スポーツが子供に夢を与えるより大切だと思うこと

 アスリートがYouTubeを始めることが増え、さまざまな意見を発信しています。先日、女子バスケットボールWリーグの大神雄子さんが、自身のチャンネルで子供に夢を与えることを繰り返し述べていました。もちろん子供に夢を与えることは大事だと思うのですが、それ以外にも大事なことがあるように思いました。



競技が存続するためには

多くの競技が存続を賭けて日々を戦っています。日本ではメジャー競技と言える野球やサッカーJリーグでも同様です。その中で女子バスケットボールのWリーグはまだまだマイナーな存在で、野球やサッカーなどと比べるまでもなく地味な存在です。テレビ中継もほとんどなく、観客動員数も増えてきているとはいえメジャー競技には大きく水を開けられています。完全にプロ化した男子のBリーグは急成長を遂げていますが、Wリーグはプロの選手と社会人選手の混合状態で、まだまだ基盤は弱いといえます。

あらゆる競技を支えるのは人気です。最も収益力があるのはヨーロッパのサッカーや、アメリカのNFL(アメリカンフットボールのリーグ)ですが、これらの競技は圧倒的なファン数によって支えられています。例えばNFLの王者を決めるスーパーボウルや、ヨーロッパサッカーリーグの頂点を決めるチャンピオンズリーグ決勝のテレビ視聴者数は、毎年約1億人です。1試合を1億人が見る競技の集金力は高く、それが選手の年俸やトレーニング環境の充実、スタジアムの整備などに使われています。

競技が存続し発展するには多くの人気を獲得することが重要であり、いかにしてファンを獲得するかが重要になります。そしてどれだけ集金できるかという話をスポーツに持ち込むのを嫌がる人もいますが、現実的に集金できないと選手の給料未払いなどの競技の存続が危ぶまれることになります。男子バスケットボールでは、選手やスタッフに給与が払えなくなった社長が生命保険で償おうと自殺未遂を図った事件もありました。競技の存続にはお金が必要ですし、そのためには人気が必要なのです。

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ルールすらわからない競技

こうして多くの競技が人気を獲得するために日々奔走しているのですが、競技によっては大半の人にとってルールがわからない競技があります。例えばテニスのルールはわからない人が多いでしょうし、ラグビーなどはさらにわからない人が多いでしょう。ハンドボールや水球、自転車競技などは全くわからない人も多いはずです。競技のファンを増やす際に、見る人がルールがわからないというのは大きなハンデになります。ルールがわからなければ、試合で何が起こっているのかわからず、場合によってはどちらが勝ったかすらわからないかもしれません。

そのため学校教育で取り入れられている競技というのは、大きなアドバンテージを持っています。誰もが体育の時間に行う競技、サッカーやバスケットボール、バレーボールなどは学校教育でルールを学んでおり、多くの人が競技を見て何が起こっているか理解できるからです。女子バスケットボールは集客に苦戦していますが、水球などに比べればファンを獲得しやすい環境にあるといえます。

さらに学校には部活動があり、ここでも競技を体験することができます。全国の中学校や高校には多くの部活動があり、よりハイレベルな競技性を知ることが可能です。そのためマイナー競技の一部は部活動に取り入れてもらう活動を行なっていて、より多くの人に知ってもらおうとしています。この点から考えると、大神雄子さんが子供に夢を与えると言っている女子バスケットボールは、恵まれた環境にあると言えるでしょう。


ファンにするべき人たち

商売をする際に、多くの人が誰を自分や自分の会社のファンにするべきかを考えます。ラーメン店を始めるなら、近所に住む人や近所の会社に勤める人が第一候補になることがほとんどです。池袋にラーメン屋を開店し、千葉市でチラシを配ることはしません。池袋駅前でチラシを配ります。近所にいる人達に新たなラーメン屋が開店したこと、そのラーメン屋が魅力的であることを伝えようと考えます。

家具屋さんを開店するならどうでしょうか。近所の人にも家具を買い替えたいと思う人はいるでしょうが、そんなに多くはないでしょう。そこで新居を購入する人にアピールすることになります。マンションのモデルルームから出てきた人に、チラシを配る家具屋さんが多いのはこのためです。新居を購入する際に家具を新調する人が多いので、そういう人を自身の店のファンにしようとしているのです。

ではスポーツではどうでしょう。全くその競技に関心がない人よりも、少しでも関心があったり関わりがあった人をターゲットにする方がファンになってもらえる確率が高まります。バスケットボールならバスケットボール経験者、バレーボールならバレーボール経験者がそれにあたります。部活で経験した人であればルールも知っていますし、競技の奥深さも知っています。そういった人をファンにし、そのファンが友人を連れて会場に来てもらう流れができれば観客数は大幅に増えるはずです。

もし部活などでバスケットボールを経験した人の半分がBリーグやWリーグを年に1度見にいけば、観戦チケットはプラチナチケットになり、毎回のように会場に人が溢れるでしょう。正確な数字は知りませんが、全世代でバスケットボール経験者の数は相当数にのぼるはずです。経験者こそファンにするべきであり、リーグが最もアピールする層だと言えるでしょう。


