スポーツと熱中症 /事例から見る危険度

あまりの暑さに東京オリンピックを心配する声がありますね。マラソンを筆頭に熱中症が心配な競技がたくさんあります。プロスポーツ選手だって熱中症になりますし、熱中症にならなくても過剰な暑さはパフォーマンスを下げてしまいます。そんなわけで、今回はスポーツで起こった熱中症の話です。






2002年全豪オープンテニス

熱中症といえば全豪オープンです。とにかく暑くて有名で、今では40度を超えた時には主審の判断で試合開始を遅らせるルールがあります。しかし2002年当時は、暑さなんておかまいなしに行われていました。決勝はマルチナ・ヒンギス対ジェニファー・カプリアティでした。ヒンギスは以前から暑さに弱いといわれていましたが、この日は観客も具合が悪くなる暑さで、コートの上は40度を軽く超えていたといわれます。さらに風がほとんど入らないので、灼熱地獄と評されるありさまでした。

※カプリアティ(左)とヒンギス(右)

テレビ中継で見ていても、途中からヒンギスの様子が変なのはわかりました。目がうつろで、太ももがピクピク痙攣しています。体が重そうでキレがなくなり、誰が見ても熱中症の症状でした。カプリアティも消耗が激しく、両者とも足を引きずるように歩いていました。こんな状態で試合を続ける主催者は何を考えているのか?そんな思いにかられる試合で、粘りに粘ったカプリアティの勝利で女子の全豪シングルスは終わりました。

ヒンギスは医務室に運ばれ、ベッドに寝かされると首と頭をアイスバッグでくるまれ、さらに両手両足を広げさせられて脇と股にもアイスバッグを大量に置かれたそうです。死んだカエルような恰好だったと語る情けない格好で寝ていると、カプリアティも医務室にやって来ました。そして同じくカプリアティも隣のベッドで、両手両足をだらしなく広げてアイスバッグにくるまれる死んだカエルのような恰好で寝ていたそうです。

※全豪オープンでは熱中症が相次いでいます。

近年では選手からの暑すぎて危険だという声が強くなり、全豪オープンは批判が集まっています。

1997年サッカー、アジア最終予選

フランスワールドカップのアジア最終予選に挑んだ日本代表は、敵地UAEに乗り込んで試合を行いました。暑いUAEでも特に暑い日の昼間に試合は行われ、現地の人も暑いから家を出なかったためスタジアムのチケットが売れず、急遽タダで配って観客席を埋めようとしていたほどです。

※名波浩はジュビロ磐田の監督になりました。

前半の途中からMFの名波浩は走れなくなりました。苦しそうにあえぎながら小走りで移動するといった感じで、徐々にその存在感が消えていきます。ハーフタイムには大量の水を飲まされ、アイスバッグで体を埋め尽くして苦しんでいたそうです。しかし指揮官の加茂周監督はメンバー交代をしませんでした。後半に入ると名波は全く走れなくなり、中盤をうろうろ歩いていました。そのスペースを埋めるべくなぜか一人で元気に走り回っていたのが中田英寿で、事前の合宿で暑さ対策が功を奏したと言っています。

※前列左端が名波

後半の途中でようやく加茂監督は選手交代を告げますが、下げたのは名波ではなく、元気な中田でした。走れない名波はただフラフラとピッチを歩き続け、試合を終えました。結果は1-1の引き分けでした。なぜこんな状態の日本が引き分けられたかというと、なんとUAEの選手も暑さで動けなくなっていたからです。この日は地元の選手が動けなくなるほどの暑さだったのです。





2001年 NFLアメリカン・フットボール

ミネソタ・バイキングスに所属するコーリー・ストリンガーは、95年にドラフト一巡目に指名され、後にオールスターゲームにも選出されたオフェンス・タックルでした。193cm 157kgの巨漢で、まだ27歳の若さでした。2001年のサマーキャンプで、プロテクターのフル装備(総重量は約20kg)をつけたトレーニング中に、突然呼吸困難を訴えて嘔吐を繰り返しました。

※コーリー・ストリンガー

すぐに救急車が呼ばれましたが、激しい脱水症状に加えて体温が42.2度まで上がっており、翌日に亡くなりました。ストリンガーは早い段階から体調不良を訴えていたにも関わらず、管理者は適切な処置を怠ったとしてチーム管理者の責任が追及されました。チームはストリンガーの死を受けて、練習用ユニフォームの色を熱吸収が低い淡い色に変更し、水分摂取や練習中の休憩などの措置がとられるようになります。

※KSI

ストリンガーの妻ケルシーは、NFLや防具メーカーなどを相手に裁判を起こし、2009年に和解が成立しました。ケルシーは勝ち取った賠償金を元手にKSIという組織を立ち上げ、スポーツの突然死を予防する支援活動に乗り出しています。KSIの活動は予防にとどまらず、熱中症患者の協議復帰支援や暑熱環境下での安全とパフォーマンス向上のコンサルティングを行い、これらの活動はスポーツだけでなく米軍や企業の工場などにも及んでいます。

まとめ

医学会は「熱中症は予防できる」という見解で一致しています。そしてアメリカで最も過酷なNFLの選手ですら熱中症にかかるのですから、どんなに体を鍛え上げようと環境が揃えば死に至ります。現在のNFLでは、練習中に選手自身に尿の色までチェックさせ、脱水状態になっていないか管理しています。

あるヘッドコーチは暑さは自然からの攻撃だと語り、それを防ぐには組織的なディフェンス・システムが必要だと言っていました。救急車で運ばれるような事態にならなくても、スポーツ選手はパフォーマンスの低下に直結し、一般人でも仕事や生活に影響を与えます。過信せずに暑さから身を守るディフェンス・システムを構築する必要があると思います。



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