江戸時代のファミコン? /ジミ・ヘンドリックスはなにが凄かったのか

不世出の天才ギターリストとして歴史に名を刻むジミ・ヘンドリックス ですが、聴いても何が凄いのかさっぱりわからないという声が多くあります。ギターに火を放って叩き壊したパフォーマンスや歯で演奏するなどのトリッキーな奏法の方が注目され、天才というより芸人のように言われがちです。しかし多くのミュージシャンがジミの名をあげる以上、やはり天才と言われるだけの何かがあるはずです。今回はジミの天才性を考えてみたいと思います。



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ジミ・ヘンドリックスとは

1942年にシアトルでジミが生まれた時、父親のアルは第二次世界大戦に出征中でした。奔放だった母親のルシールは家を出てしまい、ルシールの姉夫婦に育てられることになります。第二次大戦が終わると父親のアルが帰国し、そのままアルに引き取られて父子家庭で育ちました。やがて独学でギターの演奏を始めますが、その様子を見たアルは「おい、ギターが逆さまだぞ」と注意しています。左利きのジミは「この方が調子がいいんだ」と返したそうで、この頃から右利き用のギターを逆さまにして演奏していたようです。

ギターに夢中になっていくジミですが、自動車の窃盗で1961年に逮捕されています。投獄することを恐れたジミは陸軍に志願して入隊しました。この時に、後に一緒にバンドを組むビリー・コックスと出会っています。しかし軍隊内でのジミの評判は悪く、薬物とギターにしか興味を示さない劣等兵として記録が残っているようです。やがて除隊になりますが、トイレ内で自慰行為をしていたのを上官に見つかって除隊させられたという話もあるほどです。


そして除隊と同時に本格的な音楽活動を開始します。アイク&ティナ・ターナーやアイズレー・ブラザーズ、リトル・リチャードなどのツアーでギターを演奏しています。後にリトル・リチャードのツアーは最悪だったと言っており、フリルのついたシャツを着ると「俺より目立とうとするな」とリチャードに怒鳴られたりしたこともあるようです。ツアーでやってはいけないことを全て経験させてもらったと言っていました。

1966年にキース・リチャーズの恋人、リンダ・キースがジミの才能を信じて、さまざまなエージェントにジミの演奏を聞かせます。その中でアニマルズのベーシスト、チャス・チャンドラーがジミを気に入り、ジミは「エリック・クラプトンに会わせてくれるなら」という条件付きで渡英が決まりました。そしてクリームのライブ会場に行き、クラプトンの前で演奏することができました。「キリング・フロア」のイントロをジミが演奏するとクラプトンは楽屋に引っ込み、震える手でタバコに火をつけながら、その演奏能力と才能の大きさを語っていたそうです。

ジミはオーディションでドラムのミッチ・ミッチェルとギターリストのノエル・レディングにベースを任せ、エクスペリエンスを結成してデビューします。そこからジミは27歳で亡くなるまでギター奏法に革命を起こし、死後も大きな影響を与えました。

ジミへの称賛

多くの著名なミュージシャンが、ジミについて発言しているので、その一部を紹介します。誰もが、その演奏力や才能を称賛しています。

ジェフ・ベック



ジミと一緒に演奏していると、俺はただギターを持って突っ立ってるだけのような気分になる


ジミとステージで共演した時の感想です。天才と呼ばれたベックは、ジミと共演した後にミュージシャンを廃業しようかと考えたそうです。自分とは次元が違うと痛感したみたいです。

スティーブ・ヴァイ



ミュージシャンは誰もが自分の宇宙船で自分の星に帰ろうとしてるんだ。ただ残念なことに、俺の宇宙船はジミのものほど大きくないんだよ


ヴァイ特有の言い回しで難解ですが、ヴァイは何度も越えられない存在としてジミの名前を挙げています。

エリック・クラプトン


あそこまでやるか?


