衝撃のKO劇 /井上尚弥の強さとは
WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)の準決勝で、井上尚弥が事実上の決勝戦と言われていたIBF王者のエマヌエル・ロドリゲスを2RでKOしました。3度のダウンを奪う圧勝で、各国のメディアも驚きをもって報じました。どちらが勝つにしても苦戦必至と予想された試合で、これほどの実力差を見せつけた井上尚弥は、どこまで強くなるのでしょうか。
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・井上尚弥は何が凄いのか改めて整理する
・井上尚弥のパウンド・フォー・パウンドを考える
・井上尚弥が参戦するWBSSとはなにか
・亀田裁判と日本ボクシングコミッションの闇
プロ4戦目で日本王者、5戦目で東洋太平洋王者になり、6戦目で世界タイトルを奪取します。減量苦からWBCライトフライ級王座を1度だけ防衛してタイトルを返上し、フライ級を飛ばしてスーパーフライ級の世界王座に挑戦します。プロ8戦目でWBOスーパーフライ級王座に挑戦すると、2階級制覇を達成しました。スーパーフライ級王座は7回防衛し、そのうち6試合はKO決着という圧倒的な強さを見せ、パウンド・フォー・パウンド(全選手が堂階級にいると仮定した場合)最強と言われる4階級を制覇したローマン・ゴンザレスとの対戦を熱望しました。
しかしゴンザレスがまさかの敗戦で王座を失ったため、井上は階級をバンタム級に上げます。WBA王者のジェイミー・マクドネルを1RKOで倒し3階級制覇を達成すると、バンタム級最強を決めるWBSSに招待されました。1回戦はWBA4位のファン・カルロス・パヤノを1Rで仕留めると、準決勝では事実上の決勝戦と言われたエマヌエル・ロドリゲスとの試合を2Rで終わらせました。現在、世界で最もエキサイティングな試合をする選手と言われています。
アメリカのボクシング専門誌「ザ・リング」が発表するランキングは、世界王座が乱立する現在において一定の信頼と評価を得ています。そのリング誌のパウンド・フォー・パウンドで井上尚弥を7位、バンタム級で1位(チャンピオンは空位)にしています。アメリカで高い評価を得ていることが、ここからもわかります。
しかし何より井上尚弥が優れているのは、距離感だと思います。とにかく距離感を掴むのが早いのです。最初に額の辺りにパンチを打たせて相手のパンチの距離を測って、ジャブを打って自分のパンチの距離を測り、自分のパンチは届くけど相手のパンチが届かない位置と距離を掴むと言っています。しかし何ラウンド重ねても距離を上手く掴むことができない選手が多い中、井上尚弥は1Rか1Rの途中には距離を掴んでいます。パンチ力ばかりが注目されがちですが、この距離感をつかむ早さが大きなポイントになっていると思います。
今や世界王座が乱立して世界王者の価値が急降下しており、チャンピオンというだけでは世界的評価を得られなくなってしまったのです。そのため世界戦より強豪同士が激突するノンタイトル戦の方が注目されることも出てきました。井上尚弥は世界王座や防衛回数にこだわらず、戦える最強の相手と試合をすることを選択したのです。大橋会長はこの方針を守っているので、井上尚弥と良好な関係を築いているのだと思います。
2Rに入るとミドルレンジ(ストレートは当たるがフックは当たらない距離)に身を置いて、若干クラウチング(前傾姿勢)になりました。インターバルの1分間で、戦い方を修正してきたのです。これによりロドリゲスは、全く違う選手と戦っているような気分だったでしょう。細かく前後にステップを踏んで距離で幻惑すると、1Rと違ってフックを振り回すのではなく序盤はジャブを中心に組み立てました。しかしジャブを打たずに突然右ストレートを顔に放ち、惜しくもクリーンヒットになりませんでしたが、これが布石になります。ロドリゲスは頭部に飛んでくる井上の右に意識が行ったはずです。