スポーツエリートが見落としがちなスポーツ底辺

どの競技も選手はピラミットを形成し、頂点にいるのは少数のスポーツエリートです。スポーツエリートはその頂点にばかり目が行きがちですが、競技経験者の大多数はそれよりはるか下にいるスポーツ底辺です。この人達は才能がなく、練習も不足し、満足な指導も受けられていません。ですから勝つことなどほとんどなく、全国大会どころか市の大会や地区大会であっさり敗退して終わっています。この大多数は弱くても競技経験者であり、巨大なファン獲得市場になりうる場所なのです。


友達に誘われてなんとなく3年間をバスケットボールで過ごした人もいるでしょうし、頑張ったけど全く結果が出なかった人もいるでしょう。全く勝てない弱小チームであっても、何かのきっかけで結束して頑張り、3年間でわずか1勝しかできなかったという人もいるでしょう。バスケットボール界では誰も注目しない1勝ですが、その人にとってはかけがえのない1勝です。全く勝てなかった人も多いでしょう。しかし1年生の時は強豪相手に怯えることしかなかった自分が、頑張って練習して3年生の時には怯えることなく立ち向かえたという人もいるでしょう。負けたけど、そんな自分をちょっとだけ誇らしく思った瞬間は、その人のかけがえのない学生時代の思い出なのです。

そういった思い出を日々の忙しさの中で忘れてしまい、思い出すきっかけもない人達がいます。そういう人達を刺激して、もう一度その時の気持ちを思い出してもらえれば、会場に足を運んでくれる可能性が出てきます。スポーツエリートはスポーツエリートの喜び、苦しみや悩みにも共感しやすいと思います。ですからスポーツエリートは、スポーツエリートに注目しがちです。しかし競技の発展を考えるなら、もっとスポーツ底辺に目を向けるべきではないかと思います。


部活動の弊害

しかし部活動を通じて、その競技が嫌いになってしまっていたら、その人がファンになることは難しいと言えます。大抵の人は学生時代の部活のことを質問すると面白かったとか楽しかったと言います。しかし心の奥底では大嫌いだったし、思い出したくもないと思っている場合があります。

学生時代の最も楽しい時間に早起きして朝練に行き、放課後も遅くまで練習し、その練習の間に怒られ、試合では負けて、負けたことで怒られる。そんなことを繰り返していたら楽しいはずがありません。ただ辛く苦しいだけになってしまいます。どんなに辛くても勝利の美酒というのは最高に美味しいので、優勝すれば辛さを忘れてしまいます。しかし全国で優勝できるのは1校しかないのです。ほとんどの人が勝利の美酒を経験できずに終わってしまいます。

では勝利の美酒も知らない人が、なぜ楽しかったと言うのでしょうか。それは自分の学生時代を、自ら否定することになるからです。他人に話せば「そんなに辛かったのになぜ辞めなかったの?」と言われてしまい、逃げることすらできなかった自分を見せることになるからです。ですからどんな嫌な思いでも良い思い出に変換してしまい、楽しかったと口にしてしまいます。しかしそういった人達が時間とお金を使って会場に足を運んでくれるかというと、それは難しいでしょう。

これに体罰が加わると、さらに状況は悪化します。毎日辛い練習を行い、怒られて殴られ、負けると怒られるという状況を心底楽しめる人はいないでしょう。楽しいことが少なく、ただ殴られたり怒られたりする記憶ばかりが残ると、心の奥底では思い出したくない嫌な思い出になってしまいます。ですから体罰や部活内のいじめは競技全体にとって最悪のことであり、絶対に撲滅しなくてはいけないことなのです。

これはラグビーの大八木淳史氏が、恐ろしい風貌とは反対に練習中に笑いを重視する姿勢にも繋がっていて、大八木氏は怒られてばかりだった現役生活を振り返って、後輩には楽しくラグビーをやってもらいたいと考えているようです。この件は以下の記事に詳しく書いています。

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楽しさを伝える重要さ

あらゆる競技は、もっともっと学生競技に目を向けるべきだと思います。学生スポーツは、将来のスター選手を発掘する場でもありますが、同時に将来の顧客を育てる場所でもあります。現在は将来のスターを発掘する場所としてばかりが注目され、顧客を育てるという意識が希薄に見えます。ですから才能が全くない人、なんとなく部活で入ってしまった人などに、その競技の楽しさを伝えるということを、もっともっと行うべきではないでしょうか。学校の体育の授業で行われ、部活も多い競技であるバスケットやバレーボールはすでに巨大な市場があり、まだまだそれを開拓できているとは言えません。

子供達に夢を語ることも大事ですが、それ以上に競技そのものの楽しさ、面白さを伝えることがその後の競技の発展に繋がると思います。そして経験者には、楽しさを思い出してもらうことが重要です。バスケットボールの楽しさを思い出してもらわなければ、Wリーグの会場に足を運んでもらうことはできないでしょう。これはとても重要なことだと思うのですが、あまり言われていないことが残念だと思います。



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