間違いだらけのスーツの着方 /セミナーで聞いた不思議な着方

スーツの着方、選び方は多くの本が出ていますし、様々なところで語られています。しかし奇妙なルールが作られていたり、摩訶不思議なマナーが生まれていたりしているのが現状です。今回は私がスーツのマナー講座やセミナーに出た際に、講師の方が言っていた変な内容を列記してみます。講師の方は、それぞれ服飾マナーや元大手服飾店の方でした。



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ポケットのフラップは外に出して着るのが正式

フラップは雨からポケットの中身を守る雨蓋ですが、外に出すのが正式な着方だと言っていました。理由は「フラップの本来あるべき姿だから」だそうです。



フラップは乗馬や狩猟などの時に着るスポーツジャケットに付いていて、雨から中身を守る役目を果たします。そのためタキシードなど室内で着ること前提にしたジャケットには付いていません。今日のスーツは屋外専用でもなければ室内専用でもないので、フラップを出すことも中に入れることもできるように作られています。どちらが正式というものはありません。

※カントリースーツ

室内で行われる儀典に、フラップが外に出るカントリースーツで出席したらマナー違反です。しかし屋外の儀典にフラップなしのスーツで出てもマナー違反とは言えません。フラップの問題はその程度のことです。

サスペンダーはカジュアルなので避ける

ある講師は私が着ていたスーツの唯一残念な点は、サスペンダーを使用していることだと指摘しました。サスペンダーはカジュアルな場やパーティなどでは良くて、仕事やフォーマルな場にはふさわしくないと言うのです。



以前にも書きましたが、元来スーツはサスペンダーを使用するもので、ベルトはスーツの簡略化のために出てきました。アメリカの労働着の流れから戦前にアメリカで流行り、戦後になって各国に浸透しました。浸透したのはベルトの方が楽だったからで、今でも正式な場で用いられるスーツ、タキシード、モーニングなどはサスペンダーを使います。サスペンダーがカジュアルというのは、大きな誤解です。ちなみにイギリスでサスペンダーと言うと靴下を吊るバンドを指します。ズボンを吊るのはブレイシスと言います。

関連記事:スーツに合うベルトを考える /靴と鞄とベルトの色は合わせるべきか?

センターベントよりサイドベンツの方がフォーマル

最もフォーマルなのは、切れ込みがないノーベントのジャケットです。センターベントは乗馬する際に背中が突っ張って動きにくくなるのを避けせるために作られた切れ込みです。サイドベンツは、サーベルを腰に刺した時に邪魔にならないように入れた切り込みが起源です。当時のジャケットは、前はベルトくらいまでの丈で後ろはお尻が隠れるほどの丈だったのでサーベルも刺せたんですね。



この講師の方はサイドベンツがフォーマルだという理由に、イギリスはほとんどサイドベンツだからと言っていましたが、イギリスでも乗馬用のジャケットはセンターベントです。少し理解できるのは、ボックス型のユルユルのスーツはアメリカ特有で、これらのスーツは大抵の場合がセンターベントで作られています。一方、イギリス式のカッチリしたスーツはサイドベンツがほとんどなので、歴史的背景を抜きに現状のスーツを並べたらサイドベンツの方がフォーマルな感じを与えます。

とは言っても、馬に乗るかサーベルを刺すかの違いでしかなく、フォーマルな場にはノーベントのスタイルが相応しいのです。

ビジネスの場ではダブルのスーツを避ける

ダブルのスーツはバブル景気の頃に人気があり、バブル崩壊とともに人気がなくなりました。ある講師は「ダブルのスーツはガラが悪く、悪印象を与えるので避けるべき」と言っていましたが、かなり偏見の入った見方です。

ダブルとはダブルブレストの略で、胸の部分が右上でも左上でもボタンを留めることができるジャケットスタイルのことです。これはイギリス海軍がビクトリア女王を迎える際に、服を新調したのが起源になります。冷たい風が吹き付ける降板の上で、右から風が吹いても左から吹いても風が服の中に入らないように、左右どちらでも閉められるようにしたのです。