ジミがイギリスに行く条件として、チャス・チャンドラーに「クラプトンに会わせて欲しい」と言っていました。ジミはクリームのコンサートに連れて行かれ、ステージに立ちます。ジミが「キリング・フロア」のイントロを弾きだすとクラプトンはステージから降りてしまいます。チャンドラーがクラプトンのところに行くと、震える手でタバコに火をつけながら、この言葉を言ったそうです。クラプトンは「誰もジミのように演奏できない」とも言っています。

ポール・マッカートニー



エディ・ヴァン・ヘイレンはグレイトだ。だけどナンバーワンはジミさ。永遠にね


モンタレー・ポップス・フェスティバルの開催時に、ジミを出さなければイベントは成功しないと、主催者に熱心に売り込んでいます。

マイルス・デイビス



ジミは後年の全てのギターリストに影響を与えた。俺はジミに何か影響を与えられただろうか?


ジャズの帝王マイルスは、自宅にジミを招いてセッションをしています。マイルスはジミの才能に惚れ込んでいて、何度も称賛の言葉を口にしています。

伝わりにくい凄み

このように多くのミュージシャンが絶賛しているにもかかわらず、その凄さは伝わりにくいものになっています。ジミの演奏はミスピックで音を外すことも多く、荒削りなうえに歌も調子外れに聴こえます。その一方でトリックプレイはわかりやすく、絶賛されていました。片手で延々と演奏したり、頭の上や背中、股の下で演奏したり、歯で演奏したりと変幻自在で、ミック・ジャガーは「あいつなら逆立ちしながらギターが弾けたさ」と言っています。では音楽性はどうなのでしょうか?

※歯でギターを弾くジミ


ある掲示板で「結局、ジミヘンって何が凄いの?」という質問があり、それに対する回答が「江戸時代に登場したファミコン」というのがありました。上手い表現だと思います。江戸時代の人がファミコンを見たら、驚愕し、理解できず、混乱しつつも凄いと思うでしょう。しかし現在の目でファミコンを見ると、画像が荒く音もチープで旧式のゲーム機にしか見えません。ジミの音楽もそうで、当時としては革新的すぎて大騒ぎになったけど、今聴いても大したことはないというわけです。果たしてそうなんでしょうか?

ジミの音楽性

根底にブルースがあります。エリック・クラプトンやローリング・ストーンズもブルースから始まっていますが、彼らのようなポップさはありません。泥臭さが残っていて、聴きやすいとは言えない曲もあります。さらにフィードバック奏法というのを多用したため、ノイズが多く入っています。フィードバック奏法とは、エレキギターをスピーカーに近づけると発生するハウリングを意図的に起こし、そのハウリングを効果音として演奏に取り入れることです。

※ギターをアンプにこすりつけてハウリングを起こすジミ


ジミはギターとアンプを最大ボリュームにして、ハウリングやノイズを自在にコントロールしました。そのためライブ盤の曲によっては、マイクが拾える音量を超えてしまったため、わずかなノイズだけが聴こえる部分があります。ジミのブルースはノイズの海から立ち上がる音楽で、プリミティブ(原始的)な魅力がありました。フェンダー社のストラトキャスターの性能を、最初に最大限に引き出したギターリストとも言われています。

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リードギターとヴォーカル

当時は多くのバンドがリードギターとリズムギターの分業を行っていました。ピアノの右手にあたるのがリードギターで、左手がリズムギターになります。ジミはリードギターを弾きながら歌っていました。リードギターはヴォーカルとは異なるメロディラインを演奏しているので、リードギターを弾きながら歌うのはかなり難しい作業になります。ジミはそれを当たり前のようにやっています。



基本的に3人編成のスリーピースバンドだったため、ジミはリードとリズムの両方をよく演奏していました。そもそもリードギターとリズムギターの分業が流行ったのは、分けた方が専門性が高まるので、高度な演奏ができるからです。しかしジミは、1人で両方をこなしながら、誰よりもハイレベルな演奏をしていました。これだけでも、ジミの技術の高さが窺えます。

指癖の少なさ

今日でもギターを弾く人は、リックと呼ばれる短いフレーズを沢山覚えていき、それらを繋ぐことでソロ演奏を行います。お決まりのように何度も使うリックは、その人の指癖と呼ばれ、ギターリストの特徴でもあります。そしてこのリックを多く覚えている人は「引き出しが多い」と言われ、バラエティ豊かな演奏を聴かせてくれます。



