國松警察庁長官狙撃事件の犯人は誰だったのか2 /中村泰は犯人か

國松警察庁長官の狙撃を中村泰が自供し、警視庁刑事部は色めき立ちました。そして洗えば洗うほど中村が特異な人間であることがわかっていきます。テレビ朝日やNHKは中村が犯人であるかのような特番を組み、中村こそが真犯人とする本も出版されました。今でも多くの人が、中村泰こそが真犯人であると言っています。しかし私は中村が犯人とは、どうしても思えません。今回は中村泰について書いていきたいと思います。

※中村泰

前回記事:國松警察庁長官狙撃事件の犯人は誰だったのか

中村泰の人生

中村泰は1930年、東京に生まれます。父親の仕事の関係で幼少期を中国で過ごし、帰国してからは日本の学校に通っています。本人の弁によると周囲から秀才と呼ばれていたそうで、東京大学に進学しました。東京大学では左翼運動に傾倒していき、活動資金を集めるために盗みなどを繰り返していたようです。当時の左翼運動は反体制を掲げていたため、体制側の物資を強奪することは正しいことだと擁護する向きもありました。そのため左翼運動の資金を得るために盗みを繰り返していたことは、決して不思議ではありません。

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やがて革命運動(武力闘争)に参加するため南米に飛びますが、すでに革命が終わっていたため失意の中で帰国します。そして活動資金を得るために銀行強盗を計画します。1956年に強盗を行いますが、車を停めている時に職務質問を受けて警察官を射殺して逮捕されました。無期懲役の実刑判決を受け、20年後に仮出所しています。

ここから2002年に逮捕されるまでの足取りは不確かで、推察するしかありません。一部のメディアは女子高生2人を含む3人が射殺された八王子スーパー強盗殺人事件の犯人が中村ではないかと報じました。また複数の強盗事件への関与を疑われています。それとは別に右翼活動家の野村秋介に心酔し、野村の依頼で民兵組織を作ろうとしていたと言います。中村は野村に武器調達を任され、アメリカから大量の銃器を密輸したようです。

※八王子スーパー事件の現場

しかし思うように参加者が集まらず、民兵組織の話は立ち消えてしまいます。野村は三島由紀夫の「盾の会」に憧れて似た組織を持ちたいと考えていたようですが、本当に野村が中村に依頼したのか、中村の作り話なのか詳細は不明です。93年に野村は朝日新聞社内で拳銃自殺を図って死亡しているので、真相は不明のままになっています。その後、中村は2002年にUFJ銀行押切支店に現金輸送車が着いたところを拳銃を発砲して襲い、警備員に大怪我をさせて逮捕されました。当時72歳でした。

射撃訓練と密輸

何度もアメリカに渡った中村は、現地で射撃訓練を受けています。アメリカのガンショップや射撃場には、銃の撃ち方を教える教室が開かれていることがあり、それに中村は何度も参加したようです。さらにアメリカで購入した拳銃を日本に密輸し、山の中で射撃訓練を繰り返したと言います。本人の弁によれば20m離れた3cm程度の的を外すことはなかったようです。



中村が契約していたアメリカの貸し倉庫には大量の銃と弾薬があり、日本に持ち込むと国内の貸し倉庫に預けていたようです。日本の貸し倉庫の中から10丁の銃と1000発ほどの弾が発見されています。このことから中村が銃を大量に保有しており、アメリカから銃を大量に持ち込んでいたことは間違いありません。それらの銃は、中村個人の荷物に紛れ込ませて持ち込まれていたようです。

國松長官を撃ったコルト・パイソン357

國松長官を撃った弾は357マグナムのホローポイント弾だと分かっています。ホローポイント弾は体内に入ったら、先端が裂けてマッシュルームのような形状に広がって殺傷力を飛躍的に高める弾です。この弾を撃てる銃はコルト社のパイソンという拳銃で、美しい形状からアメリカでも人気が高く、日本でもモデルガンとして高い人気を誇ります。そして國松長官の狙撃事件は目撃者の証言から、使用された拳銃はコルト・パイソンで間違いないと言われています。

※ホローポイント弾

しかしこの銃には、致命的な問題点がありました。引き金の引きしろが大きく、引き金自体も重いのです。マグナム弾の反動の大きさも加わり正確に撃つのには向かず、連射もしにくいという特徴があります。アメリカではスミス&ウェッソン社のフレームを使って改造したスマイソンという銃が売られるほどで、美しい形状に反して実用的とは言い難いとされています。そのためアメリカでは実際に使用するというより、コレクターズアイテムとして人気の拳銃です。

※コルト・パイソン357

つまりコルトパイソン357は、狙撃には全く向かない拳銃と言えます。なぜこのような銃が國松長官の狙撃に使われたのでしょうか。射撃のプロを自認する中村にしては、銃の選択がおかしいように思えます。

國松長官狙撃犯の射撃スキル

雨が降る中、20m先の歩く人を撃つのはかなり難しい技術です。さらに倒れた長官に覆いかぶさった秘書官の体の隙間を狙って長官の下半身に命中させ、さらに鼠蹊部にも3発目を当てています。この2発目、3発目の銃撃は特に難しく、高度な射撃訓練を受けた者の犯行だと思われます。本来、拳銃は的に当てるのがとても難しいのです。國松長官狙撃にはコルト・パイソンに手製のストック(ライフルのような肩当て)が使われていますが、動く標的を20mも離れて命中させるのは簡単なことではありません。



