進撃の巨人で考える作戦の二重性 /危険な作戦と実行する理由

 漫画・アニメ作品の「進撃の巨人」は、多くの要素が散りばめられているため、さまざまな考察が可能です。私は原作を途中までしか読んでおらず、アニメを最新話まで見ていますが、難解なストーリー展開を理解する中で多くのことを考えさせられました。特にアニメのシーズン1で行われた巨大樹の森での作戦は目的に二重性があり、ビジネスなど一般的なことにも通じる部分があると思いました。そこで巨大樹の森で行われた作戦を考えてみたいと思います。


※一部にネタバレを含みます。

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進撃の巨人の概要

2009年から別冊「少年マガジン」に連載されている漫画で、2013年からアニメとしても放送されています。日本だけでなく世界的なヒットを記録していて、全世界での累計発行部数は1億部を突破する人気作品です。人を喰う巨人がいる世界で、巨人の脅威から逃れるために壁に囲まれた世界で生きる人類の物語です。今回解説するのは、主人公のエレンらが訓練兵を卒業して調査兵団に入り、壁外調査に向かう話になります。アニメではシーズン1 エピソード17「女型の巨人」からエピソード22「敗者達」までです。

今回紹介する巨大樹の森での攻防は、兵団内部にいると思われる巨人の協力者を炙り出すことと、巨人の捕獲を目的としていました。しかしその作戦目的は多くの兵士に伏せられており、現場の兵士たちの間では混乱が起こりました。なぜこのようになったのか、考えてみたいと思います。

主人公エレン・イェーガーの紹介

「進撃の巨人」は、エレン・イェーガー(15歳)が物語の主人公です。シガンシナ区で医師のグリシャ・イェーガーとウエイトレスをしていたカルラの間に生まれます。10歳の頃に突如出現した超大型巨人と鎧の巨人によってシガンシナ区が破壊され、目の前で母親が巨人に喰われてしまいます。この混乱で父親は行方不明になっており、巨人に対して激しい憎悪を抱いています。


12歳で兵団に入隊し訓練兵としてトロスト区にいる時に、再び突如現れた超大型巨人と鎧の巨人によって壁門が破壊されます。その際に幼馴染のアルミンを助けようとして巨人に喰われてしまいますが、なぜか巨人となって復活しました。なぜエレンが巨人になったのかという疑問と共に、シガンシナ区が巨人に襲われる直前に父親が秘密を打ち明けようとしていたことから、父親が使っていたエレンの家の地下室に巨人の秘密があると考えられます。

その他の登場人物の紹介

この物語には多くの登場人物がいますが、今回の投稿に関係ある人物だけを紹介します。

エルヴィン・スミス

この物語の中心になる調査兵団の団長です。調査兵団の最高責任者にして、聡明で柔軟な思考の司令官でもあります。今回の巨大樹の森での作戦は、エルヴィンによって計画されました。人類が巨人の脅威に打ち勝つためなら死も受け入れる覚悟を持つと同時に、人類のためなら仲間の命も切り捨てる非情さも持ち合わせています。部下からの信頼は厚く「考えが分からずともついていく」と言われています。


リヴァイ

調査兵団の兵士長であり、エルヴィンの片腕と呼べる人物です。人類最強と呼ばれる高い戦闘力を武器に、巨人との戦闘では圧倒的な強さを見せています。エルヴィンへの信頼は絶大で、同時に部下からも絶対的な信頼を寄せられています。潔癖症で神経質に掃除を行ったり、返り血を汚いとすぐに拭っていましたが、死にかけた部下の血塗れの手を強く握るなど、部下想いの一面を見せることもあります。


アルミン・アルレルト

エレンの幼馴染で104期生です。小柄で体力がなく、戦闘能力は同期の中では低い方です。しかし非凡な頭脳を持ち機転が効くことから、同期の中でも一目置かれる存在になっていきます。また頑固な一面も持ち、正しいと思うことからは一歩も引かない姿勢を見せます。巨大樹の森では多くの団員が混乱する中、冷静にエルヴィンの思考を読んで事態を把握していました。この作戦には他の104期生と同様に新兵として参加していました。


ジャン・キルシュタイン

エレンやアルミンと同様に104期生です。同期のマルコからジャンは強い人ではないから弱い人の気持ちがわかると指摘され、リーダーの資質を見せ初めています。エレンのことを嫌いだと公言していますが、2人が喧嘩を始めても止める同期はおらず、仲の良さの裏返しと思われている節があります。アルミンに対しても「エレンといつもつるんでる気持ち悪い奴」と言いつつ、何かと頼りにしていることが伺えます。