今でも海軍の制服はダブルであり、海軍出身のチャールズ王太子はダブルのスーツを多く着用しています。ダブルのがスーツは背筋が伸びる緊張感と、凛とした佇まいを備えたエレガントなスタイルです。ガラが悪いと思っている人は、ガラの悪いダブルのスーツしか見たことないから言っているに過ぎません。

バブル期に流行したダブルのスーツはソフトスーツで、かなり大きめに着ていました。さらにボタンを下に下げる方が良いという風潮があり、かなりだらしない格好になっていました。現在のまともなスーツ屋さんでは、凛としたダブルのスーツを扱っています。私はダブルのスーツが好きなので、このような誤解は早く無くなって欲しいと思っています。

ベルトと靴と鞄の色は揃える

以前にも書きましたが、やりすぎです。せいぜいベルトと靴の色を合わせるだけで十分です。元々はスーツにベルトは邪道だったことを考えても、ここまで合わせる必要はありません。靴屋さんが余り革でベルトを作るようになり、ベルトと靴の色を合わせようと言い出したのが発端のようで、商業主義的な理由によります。ベルトの色をスーツに合わせた方が良い場合も多々あるので、一概に決めつけない方が良いと思います。



中にはスーツのボタンの色まで合わせるのがベストと仰った講師の方もいましたが、そこまでいくとやりすぎを通り越してコントのようです。

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ネクタイは細いものを選ぶ

さすがに意味不明すぎるので、講師に質問してみました。すると最近はネクタイが細くなる傾向にあるので、太めのネクタイは野暮ったくなりやすいとのことでした。私はこの手の指南に、大きな疑問を抱いています。



スーツのVゾーンと呼ばれる胸回りは、顔と大きな関係があります。ラペルの幅、シャツの襟の形状、ネクタイの幅、スーツから見えるシャツの面積をトータルで考えるのですが、これが上手くいくとスッキリしたスーツスタイルが出来上がります。しかし例えば私が流行の細身のラペルに細いネクタイを締めると、顔の大きさばかりが強調されてしまい、不恰好になります。

このように、流行だからという理由だけで取り入れると落とし穴があります。スーツは体型をカバーして立派に見せるためのツールですから、流行に乗る前に自分の体型を把握して、スーツやネクタイがどのような印象を与えるかを知ることが第一です。

ジャケットのボタンを全部留めるのはおしゃれ

ジャケットの一番下のボタンは、留ないのがお約束になっています。しかし某講師は余談として、ボタンを全て留めるのもおしゃれで良いと言っていました。質問する気力も起きないヘンテコな話ですが、恐らくジョン・F・ケネディが、そうしていたからでしょう。



そもそもほとんどのスーツは下のボタンを留ないようにできていて、留めるとスーツにシワが寄ります。アメリカ式の寸胴なスタイルではさほどシワが寄りませんが、イギリス式のウエストを絞ったスタイルでは顕著にシワが寄ります。

ケネディはアメリカ式のスーツスタイルを完璧に着こなして、堅苦しさを紛らすためにボタンを全て留めることがありました。完璧な着こなしができない人が真似をしても、単にスーツの着方を知らない人になってしまうだけだと思います。この講師は一番下のボタンは外して着るのが正しいとしながらも、ボタンを留めるのもお洒落と言っていました。私にはそうは思えません。

フラワーホールは花を刺すために作られた粋な細工

パーティなどでは花を刺すことで華やかな雰囲気を出すフラワーホールですが、わざわざ花を刺すために作られたわけではありません。これはボタンホールで、ボタンを留めるための穴でした。



スーツの歴史を追うと一目瞭然なのですが、元々のスーツは普通の襟で、それを広げて着ることが流行りました。イギリスの国王が広めたのですが、誰だったか失念しました。その時にボタンホールが裏返って襟に残り、そこに花を刺すのが流行ったのです。花を刺すために作られた穴でも社章をつけるためのものでもなく、元々はボタンを留める穴です。


※こういうピンをつける人もいます。

ネクタイにディンプルを作るのはマナー

ネクタイの結び目の下にできるくぼみをディンプルと言います。マナーと言うからにはディンプルがないと、誰かが不快に感じるのでしょうか?ディンプルなしはマナー違反という声はネットでよく見かけていたのですが、講師の口から直接聞くのはインパクトがありました。