ロドリゲスの攻撃をスウェイでかわすと、ショートレンジに距離が縮みました。再び井上尚弥は突然の右を出しますが、それは頭部ではなくボディでした。一瞬ロドリゲスの動きが止まり、流れるように返しの左フックがロドリゲスの頭部を捉えました。肩の力が抜けてスピードのある、強振しない左です。ロドリゲスがダウンしました。
立ち上がったロドリゲスに、井上尚弥は連打で畳み掛け、今度は右のボディでダウンを奪います。突き刺さるボディではなく、腹をこするように当たったボディで悶絶して倒れたのは、最初のダウンの時からボディにダメージがあったのでしょう。倒れたロドリゲスは何度も首を横に振ります。戦意を喪失しており、王者の意地だけで立ち上がったように見えました。
3度目のダウンで、レフリーはカウントを途中で止めました。これ以上続ける意味はなく、妥当な判断だったと思います。最初のダウンで勝負は決まっていたのかもしれません。試合後にロドリゲスは、パンチが全く見えなかったと言っていたそうです。
これは減量苦から解放され、適正体重に近いウエイトで戦うことができているからでしょう。過去にもライト級に上げたフリオ・セサール・チャベスや、スーパーバンタム級に上げた時のマニー・パッキャオにも見られました。彼らは減量に苦しんでいたので、階級を上げることで本来の力を試合で発揮できるようになったのです。井上尚弥もとっくにバンタム級に上げたかったのですが、ローマン・ゴンザレスとの試合を臨んでスーパーフライ級にとどまっていました。無理をせずに試合に挑めるようになったのが大きいと思います。
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・井上尚弥が参戦するWBSSとはなにか
・亀田裁判と日本ボクシングコミッションの闇
井上尚弥の略歴
小学校1年生から父親のジムでボクシングを始め、高校時代にはアマチュアタイトルを総なめにしています。アマ7冠という前代未聞の実績を残しますが、ロンドン五輪選考会の世界選手権では準優勝になり、五輪出場を逃しました。その後、プロデビューのために大橋ジムに入門しています。プロ4戦目で日本王者、5戦目で東洋太平洋王者になり、6戦目で世界タイトルを奪取します。減量苦からWBCライトフライ級王座を1度だけ防衛してタイトルを返上し、フライ級を飛ばしてスーパーフライ級の世界王座に挑戦します。プロ8戦目でWBOスーパーフライ級王座に挑戦すると、2階級制覇を達成しました。スーパーフライ級王座は7回防衛し、そのうち6試合はKO決着という圧倒的な強さを見せ、パウンド・フォー・パウンド(全選手が堂階級にいると仮定した場合)最強と言われる4階級を制覇したローマン・ゴンザレスとの対戦を熱望しました。
しかしゴンザレスがまさかの敗戦で王座を失ったため、井上は階級をバンタム級に上げます。WBA王者のジェイミー・マクドネルを1RKOで倒し3階級制覇を達成すると、バンタム級最強を決めるWBSSに招待されました。1回戦はWBA4位のファン・カルロス・パヤノを1Rで仕留めると、準決勝では事実上の決勝戦と言われたエマヌエル・ロドリゲスとの試合を2Rで終わらせました。現在、世界で最もエキサイティングな試合をする選手と言われています。
海外の評価
これまで海外進出した日本人ボクサーは何人もいますが、海外に実力を売り込んで実現しました。しかし井上尚弥はアメリカのスポーツ専門放送局HBOから招かれる形で、アメリカでデビューしています。これはYouTubeで井上尚弥の試合が海外のファンの目にもとまり、アメリカでも話題になっていたからです。アメリカ側から招かれるのは異例のことで、井上尚弥に対する期待がこれまでの日本人ボクサーとは全く異なることが伺えます。※ザ・リング |
アメリカのボクシング専門誌「ザ・リング」が発表するランキングは、世界王座が乱立する現在において一定の信頼と評価を得ています。そのリング誌のパウンド・フォー・パウンドで井上尚弥を7位、バンタム級で1位(チャンピオンは空位)にしています。アメリカで高い評価を得ていることが、ここからもわかります。
なぜ強いのか?
