腕時計は社会人のマナーというのは本当か
ネットで「腕時計 マナー」と検索してみると、結婚式に腕時計をするのはマナー違反だとか、腕時計をしないでスマホで時間を確認するのは社会人としてビジネスマナーに反しているといった記事が大量に出てきます。どちらにも強烈な違和感があるので、今日は腕時計の話を書きたいと思います。
時計の歴史は精度の歴史
16世紀初頭の携帯時計は、日差30分近くありました。夜中の12時に時間を合わせても、次の日の夜12時には30分ずれているわけで、今の感覚からすると故障していると思われても仕方ないレベルです。
18世紀には安全な航海のために、マリンクロノメーターが作られて日差3秒を実現します。しかしマリンクロノメーターは恐ろしく高額で、持ち歩くこともできませんでした。時計を買えるのは富裕層に限られていましたが、そんな彼らが持ち歩く携帯時計は日差数分以上のものがほとんどでした。
※ジョン・ハリソンが1735年に製作したマリンクロノメーター |
20世紀に入って時計の精度は飛躍的に向上しますが、精度の高い時計は高価でした。安価な時計は精度が低いだけでなく故障も多いので、気が付いたら止まっていたなんてこともありました。公共の場所に時計は少なく、時間を知るのは腕時計が最も確実な方法で、クオーツが登場するまでは、腕時計の精度は価格に比例していました。
高級腕時計をする意味
機械式時計しかなかった頃、つまり昭和の半ば頃までは、腕時計は高価であればあるほど正確で故障しにくいものでした。安価な腕時計は不正確で止まることも多く、信頼性に欠けていました。つまり安い時計は仕事向きではなかったのです。
※昭和の頃は多くの人が憧れたロンジン |
そこでお金のある人たちは、大枚をはたいて高精度の時計を買いました。高精度の時計を持つということは、正確な時間が常にわかるということであり、正確な時間が常にわかるということはビジネスにおいて人より一歩先んじることを意味しました。ですから高級腕時計は成功の証であり、信頼の証でもあり、ビジネスの武器でもあったのです。この頃は月収の何倍もする高級時計を買うということが、時間を大切にする人だというのを相手に印象付けることができました。
現在での高級時計の意味
現在は安価なクオーツ時計が正確な時刻を刻み、ほとんど故障もありません。そのため上記のように高級腕時計が信頼の証だったり、ビジネスの武器にはならなくなりました。若い人に見られるように、スマホで時間が確認できて腕時計よりも正確なことが多いのですから、それで事足りてしまいます。
※今や数千円の時計も高精度になりました。 |
また、20代のサラリーマンがローンを組んで100万円以上の腕時計を買うようになると、高級腕時計は成功の証としても機能しなくなりました。高級腕時計が持つ意味は、ファッション以外にほとんどありません。腕時計はファッションの一部であり、正確な時刻を知るという意味はほとんど失われています。むしろ高価な機械式時計の方が、スマホの時刻より不正確になり、高級腕時計はビジネスの武器ではなく趣味のコレクションになりました。
スイス時計業界の秀逸なマーケティング
日本のクオーツ時計に市場を奪われ、低迷を余儀なくされたスイスの時計業界は、これまでの正確な時刻を知るためのツールとしての時計から、身に着ける人のステイタスを示すラグジュアリーな装飾品として腕時計を展開しました。当時のスイスの時計は、日本のクオーツ時計に比べて高価で性能が低く維持費も高いので、裕福な昔からのファン以外はほとんど買わなくなっていました。
長年のアプローチにより、この努力は実を結んでスイス時計業界は復活します。90年代にスイス時計業界は息を吹き返し、LVMHやグッチグループが争うように時計ブランドの買収を行いました。これらブランド・コングロマリットは莫大な広告料を使ってブランドのイメージを高め、定価を上げて利益率の高い商品を販売することに長けています。価格があがれば上がるほど、大衆は喜んでその商品を買うという魔法で、スイス時計業界は完全に復活しました。
ビジネスマナーとしての高級時計
「営業なら10万円以上の時計をした方が良い」「大手企業の管理職ならロレックスぐらいは常識」といった言葉がネットで散見されますが、これは上記のLVMHなどのブランド・コングロマリットの宣伝に乗せられた人の意見で、深い意味はありません。これらの言葉がビジネスマナーとして語られるところに、ブランド・コングロマリットの宣伝がいかに強力だったかを感じます。
※高級ブランドの1つ、ヴァシュロン・コンスタンタン |
先に挙げた、腕時計で正確な時刻を常に知ることが信頼の証であり、ビジネスの武器になった時代は昭和の半ばには終焉していますので、ビジネスにおいて高級腕時計をする意味はファッション性以外にはほとんどないと言ってよいでしょう。しかし「高級腕時計=信頼」という昭和の感覚が強く残っている人がいるのも事実で、これらの人達との摩擦を避ける意味で、ある程度の高級腕時計を身に着けるのは有効だと思います。
まとめ
「営業なんだから、腕時計ぐらいちゃんとしたものをつけろ」という指摘を否定するつもりはありませんが、肯定するほどの意見にも思えません。腕時計に大金をかけるなら、靴磨きにお金を使った方がよほど好印象になる人は多いですし、体に合わないスーツを着て高級腕時計をしている人は滑稽にすら見えます。その反対にジョギングに使うようなスポーツウォッチをスーツに着けているのも変です。ようはバランス感覚なのだと思います。
もちろん、職種によってはお金を持っていることを暗に示さなければならないこともあるので、高級な腕時計をビジネスのために買う人もいるでしょう。それはお仕事の武器として使っているわけですから、なんらおかしなことはありません。こういう場合でも、単に時計にお金を使うだけでなく服や靴などにもお金を使わなければ、時計の一点豪華主義はむしろ貧相に見える場合もあるでしょう。こちらもバランスの問題だと思います。
一応断っておきますが私は時計が好きで、ロレックスなどの俗に高級腕時計と呼ばれるものも持っています。機械が好きなので、腕時計の魅力はよくわかるのですが、私はファッションとして時計を使っています。しかし思い入れがあるのは、新入社員の時に初めてのボーナス(といっても7万円)で買った、ドイツsinn社の103Bという時計です。これは記念品の意味もあるので、ずっと使っていきたいと思います。
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