福島第一原発とアポロ13号 /危機管理の好悪事例比較

東日本大震災で福島第一原発が危機に陥った時、私はアポロ13号のことを思い出していました。福島第一原発は危機管理の失敗事例として多くの方に記憶される騒動になりましたが、アポロ13号は見事な危機管理で「栄光の失敗」と称えられ、危機に陥った時に組織や個人が何をするべきかの教科書のような事例です。そこで改めて、この2つを比較してみたいと思います。

福島第一原発事故の概要

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって起こった津波により非常用発電機、ポンプ、燃料タンク、電気設備が破損してブラックアウト(全電源喪失)に陥りました。そのため炉心を冷却することも制御棒で止めることもできず、炉心溶融(メルトダウン)の危機に陥り、放射性物質が飛散しました。



アポロ13号爆発事故

1970年4月11日に月探査のために飛び立ったアポロ13号は、機械船の酸素タンクの爆発により酸素不足、二酸化炭素過剰、電源不足などの危機に陥ります。3人の宇宙飛行士は絶体絶命の危機でしたが、次々と起こるトラブルを回避して、無事に地球に帰還しました。



事件発生後の状況

福島第一原発では地震の大きな揺れに襲われ、津波にも直面しました。つまり深刻なトラブルが発生した瞬間をスタッフの誰もが把握していました。そのため早い段階から、被害状況や規模を把握できていました。

アポロ13号は爆発の瞬間やや船が揺れましたが、隕石でも当たったのかと思いやり過ごして いました。みるみる酸素が減っていくのに搭乗員もスタッフも気がつかず、気づいた時にはあと数十分で酸素がなくなるという危機的な状況でした。

アポロの被害は外に出てみるわけにもいかず、ほとんど不明でした。彼らが被害の規模を知るのは、着陸船に乗り込んで切り離した時で、窓から見える機械船の半分近くがダメージを受けているのを見て驚いています。

※上部が吹き飛んでいます。

全員の目的は統一されていたか

福島第一原発事故の報告書を読むと、あらゆる問題が議論されていることがわかります。冷却方法から制御方法、電源確保から最悪の場合の対応など、文字通りさまざまなです。多くの人が知恵を絞り、懸命に対応したことがわかります。しかしその議論は場当たり的なものも多く、方向性もバラバラに感じました。

アポロ13号も地上管制センターではNASAスタッフや学者、メーカーの技術者が集結してさまざまな議論を重ねています。しかしこの議論には、主任管制官のジーン・クランツが最初に方向性を決めています。酸素が数十分でなくなるとわかった時、スタッフの1人が搭乗員が無事に帰還できる確率を報告しにきました。クランツはそれを制して全員に強く明言します。

「生還できるかどうかなんか考えるな。どうやったら生還できるかだけを考えるんだ」

この一言で、スタッフ全員の目的を統一しました。インタビューに答えていたスタッフは、この一言で今自分が何をするべきかはっきりしたと語っていました。

※ジーン・クランツ

情報の一元化

福島第一原発事故では、多くのメディアが振り回されました。それは東京電力本社、原子力安全委員会、政府が別々に定例会見を開いていたからで、さらに3者の間に微妙な齟齬がありました。誰かが嘘をついているのではなく、伝達のニュアンスのズレみたいなものは多々あり、さらに「それはこちらではわからない」という答えが多かったため、記者は「誰に聞いたらわかるんだ?」と途方にくれることが多かったそうです。



アポロ13号では主任管制官のジーン・クランツが全ての情報を自分の元に集めるように指示しました。さらにクランツは当て推量の情報を拒絶します。「恐らく非常発電機は使える」みたいな情報を排除し、正確なものだけを求めました。予想を元に予想すると、とんでもない間違いを犯すと考えたからです。

実は福島第二原発(第一の近くにある)でも同じことが行われていました。地震の直後に所長がホワイトボードに「震度7程度の地震が発生」「非常用発電機作動中」と書くと「今私が知っているのはこれだけだ。全員、自分が知っている事実をここに書いてくれ」と職員に呼びかけました。情報の一元化ができないと無用の混乱を招くと考えたからです。

関連記事:福島第二原発に見る危機管理

責任者は誰か

福島第一原発の事故では、責任者が誰だか不明でした。原発の吉田所長は現場の責任者でしたが、政府の許可がなければ何もできない状況だと嘆いていますし、政府は東電が責任者だとしています。そのため重大な決定が滞ってしまい、最後には吉田所長が自らの判断で放水をするなど指揮系統に混乱が生じていました。

菅直人総理は東電の責任としつつ、設置する発電機のサイズまで報告させ、現場にプレッシャーを与えつつ、最後まで責任を取る姿勢を見せることはありませんでした。

※現地視察に訪れた菅直人総理大臣

アポロ13号では、NASAは主任管制官のジーン・クランツに全ての権限を委ねて最高責任者にしました。その一方で、重大な決定に関しては余計なプレッシャーを与えないように責任を引き受けています。

アポロを帰還させるために最初に問題になったのが、「予定通り月の周回軌道を使って帰還するのが最も安全」という意見と「今すぐ回れ右して帰還するべき」という意見の対立です。クランツはエンジンのダメージが不明な現段階で、フル噴射は爆発の危険があるとして月周回コースで帰還させることを決定しました。これを聞いたNASAは最高幹部会議を開催して、クランツと同様に月周回コースを利用して帰還させると結論づけて発表しました。

これはクランツに対して「この件に関しては、もし間違っていたら責任は私たちがとる」というメッセージでした。クランツは過去の判断の是非からくるプレッシャーに悩まされることなく、目の前の問題に集中できるようになりました。

不満の声

福島第一原発では、事故当時からあちこちに不満の声が上がっているのが報じられました。事故報告書には、菅総理への露骨な不満が記載されています。責任の所在が不明確で、誰に決定権があるのか分からず、何も決まらないまま事態が悪い方向に転がっていく様子に苛立っているのが伝わります。



アポロ13号の事故を描いた映画「アポロ13」では、搭乗員達が苛立ってケンカする場面が描かれています。しかし船長のジム・ラベルによると、これは完全な創作だそうです。やることが多いうえに集中しなければならず、ケンカをする暇なんかなかったと語っています。地上管制センターでも同様だったそうで、とにかくやることや考えるべきことが多く、不満を口にする人はほとんどいなかったそうです。

まとめ

想定外の事故が起こった時、最も詳しい人物に指揮をとらせるのがベターな方法だと思います。アポロ13号のときはジーン・クランツがそうでしたし、福島第一原発では吉田所長だったと思います。NASAはクランツに託し、福島第一原発では誰にも託さずに大勢で混乱しました。指揮を執る人がいないということは責任の所在が明確でないということで、そのため重大な決定が、なかなかできない状態になりました。

絶望的な状況で成果を出したアポロ13号と混乱を招いた福島第一原発の事故は、広く知られるべきだと思います。

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