Sinn(ジン) /質実剛健さが残るドイツの時計

あまり知られていませんが、ドイツには多くの時計メーカーがあり、スイスとは一味違う質実剛健なつくりで人気を集めています。スイスとは全く異なる歴史背景を持つドイツの時計は、今でも時計を宝飾品ではなく工業製品とみなしていて、愚直な厳格さを守り続けています。今回はそんなドイツ時計メーカーの中で、新興ブランドのSINN(ジン)を取り上げたいと思います。



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波乱のドイツ時計の歴史

ドイツ時計、特に腕時計に関しては、天才時計技師のアドルフ・ランゲと、ランゲの元で時計づくりを学んだユーゴ・ミュラーが大きく歴史に関わりました。その才能を認められていたランゲは、王族お抱えの時計技師の道を断ると、グラスヒュッテという街に時計製造会社の設立を申請しました。申請をシブる政府に、ランゲは貧困地区に雇用を創出したいと訴えていました。1843年のことです。

※アドルフ・ランゲ


1845年、政府を説き伏せてランゲは会社を設立しました。A.ランゲ・ドレスデンという会社で、現在のA.ランゲ&ゾーネになります。ランゲは15名の若者を雇うと時計製造の技術を教え込み、一人前になると独立させました。こうしてわずかな期間でグラスヒュッテは、高性能な時計の産地として有名になります。しかしこの頃から、安価なスイス製時計がヨーロッパを席巻し始めます。

グラスヒュッテにも安価な時計を大量生産しようという機運が生まれますが、成功しませんでした。そもそも雇用創出のために始めた時計産業なのですから、雇用を削減する機械化には消極的だったのです。しかしランゲから学んだユーゴ・ミュラーは、1918年にスイスから最新の設備を持ち込むと、近代化を図ることでヨーロッパ市場でスイスに負けない競争力をつけようとしました。ドイツ政府もこれに呼応しますが、すぐに第一次世界大戦が勃発し、ミュラーの時計会社にも影響が出始めます。

※グラスヒュッテ

さらに敗戦後のハイパーインフレは、ミュラーの会社を破綻に追い込みました。経営破綻をしたものの、ドイツ政府はこの会社の可能性を感じており、中央銀行が主導して時計製造会社とムーブメント製造会社に分離して、存続させました。ドイツ政府はスイス時計を打ち負かす可能性に期待したのです。そしてこの会社は、高性能な時計を量産して発展していきます。

その生産能力がゆえに、政府がナチスになると政府公認の軍事用時計会社に認定されました。ナチスは資金を注ぎ込んで、時計製造の近代化を図りますが、連合国はドイツを侵攻した際にこの会社を破壊しました。ドイツの時計産業は、2度の敗戦により近代化を阻まれたのです。これが今日、ドイツ時計がスイスに遅れをとった大きな原因になっています。

Sinnの歴史

1961年、ドイツ空軍のパイロットだったヘルムート・ジンが始めた時計メーカーです。「低コストで最高の時計」「最高の機能性と視認性」「広告ではなくダイレクトマーケティング」という3原則を掲げて会社はスタートしました。ヘルムート・ジンは第二次世界大戦を戦ったパイロットで、ロシア領土で墜落も経験しています。その時にジンは両手の小指を失いました。戦後はラリードライバーとして活躍し、レースで優勝も経験しています。この頃にレースカーの計器類の製造にも参加しています。

※コクピットクロック


60年代のジンの時計の大半は、飛行機の操縦席に搭載されるコクピットクロックで、腕時計はごく一部でした。しかし徐々に腕時計の製造を増やしていくようになります。やがてジンの時計はパイロットの間で評判を呼び、ついには宇宙飛行士が個人装備として宇宙にも持ち出すようになりました。ドイツ国内では一定のシェアを得るようになり、航空時計としての支持を集めるようになりました。ジンは時計を計測機器として考えており、正確性と視認性を追求した設計を繰り返していきます。

