まだ椎名林檎を右翼と言っている人たち

先日、あるグループで食事をしていると椎名林檎の話題になり「右翼に媚を売るようになった椎名林檎は終わった」と言っている人がいました。2015年頃から椎名林檎は右傾化していると言われ出しましたが、それがまだ続いているのかと思うと驚きです。結論から言うと、右翼や左翼にピリピリした空気になってから椎名林檎を初めて聴いた人が過剰反応しただけで、デビュー以来椎名林檎のスタンスは変わってないのです。彼女は政治思想からは縁遠いタイプで、右翼も左翼も政治的にはなんら関心がないと思われます。



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騒動の発端

2014年にNHKからサッカーワールドカップ、ブラジル大会放送のテーマ曲、ならびにワールドカップ以降のサッカー番組の曲を作って欲しいと依頼されて書き下ろした「NIPPON」という曲をリリースしました。NHKからは他国の試合も中継するが、日本を応援する曲にして欲しいという依頼のほか、日本代表のイメージカラーの「青」を歌詞に入れて欲しいなど、曲調も含めて具体的な依頼だったようです。



いかにも椎名林檎らしいグルーヴ感に溢れたテンポの良い「NIPPON」はリリースと同時に話題になりましたが、一部から批判も集まりました。批判は大体次のようなものでした。

・歌詞の「混じり気のない気高い青」は純血主義を想起させる。
・「不意に接近している淡い死の匂い」など死を連想させるものは応援歌にふさわしくない
・PVは特攻隊を想起させる。
・日本と関係ない試合で、日本の応援歌が流れるのは間抜けだ。

さらに翌年、フジロックフェスティバルに行ったジャーナリストの津田大介氏が椎名林檎のライブを見て、旭日旗を振っているファンがいて驚いたと写真付きでツイートし、まるで右翼の集会のようだと批判が集まりました。



右翼批判のズレ加減

椎名林檎はデビュー当時から昭和の美の様式を好み、昭和歌謡かと思うような曲も出してきたのですから、NIPPONもその延長線上にあります。もし彼女が右翼なら、右傾化したのではなくデビュー時から右翼でした。



旭日旗を振っていたというのは、以前から販売しているファングッズで、旭日旗に似たデザインになっています。しかしこれをもって椎名林檎を右翼だとするなら、「日本共産党」と書かれた拡声器で歌っていた時期の椎名林檎は左翼だったということでしょうか。左翼思想を歌ったものを私は思いつかないのですが、パフォーマンスの一部を切り抜きして右だ左だと断言するのなら、あの時期の椎名林檎は間違いなく左翼ということになってしまいます。

椎名林檎が師匠と呼び、東京事変のベーシストでもある亀田誠治は、ロックやポップスを演る日本人は少なからず洋楽にコンプレックスを抱いているが、椎名林檎は屈託なく美空ひばりとレディオヘッドの素晴らしさを同じように語り、洋楽コンプレックスを持たない彼女の感性に驚いたと言っています。そのため彼女はそれまでの世代と比較してコンプレックスがなく、フラットに自分が良いと感じるものを取り入れています。



昭和の美に関心が高く、自身の感性で美しいもの、格好良いものに惹かれ、それをあけすけに表現してしまうのが椎名林檎の歌詞であり、過剰なまでにその想いを押し出すのが特徴です。作品のテーマはデビュー以来、女性の性(さが)、死、世の中の諸行無常や因果です。ですから「死を仄めかす」という批判は、何を今さらといった気分になります。これまでにもさんざん繰り返しテーマにしてきたことなのです。

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NIPPONはサポーターのことを歌ったのでは?

私は「NIPPON」を最初に聞いた時に、日本のサポーターのことを歌っていると感じました。当時のツイッター上にも「バカにしてるww」や「俺たちdisられてる?」という反応もあり、それらもサポーターを歌ったと感じての感想のようでした。なにせ曲は試合開始のホイッスル、歌は「フレー フレー」で始まりますから、サポーターの目線だと思います。

鬨の声が聴こえている
気忙しく祝福している

「鬨の声」は合戦の時に、士気を鼓舞するために大勢で上げる声です。試合を前に選手達が声を上げ、それを応援団が「毛忙しく(慌ただしく)祝福している」ことから、スタジアムに駆け込んでいる人、テレビの前に急ぐ人などのことでしょう。

今日までハレとケの往来に
蓄えた財産をさあ使うとき

ハレの日はめでたい日で、ケの日は日常です。この部分は「普段から貯めていたお小遣いとお年玉を、今こそ使おう」とみんなで応援に駆けつけているように促していると、私は解釈していました。

