007の銃のはなし /ベレッタ社の屈辱

ジェームズ・ボンドが使う拳銃はドイツのワルサーPPKが有名ですが、映画でも小説でも当初はイタリアのベレッタ社の拳銃を持っていました。小説版ではベレッタの25口径とだけ書かれています。少し銃に詳しい方なら、25口径というのは特殊なサイズだと感じるでしょう。22口径、32口径、9mm、38口径、45口径などさまざまな種類がありますが、25口径というのは滅多に見ません。ボンドは特殊なベレッタの拳銃を持っていたのでしょうか?





ポケットピストル

イアン・フレミングは銃器に関する知識が乏しく、当時流行っていた小型拳銃をイメージして25口径としたようです。スパイらしくポケットにも隠せる小型拳銃というのは、フレミングにとって魅力的だったのでしょう。当時ベレッタ社はM950という25口径の小型拳銃を出していたので、おそらくこれをイメージしたと思われます。前長120mmという小型サイズで、ポケットに入ることがセールスポイントでした。

※ベレッタ社のM950

このベレッタM950が発売される前、アメリカのコルト社のベスト・ポケットと呼ばれる拳銃が高い人気を誇っていました。全長114mmと小型で、ベスト(チョッキ)のポケットに入る携帯性の良さから人気でした。小型拳銃は護身用として、特に女性に人気が高い商品だったのです。

ブースロイド氏の登場

フレミングは、銃の専門家ジェフリー・ブースロイド氏から手紙を受け取りました。ブースロイド氏はフレミングの書く007を絶賛しつつも、ボンドの拳銃がいただけないと注文をつけます。ブースロイドは小型の25口径は女性用であり、ボンドにはドイツのワルサーこそが相応しいと進言したのです。フレミングは専門家のアドバイスに深く感謝し、劇中にブースロイド少佐というキャラクターを登場させました。ブースロイド少佐は、次回作からはQという名前でシリーズに何度も出てくるようになりました。

※2代目Qのデスモンド・リュウェリン


ドクター・ノオでの侮辱

映画監督のテレンス・ヤングも、銃の知識はほとんどありませんでした。銃には関心がなかったと言ってよいかもしれません。そのため007の映画化第一作「ドクター・ノオ」では、銃の名前と実際に持っている銃のメーカーが違うなんてことが、ちょくちょく起こっています。そしてヤングはボンドにベレッタM1934という9mm口径の拳銃を持たせました。

※軍用拳銃だったベレッタ社のM1934

ベレッタM1934は戦前に設計された銃で旧式と言えるシロモノでしたが、大戦中は軍に正式採用された軍用銃で高い殺傷能力を持っています。しかし銃に関心がないヤングにとって、そんなことは些細なことだったのでしょう。ボンドが持つベレッタM1934は上司のMに酷評されます。

※ボンドのベレッタを酷評するM

「まだベレッタを使っとるのか。ワルサーを使え」
「殺しのライセンスは、殺されるライセンスではない」

さらにQがボンドのベレッタM1934を「ご婦人用ですな」と、追い打ちをかけます。繰り返しになりますが、ご婦人用は小説に出てきたベレッタ25口径で、映画でボンドが持つM1934は軍用の高い殺傷力を持った拳銃です。

※ボンドにワルサーPPK/Sが支給されます

ご婦人用というのはとんでもない誤解ですが、「ドクター・ノオ」が大ヒットしたため「ベレッタ=ご婦人用の劣る銃」「ワルサー=プロが仕事に使う銃」というイメージが流布されました。この映画を見て大喜びしたのは、他でもないワルサー社でした。ワルサー社はこの「ドクター・ノオ」でのやり取りを、宣伝に活用しました。

戦後のワルサー社

第二次大戦が終わり、ドイツのワルサー社は倒産の危機に陥ります。敗戦国の武器製造会社なのですから、連合国に厳しく管理されて販売も製造もままならない状態が続きます。ワルサー社は海外に部品を持ち出して銃を製造したり、機械式計算機にも力を入れていきます。しかし経営状態は決してよくなく、苦戦が続いていたのです。

※戦前は巨大な工場がありました。

そんな中、世界的ヒット映画がワルサー社を称賛し、ライバルのベレッタ社をこき下ろしたのですから、ワルサー社が喜んだのも当然です。銃器メーカーにとって最大顧客は軍や警察などの官ですが、民間市場もバカにはできません。ワルサー社は007のスポンサーになり、ワルサーPPKのイメージアップを図りました。当然ながらワルサーPPKは、民間市場で大ヒットします。

戦後のベレッタ社

1680年から続くイタリアの老舗銃器メーカーですが、第二次大戦でイタリアが降伏するとナチス・ドイツに接収されます。主だった部品などはナチスが持ち去ったため、残った部品で銃やなにやらを作ってなんとか会社を継続していました。そして終戦を迎えると、連合国の監視下に入ります。思うように開発や製造ができないなか、ベレッタ社はスポーツ射撃に力を入れていきます。1956年のメルボルン・オリンピックのクレー射撃で金メダルを獲得し、なんとか会社の再興の機運が高まった時に「ドクターノオ」が公開されました。

※ピエトロ・ベレッタ社の工場

「ドクター・ノオ」でのベレッタ批判は、ほとんど難癖とも呼べるレベルで、「ベレッタを持たせておくわけにはいかない」などと、ボンドの懐古趣味の象徴のような扱いで、ベレッタ社の営業マンの心境を察すると胸が痛みます。007シリーズでは、以降ベレッタ社の銃が登場することはほとんどありませんでした。その反動か1985年にM92Fが米軍に正式採用されると、この拳銃はやたら映画に登場するようになります。ブルース・ウィリスの代表作「ダイハード」や、メル・ギブソンの大ヒット作「リーサル・ウェポン」シリーズでは、主人公がバンバン撃ちまくっていました。

※ダイハードに登場したベレッタM92F


ワルサーPPKの引退

80年も前に設計されたワルサーPPKは、傑作であることは間違いないのですが、旧式の拳銃になっています。そのため007シリーズではワルサーPPK(正確にはPPK/S)の引退がささやかれています。実は一度ワルサーPPKは引退しています。97年「トゥモロー・ネバー・ダイ」からワルサーP99が使われましたが、そのゴツさがボンドのイメージと合わないと思われたのか、決して評判は良くありませんでした。

※ワルサーP99を持つピアーズ・ブロスナン演じる007

そのせいかダニエル・クレイグ版からはワルサーPPKに戻っています。ワルサーP99は、ワルサー社が新作を宣伝するために採用されたと言われています。今や旧式になったPPKに代えて、007に新しいワルサーが登場するのは時間の問題という声もあります。

まとめ

原作者のイアン・フレミング、映画化第一作を監督したテレンス・ヤングが銃器への関心が低かったため、ベレッタ社は名門中の名門でありながら不当な評価を受けることになりました。初期の頃のポスターなどは、映画で使ってもいない銃をコネリーが構えた写真も多く、銃に関して無関心だったことがわかります。007シリーズはさまざまなガジェットが登場するので、それらに注目して見るのも面白いでしょう。世界的なヒット映画の影響は、いろいろなところに出てくるものなのです。





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