ジンは成功を収めたかに見えましたが、セイコーが引き起こしたクォーツショックはドイツにも影響を与えました。クォーツショックとは、セイコーが安価で高性能のクォーツ式時計を販売しただけでなく、その特許を公開したことで多くのメーカーがクォーツ式時計の製造を始めたことです。これにより機械式時計は駆逐されていきます。ジンもこの影響とは無縁ではありませんでしたが、90年代に入って機械式時計ブームが起こっても、ジンは他のメーカーと違いブームの恩恵を受けられませんでした。

※ローター・シュミット


経営が難しくなったジンは、IWC(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)で辣腕を振るった、ローター・シュミット博士を経営に招きます。94年のことでした。これ以降、ジンは時計ブランドとしての性格を持つようになり、徐々に会社の規模を拡大させていきました。質実剛健さは残しつつ、新たな技術を次々に開発して投入していきます。

Arドライテクノロジー



時計の内部に湿気を溜めないないために考えられた機構で、ドライカプセル、プロテクトガス、EDRパッキンの3つから成り立つ機構です。


ハイドロ

時計内部にシリコンオイルを封入し、防水効果を高める機構です。ガラスと同じ屈折率のオイルを使うことで、文字盤が見づらくなることもありません。この機構により5000mの防水性能を実現しました。

私とSinn

92年に社会人になった私は、7月に初めてのボーナスをもらいました。初任給は親に渡したので、初ボーナスは自分のために記念になる何かを買おうと思いました。初ボーナスは7万円で、何に使ったら良いかわからないまま街に繰り出し、あちこちを見て回っている時にsinn103Bの手巻きモデルを見かけました。

※私物のSINN。ベゼルの傷が目立ちます。


当時は156Bが最高峰のモデルで、レマニア製ムーブメントを搭載して16万8000円だったと思います。103Bはバルジューのムーブメントを搭載して9万円でした。その103Bが2割引になっていて、7.2万円で置いてあったのです。私は103Bのクラシカルなデザインの方が好きでしたし、この出会いは必然だったと思って購入しました。それ以来、30年近く使い続けています。何度か売って欲しいと言われたこともありますが、社会人になった記念の時計なので手放すことなく大事にしています。

代表モデル

103.B.AUTO

60年代にドイツ空軍に正式採用された155のデザインを継承したモデルです。高い視認性を実現したsinnのスタンダードなモデルとして、ロングセラーになっています。

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903

1979年に経営危機に陥ったブライトリングから、ナビタイマーの権利と部品を買い取ったことで誕生しました。そのためブライトリング・ナビタイマーとそっくりな時計になっています。

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EZM3

97年に登場したEZM(アインザッツ・ツァイト・メッサー)は、対テロ特殊部隊のGSG9に採用された時計だそうで、手首を怪我しないように竜頭が左に取り付けられ、ベゼルが普通とは逆のメモリになって、これはミッションタイマーと呼ばれるカウントダウンができる仕様です。EZM3は、そのEZMの後継機種です。

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U2

ドイツ最新鋭の潜水艦にも使われている鋼材を使った時計と宣伝されている、ダイバーズウォッチです。そのため海水耐性が強く、反磁気性があり、強度も高いレベルを誇っているそうです。



556

クロノグラフが多いジンの中では、珍しい3針時計になっています。入門用とも言われていますが、この実用的でシンプルな顔立ちが好きという人も多くいるようです。



356フリーガー

最もシンプルなクロノグラフで、クラシカルな印象の時計です。最も人気のあるシリーズの1つで、現在のジンのラインナップの中では、購入しやすいクロノグラフになっています。

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まとめ

ドイツの時計には伝統があり、スイス時計とは違った魅力があります。その中でもジンは人気のある時計で、アクセサリーというより計測機器といった質実剛健さが残ります。他とはちょっと違う時計を探している人なら、検討に加えるのもいいかと思います。

個人的にはローター・シュミット博士が入ってから、ブランド化が著しいのが鼻につきます。しかし時計メーカーとして生き残るための戦略であり、生き残らなければ商品を作ることもできなくなります。私はかつての地味なジンが好きですが、こうしてたくましく生き残っているのは素晴らしいことではないでしょうか。


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