野村義男との遭遇 /たのきんトリオのよっちゃんと気づかなかった

かつて原宿の外れに直訳すると「金縛り」という名前のギターショップがありました。地下のバーを改造した簡素なお店で、まか不思議な空間なのが気に入っていました。100万円以上するヴィンテージギターでもポンと弾かせてくれるの、私はちょくちょく遊びに行っていたのです。90年代前半の頃の話です。



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お留守番になる

ある日曜日の朝、私が顔を出すと店長が「いいところに来てくれた!少し出かけなきゃいけないから、店番してて」と言い出しました。私がOKすると「定価ならいいけど、勝手に値引きして売ったらダメだよ!」と店長は言い残し、駆け足でお店を出て行きます。こんなノリでいいのだろうか?と思いつつ、私はカウンターに入って入荷したての楽器を物色しはじめました。



お客さんがやってくる

ミリタリーコートにキャップを目深に被った男性が店にやってきました。

「注文していたギターを取りにきたんですが」

そんなことを言われても私にはわかりません。店長がすぐに戻ってくるまで待ってもらうことにしました。すると「このギター、弾いてもいいですか?」と奥にあるフェンダー社のストラトキャスターを指さしました。

※金八先生に出ていた頃の野村さん

「目の付け所がいいですねぇ。張りメイプルネックの白のストラトキャスターですか!」

と私が言いながらギターをとってあげると、「これ、ジミヘンがウッドストックで弾いていたのと同じモデルですよね」と、お客は目を輝かせます。アンプを用意して存分に弾いてもらいました。

お客との楽しい会話

お客が弾き始めると、かなりの腕前でした。ジミヘンのナンバーをジミヘンっぽく弾きながら、ノリノリになっています。

「お客さん、上手いですね。プロみたいだ!」
「ありがとうございます!中学生の頃からベースを弾いてたんですよ」
「へぇ!しかし上手いなぁ」

はにかんだような表情でお客は喜び、さらに他のギターを物色します。

※たのきんトリオ時代の野村さん(右)

「最近、何か新しいのは入っていますか?」
「これ、このマンドリンは最近の入荷です」
「古そうですね」
「なんと1920年代のマーティンのマンドリンです」
「へぇ!それは珍しい」

今度はマンドリンを弾き始めるのですが、これもなかなかです。「なんでも弾けるんですね」と言うと「そんなことはないですよ。ギターだってまだまだです」と激しく謙遜します。なんというか、人の良さがにじみ出ています。

音楽教室がスタート

お客さんが適当なギターを手にしてはアンプに繋いで、ジミー・ペイジ風とかヴァン・ヘイレン風と言って演奏するのですが、それが本当によく似ていて「モノマネ芸人ですか?」と思わず言ってしまいました。お客さんはゲラゲラ笑いながら、「まあ、似たようなもんですね」と言います。そして突然私に「ギターは弾かないんですか?」と質問してきました。



私は「お聴かせできるレベルではありません」と言うと、「いいんですよ。ギターは一緒に弾いた方が楽しいですから」と言うので二人で弾くことになりました。私の下手くそなジョニー・B・グッドにオブリガートを被せるお客さんの腕は確かで、「まるでプロですね」と私は何度も言いました。そしてアドバイスもくれました。

「ギターの音が出すぎてるんですよ。なんというか、もっと音を立体的に考えて方が良くてですね・・・」

と、自らギターを弾きながら教えてくれます。話を聞きながら、このお客さんは才能ではなく膨大な練習に支えられてギターを演奏していること感じました。

店長が帰ってきた

店長が帰ってくると、二人でギターを抱えて盛り上がっている様子にギョッとしつつ、お客さんに「お待たせしてすみません」と挨拶して、奥に入るとギターケースを抱えて出てきました。「こいつの引き取りですよね」とケースを渡し、お客さんは嬉しそうにケースを開けて見ていました。



それから店長とお客さんの間でギターの専門的な話が続き、話が一段落したところで店長が、「一応、僕から紹介しとかないといけないかな」と言ってお客さんに私を紹介しました。

「こちら、お客さんの井上さん。今日は店番を頼んでたんです」

お客さんは「え!?」と目を丸くして「そうなんですか!店員さんだと思ってました」と笑います。そして店長が私にお客さんを紹介します。

「もう、言う必要はないと思うけど。よっちゃんね」
「ん?よっちゃん?」
「うん、野村義男さんはよっちゃんって呼ばれてるでしょ?」

ポカンとする私をよそに、店長と野村さんは再びギターの修理の話を始めました。

衝撃のあまり逃げ出したくなる

地下の店舗の薄暗い照明に、目深に被ったキャップで全く気がつきませんでしたが、たのきんトリオで田原俊彦や近藤真彦と共にアイドルだった野村義男がそこにいました。現在はギターリストとして、さまざまなレコーディングやライブに出ています。私はそんな人に「プロみたい」を連発していたのです。

※SHOW-YAの寺田恵子さんと

逃げ出したくなりましたが、頑張って野村さんに話しかけました。

「プロの方とは気がつかず、失礼なことを何度も言ってしまいました」
「え?そうでしたっけ?」
「まるでプロみたいとか・・・申し訳ありません」

店長が目を丸くして「え!?よっちゃんって気づいてなかったの??」と驚き、野村さんは大笑いしていました。

「一応、バレないように帽子とか被ってるんで、気づかれなくて大丈夫です」
「プロになると演奏を褒められることは少ないので、褒めてもらえて嬉しかったです」
「こちらこそ店員さんだと思って、あれこれ頼んで申し訳ありませんでした」

野村さんは私の非礼に怒るどころか、私に謝ってきました。なんて男前なんだろうと思いましたね。

まとめ

この後も何度かこの店でお会いするのですが、本当に気さくで良い方でした。ギターが大好きで、演奏るのが本当に楽しそうで、質問すると丁寧にギターの弾き方やアンプのセッティングも教えてくれました。

今でもテレビで野村さんを見かけるたびに、私は自分の非礼さを思い出してしまいます。実績を積んで人気者になっても偉ぶるどころか腰の低い野村さんの姿勢は、本当に格好良いと今でも思います。


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