ストリート・オブ・ファイヤー /アメリカでは失敗作なのに日本では大ヒット

1984年に公開された映画「ストリート・オブ・ファイヤー」は、最初の1週間で200万ドルちょっとの収入しか上げられず、批評家からも辛辣な言葉を浴びせられました。興行的には完全な失敗でしたが、なぜか日本では大ヒットになり、大きな話題になりました。挿入歌が日本語訳でヒットし、ドラマの題材にされたりし、さらにファッションにも影響を与えました。日本のティーンエイジャーのハートをぶち抜き、未だにその世代では熱く語られるこの映画の魅力について語ってみたいと思います。



あらすじ

リッチモンド出身の人気ロックシンガーのエレン・エイムが凱旋コンサートを開催し、リッチモンドは沸きたっていました。しかし盛り上がるコンサートに暴走族のボンバーズが乱入し、エレンは誘拐されてしまいます。観客の1人だったリーヴァ・コーディは弟に街に帰ってくるように手紙を書きます。弟のトム・コーディは元軍人で、かつてのエレンの恋人でもありました。



街に戻ったトムは、途中で知り合った男勝りの女兵士マッコイと共に、ボンバーズのアジトを襲撃してエレンを救出します。しかしそれはボンバーズのリーダー、レイヴェンの怒りに火をつける結果になってしまいました。警察も周囲の人々もトムに街を出るように勧め、トムはエレンと共に地下鉄に乗ります。警察はレイヴェンが指定した場所で逮捕を試みますが、ボンバーズは街を封鎖し、大軍となって押し寄せてきました。街の人々が震え上がる中、トムが1人で現れレイヴェンとの決闘が始まりました。

ウォルター・ヒル少年の夢

助監督、脚本家、映画監督としてキャリアを築いたウォルター・ヒルは、硬派な作風で知られていました。40代を過ぎた彼は、自分がティーンエイジャーだった頃に、映画で観たかった要素を全て詰め込んだ作品を作りたいという願望がありました。それは漫画の主人公のようなヒーローの物語ですが、原作に縛られて映画を撮影するのは嫌でした。



そこでオリジナルの脚本を執筆します。「トム・コーディの冒険」と名付けられた3分作の脚本を手がけると、積極的にスタジオに売り込みにいきます。ヒルが十代の時に求めた要素である、銃撃戦、殴り合い、ロックンロール、雨の中のキス、カスタムカー、オートバイ、ロックスター、革ジャンなどをふんだんに盛り込んだこの脚本が、映画化に向けてスタートしました。当時は青春映画が大流行の時期で、スタジオは古き良き時代を彷彿させるこの物語は、若者に受けるだろうと考えたのです。



1950年代から60年代をイメージさせる舞台にロックンロールが流れ、ウォルター・ヒルが大好きな西部劇タッチの物語が作成されることになりました。

キャストの選定

主人公のトム・コーディは、スティーブ・マックイーンをイメージしていました。そこでヒルはマックイーンのような役者を探す事から始まりました。バイクに跨りカービン銃を抱えて絵になる男です。当初はトム・クルーズに声を掛けますが、彼は既に次の映画が決まっていたので断念しました。その他、エリック・ロバーツやパトリック・スウェイジの名前が挙がりますが、あるエージェントからマイケル・パレを勧められました。ヒルはタフさと無邪気さの中間の印象を気に入りました。



エレン役にはダイアン・レインから猛烈な売り込みがありましたが、ヒルは彼女の起用に否定的でした。エレン・エイムは20代後半の大人の女性をイメージしていたのに対し、ダイアン・レインはまだ18歳でした。コッポラ監督の映画で既にスター街道を走っていたレインに対し、他の役者はほぼ無名だったので、話題がレインに集中する懸念もありました。さらにヒルは、レインにロックシンガーのイメージを全く持てませんでした。しかし製作陣が望んでいたダリル・ハンナとの契約が失敗し、レインは数週間かけてロックスターを自分に投影して、オーディションで関係者のハートを射止めました。