しかしジミには、驚くほど指癖がありません。それは完全にアドリブで弾いていることを意味します。その瞬間に閃いたリックを演奏し、また次の瞬間に閃いたリックを足しているのです。ほとんどのミュージシャンにとってアドリブは、覚えているリックの中から瞬間的に選び出して演奏するのですが、ジミはそういったことが極めて少ないミュージシャンです。本人は

「俺のギターはアンテナで、宇宙からやってくる音を受信しているんだ」

何のことかわかりづらいですが、ジャズの帝王マイルス・デイビスも似たようなことを言っています。

「目を閉じると音楽が降ってくる。俺はそれを再現しているだけなんだ」

閃きをそのまま再現して曲を組み上げていくので、その展開力は独創性に満ちています。ミスピックが多いのは、何万回も練習したリックを演奏しているからではなく、たった今思いついたリックを弾いているからです。ですから曲によってはデタラメに弾いているように聴こえるものもありますが、集中している時のジミのソロ展開は、神がかっていました。ここにジミの天才性が垣間見えます。



もちろん閃きをそのまま演奏するミュージシャンは他にもいます。しかしその多くは知っているリックを組み立てただけだったり、アレンジしただけだったりすることがほとんどなのに対し、ジミは延々と閃きだけで演奏していました。「レッドハウス」「マシンガン」などは、長時間にわたりその場の閃きだけで演奏を行なっています。このようなミュージシャンは、ほとんど他では見られません。

さらにそこに歌を合わせることまでやるのですから、同じミュージシャンとしては脱帽だったでしょう。ジェフ・ベックやスティーブ・ヴァイも指癖が少ないギターリストですが、彼らが絶賛するということはアドリブの発想や展開力が、彼らには思いつきもしないものだったからだと推察されます。

発想の自由さ

リードプレイの発想の自由さだけでなく、ギターの使い方そのものが常識を打ち破っていました。代表的なものが、野外コンサートのウッドストックで演奏されたアメリカ国歌です。現地で聴いた人のインタビューの中には「最初はジミが冗談でやっていると思った」と言っている人もいて、何をやっているのか理解できなかったようです。ベトナム戦争が悪化の一途をたどる中、ジミはアメリカ国家の中に戦争を描きました。



アメリカ国家の中に、空爆のために急降下する爆撃機、爆弾の爆発音、悲鳴、マシンガンの銃声、進軍ラッパが鳴り響きます。ギターをこのように使った例は以前にはありませんし、ギターでこのようなことができると考えた人も皆無だったと思います。このウッドストックより前にバンド・オブ・ジプシーズで演奏した「マシンガン」でも、マシンガンの音をギターで表現していました。

ヴォーカルについて

ジミは歌が下手だと悩んでいたそうですが、ボブ・ディランを聴いて、これなら自分も歌えると感じたそうです。そのためか、ディラン同様に癖の強い歌い方をします。一般的に言って、あまり上手いとは思えませんし、耳障りが良いとはとても言えません。



しかしエリック・クラプトンは、ジミの歌を上手いと言っていますし、ミュージシャンズ・インスティチュートでヴォーカルを教えていたティム・ボガートは、癖の強さによって理解されにくいが、ヴォーカルに必要なテクニックを高い次元で使いこなしていると評しています。ただ、上手いかどうかは置いておいても、多くの人に好かれる歌い方かというと、決してそうではありません。苦手という人も多いと思います。

まとめ

ジミの天才性は、音楽をやらない方には単なる荒削りの演奏と歌にしか聞こえないかもしれません。多少でも音楽理論を知っていると「なんでここにこのコードを入れた?」とか、スケールから大幅にはみ出した音を使っているので「なんで?」と思うことがよくあります。ペンタトニックスケールでソロを組み立てる時、スケール以外の音を使う人でも大体は使う音が決まっていて、大きく外れないようにしているのです。しかしそんなことはお構いなしにさまざまな音を使い、それでいてめちゃくちゃになるどころかカッコいい音楽として成り立っているから、多くのギターリストは驚きました。誰も思いつかないような音を即興で使う能力は、ほとんどのミュージシャンが真似できないが故に、今も天才だと言われているのだと思います。


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