壁の構造

ここから先の話は、物語に出てくる壁を理解していないと話が見えないので簡単に説明します。この世界は王様が君臨する王政で、3つの壁で構成されています。壁は外からウォール・マリア、ウォール・ローゼ、ウォール・シーナになります。


3つの壁には4方向に城壁都市があり、ウォール・マリアの外部にあるのがエレンらが生まれたシガンシナ区です。ここが超大型巨人と鎧の巨人によって襲撃され、シガンシナ区からウォール・マリアにつながる門が破壊されました。この時に、エレンの母親は巨人に喰われています。これによりウォール・マリアには巨人が溢れることになり、人間が住めない世界になってしまいました。それから5年後に超大型巨人はトロスト区を襲撃し、巨人がトロスト区に巨人が入ってきました。

エルヴィンはどう考えたか

①トロスト区襲撃の疑問

5年前、超大型巨人と鎧の巨人は、シガンシナ区の壁門を破壊しウォール・マリアの門も破壊しました。そのため人類は壊滅的なダメージを受け、多くの死者を出すことになります。しかし先日のトロスト区襲撃では、超大型巨人と鎧の巨人はトロスト区の壁門を破壊したのにウォール・ローゼの門は破壊しませんでした。なぜ巨人はウォール・ローゼを突破しなかったのか、エルヴィンはここに疑問を持ちました。

そこでトロスト区の壁門を破壊した後に重大な問題が発生し、そのためウォール・ローゼの門を破壊できなかったと仮説を立てました。トロスト区攻防戦で起こった重大な問題とは、エレンの巨人化です。巨人たちにとってエレンの巨人化がウォール・ローゼの破壊より重大な事件だったとすると、巨人の侵攻が中途半端に終わったことに納得がいきます。では巨人はどうやってエレンの巨人化を知ったのでしょうか。

②エレンの巨人化を見た者たち

エレンが巨人化したことがわかるのは、絶命した巨人の中からエレンが出てきた時です。この時に屋根の上からエレンを目撃した者が複数名いました。

ミカサ・アッカーマン訓練兵(104期生)
アルミン・アルレルト訓練兵(104期生)
ジャン・キルシュタイン訓練兵(104期生)
ライナー・ブラウン訓練兵(104期生)
ベルトルト・フーバー訓練兵(104期生)
アニ・レオンハート訓練兵(104期生)

エレンと同じ104期生の訓練兵ばかりが巨人の中から出てきたエレンを目撃しており、この中に巨人と内通する者がいて、超大型巨人や鎧の巨人にエレンが巨人化したことを伝えたと考えられます。そこでエルヴィンは、この中から内通者を絞り込むことにします。

③捕獲した巨人の殺害と所属兵団の決定

調査兵団が捕獲した2体の巨人(ソニーとビーン)が殺害される事件が発生しました。巨人の謎を解くための重要な検体が殺害されたこと、殺害者は立体機動装置で逃げたという目撃談があったことで、兵団内に巨人の内通者がいることが確実になります。そこでエルヴィンは策を打ちます。新兵勧誘式で、104期生全員に秘密を打ち明けるのです。

※ソニーとビーン

エルヴィンが打ち明けたのは、エレンの生家の地下室に巨人の秘密を知る重大な手がかりがあるということです。調査兵団はその地下室に向かい、巨人の謎を解き明かすと宣言します。もしこの中に巨人の内通者がいるならば、調査兵団に潜り込んで地下室の秘密を暴くのを邪魔するはずです。その結果、先のエレン巨人化を目撃した104期生6名のうち、アニ・レオンハートを除く5人が調査兵団に入団しました。この中の誰かが巨人の内通者と考えられます。そしてエレンによって人間が巨人化することが判明した以上、この5人の中にエレン同様に巨人になれる人物が混じっている可能性もありました。

④ウォール・ローゼが突破されなかった理由

巨人たちは5年前と同様にトロスト区の壁門を突破した後にウォール・ローゼも突破する予定だったのに、エレンが巨人化する出来事があったためウォール・ローゼ突破を断念したとエルヴィンは仮定しました。ではなぜエレンが巨人化しただけで突破を諦めたのでしょうか。せっかく破壊したトロスト区の壁門も、巨人化したエレンに大岩で塞がれてしまいます。巨人の目的が人類の殲滅なら、エレンを殺害するはずです。

