でも放課後でもジョニーはダニエルに絡み、そのイジメはエスカレートしていきました。リンチのようにジョニーと仲間から叩きのめされたダニエルですが、薄れ行く意識の中でアパートの管理人の日本人、ミヤギがジョニー達を空手で追い払う姿を見ます。



ミヤギは空手を暴力として使うことに批判的で、ダニエルを連れてジョニーの空手道場のコブラ会に話をつけにいきますが、横柄な師範の態度に憤慨して1ヶ月後の空手トーナメントで勝負をつけることになりました。こうしてダニエルの空手修行が始まりますが、ミヤギは車のワックス掛け、床のヤスリ掛け、壁のペンキ塗りなど、下働きばかりをさせてダニエルの不満が溜まっていきました。

ヒットの要因

アビルドセン監督最大のヒット作「ロッキー」を下敷きにした脚本で、主人公がスタローンから若手で人気の高いラルフ・マッチオになり、ボクシングを空手に置き換えた作品です。試写会で「ロッキーの空手版」という意見があったほどで、試写会でもヒットすると多くの関係者が納得していました。

主題歌や挿入歌には、「ロッキー3」で主題歌「アイ・オブ・ザ・タイガー」を歌ったバンド、サバイバーを起用したことで、さらにロッキーの雰囲気が出ました。サバイバーにとっては、本作が「ロッキー3」以来の大ヒットになります。

※サバイバー


当時は青春映画は低予算でもヒットする鉄板のジャンルで、そのスターだったラルフ・マッチオを起用したことも成功の要因だと思います。しかし後の現象を見ると、空手という神秘的なものをわかりやすく解説していったことも大きかった思います。ミヤギはさまざまなことをダニエルに伝えていきます。



「空手は名誉や生命を守るために使うものだ。プラスチックのトロフィーを守るために使っても意味がない」

「空手は帯の色ではなく、頭と心なんだ」

「バランスは空手だけじゃない。人生の全てなんだ」

空手の師である以上に、人生について教えるミヤギの姿に加え、空手の教え方もユニークでした。ワックスを掛けてワックスを拭くという動作が、いつのまにか空手の内受けのトレーニングになっていく様子なども話題になりました。

空前の空手ブーム

この映画の公開直後から、アメリカで空前の空手ブームが起こっています。10年以上前に、81年から95年くらいまでアメリカで空手を教えていた人の話を聞いたことがあります。「ベスト・キッド」公開直後から、道場に見学者がどんどん来るようになり、入門希望者が一気に増えたそうです。小学生くらいの子供が親と共に現れると、親の方から人生の悩みを相談されるなどして「ベスト・キッド」のミヤギの影響力の大きさを感じたそうです。また日本人が先生というだけで、本格派の道場だとローカルラジオ番組の取材まで受けたといいます。

※太極旗を掲げるミシガン州の空手道場

※鳥居がある空手道場


そんな異常人気が広がると、テコンドーの道場までKarateと看板に書くようになるのはまだ良い方で、一見して空手経験がないとわかる東洋人が空手師範を名乗って道場を開くなど、かなりの混乱があったそうです。ブルース・リーの映画で聞きかじった知識で道場を開く者、空手のルーツは朝鮮半島だと嘘を吹聴する者(空手は中国から沖縄に伝わった)、意味不明な呪術やヨガを空手と言って教える人など、ちょっとしたカオスだったようです。

テコンドーに負けた空手

空前の空手ブームに、テコンドーの道場が空手を名乗って道場生を募るようになったそうですが、ここで多くの空手道場はテコンドーに生徒をとられることになります。特にアメリカ滞在期間が短い空手の先生は、文化の違いにより生徒を失ったそうです。

例えば突きの動作をする時に、反対の手(引き手といいます)を腰の位置で引きます(流派によっては脇の下)。なぜ顔をガードせずに腰の位置に拳を置くのかと質問され、あるテコンドーの先生は「武士の刀を守るため、拳を腰に置く」と、デタラメな説明をしていたそうです。一方でアメリカ滞在期間の短い先生は、師の背中を見て育ったため質問されることを嫌ったり、「それが伝統」みたいな曖昧な答えをしてしまっていたそうです。


日本では師の後ろ姿を真似して黙々と汗を流すことが美徳かもしれませんが、アメリカでは質問に明快な答えを出せない先生は、良くない先生になってしまいます。刀を守るみたいなデタラメな答えでも明快に答える先生の方が、信頼を得てしまうのです。寡黙で空手だけに打ち込んできた人は、説明が不得手で苦戦したいったようです。この違いが生徒の数の違いになり、多くの空手道場は苦戦することになったそうです。

アメリカ人にとっての空手の魅力

これはまた別の人に聞いた話ですが、アメリカ人が空手を習う理由に「強くなりたい」と答えるのですが、日本での意味とはかなり異なるようです。なにせ銃社会のアメリカです。身を守るためなら射撃訓練を受けて銃の携帯許可を持つ方がずっと合理的なのです。その気になれば射撃訓練だけでなく、銃撃戦を想定したコンバットトレーニングさえ、受講することが可能な環境がアメリカにはあります。



では肉体的な強さを求めていたかというと、それも少し違うようです。筋力をつけるなら、空手道場よりも遥かに合理的で、短期間に筋肉をつけることができるジムが揃っています。拳で巻藁を叩くより、そういったジムに通う方が強さを求めるのに近道です。それに道場に顔を出す人の何割かは、学生時代から鍛え上げた肉体を持っていたそうで、肉体の強さを求めているわけではないそうです。



では何を求めているかというと、精神的な強さを挙げる人が多かったそうです。肉体はいくらでも鍛えられるけど、精神の鍛え方がわからない人が多く、東洋的なものにそれを求める人が多数いたようです。合理性を大事にするアメリカ人に、精神的な強さを教えるのは、日本の道場の教え方とは全く異なる教え方になっていきます。もちろん中には素手格闘の強さを求めて入門する人もいて、特に護身術として覚えたいという人もいるそうで、ニーズがさまざまなので教え方に工夫を凝らさないと生徒が逃げていってしまうそうです。

ブームの後

日本の空手を教えているところも多くありますが、今でもテコンドーの道場が空手の看板を掲げていたり、怪しげな人物がどこかで聞きかじったことを教える人も多いそうです。特にアクション映画のような動きをするテコンドーの型などは、見栄えが良いために飛びつく人も多いようで、空手を習うと言いつつテコンドーの道場に行く人も多かったそうです。現在も空手道場なのに、ハングル文字を掲げている所は今でもあちこちにあるようです。

※空手をバックボーンに持つUFC王者のジョルジュ・サンピエール


その後、UFC(総合格闘技)の人気が広まると、打撃系の格闘技はレスリングや柔道をやっている選手には勝てないという風潮が広まり、護身術としての空手人気が落ちていくこともあったようです。そうした中でも精神的な強さを求めて入門する人は多くいたようですし、単に映画のアクションスターに憧れる人もいるそうで、今でも多くの人が空手道場に通っているそうです。

まとめ

映画「ベストキッド」のヒットは、一時的な空手人気をアメリカにもたらしました。大きなブームになり、人が集まるので空手道場は玉石混交の状態になったようです。そして日本の指導者は、背中で教えるスタイルに慣れていたので、アメリカでは説明するのに苦戦したようです。この文化の違いによる葛藤は、空手道場だけでなくさまざまな分野で見られますよね。空手は東京オリンピックの種目になりましたが、果たして成功するのでしょうか。


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