10年くらい前にディンプルの作り方がファッション雑誌によく掲載されていたと思いますが、その頃は他人と差をつけるためのネクタイの結び方みたいなノリでした。それが月日とともにマナーに昇格したようです。確かにディンプルがあった方が、ネクタイが引き締まって見えます。しかし人を不快にさせるほどではありません。よりよくするための手法がマナーになり、ディンプルを作らないとマナー違反だと糾弾されるのは変ですね。

ちなみにイギリスの王族を含む貴族階級の方々の写真を見ても、ディンプルがないことが多々あります。ネクタイのディンプルに執着する昨今の日本は、ちょっと行き過ぎている気がします。

右肩下がりのネクタイ柄を選ばない

なんのことかと思ったら、レジメンタル と呼ばれるストライプ柄のネクタイのことでした。右肩下りのストライプだと運気が下がるので、ビジネスマンは避けましょうという話でした。講師は服飾のプロという話でしたが、こういう言い方で断言する人は怪しんでしまいますね。レジメンタルの柄は、ネクタイに少し詳しい人には知られた話だからです。

ネクタイの柄がレジメンタル(連隊)と呼ばれるのは、イギリスの軍隊ごとに柄が決まっていて、所属する部隊を示していたからです。それにならってイギリスの大学も独自にストライプ柄を決めています。そのため海外で適当にレジメンタルのネクタイを選ぶと、近衛連隊とかオクスフォード大学のOBだと間違えられてしまうかもしれません。

そして柄の向きですが、正面から見て右上がりにデザインされています。これをアメリカのブルックスブラザーズが真似をして、柄の向きを反対にして売り出しました。これがアメリカでは大ヒットして、アメリカのレジメンタル柄は右下がりが標準になります。こうしてイギリス式とアメリカ式で、ネクタイの柄の向きが変わることになりました。



少し前に安倍総理がトランプ大統領と会談した際に、右下がりのレジメンタルタイを使っているのを見て、右下がりは上昇気流に乗れず運気が下がるからダメだと評した服飾評論家の記事が話題になりました。おそらくアメリカ大統領に合うので、右下がりのアメリカ式にしたのだと思われますが、そんな配慮も運気の前に消し飛んでしまいました。

「運気が下がると右下がりの柄を避ける人もいます」ぐらいならともかく「運気が下がるので、右下がりの柄は使わない」と言い切ってしまうと、アメリカのネクタイ文化を否定しているかのようです。


※ブルックスブラザーズのネクタイです。右下がりで、これがアメリカ式です。

なぜとんでもルールやマナーができるのか

この手の発言をする方の多くは、服飾の歴史に疎いことが多いように思います。そのため背景を知らず、誰かが言っていた内容を鵜呑みにしてしまったり、和服文化のマナーを無理にスーツに当てはめていたりするので、勘違いや矛盾を含んでいきます。

また近年ではマナーをルール化する流れが急速に進んでいるようにも思います。本来は相手に気を使い、こうするとなお良いとされてきたマナーが、それをやらなければ「マナー違反」でダメと決めつけられるため、例外的なことに対応できないケースが増えています。

スーツのとんでもマナーは、ネットを見ると増え続けているのがわかります。少しだけ歴史を知れば、ずいぶん視野が開けると思うんですけどね。



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コメント

  1. こんにちは。なんとなくネットサーフィンして本記事に辿り着きました。私も洋服に携わっておりますが、こちらの記事はほぼ正しいと思います。そして、節々に登場する講師という方があまりに無知で少し信じられないです。と言ってもお恥ずかしいことですが、昨今洋服に携わる人間でも本来のクラッシックを全く理解せず、勝手に解釈を加えたり、商業的な意図を持って誤った情報を発信している方が非常に多く、同じ業界の人間として大変申し訳なく思っています。

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    返信
    1. コメント、ありがとうございます。
      スーツを売っているメーカーの公式サイトに書かれている「スーツの正しい着方」みたいなものにも、思わず笑いが出てしまうものがありますね。私はこの手の変なファッションルールが生まれる原因は、日本の結婚式場とブランドの宣伝媒体になったファッション誌にあるのではないかと思っています。双方とも商業主義が強すぎて、発信内容に矛盾があっても気にしないたくましさがあるので、かなり手強いと思っています。

      削除

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