そのため巨人はエレンを殺すのではなく、仲間に引き入れるなどエレンを確保することが目的ではないかと考えました。殺戮するだけなら壁内でも可能ですが、エレンを捕獲して脱出するのは難しいと巨人も考えたのでしょう。そこでエルヴィンはあえてエレンを確保しやすい場所に移動させることにします。それが壁外調査です。

壁外調査の目的

第57回壁外調査が実施されます。極めて短距離の移動しかしない調査で、エルヴィンが考案した長距離索敵陣形を試し、エレンの生家があるシガンシナ区に行くための試運転と説明されていました。しかしこの壁外調査には別の目的があり、それは大半の兵士には伏せられていました。その目的は巨人の内通者を炙り出し、巨人を捕獲することです。第57回壁外調査には、二重の作戦があったのです。

この2つ目の作戦は、一部の者にしか伝えられていませんでした。誰に伝えて誰に伝えないかは、兵団に5年以上いるかいないかで線引きされました。エルヴィンは、5年前にシガンシナ区が突破された際の混乱に乗じて巨人の内通者が壁内に入り込んだと考えたのです。調査兵団は生存率が極端に低いので、5年も生きながらえている団員はごく一部でした。そのため壁外調査に参加したほとんどの団員は、真の目的を知らないまま参加しました。さらに長距離索敵陣形内のエレンの位置を、団員に知らせていませんでした。

ミッドウェイ海戦の失敗

作戦の目的は1つに絞るべきで、作戦の目的に二重性があると混乱が生じやすくなります。その代表的な例が、太平洋戦争時に行われたミッドウェイ海戦です。日本海軍は航空母艦4隻、戦艦2隻を筆頭に大部隊を展開した作戦で、それまで優勢だった日本が一気に劣勢になるきっかけになった海戦です。

※ミッドウェイ海戦


この時の日本海軍の作戦の目的は二重になっていました。1つはミッドウェイ島の基地を攻撃して占領すること、もう1つは敵の機動部隊(空母艦隊)を叩くことです。まずミッドウェイ基地を空爆し、それによって誘き出された米機動部隊を叩くという流れで作戦は決行されました。しかし何を優先するかが参加した兵士全員に徹底されなかったため、海戦中に大混乱が生じてしまいます。

航空機の脅威を知っていた最高司令長官の山本五十六は、敵の空母が何隻いるかを常に気にし、1隻でも多くの空母を叩くことを考えていました。しかし現場の責任者であった第一航空機動部隊の南雲忠一中将は、ミッドウェイ基地の占領を重視しました。そのため基地を攻撃するのか空母を攻撃するのかで二転三転し、そこに迷子になった米爆撃部隊がたまたま南雲艦隊の真上に現れるなどの不運も重なり、大敗することになりました。

一方、アメリカの機動部隊を率いるチェスター・ニミッツ提督は、日本の大部隊を前に空母の温存を最優先にすることを徹底させています。最悪の場合、ミッドウェイ基地を日本に明け渡すことになっても空母を守るように厳命していたのです。作戦目的に二重性があった日本と、一貫した目的があったアメリカの差が、絶望的な戦力差をひっくり返すことになりました。

巨大樹の森での混乱

予想しなかった女型の巨人の出現により、長距離索敵陣形は崩壊し、多数の犠牲者を出しました。撤退すると思っていた多くの団員は、エルヴィンが撤退命令を出さずにそのまま巨大樹の森に入ったことで混乱します。すでに作戦は失敗したと思っている団員は、わけもわからぬまま巨大樹の森の周辺で警備をさせられることになります。この時の心境は、以前アルミンが同期生に問われた時の言葉から想像することが可能です。
僕は死ぬ理由が理解できたら、そうしなきゃいけない時もあると思うよ

 アニメ シーズン1 エピソード16「今、何をすべきか〜反撃前夜③〜」より

人類のために必要なら死ぬことも辞さないと決意していた団員らは、なぜ死ぬのかわからない状態に追い込まれているのです。彼らは迫り来る巨人を前に死の恐怖に直面すると同時に、自分の死は無駄死にになるかもしれないという恐怖にも襲われました。ですからジャンのように、無能な上官の殺害を仄めかす者も出てくるのです。この時、調査兵団は崩壊寸前だったでしょう。団員の士気は低下していたはずですし、造反のリスクもありました。