レイヴェン役のウィレム・デフォーは、オーディションで関係者を大満足させました。凶暴そうな顔立ちに狂気を含んだ眼差し、透き通るような白い肌は、まさに求めていた悪役そのものでした。脚本をヒルと共に執筆したラリー・グロスは、デフォーの起用を本作で最大の発見と語っています。デフォーは特徴的な風貌だけでなく、本作の中では一度もまばたきをしない狂気の演技を見せています。



トムの姉、リーヴァ役で呼ばれたエイミー・マディガンは、脚本を読むとマッコイ役を熱望しました。本来はメキシコ系の男性が想定されていましたが、ヒルは熱心なエイミーの売り込みを聞いているうちに彼女のアイデアが気に入り、マッコイ役はエイミーになりました。



日本でのヒットの要因

冒頭に「ロックンロールの寓話」と書かれているように、音楽が物語に大きな要素を占めます。冒頭とラストに描かれるエレン・エイムのコンサートは迫力があり、ロックコンサートに迷い込んだかのようです。ダイアン・レインは、この映画の後に日本で大人気になり、CMで引っ張りだこになりました。



トム・コーディのロングコートは、ファッションのアイコンになりました。またレイヴェンの全身レザーのバイカースタイルも、多くの影響を与えました。魚屋みたいと言われた深い股上のレザーパンツが話題になりましたが、これもクラシックなパンツの再現です。この映画のファッションはアルマーニが担当しています。80年に「アメリカン・ジゴロ」の衣装デザインを始めてから、アルマーニは積極的に映画の衣装を担当していたのです。



日本でのヒットの要因は、この映画が当時のクールさを全て詰め込んだ教科書のような存在だったからだと思います。無口な男のトムは気持ちを言葉ではなく行動で示せる男の見本であり、そのトムが命がけで助けようとするエレンはいい女の見本です。そのトムに明らかに好意を寄せているマッコイは、自分の気持ちを押し殺して仕事に徹することができるプロであり、トムに褒められると素直に照れる可愛さを持ち合わせています。

レイヴェンは凶悪な犯罪者ですが、トムとの対決に1対1で挑む男気があります。エレンのマネージャー、ビリー・フィッシュは鼻持ちならない金持ちに見えましたが、貧困から抜け出して成功したタフさと、エレン救出の際には自分も行くと言い出して勇気を見せます。さらに最後にはエレンの気持ちを知り、身を引くことを決心するなどエレンへの優しさを最大限に見せてくれます。

※ビリー・フィッシュ役のリック・モラニス


脇役、悪役が魅力的で格好良さが詰まった作品として、今も日本では人気が高い作品となっていると思います。

アメリカで不評だった原因

日本でヒットした理由として、エレン・エイムのコンサートの迫力を挙げましたが、アメリカの観客には物足りなかったと思います。本格的なロックシンガーを見慣れているアメリカの観客の目には、ダイアン・レインはロックシンガーを頑張って演じているようにしか見えなかったでしょう。一目で口パクとわかる歌い方にステージアクトもぎこちなさが目立ちます。私は彼女が拳を何度も振り上げる姿を見ていると、初めてロックコンサートに行ったティーンエイジャーを見ているようで恥ずかしくなるのですが、恐らくアメリカの観客も同じような感想を抱いただろうと思っています。

私が強烈な違和感を持つのは、明らかに声が1人のものではないのに映像ではエレン・エイム1人の歌声になっていることです。エレン・エイムの歌声はローリー・サージェントとホーリー・シャーウッドの声をミックスして作られていますが、なぜこのような小細工をしたのか不思議です。2人の声を合わせることでオリジナルの歌声に聴かせたかったのでしょうが、これなら誰か1人のシンガーに歌わせて口パクをした方がスマートだったと思います。明らかに本人の声ではないと一目でわかるうえに、ステージアクトがぎこちなく、しかし観客が熱狂している姿は何から何まで作り物という印象を与えてしまいました。