そのため銃の扱いに慣れている警察官や自衛官が疑われましたが、交番の巡査などの技量では難しく、常時射撃訓練を行うような人だと考えられました。警察は元自衛官や海外の軍隊経験者を捜査範囲に加えています。そしてアメリカで射撃訓練を受け、日本でも山の中で訓練を繰り返していた中村が自供したため、中村泰こそが犯人であると考える人が多くいるのです。

私が中村の犯人説を疑う理由1

テレビ朝日はアメリカでの中村の足取りを追い、中村が受けた射撃訓練場にもカメラを持ち込んでいました。それらの射撃訓練は、映画で見るような室内や屋外に的を設置して、インストラクターの指示で的を撃つもので、アメリカでは一般的な射撃教室です。

以前、アメリカ人に聞いたのですが、これらの練習は野球のバッティングに例えるとトスバッティングやバッティングセンターの練習と同じで、打撃の基本スキルを覚えるための練習だそうです。従って「動きながら撃つ」、「動いている的を撃つ」、「動きながら動いている的を撃つ」などの実践的な練習をする前の基本的な訓練だそうです。そのアメリカ人は「バッティングセンターでホームランを打てても、プロの球は打てないだろ?」と言っていました。

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中村は国内でも訓練を繰り返していたと言いますが、軍事訓練をしたわけではありません。映像を見る限り、アメリカに多くある止まった的を撃つ練習場でした。そもそも実践的な練習をするなら、アメリカでは容易に手に入る自動小銃やサブマシンガンを使うので、命中精度が低い拳銃でのトレーニングよりそれらの銃器が使われています。中村は射撃訓練を受けていたと自供していますが、それはあくまでも基礎的トレーニングに過ぎません。雨の中で動く標的を、狙撃に向かない銃でピンポイントで狙い撃つ高度な技量を中村泰が持っていたようには思え無いのです。

私が中村の犯人説を疑う理由2

中村の押収された銃を見ると、弾の種類がバラバラでした。民兵組織を編成するなら、可能な限り同じ種類の弾を使う銃を選ぶものです。戦闘で弾が足りなくなった際に、全員が同じ種類の弾を使っていれば互いに補充しあえますが、弾の種類がバラバラなら弾が切れたらおしまいです。弾がなくなった銃は、使い勝手の悪い鈍器にしかなりません。

アメリカを中心とする北大西洋条約機構では、弾の種類を決めて各国の兵士が同じ弾薬を使っています。上記のような理由で、イギリス兵の弾が尽きてもアメリカ兵からもらうことができるからです。NATO規格の1つである9x19mmパラベラム弾を撃てる拳銃やサブマシンガンが数十種類あります。民兵組織のために銃を揃えるなら、このような弾を大量に購入して用途別に銃を選ぶのが自然です。

ではなぜ中村は弾の種類がバラバラの銃を買い集めたのでしょうか?さらにコルトパイソンのように、使い勝手が良いとは言えないものの見た目が立派で人気のある銃まであります。私は中村の押収された銃を見て、中村は単なる銃のコレクターのように感じました。本人は革命戦士を自称していますが、子供が玩具屋であれが欲しいこれが欲しいと言うように、単に銃に魅せられて集めているだけだと思えてなりません。

私が中村の犯人説を疑う理由3

中村の関与がはっきりしている事件は、銀行強盗と現金輸送車襲撃のみです。他にも中村の関与が疑われる事件は複数ありますが、どれも強盗で金銭絡みのものばかりです。中村は金に困ると銃を使って犯罪を繰り返してきたわけですが、國松長官襲撃だけが金が絡まない特異な事件になっています。


さらに詳細な証言が目撃情報と一致するものと一致しないもの、さらに証言の裏が取れないものもあります。例えば狙撃時に手製のストック(肩当て)を使用したというのは目撃証言と一致しますが、犯人像は170cmから180cmの男なのに中村は160cmです。目立って背が低い中村とは全く異なります。160cmの男性を180cmの男性と見間違えるでしょうか。

何らかの関与はあると思われる

私は中村が狙撃犯ではないように思いますが、銃の提供などで何らかの関与をしていると思われます。大量の銃をコレクションしていた中村は、銃の販売によって利益を得ていたのではないでしょうか。そのため実行犯と接触した可能性があり、國松長官狙撃事件に関して、ある程度の情報を持っているのだと思います。中村の証言には信憑性が高いものが含まれるので、中村が真犯人であると思いたくなるものもあります。國松長官狙撃事件と全く無関係とも言えないでしょう。しかし基礎的な射撃の訓練を受けた銃のコレクターが、雨が降る中で20m先の動く標的を正確に打ったと言うのは真実味に欠ける気がするのです。

まとめ

私は狙撃犯はオウムでも中村でもないように思っています。従軍経験者などの銃の訓練を十分に受けた人物で、オウム真理教のどさくさに紛れて事件を起こしたように思います。しかし動機がわかりません。國松長官狙撃によって止まったこと、方針が変わったことを洗い出せば、その中に答えがあるように感じています。



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