あのミュージシャンは本当は作曲していない /ゴーストライター議論の不毛

今では作詞・作曲を手掛けるミュージシャンが多くいますが、時々「あのミュージシャンにはゴーストライターがいるらしい」といった噂が出ることがあります。私もこのブログでプリンセス・プリンセスのレコーディングでは、ドラムとベースは別の人が演奏したと書いたことがあるので、その手の検索が多くありますし、実際にその手の質問を受けることがあります。でもこの手の話って、不毛なんですよね。



関連記事:プリンセス・プリンセスを聴きながら楽器の上手さを考えた

誤解される作曲

主旋律を作ることを作曲と呼んでいます。ピアノの右手の部分で、聴く人にとって最も馴染みやすい部分です。つまり作曲者はピアノの左手の部分を作らないことも多いんです。曲の全てを書いてしまう作曲者もいますが、大抵は主旋律だけしか書きません。また主旋律の全てを書くかというと、人によっては一部しか書かない人もいます。そして作曲者が楽器で作曲するとも限りません。



有名な例としてYMOの最大のヒット曲「ライディーン」があります。YMOのメンバーが居酒屋で飲んでいる時にドラムの高橋幸宏が鼻歌を歌いだし、そのメロディが良かったので坂本龍一が割りばしの袋のおてもとに音符をメモしました。後日、坂本龍一がそのメモを基に曲を発展させ、「ライディーン」が完成しました。この曲の作曲者は鼻歌を歌った高橋幸宏になっています。曲の元になる部分がなければ曲はできないので、鼻歌でも作曲になるのです。この鼻歌作曲家は、案外たくさんいます。

※ライディーン(80年武道館)

もう1人例を挙げると、ドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和さんも、鼻歌で作曲しています。それをベースの中村正人さんが楽器で曲にしていますが、吉田美和さんのアイデアが曲になっているわけですから、これも立派な作曲なのです。

リフだけでも作曲

リフとはロックミュージックなどで、何度も繰り返して演奏される数小節の短いメロディです。リフは曲のイメージを決定づける役割があるので、2小節しかない短さでもリフを考えたら作曲になります。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズは数々の名曲を作曲していますが、若いころのキースはリフを考えるだけで、その後は編曲者に任せて曲が仕上がっていました。現在はどこまでやっているのかわかりませんが、コード進行だけとかリフだけの作曲は数多くあります。

※作曲をするミックとキース

楽器パートだけでも作曲

ギターリストが作曲をする場合、ギターパートだけの作曲ということは珍しくありません。その後、編曲者がベースラインやピアノなどの楽器に加えて歌のメロディを考えます。ギターのメロディとヴォーカルのメロディは異なるので、必ずしも同じ人がメロディを書いているとは限りません。ベースラインだけを考える人もいますし、歌のメロディだけを考える人もいます。そしてあらゆるパートを全て考えるマルチな人もいて、作曲者と言ってもさまざまなのです。



名曲「ロックンロール」は自然発生した

70年代の大ヒット曲、レッドツェッペリンの「ロックンロール」はスタジオでジャムセッションをしていた際に、自然発生的に生まれたと言われています。ジョン・ボーナムが古いロックスタイルのドラムを叩き、それを聴いたジミー・ペイジがギターで即興のリフを演奏して合わせていきました。それにベースが加わり延々と演奏している中、みんながヴォーカルのロバート・プラントに「お前も入れ」と誘うのですが、歌詞がないプラントは何を歌っていいかわからず、即興で歌のメロディを作り、歌詞はずっと「ロックンロール」と叫び続けました。

※レッド・ツェッペリンのロックンロール


この時の音源とアイデアを基にレコーディングされ、ついたタイトルが「ロックンロール」でした。この時の作曲者はバンドメンバー全員がクレジットされています。バンドの場合、このように全員参加で曲が作られることは珍しくなく、クレジットされていなくても多くの人の手によって出来上がることがあります。

ゴースト作曲家の誤解

このように作曲といってもどこまでやるかは人によって様々です。鼻歌を歌って録音し、それを編曲者に渡しても作曲者としてクレジットされるので、出来上がった曲を聴いて自分がイメージしていたものとは全く違うこともあるようです。そしてこういうケースで「実際の作曲は●●が書いた」と噂されることがあるようです。鼻歌であっても曲の根幹を作るアイデアを出したわけで、それがなければ曲が出来上がることはないので重要な仕事なのです。



時々、あのミュージシャンは楽譜も読めないから作曲できるはずがない、といった書き込みをネットで見かけますが、楽譜を読んだり書いたりできなくても作曲は可能です。楽譜が読めないミュージシャンは多くいますし、それでも演奏や作曲は可能なのです。しかし編曲者は複数の楽器に精通しなければ鼻歌を曲にすることは難しいですし、各パートの演奏を決めることはできません。作曲と編曲が混同されて語られている場面を時々みかけます。

まとめ

作曲は主旋律を作る作業で、それが全体なのか一部なのかを問わず曲の元ネタにならば作曲者としてクレジットされます。作曲は楽譜を読めなくても楽器を弾けなくても可能で、多くの歌手が作曲者としてクレジットされているのはそのためです。鼻歌で作曲することをバカにする向きもありますが、無から1を作り出すのは大変な作業であって、これがなければ曲は生まれないので重要な仕事になります。

作曲者が作った元ネタから曲に仕上げるのは編曲者の仕事で、各パートを作曲しアレンジを加えることもあります。この作曲と編曲は同じ人がやる場合もあれば違う人が行うこともあるので混同されがちですが、全く違う作業になります。

実際にどこまで作曲したのかは、外部からはわかりません。リフのワンフレーズかもしれませんし、ギターでコード進行を作りボーカルラインまで作っているかもしれません。また楽譜を起こしている人もいるかもしれませんし、サビの部分だけ鼻歌で作った人もいるでしょう。そのためゴースト作曲家がいるとかいないとかは外部からはわからず、それを議論することは不毛のように思います。そんな話をするよりも、単純に曲を楽しんだ方がいいと思うんですけどね。

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