全てが高い次元で行われているので、一見すると相手が弱いように見えてしまいます。現在のボクシングではスピードがあることがマスト条件になっていますが、階級を上げても井上のスピードは衰えることなくハンドスピードはトップクラスだと思います。KO勝利を続けていることからわかるように、パンチ力は同階級では他の選手より頭一つ抜けています。なによりボディブローが強烈で、普通は何発も叩かないとボディは効かないのですが、一発で相手の動きを止める威力を持っています。これほど強烈なボディブローはジェラルド・マクレラン以来だと思いますが、マクレランはミドル級(72.57kg)に対して井上尚弥はバンタム級(53.52kg)です。これほど軽い階級でボディブローを一発で効かせる選手は稀有な存在だと言えます。しかし何より井上尚弥が優れているのは、距離感だと思います。とにかく距離感を掴むのが早いのです。最初に額の辺りにパンチを打たせて相手のパンチの距離を測って、ジャブを打って自分のパンチの距離を測り、自分のパンチは届くけど相手のパンチが届かない位置と距離を掴むと言っています。しかし何ラウンド重ねても距離を上手く掴むことができない選手が多い中、井上尚弥は1Rか1Rの途中には距離を掴んでいます。パンチ力ばかりが注目されがちですが、この距離感をつかむ早さが大きなポイントになっていると思います。
最強を求めて
井上尚弥がプロになる時に「強い選手と戦う。弱い選手とは戦わない」という条件をつけました。その条件を大橋ジムが飲んだから、大橋ジムに入ることに決めたのです。日本のジムの会長の世代は、世界王者になること、防衛を重ねることが最強の証明でした。しかしその後の世代は、複数階級を制覇することが重要になります。そして現在は、何階級制覇しようが、何回王座を防衛しようが、強豪に勝たなければ評価を得られない時代になっています。今や世界王座が乱立して世界王者の価値が急降下しており、チャンピオンというだけでは世界的評価を得られなくなってしまったのです。そのため世界戦より強豪同士が激突するノンタイトル戦の方が注目されることも出てきました。井上尚弥は世界王座や防衛回数にこだわらず、戦える最強の相手と試合をすることを選択したのです。大橋会長はこの方針を守っているので、井上尚弥と良好な関係を築いているのだと思います。
エマヌエル・ロドリゲス戦
1Rの井上尚弥の動きは硬く、時折鋭いパンチを見せるものの肩に力が入っていました。クロスレンジ(ストレートもフックも当たる距離)に身を置いて、被弾しながら打ち合う展開になります。普段から相手のパンチは届かないけど自分のパンチが届く距離を見つけると言っている井上尚弥にしては、らしくない展開です。真正面に立った時のロドリゲスのプレッシャーのかけ方は絶妙で、ロープを背にすることもありました。そして何度も被弾する珍しい展開になります。2Rに入るとミドルレンジ(ストレートは当たるがフックは当たらない距離)に身を置いて、若干クラウチング(前傾姿勢)になりました。インターバルの1分間で、戦い方を修正してきたのです。これによりロドリゲスは、全く違う選手と戦っているような気分だったでしょう。細かく前後にステップを踏んで距離で幻惑すると、1Rと違ってフックを振り回すのではなく序盤はジャブを中心に組み立てました。しかしジャブを打たずに突然右ストレートを顔に放ち、惜しくもクリーンヒットになりませんでしたが、これが布石になります。ロドリゲスは頭部に飛んでくる井上の右に意識が行ったはずです。
ロドリゲスの攻撃をスウェイでかわすと、ショートレンジに距離が縮みました。再び井上尚弥は突然の右を出しますが、それは頭部ではなくボディでした。一瞬ロドリゲスの動きが止まり、流れるように返しの左フックがロドリゲスの頭部を捉えました。肩の力が抜けてスピードのある、強振しない左です。ロドリゲスがダウンしました。
立ち上がったロドリゲスに、井上尚弥は連打で畳み掛け、今度は右のボディでダウンを奪います。突き刺さるボディではなく、腹をこするように当たったボディで悶絶して倒れたのは、最初のダウンの時からボディにダメージがあったのでしょう。倒れたロドリゲスは何度も首を横に振ります。戦意を喪失しており、王者の意地だけで立ち上がったように見えました。