※巨大樹の森で話し合うアルミンとジャン


混乱の中でも作戦を遂行できた理由

作戦を遂行できた最も大きな理由は、エルヴィン団長やリヴァイ兵長への部下の信頼だったと思います。意味不明な作戦を行っていても、この作戦には意味があるはずだと部下が信頼していたので、最後まで作戦を遂行することができました。その信頼はリヴァイ班のオルオの言葉に現れています。女型の巨人に反撃するべきだと主張するエレンは、「(仲間を)見殺しにする理由がわかりません。それを説明しない理由もわからない!」と言います。それに対するオルオの回答は明確でした。
(リヴァイ)兵長が説明すべきでないと判断したからだ

自分たちは知らされていないが、上官達は間違ったことをしていないはずだという想いから出る言葉です。もちろんこれが全員に共有されたわけではないでしょうが、多くの団員がそう信じていたから最後まで作戦を続けることができました。逆に言うと、エルヴィンやリヴァイの求心力頼みの作戦であり、危険な賭けだったことがわかります。 

なぜ作戦は失敗したのか

この作戦ではエレンを餌に巨人の協力者や巨人を誘き出すという高いリスクを負い、さらに膨大な死者を出しながら、得られた情報はほとんどありませんでした。そのため作戦は完全な失敗と言えるでしょう。一時は女型の巨人の捕獲に成功しましたが、女型の巨人が他の巨人を呼び寄せることができるということ、一度巨人化を解いた後に再度巨人になれることなどを知らなかったため、最終的に女型の巨人を逃がしてしまいました。この圧倒的な情報不足が最大の要因だと考えられます。

作戦目的の二重性は士気に影響を与えましたが、作戦失敗の直接的な原因にはなりませんでした。仮に兵団の全員が作戦の真の目的を知っていたとしても、女型の巨人が無垢の巨人を大量に呼び寄せた際には、ほとんど何もできなかったでしょう。巨人の数が多すぎて、ほとんど無力だったでしょう。

※食い尽くされる女型の巨人

さらにエルヴィンは覚悟の違いについても言及しています。自身を巨人に食わせて情報の隠滅を図った女型の巨人について「敵には全てを捨て去る覚悟があったということだ」と語り、女型の巨人の捕獲には人間性さえ捨てなければ立ち向かえないと決意していました。

なぜ無謀な作戦を行ったのか

目的の二重性を持った作戦は、エルヴィンの求心力によって破綻することなく最後まで行うことができました。しかし多くの犠牲を前提とした作戦に、目的を知らせないまま実行するのは無謀とも思えます。104期生のジャンがアルミンに語りかけています。

「(団長は)正しいとは言えねぇだろう。内部の情報を把握している巨人の存在を知っていたらよ、対応も違っていたはずだ」

それに対するアルミンの回答は、この物語全体のメッセージを含んでいると言えます。

ジャン、後でこうするべきだったって言うことは簡単だ。でも結果なんて誰にも分からないよ。分からなくても選択の時は必ず来るし、しなきゃいけない。100人の仲間の命と壁の中の人類の命、団長は選んだんだ。100人の仲間の命を切り捨てることを選んだ。

シーズン1 エピソード20 「エルヴィン・スミス 」

リスクの高い作戦を行った理由は、このアルミンの言葉に集約されていると思います。情報が不足し危うい作戦だとわかっていても、巨人の秘密に迫るため、巨人に怯えて暮らす人類の未来のために仲間を犠牲にしてエルヴィンは突き進んだのです。しかし事情を聞かされてなかった兵士は、ジャンの言葉に代表されるように不満を持つことになりました。そして作戦は失敗に終わりました。そのため次の作戦では、エルヴィンは目的を明確にした一点突破を図っています。

まとめ

巨大樹の森での作戦は、作戦の目的に二重性がありました。そのため兵団内に混乱が発生し、疑心さえ生みました。調査兵団には強い求心力を持ったリーダーがいたため作戦は続行されましたが、普通の組織であれば更なる混乱が起こっていたでしょう。この話を作戦から経営方針に置き換えると、企業でも起こりがちな話だと思います。そしてこの作戦の失敗からエルヴィンがどのように考え方を変え、どのような作戦を立てたのかは、また別に書きたいと思います。


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