爽快な気分だれも奪えないよ
広大な宇宙繋がって行くんだ
勝敗は多分そこで待っている
そう 生命が裸になる場所で

ここら辺りから壮大な雰囲気になり、人によっては「中二病っぽい」と言われます。この過剰で壮大な雰囲気こそ、私がサポーターの事だと思った所以です。日本代表の勝敗が自分の人生に与える影響などほとんどないのに、スタジアムに詰めかけ、声を枯らし、選手とともに涙を流したり歓喜に包まれる人達です。

サポーターは「自分たちの想いは選手に伝わるはず」と信じて応援します。この歌詞は「自分たちの声をブラジルに届ける」と、代々木に集まって声を枯らす人達の空気だと私は感じました。代々木でどれだけ声を上げてもブラジルに届くわけはないのですが、そう信じたくなるものがサッカーにはあります。そしてあの熱狂の渦に身を置いたかのようなアップテンポのビートで曲は進み、攻撃的なギターソロを挿入します。

噫また不意に接近している淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている

ここも「この試合に勝てるなら死んでもいい」「このフリーキックが決まるなら死ねる」などと言っているサポーターの目線だと思いました。傍目に観るとバカらしいですが、私だってそういう場面では祈るような気持ちでプレイを見ています。滑稽なほど真剣で、日本の勝利だけしか頭になく、声援を送り続けるサポーターが、

この地球上で いちばん
混じり気の無い気高い青

なのではないでしょうか。私はこの歌は日本代表の応援歌というより、日本のサポーターを讃える歌だと思いました。サポーターの想いを過剰なほど押し出しているので、自分たちがdisられていると感じた人もいたのでしょう。

批判の根元にあるのは右翼アレルギー

ファーストアルバム「無罪モラトリアム」で、裁判で「勝訴」の紙を掲げる弁護士と、それに群がるメデイアを面白いと感じてジャケットにした椎名林檎が、旭日旗を振る群衆を映した昭和の映像を見て、自分もやってみたいと思ったのは容易に想像が付きます。

※アルバム「無罪モラトリアム」のジャケット

しかし時代は政治主観にピリピリしていて、右翼を連想させるものに過剰な反応をする人達がいるのです。そういう人達にとっては、旭日旗に似た旗を振るコンサートを見ただけで、アレルギー反応を起こして大騒ぎしてしまうわけです。右翼批判の中で、私が最も笑ったのは某週刊誌に載っていた某大学の講師のものでした。

「『NIPPON』の歌詞を読んでも、すこぶる薄っぺらいもので、『ああ、この人はサッカーも、日本国家にも何も興味がないんだろうなあ』ということはよく伝わってきました。〜(中略)〜  何ら確信を持っていなくとも、右翼的な振る舞いを習慣的に行っている者たちは、立派な右翼とみなさなければならないと思います。〜(中略)〜 あるいは椎名林檎的な表現形態も、いまだに先の大戦の総括もきちんとできずに、ぐずぐずとルサンチマンを抱く者たちが一部に存在するこの国の文化風土から出てきたものであるとするなら、両者の『美学』は同じ敗戦国で、かつファシズムに走った国のそれとして共鳴している可能性があります」

このコメントを読んでも、すこぶる薄っぺらいもので、「ああ、この人は椎名林檎も、ロックにも何も興味がないんだろうなあ」ということがよく伝わる文章です。ツッコミ所が何カ所もあるのですが、自身が右翼的だと考える振る舞いにアレルギーを起こしていることがよくわかります。椎名林檎が何者かを知らず、これまでのパフォーマンスも知らずに曲全体の文脈が読めず、独りよがりな解釈を加えて見当違いの批判をすることで自己満足している様子がありありと浮かびました。この曲で椎名林檎を初めて聴いた、右翼アレルギーの典型的な反応だと言えるでしょう。

まとめ

この騒動はパフォーマンスが気に障るので、どうしても右翼だと決めつけて批判したい人達の空騒ぎなのですが、本人も「そういう読解力の方とは、縁がないって思っちゃう」と言っていますし、何の後ろ盾もない自分が大きな仕事をもらえたので、バッシングが始まったのだろうと予想していました。私は椎名林檎が右翼とも左翼とも思っていませんが、歌手が政治的なパフォーマンスをするのはありだと思っています。しかし忌野清志郎の時に書いたように、格好良くできなければ意味がないのです。そして椎名林檎の「NIPPON」は、間違いなく格好良い曲だと思いました。


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