3度目のダウンで、レフリーはカウントを途中で止めました。これ以上続ける意味はなく、妥当な判断だったと思います。最初のダウンで勝負は決まっていたのかもしれません。試合後にロドリゲスは、パンチが全く見えなかったと言っていたそうです。
階級が上がっても変わらぬパワー
KOはパンチ力というより、タイミングと角度によって生まれることがほとんどです。しかしパワーを利用して攻め込むこともあり、階級を上げるとパワーの違いが出てしまうためKO勝利が減るケースがほとんどです。パンチ力が落ち、スピードも落ちてしまい、階級を上げることに失敗するか、失敗しなくても戦い方を変える必要に迫られることが多々あります。ところが井上尚弥は階級を上げると、スピードは変わらずにパワーが増している印象すらあります。これは減量苦から解放され、適正体重に近いウエイトで戦うことができているからでしょう。過去にもライト級に上げたフリオ・セサール・チャベスや、スーパーバンタム級に上げた時のマニー・パッキャオにも見られました。彼らは減量に苦しんでいたので、階級を上げることで本来の力を試合で発揮できるようになったのです。井上尚弥もとっくにバンタム級に上げたかったのですが、ローマン・ゴンザレスとの試合を臨んでスーパーフライ級にとどまっていました。無理をせずに試合に挑めるようになったのが大きいと思います。
関連記事:残り2秒の大逆転劇 /チャベスvsテイラー戦で何が起こったのか
それに加えて、パワーで強引に殴るボクシングをしていないのも大きいと思います。力を抜いてパンチを打ち、タイミングに工夫を凝らしているので、パワー不足になりにくいと思います。しかしそれらを差し引いても、階級を上げてKOの山を築くのは至難のわざです。ここらあたりも「モンスター」と呼ばれる所以だと思います。
WBSSの決勝はドネアになりますが、これも注目の一戦になります。王座統一を掲げていた井上尚弥にとって大きな意味がありますし、10年以上に渡って各階級で王座に君臨してきたドネアとの対戦は井上尚弥の名をさらに高めるでしょう。ドネアは熱烈な親日家として知られ、好きな俳優に三船敏郎、愛読書に「スラムダンク」「はじめの一歩」を挙げています。そんなドネアとの試合がどのようになるのか、今から楽しみです。
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・井上尚弥が参戦するWBSSとはなにか
・亀田裁判と日本ボクシングコミッションの闇
※ミスター・パーフェクトと呼ばれたチャベス |
それに加えて、パワーで強引に殴るボクシングをしていないのも大きいと思います。力を抜いてパンチを打ち、タイミングに工夫を凝らしているので、パワー不足になりにくいと思います。しかしそれらを差し引いても、階級を上げてKOの山を築くのは至難のわざです。ここらあたりも「モンスター」と呼ばれる所以だと思います。
まとめ
これほど強い日本人ボクサーは過去にもほとんどいませんし、世界的にこれほどの注目を集める日本人選手はファイティング原田以来ではないでしょうか。繰り返しになりますが、日本側から売り込みに行って海外で試合をした日本人ボクサーは何人かいますが、アメリカから招かれる形でデビューした井上尚弥は異例の存在です。誠実な人柄とさわやかな印象を持ちつつ、惨劇のようなKO劇を連発する井上尚弥のボクシングには、世界的に多くのファンがいます。WBSSの決勝はドネアになりますが、これも注目の一戦になります。王座統一を掲げていた井上尚弥にとって大きな意味がありますし、10年以上に渡って各階級で王座に君臨してきたドネアとの対戦は井上尚弥の名をさらに高めるでしょう。ドネアは熱烈な親日家として知られ、好きな俳優に三船敏郎、愛読書に「スラムダンク」「はじめの一歩」を挙げています。そんなドネアとの試合がどのようになるのか、今から楽しみです。
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