堕落する高級ブランド

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。

この本は曝露本ではありませんし、グッチやヴィトンなどの高級ブランド批判でもありません。著者のダナ・トーマスはニューズウィーク誌などに長い間ファッション関係の記事を書いていました。実際に足を運んで地道な取材を繰り返す様子からは、彼女の服飾業界への愛情が見え隠れします。この本の根底にあるのは、かつて他にはないデザインと最高品質を追求した高級ブランドが、利益を追求するあまり品質を低下させてどこにでもあるような商品ばかりを溢れさせたことへの著者の嘆きだと思います。



そしてこの本が素晴しいのは服飾好きやブランド好きの人が興味深く読めるというだけでなく、ブランドとはなにかというマーケティング的な視点や事業の多角経営が生み出す弊害など経営的な視点からも読む事が可能な点です。著者が意図したわけではないと思いますが、著者が問い続ける「高級ブランドとはなにか」「高級ブランドはどうあるべきか」という問題が、自動的にこれらの視点でも読む事を可能にしているのです。

しかし本書の内容はかなり過激で、ブランドの生い立ちから商業主義への変貌の過程を記すだけに留まらず、東南アジア製のブランド品をメイド・イン・フランスにするカラクリやセレブに自社製品を使ってもらうためのエゴ丸出しの攻防、偽造品ビジネスやその陰にある貧困や児童売買にまで踏み込んでいます。偽造品を作るタイの業者が子供達が外で遊ばないように足を骨折させ、折れた足を太ももに縛り付けて治らないようにして強制労働させていたという痛ましい話もありました。

例えば一生涯使えるというだけでなく自分の子供達も使えるほど丈夫で、使いやすく洗練されたデザインのバッグを作っていたブランドが商業主義に走り、販売価格をそのままにして品質を下げるようになりました。ブランドは長い伝統や歴史を全面に押し出しますが、熟練の職人の代わりに大型機械と低賃金労働者が雇われました。創業者も去り、培われた技術も理念も消え去ったブランドが守ろうとしてるのは、今や製品そのものではなくブランドが象徴するものになっていきます。

高級なイメージや有名人と同じものを所有できることで自分が高みに立ったと思わせる幻想こそが最重要となり、その結果として大幅に引き下げられた製造コストと反比例して高額な広告宣伝費が使われるようになりました。ブランドはその幻想を守るために高額な広告料を払い続け、消費者はその幻想を味わうためにビニル製のバッグに革製のバッグ以上の価格を支払い続けます。欧米の消費者はこういった消費活動に疲れ、次に日本が疲れ、今は中国が主な舞台になっています。著者は新興の大国が尽きてしまったら、高級ブランドはどこに向かうのだろうかと問いかけます。

以前にも書きましたが、服飾関連のジャーナリズムは基本的にブランドのちょうちん持ちを強要されます。ネタ切れのデザイナーが苦し紛れにひねり出したような商品であっても、広告主の機嫌を損ねないように賞賛しなくてはならないことが多いのです。その中で本書はブランド産業の裏側をこれでもかと書きたてました。職を失うのではないかと他人事ながら不安になる内容ですが、著者の愛情の深さから書かずにはいられなかったというところでしょう。

そんな輝きを失ったブランドの中でも、ごくわずかですが輝きを保っているところがあります。フランスの靴ブランド「ルブタン」を主催するクリスチャン・ルブタンの言葉は実に印象的でした。そして本書の最後にブラジルのセレクトショップ「ダズリュ」の顧客、クリスティアン・サッディが語る高級ブランドの定義は明快で重みがあります。

前記したように服飾本としてもビジネス書としても読む事が可能で、実に読み応えがある本です。ブランドが好きという人だけでなく、多くの人に読んでもらいたいと思える本でした。






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COMMENT:
AUTHOR: boi
DATE: 04/13/2011 21:44:28
僕もファッションは好きですが、トラッド特に高級な物に関してはあんまり詳しくないです。
ライフスタイルに合わせた服を買うようにしているので高級ブランドとは縁が無いのです(半泣き

ヨーロッパの方では親使っていた高級ブランド(作りが非常に良く世代を超えて使える)をが子供にをプレゼントをするって聞きました。
流行りを超えて、傷んだら何度も直して使う。これこそ僕の描く高級ブランドのイメージです、職人の誇りです。

この本面白そうなので立ち読みしてみて内容が良ければ買ってみたいと思います!

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COMMENT:
AUTHOR: boi
DATE: 04/13/2011 22:03:06
追記
そういえば最近日本発で若い人が作ってるブランドで面白い所が沢山あります。ヴィトン等の一流ブランドと呼ばれている所より僕は興味があります。
ブランドに惑わされず作った物の価値を分かってくれる人だけ買ってくれればいい、それを理解してもらうための広告は打つけど、だからといって流行という波に乗ってやろうとは思わないってこだわりのスタンスが良い物を作るんだろうと思います。

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COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 04/14/2011 23:53:57
★boiさん
実は私もこの本に出てくるブランドとは全く縁がないんですよ。流行を追いかけすぎて、ついていけないんですね。

おっしゃるように今はドメスティック・ブランドに面白いものが多くありますね。私は万双という鞄屋さんがコストパフォーマンスに優れているので好きですし、福田洋平さんの靴や久保田博さんのブルーシアーズ(スーツ)も面白いです。もっとも福田さんと久保田さんのものはハンドメイドで高額なので、「宝くじが当たったら、お店に行きますよ!」とご本人に言って以来、お店に行ったことはありません(^^ゞ
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コメント

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