そして何より、マイケル・パレが主役としては華がないのです。端正な顔立ちですが体型はポッチャリ型ですし、演技の幅がないので終始無表情です。演技力が不足している分を無表情さで説得力を持たせようとしたかのようで、キャラの魅力もマッコイ演じるエイミー・マディガン、ビリー・フィッシュを演じるリック・モラニスに負けています。迫力という点では、敵役のレイヴェンを演じるウィレム・デフォーに完敗です。当初の予定通り、トム・クルーズが主演していたならどうなっていたかを想像してしまいますが、とにかく周りの魅力的なキャラに押されて主人公が埋没してしまいました。



1984年は81年に放送が始まったMTVが全盛期を迎えようとしていた頃です。ロックンロールはロックと呼ばれるようになり、84年にはポップなサウンドに格好良い映像を合わせた音楽が大ヒットするようになります。82年のマイケル・ジャクソンの「スリラー」の世界的ヒットが象徴するように、映像と最新のポップミュージックが時代を作っていました。同じく84年に公開された映画「フットルース」はまさにそれで、ケビン・ベーコンの軽快なダンスに最新のポップミュージックが全開の映画でした。しかし本作はオールドロックを持ち出して、古き良き時代の再現を狙ったものです。時代が求めているものとは微妙にズレていました。

そもそもマッチョな不良文化とアメリカのロックンロール文化を、ごちゃ混ぜにしているところが、音楽ファンにも拒絶された部分だと思います。ウォルター・ヒルは西部劇をこよなく愛していますが、音楽に関してはあまりにも安易だったように思います。本作は流れ者が街の悪党を倒して去っていくという「シェーン」と同じ流れを含みます。馬車を自動車に、馬をオートバイに置き換え、クライマックスではジョン・ウェインの「スポイラース」や「静かなる男」のように、壮絶な殴り合いが見られます。西部劇への愛を貫き、ロックンロールへのノスタルジーも強かったのでしょうが、音楽の扱いには工夫のなさと安易さが目立ちました。



日本ではそのような変革期に当たらず、本格的なロックシンガーを見たことがある人も少ない時代だったので、逆にこのようなライブ感に溢れる映画は新鮮だったのだと思います。私も最初に劇場で見た時は中学生だったこともあり衝撃でした。

観客より映画人が評価した?

興行的には大失敗した本作ですが、出演した役者は本作をきっかけに飛躍しています。最大の出世頭はウィレム・デフォーで、本作で注目を集めると86年の「プラトーン」に出演してアカデミー助演男優賞にノミネートされます。以降、名脇役として多くの大作に出演wしていきました。マッコイ役のエイミー・マディガンは85年に「燃えてふたたび」に出演すると、アカデミー助演女優賞にノミネートされ、彼女も多くの映画に脇役として出演しています。



ビリー・フィッシュ役のリック・モラニスは本作の直後に「ゴーストバスターズ」に出演すると、「パーティしようよ」というセリフを繰り返す気弱な会計士役で日本でも注目を集めました。その後はコメディ映画の常連となっていきました。また殴られてばかりのバーテンダーを演じたビル・パクストンは本作の直後に「ターミネーター」で殺害されるパンクのメンバーを演じると、「エイリアン2」では海兵隊員を演じました。その後、現在まで数多くの映画に出演しています。

※ビル・パクストン演じるバーテンダー


主演のマイケル・パレは本作で得た人気で、B級映画を中心に活動を続けています。元から人気者だったダイアン・レインはその後も大作映画への出演を続けますが、ヒット作に恵まれずに低迷していきます。しかし2000年後頃から再評価されるようになり、02年の「運命の女」ではアカデミー賞にノミネートされるまでになります。

アメリカでヒットはしませんでしたが、映画人の多くはこの映画を見てキャスティングに出演者を加えたように見えます。本作から多くの無名の俳優が飛びたってという事実は、本作を評価するうえでも重要なポイントになります。

まとめ

アメリカでは興行的に失敗した作品ですが、その後のスターを多く輩出しました。日本では大ヒットになり、今でもこの映画のことを語る人は多くいます。中学生でこの映画を見た私も当時は格好良さに痺れた1人で、しかもレイヴェンが最高に格好良く見えました。評価がどうであっても、見るべき時に見た映画は忘れられないものです。この映画は多くの日本人を魅了し、今でも多くの人の記憶に焼き付いています。

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